20話 野獣化の治し方
「…………」
どうやら俺は気を失っていたらしい。一体、どれぐらいの時間が経ったのだろう。岩の隙間から光が射している。目を凝らして覗くと、目の前でロコンが眠っていた。
フェイクかもしれないが、今の状況ではありがたい。
「……意識、はっきりしてるな」
気を失っていた間に幾分か体力が回復したようだ。頭からの出血は止まったが、肋骨の痛みはまだ消えない。
「癒しの波導」
胸に手を当て、波導を流す。みるみる痛みが引いていったが、まだ本調子には遠い。
「一気に決めるか」
岩を崩さないようにそっと立ち上がり、波導弾を溜める。
「ぶっ飛べ! ロコン!」
波導弾をロコンめがけて全力投球。周りの岩を弾き飛ばし、彼女に直撃する。
「グギャウ!?」
本当に寝ていたロコンは驚き、瞬時に対応できなかった。
「喰らえッ!」
《クイックインパクト》を鳩尾にクリーンヒットさせる。痛みに顔を歪めるロコンに更なる追撃を行う。
「これで……最後だッ!」
《波導棍》を一瞬で出してバットのように振り抜き、ロコンを打つ。そして、今度はロコンが壁にめり込む番だった。幸い落石は起きなかった。
「グルゥ……」
ロコンは壁から抜け、ゆっくりと立ち上がった。
「まだ、立つのかよ……」
ひたひたとロコンが歩いてくる。俺には、もう戦う体力など微塵も残っていない。
「グルァ!」
「ッ!」
死を覚悟して目を瞑ったが、ロコンの行動は俺の予想を遥かに越えるものだった。
「キュッ! キュウ!」
「は?」
何と、ロコンは俺に抱きついてきたのだ。しかも、急に可愛らしい声を出しながら。
「いやいや、離れろよ」
ぐーっと押し返すと悲しそうな表情をして鳴く。
「はあ……」
深い溜息をつき、ロコンを抱えたまま洞穴を出た。
「ただいま……」
「え? 何でロコンが?」
「知るか。何ならゾロアーク、抱えてみるか?」
「いや、遠慮しとくわ」
「キイイイ! 何故殺されなかった!」
木の上から骨董品屋のババアの声がした。
「おい、何やってんだよ」
サンダース兄ちゃんが呼ぶと、がさがさと音をたてて降りてきた。
「……私はサタン様の下部、【薬使いのルージュラ】よ! 失敗がバレたら私は殺されるわ……」
「グルルルルルル……」
ロコンが俺から離れ、戦闘体勢になった。
「は! 野獣化した小娘なぞ私の敵ではない!」
侮辱されたのがわかったのか、ロコンは更に唸った。
「グギュアアア!!」
ロコンの体が輝き始めた。輝きはどんどん強くなり、俺は目を細めた。
「冷凍パンチ!」
自称、薬使いのルージュラが氷を帯びた手でロコンを殴った。が、彼女は微動だにしなかった。
「ガルア!!」
雄叫びの直後、ロコンが視界から消えた。いや、消えたのではなく、驚くべき速度で移動したのだった。
では、どこに? その答えは知りたくなかったが嫌でも目に入った。
「あ……がぁ……」
フレアドライブでルージュラの腹を突き破ったのだった。辺りに血が飛び散る。
「あ〜あ。派手にやられちゃって〜。情けないな〜」
空から声がする。見上げれば黒いマントと悪趣味な白い仮面をつけた奴が浮いているではないか。
「さ、サタン……様」
苦しそうにルージュラが喘ぐ。
「やあ、ルージュラ。その様子だと、もってあと1分てところだね」
「そ……んな」
「さてさて、死に損ないはほっといてと。では、初めまして、ツヨイネの皆。俺がサタンだよ」
「逃げろ! ロコン!」
とてとて、とサタンに歩み寄るロコンの表情には、奴に向けられる敵意は見えない。
「キュー」
「あはは、やっぱこの頃は可愛かったなあ……」
「この頃? 初めましてで何言ってんだよ」
「ああ、そうか。エル、君は時空警察でもまだ知らないんだっけ」
「どういうことだよ! っていうか何で僕の名前も知ってるんだ!?」
エルは更に問い詰める。
「ま、いずれ分かるさ。じゃ、ロコンを治すヒントをあげよう! この症状を治すにはある薬草が必要だ。そして、それは太陽の国のどこかの離れ小島にある。あれ、ほぼ答えまで言っちゃったよ。俺さあ、ヒント出すのがほんっと苦手なんだよね」
「あんたみたいじゃない」
シャワーズ姉ちゃんが俺の脇腹を小突いた。
「はあ!? あんな奴に似てるわけないじゃん! 何だよあの変な仮面とマント! 誰だかわかんねえよ!」
「そもそも初対面でわかるわけないよ」
「その通りだニンフィア。じゃ、俺はそろそろ帰るよ。健闘を祈る! あ、死体を消しとかないとね!」
サタンは指をパチンと鳴らした。響いた音と重なって、ルージュラの死体がポリゴンの破片となって地面に溶け込んでいった。
「じゃ、今度こそさよなら!」
サタンはくるりと1回転すると風に乗って消えていった。
残された俺達はただ、呆然とその場に突っ立っているだけだった。