29話 漸く落ち着いた
「どうしたどうした! さっきから逃げ回るばかりじゃないか!」
ゼクロムは翼をはためかせて、雷撃を呼び起こす。危険きわまりなく、近づくにしても方法が思い付かない。
──近距離が駄目なら! 遠距離だ!
「波導弾!」
青色の弾を連続で八発撃つ。全ての弾が別々の軌道を描いてゼクロムを襲う。
波導弾の爆発によって巻き上がった砂煙は俺の視界を奪う。煙が晴れると、目の前にはほとんどダメージを受けてないゼクロムが立っていた。
「やっぱ……近づかなきゃ駄目なのか」
意を決して、一か八かの捨て身の攻撃を仕掛ける。
「うおおおお!」
突然、突っ込んでくるとは思わなかったであろうゼクロムは呆気にとられている。
「だあッ!」
手に持つ剣を奴の角に投げる。サクッと突き刺さり、簡単には抜けなくなる。
「《クイックインパクト》!」
鋼鉄と化した尻尾を電光石火の速度でゼクロムの腹に打ち付ける。奴は剣を抜くのに必死だったために気づいた時にはもう遅かった。
「うぐッ!?」
そこから、俺の猛攻撃が始まった。
横から振られる手を避け、鳩尾に《シャイニングブロー》を三回ぶち当てる。
「まだまだぁ!」
体をくの字に曲げ、痛みに呻く。更に肩へ移動して背後から首を締める。
手がとどかない。《波導棍》を生成し、それを喉に掛けてぐっと力を込めて後ろに引っ張る。
「死ねえええ! とまではいかないけど気絶しろ!!」
「か、雷!!」
ゼクロムは自分に雷を落とした。まともに喰らった俺は麻痺状態に陥った。
「ぐぅ……」
床に伏せる俺をゼクロムが見下ろしている。
「げっほ、げーっほ! てめ、危なっかしいわ! お前と戦ってたらいつか死んじまう!」
「だ、か、ら?」
麻痺で上手く喋れない。途切れ途切れに訊く。
「もういい、バトルは終了。帰るから背中に乗れ」
──何て勝手な奴なんだ。自分から勝負を仕掛けてきて、途中で殺されそうになったから止める?
無視して続けることも可能だが、生憎麻痺なのでまともに殺りあったら返り討ちだろう。
「今度は噛むなよ」
俺に釘を刺すように睨む。俺はこくりと頷いた。ゼクロムは翼をはためかせると、一気に飛翔した。
来た道とは逆の道を。
〜☆★☆★〜
―ツヨイネ飛空艇―
「着いたぞ。……? 寝てんのか?」
「んぅ……」
欠伸と伸びと共に起きる。どうやらゼクロムの背中の上で寝てしまったようだ。
すとん、と背中から降り別れを告げる。
「じゃあな。次こそは決着つけるからな」
「わかった。但し条件が一つある」
「首締めはなしだ。いいな」
「ちぇー。一番楽にあんたに勝つ方法だと思ったんだけどなー」
「駄目ったら駄目だ!」
「はいはい。分かりましたよ」
「じゃあな」
ゼクロムは最後にふっ、と笑うと、かなりの速度で飛び去った。
「ふぅ……。漸く寝れるぜ……」
空を見上げれば、月が沈み、太陽が出てきているではないか。
「行きは時間かからなかったのに帰りは時間かかったんだ……。っていうか時間かけてくれたのか」
「あ! イーブイ居たー!!」
「あぐっ!」
歓喜の声をあげながら突進してきたアブソルに抱き締められた。
「良かったぁ……良かったぁ……」
「何で泣いてんだよ」
「だって、だってエルが『イーブイが居ない!』 って叫び出すからまたレシラムに連れ去られたのかと思って……」
アブソルは言い終えると激しく泣き出した。泣きじゃくるアブソルの背中を俺は優しく撫でた。
「で? どこに行ってたんだい?」
エルが仁王立ちで俺を問い質した。
「レシラムの夫であるゼクロムに連れられて雲の上の塔に」
「へえ……勝ったの? 負けたの? じゃなくて! 僕達心配したんだからね!」
「ああ、うん。かったっちゃあかった。あの……俺さあ、眠くなっちった。お休み……」
エルの説教を訊かずに眠りについた。アブソルが布団がわりとなって丁度良かった。
ただ、泣き声さえ無ければ完璧だった。