14話 温泉
フォッコは高さ約5mから落下したというのに気絶せず、付きまとってくる。
──ほんと、鬱陶しいったらありゃしない。
「待ちなされ」
「あ、村長」
背後から声をかけられ、首を向けると村長が小走りで来た。
「ペン……ダン……ト」
「やれやれ、この子は私が病院まで運びましょう」
村長は現場を一目見ただけで状況を察知したようだ。フォッコを担ぎ上げ、去ろうとした。
が、ふと思い出したように言った。
「イーブイさん、お疲れでしょう。治湯に入っていってください」
「治癒?」
「治湯というのは【治癒効果のあるお湯】のことです」
「成る程」
「皆さんもどうぞ」
村長はメンバー達にも言った。
「案内役としてこの子をつけますよ。おーい! ヒトモシー!」
村長が呼んでからものの30秒で到着した。
「じいちゃん呼んだかい?」
「うむ。この方達を治湯に連れていってほしいのじゃ」
「お安いご用だよ。さ、着いてきて」
俺達はヒトモシに着いていき、村長はフォッコを担いで俺らとは逆方向に歩いていった。
―治湯―
目の前には真っ白い湯気が立ち上っている。
「ほら、ついたよ」
ヒトモシが指差した。温泉はいくつかに区切られていた。
「何で区切られてるの?」
シャワーズ姉ちゃんがヒトモシに訊いた。
「ああ、いろんなタイプのポケモンが来るから左から順に熱くなっていくのさ。じゃ、ごゆっくり」
「ははあ……。じゃあ俺は真ん中くらいかなあ?」
浴槽に手を突っ込み温度を確認する。最初に手を入れた所はやたら熱かった。
「あっつあ!!」
反射的に手を引き抜き、ふーふーと息を吹き掛ける。
「おや、熱がっているのかい? 僕は全然平気だよ」
「僕もさ。じゃあ、エル。我慢対決しようか」
エルとルカリオが何食わぬ顔で浸かっていった。
「む! お、俺だって!」
じゃぼんと、勢いよく飛び込む。かなり熱い水飛沫を彼らにかけてしまった。
「あ、ごめん」
「へ、何てことないぜ……」
ルカリオが首を左右に激しく振り、顔にかかった湯を落とした。だがエルは涼しい顔をしている。
「……エル、熱くないの?」
ルカリオが熱さに耐えながら訊いた。俺は何度も彼らと風呂に入ったことがあるから知っている。エルはぬるめのお湯が好きだった筈だ。
──おかしい……絶対に何か裏がある。
「うん! 全然大丈夫! ほら、周りを見てごらんよ、皆入ったよ」
エルは急いで話をどうでもいいことに変えた。俺が悩んでいるとミミロップの悲鳴が訊こえた。
「きゃあ!」
次いで派手な水飛沫を上げ、浴槽に倒れた。
「何やってんのよ」
師匠はちょっと笑いながら引っ張り上げた。
「何かが足に引っ掛かったんだよ。……確かここら辺に」
ミミロップが躓いた周辺を探っていたら、急にエルが笑いだした。
「体? 誰のだろ」
ミミロップが水中から引き抜いた物は、首のついていない体だった。これに全員驚いて辺り一体に叫び声が轟いた。
「うあああああああ!!」
「きゃああああああ!!」
「やべっ……」
俺達が叫ぶ中、エルはやっちまった、という顔をしている。
まさかと思い、エルの両頬を掴んで持ち上げた。
「いだだだだだ!」
エルは顔を歪めて痛がりだした。なんと、首から下がなかった。
「ミミロップー! その体を擽ってみて!」
「はいよ!」
ミミロップが腹や脇の下、足の裏を撫でるように擽る。するとエルが笑い始めた。
「お前……空間回廊で隣の浴槽に入ってたな」
「わ、悪かったね」
「罰としてブースター兄ちゃんとロコンのいる場所に投げ入れる」
「や、やめて! 死んじゃうから!」
兄ちゃんが居るのは一番右端の区画。つまり、一番熱い場所。そこは、ほぼ炎タイプ専用となっている。俺とルカリオで押さえつけて運ぶ。
「何しに来たのよ」
ロコンに尋ねられたが答えなかった。
「そーれ!!」
風呂に投げ込むと大きな飛沫が発生し、俺、ルカリオ、ロコン、兄ちゃんにかかった。ほんの少しかかっただけなのに滅茶苦茶熱いことがわかる。
「あああっついいいい!!!」
エルが飛び出して、誰も入っていない氷風呂に向かって走っていった。
「エル、感想は?」
「ひ、ひ、ぬかと、思た」
呂律が回らず、うまく喋れていない。翻訳すると死ぬかと思った、なのだろう。
「俺とルカリオは他の場所にいるから治ったら来なよ」
「…………」
エルは俺達の事を恨めしそうに睨んだ。
「ったく……近頃の若者は静かにできねえのかい……」
少しぬるめの区画に差し掛かった時、誰かに声をかけられた。
「何ですか?」
「最近のガキどもは静かに風呂入れねえのか! って訊いてんだよ!」
怒声を撒き散らすドンカラスに俺は適当に謝っておいた。
「はあ……すいませんでした」
「ったく……確りしろよな」
ぶつぶつと悪態をつくドンカラスを後にして皆が入っている場所に俺達も浸かった。