19話 狐のバケモノ
「え!? 何これ! 肉ッ!? 助けてー!!」
《ストップ》が解けたらしく、アブソルの助けを求める声が訊こえる。
だが、無視する。
「アブソル……可哀想。お兄ちゃん嫌われるよ?」
右隣に隠れているリーフィアが言う。
「別に良いよ。ただの友達、ただのメンバー。それ以上でも以下でもない関係に皹がはいったところでどうってことないね」
「お兄ちゃんって時々最低なクズ男になるよね。アブソルはお兄ちゃんのお嫁さん候補1号なんだから……」
「いいか、俺は独身を貫くからな」
「そういう奴程早く結婚するんですぅ!」
「そ、そんなことないし!」
「図星だね」
「お前ら五月蝿い」
俺達は左隣のサンダース兄ちゃんに叱られる。
「来た!」
自慢の耳を逆立てたミミロップが俺達だけに聞こえる声で言った。
ザッ、ザッと草を踏みしめる音が訊こえる。鼓動が早くなり、緊張感が高まってくる。遂に、ロコンが俺の前を通った。
「グルルルルル……」
彼女は数回、辺りの匂いを嗅いだ。だが、何も感じなかったのか、口の端から涎を垂らして洞穴に入っていった。
「キャアアアアアア!!」
耳をつんざく悲鳴が訊こえた。
「助けなくちゃ!」
ルカリオが洞穴に入っていった。それをエルが追いかけていく。
「あんたは行かないの?」
俺が肩を竦めると、エーフィ姉ちゃんが俺の背中を押した。急な衝撃でよろけ、茂みから飛び出してしまった。
「うわあああああ!!」
再びの悲鳴。しかし、今度はルカリオとエルのものだった。
傷だらけの彼らは洞穴からアブソルを抱えて飛び出してきた。
「どーした?」
「あ、あれはヤバい。あんなの僕らの知ってるロコンじゃない!」
「何言ってんだよ。たかが女の子1匹だろ?」
俺が中に入ろうとするとアブソルに肩を掴まれた。
「駄目……行ったら死んじゃうよ……」
「いや、俺のせいでこうなったんだから、俺が止めなくちゃ」
俺は勇気を振り絞って洞穴に入っていく。少し進んだだけで奥に着いた。そこは広いドーム型の空洞になっている。そして、中央にロコンが居た。落ちている肉を貪っている。
「……ロコン」
「ガゥ? グルルルルル……」
声をかけると彼女はこちらを振り向いた。
「ガルゥア!!」
突然の火炎放射。どうやら話す隙すら与えてくれないようだ。
「チッ」
横に飛んで回避する。だが、地面が凸凹していたせいで、転んでしまった。
「うそだろ!?」
「グギャア!」
ロコンが俺に飛びかかってきた。両手両足に乗られ、身動きが取れなくなる。
──こいつ、こんなに強かったけか? いや、俺が忘れていただけだ。ロコンは2年前、ブースター兄ちゃんが役に立たないから入れたんだった。
しかも、周りに居た雄どもを薙ぎ倒して。
ロコンが大きく口を開けた。喉の奥が、オレンジ色に煌めいている。
「至近距離で火炎放射かよ!」
絶体絶命の状況。だが、こんなところで死ぬわけにはいかない。俺は龍の波導を口から発射した。溜めがないので無いため、威力は殆どないが怯ませるには丁度よかったようだ。
「ギャウ!?」
驚いた彼女は顔を手で覆った。その隙に俺は脱出した。
「ゲホッ……う〜……龍の波導を口から出すと喉を痛めるぜ……」
そう、『波導』と名のつく技は口でも手でも発動はできる。なので、大抵の者は格好いいからというだけで手から出している。
「グル……」
「なあロコン。昔のお前はどこに行ったんだよ」
問いかけても、返答はなく、唸り声が返ってくるだけだった。
「気絶させれば……元に戻るか?」
リミッターを解き、ロコンに突撃する。ロコンの腕が白く光っていた。
「ギガインパクトか!」
バク転で躱す。ロコンは数秒間の硬直があるはずだ。
「うおおおお!」
《クイックインパクト》を繰り出す。リミッターを解除しているため凄まじい速度で突っ込む。その速さ、実に0.5秒。
「ガアアアッ!」
「な! 反動無しかよ!」
連続でのギガインパクト。それは俺の胸に突き刺さり、肋骨を2、3本砕いた。俺はぶっ飛ばされ、壁に激突した。
「がはッ!」
更にその衝撃で天井から落石が降ってきた。
俺は石の間に挟まれて動けなくなった。頭から血が流れている。意識が朦朧としてきた。
勝ち目は無いのか……?