69話 お願い
雲の中を進むこと二十分。漸く雲が薄くなり、地上が見えてきた。
「帰ってきたんだな」
ルカリオが呟いた。
「ああ、これから先に大事件が起こる確率も低いだろうし、また学校に行かなくちゃね」
ブラッキーが憂鬱そうに答えた。それもそのはず、中学生というまだまだ遊びたい盛りの子供がファンタジーの世界から引き戻されて現実を見るのだから。
イーブイ達を先に下ろしたミミロップはもう一度飛翔した。
「ほい、到着〜」
ミミロップが船を地下室に閉まい、天井を閉じる。ぐーっと伸びをして溜まった疲れを癒す。
「ルーファさんとシルクさんはどうするんだろう……」
近くにあった椅子に座りながら呟く。
「さあ、とっとと行くてくれ」
「また、会いに来ていいかしら?」
シルクは息子の頬を撫でようと手を伸ばす。が、イーブイにその手を払われてしまい、失敗に終わる。
「好きにすれば? 俺は会う気ないけど」
ばたん! ドアを閉めて家に入る。無表情にその扉を見つめるルーファ。暫くして溜息と妻と一緒に旅立った。
「ねぇ、何でイーブイはあんなに怒ってるのかしら?」
シルクが尋ねた。ルーファ黙ったまま何も答えなかった。
それから、二匹は11年と囚われていた分の愛を分かち合った。
「ここか……」
「前から場所は変わってないのね」
恐る恐るインターホンを鳴らすルーファ。
はーい、と可愛らしい声がする。
「どちらさん?」
「ルーファっていうんだけど、ジャローダってポケモン居るかな?」
「おじさん悪いポケモン?」
ツタージャはルーファを睨む。
「いや、ジャローダの古い友達さ」
「ふぅん……。母さーん、お客さんだよー」
ツタージャはとてとて走って家の中に姿を消した。暫くして、緑色の巨体が這ってきた。
「ジャローダ、久し振りだな」
「る、ルーファ! シルク!」
ジャローダは懐かしの友を見てわたわた慌てている。無理もなかろう、何せ11年も行方不明だったのだから。
「と、取り敢えず、お帰り」
「おう、ただいま!」
「どこに居たのよ」
「私達はね、未来の息子に囚われていたのよ」
「息子? イーブイが?」
「話すと長くなるのよ」
「ふーん。こんな所で話すのもなんだし中に入りなよ」
「ありがと」
ジャローダの後ろにシルクとルーファが続く。
リビングに入るとチラチーノとマニューラがゲームをしていた。そして、それを肩越しに覗くクチートとツタージャもいた。
「座ってよ」
ふかふかの白いソファーに座り、11年の空白の話をする。
「そんなことが……。じゃあ何でここに来たの? イーブイ達とは住まないの?」
全てを理解したジャローダは尋ねた。
「イーブイに追い出されたんだ。金欠だとか言ってな。だから、居候させてくれないか?」
「……本当はどうなのよ」
ジャローダが怒りを含んだ声を出した。
「何が?」
「ルーファ達は家族一緒に暮らしたくないの!?」
「暮らしたいけど……イーブイが……」
「イーブイがイーブイがってあんたらそれでも親かよ!」
ジャローダが叫んだ。ゲームをしていた四匹もビクッと体を硬直させる。
「暮らしたい暮らしたくないは別として親としての気持ちをぶつけてみたことがあるのか!?」
「ッ……」
ルーファは押し黙り、シルクの瞳からは大粒の涙が零れた。
「もう一回会いに行ってこい。それでも駄目だったら住ませてやる」
「わかった。シルク、お前は待っててくれ」
ルーファは妻の肩に手を置き、立ち上がる。11年のブランクがあるが、負ける気がしない。
数十分かけて来た道を戻り、シェアハウス兼ツヨイネ基地に着く。
インターホンを鳴らし、誰かが出てくるのを待つ。
「はいはーい」
がチャリとドアノブを回してシャワーズが出てきた。
「父さん。どうしたの? 母さんは?」
「母さんはジャローダの家にいる。今はイーブイに用があるんだ」
「そう。イーブイ! 父さんが来てるわよ!」
シャワーズの奥に見えるソファーに座るイーブイは、軽蔑の眼差しをルーファに向けた。
「死んどけ」
実に単純な答えだった。しかし、ここでルーファの堪忍袋の緒が切れた。
「オイッ!」
ずかずかと家の中に侵入し、イーブイの胸ぐらを掴む。そのまま外に放り投げる。
「何なの? 不法侵にゅ──」
イーブイは最後まで言えなかった。ルーファにぶん殴られたのだ。
殴られたことによって彼の戦闘スイッチがオンになった。
「叩き潰してやるよ」
「まだまだガキには負けねえよ」
当時のナンバーワンと現在のナンバーワンが、ぶつかり合う。