67話 シナリオ
俺の怒りに怖じ気づいたメンバー達は、石像のように動けずにいた。
「お、落ち着け!」
ルーファが俺を宥めようとする。しかし、俺は無慈悲な蹴りをを彼の胴体にめり込ませる。
くの字に体を丸めて呻くルーファ。まだまだ俺の痛みはこんなもんじゃない。
《波導棍》を右手に生成して、ルーファの脳天を叩く。ルーファは白目を向いて気絶した。
「こんなのが当時のナンバーワンかよ」
棒を肩に担いで次の狙いを定める。
「次はお前だ。毎度毎度抱きついてきやがって……。キモいんだよ!」
グレイシア姉ちゃん切り上げる。強烈な一撃を喰らった姉ちゃんは空中に二メートル浮いた。
落ちてくるところをハイキックで床に叩きつける。
「それからリーフィア! ぶりっ娘みたいで気持ちわりいんだよ!」
右足で踏み込んでの水平切り。
「や、やめろ───!!」
蒼色の横凪ぎの閃光にブースター兄ちゃんが身を踊らせた。
「邪魔だ!」
止めるも間に合わず、肋骨が折れる音が耳に入る。痛みに顔を歪めて吹っ飛んだ。
「そこまでだ」
大上段に振りかぶった《波導棍》を振り下ろそうとした瞬間、肩に鋭い痛みが走った。
「サタン……何で止めた!」
「イーブイは二秒後、気絶する」
ふらりと傾いた俺の体と意識。
……視界がぼやけ、何もわからなくなった。
〜☆★☆★〜
「ふざけんな!」
怒声と共に目を覚ますと、俺はふかふかのベッドの上で寝ていた。
まんま自宅の俺の部屋だった。
「変な夢だったな。俺が皆を殴ってる夢……」
「お目覚めか」
ぶつぶつ独り言を呟いているとサタンが来た。
「うん、何があったんだっけ? 何か忘れちゃってさ」
サタンは「だろうな」と呟いて全てを語った。
「へぇ……」
何となく理解した俺は胸の前で腕を組んだ。
「お?」
ペタペタと自分の胸を触る。サタンに女体化させられた体が戻っている。
「さ、サタン!」
「あ、気づいた? 俺の能力は未来を決めることだろ。だけど決められる未来は一つだけ。だから『女体化』の件は『気絶』によって上書きされたんだ」
「はあ……」
首を傾げる。難しすぎて理解できない。
「ま、そんなことより本題に入るぞ。お前、俺と戦ってる時『シナリオってなんだ』って訊いたよな」
「ああ、シナリオって一体何なんだよ」
「いいか、驚くなよ? って言っても驚くんだよな」
「いいから早くしろ!」
「そう焦んなって」
サタンはこほん、と咳払いしてから話始めた。
「いいか、このストーリーは300回以上繰り返されている」
「ゲームの話か?」
何だか拍子抜けしてしまった。もっと深刻な話題かと思ったのに……。
「違う、この『世界』が、だ。つまり、今俺達のこの会話も300回やっているんだ」
「訳わかんねえよ! ちゃんと説明しろ!」
「この先の未来、お前は重要な決断を迫られる。そこで間違えればまたこのやり取りが起きる。次はお前がサタンになってな」
「決断?」
「でも──今回は色々事情が違う。ダークマターの時にはブースターとミミロップは死ぬはずだった。それからダークルギアの時もソウタが死んで──」
「違う……ダークルギアで死んだのはブースター兄ちゃんだ!」
「ほらな、今回のストーリーは全ての物事が俺の知らない方向に進んでいる。もしかしたらこの代で輪廻をぶっ壊せるかもしれない!」
「シナリオ通り……か」
俺は事の壮大さを何も存在しない宙を見上げながら考えた。
『世界が繰り返されている』
『300回以上も』
『重要な決断』
「はあ……」
溜息が漏れる。何で、こんな大変な人生なのか? そもそも探検隊を始めなければこんなことには……。
──いや、寧ろ俺が居ない方が……?
無意識のうちに造り出した氷雪剣を自分の喉元に向ける。
「あ? お、おい! 何やってんだよ!」
「原因が俺なら、俺が死ねば新しいストーリーが始まるかな、って」
ぐっ、と強く押し当てる。赤い雫が零れて雪のように真っ白なシーツを赤く染める。
「よせ! お前が死んだところで何も変わらねえ!」
サタンが俺の両手首を掴んで引き離した。
「もう……どうしたらいいか……分かんないよ……」
血液と一緒に涙が頬を伝う。
いつぶりだろうか? 声を上げて泣くのは?
「泣いてもどうにもならないんだ。現実を受け入れろ」
涙が一旦収まり、次いで怒りが込み上げてきた。
「何で!? 何でなんだ!? ただの中学生がこんな変なゲームみたいなのに巻き込まれなくちゃいけないんだ!?」
「運命だから、さ。Ring of fate」
「は?」
「運命の輪の上でって意味だ。俺達は運命を変えるために頑張るんだよ」
次の波が来た。再び溢れた涙は止める術なく流れ続ける。
「大丈夫。今回こそは上手くいくさ」
サタンが俺の頭を撫でた。ぐすんと鼻をすすり、目元を手で拭う。
「うん、頑張る……」