9話 上には上がいる
(語り手:三人称ver)
「全く……イーブイはどこに行ったのよ」
アブソルは溜息をついた。辺りを見回せばレーサー達で溢れかえっている。再び溜息を吐き、空を見上げた。すると、上空に緑色のポケモンがいた。然程珍しいことではないが、彼女はその背中の上に誰か乗っているのに気がついた。
「……ん? あれは、イーブイ? レーサーになったのかな?」
アブソルはメンバーを呼び集め、イーブイの向かった場所へ急行した。
(語り手:イーブイ)
「さて、早速作っていきましょー」
「何作るの?」
「んー。白飯と肉」
「それだけ!?」
フライゴンはすっとんきょうな声をあげた。
「力をつけるにはこれが一番だぜ。フライゴンは肉焼いといて。俺は米を炊くから」
俺は米を釜の中に入れながら言った。フライゴンが冷蔵庫から肉を取りだし、焼き始めた。辺りにいい匂いが漂ってくる。
コンコンと、誰かが戸を叩く音がする。
「誰だろ?」
フライゴンは肉を置いたまま、行ったので米は一時中断して俺がやることになった。
「イーブイ、君に用があるんだってー」
「はいよー」
フライゴンと入れ替わり、玄関の前に立つ。目の前には見慣れた顔が揃っていた。
「何しに来た?」
「心配したのよ? どこか行くならちゃんと言ってよね」
「ん、悪かった」
今更ながら俺はソウタとの約束を思い出した。2日たって、だけど。
「アブソル。これ、ソウタから」
ダークルギア戦から一度も弄っていない鞄の中をがさごそ掻き回し、漸くメガストーンを引っ張り出した。
「何これ?」
「メガストーン。アブソル族のメガ進化に必要な物。ソウタがいなくなる前に渡してほしいって」
「そう……ありがとう」
「礼ならソウタに言えよ」
「うん」
「じゃあ、俺はこいつの修行があるから」
俺は鼻歌を歌いながら料理してるフライゴンを指差した。
「うん! 1週間後観に行くからね」
「ああ、頼むぜ」
アブソルはにこっと笑い、皆を引き連れて帰った。
「彼女?」
台所に戻ったらフライゴンが横目に俺を見ながら言った。
「全然違う。ただの友達さ」
「にしては仲が良すぎると思うんだけど……」
「考えたことなかったな。傍目からだとそう見えるのか」
雑談を交わしながら調理すること1時間。肉は焼け、米も炊けた。
「食うか」
俺は自分とフライゴンのご飯を大盛りによそった。どんぶりに。
「ちょ、ちょっと! こんなに食べれないよ!」
「強くなりたきゃまずは体作りだ。沢山食わなきゃ体はでかくならないぞ。目標は……まあ初めてだし3杯にしてやろう」
「ええ……」
「ごっそさん」
箸を置き、俺は手を合わせた。どんぶりで10杯、久しぶりだった。
フライゴンはというと、ただいま漸く3杯目。
「もう無理……」
「諦めるな。ところでお前、好きな子いるの?」
「え? 急に? ま、まあ気になってるぐらいなら」
「誰?」
「ち、チルタリス」
「ふむ……じゃあ、その1杯食えたらその子が何でもしてくれると思え」
「チルタリスが……何でも……してくれる? えへ、えへへへへ」
フライゴンは頬を赤く染めて不気味に笑いだした。一体何を想像しているのか? 大体察しはつくが言わないでおこう。
「……っはー! ご馳走さま!」
「よく食いきれたな。その気合いに免じて洗い物は俺がやってやろう」
「ありがとう」
フライゴンは妊婦のように膨らんだ腹を擦りながら言った。
「ちゃんと休んどけよ。洗い物が終わったら散歩に行くから」
「うん」
それから黙々と皿を洗い続けること5分。
「よし、終わり! 行くぞフライゴン」
「うん」
俺達は夕方にタイムを計った所に来た。しかし、そこには先客がいた。
「チルタリスだ」
「え? あれがそうなのか」
チルタリスは俺らに気づいたようで近づいてきた。
「あら、フライゴン。乗り手を見つけたの」
「う、うん」
フライゴンの顔が紅潮し始めた。
「ぶぶぁ!」
フライゴンは鼻血を吹き出しその場に倒れた。まさか夕食の時のあれを思いだしたのかと思った。
「あー……フライゴン?」
チルタリスが心配そうに訊いた。
「気にしないで。ちょっと休めば治るよ」
そう言ってフライゴンはふらふらと木陰に移動した。
「ねえ、君って速い方?」
「私? とーっても速いわよ。何と言っても前回優勝者ですからね!」
「なら島の回りを本気で一周してきてくれない?」
「お安いご用よ」
言うが速いか、彼女はとんでもない速度でスタートをきった。
そして、チルタリスが帰ってきたのは3分28秒だった。
俺は改めて【上には上がいる】ということを実感した。
「チルタリス。頼む、フライゴンに飛び方のフォームを教えてやってくれ」
敵同士であるフライゴンを助けてくれるとは思わないが、藁にもすがる思いで頼み込んだ。
すると、チルタリスはちょっと悩んだ顔をしたが「いいよ」と引き受けてくれた。