66話 剣の精霊
──誰かが……俺を呼んでいる。立て! と叫んでいる。
「……!」
フォッコはガバッと起き上がった。瞬時に周りの状況を認識する。
三メートル先の床に突き刺さっている剣に飛び付き、引き抜く。
クレセリアが生き返るまで、後三秒。
「とど! けぇッ!!」
渾身の力を込めて投げる。彗星の如き速度で宙を駆け、クレセリアの心臓を射抜いた。
サタンとイーブイが振り返る。そして、フォッコの顔を見て驚き、喜び、跳び回った。
「なにを……よろこんで……いる? まだ……しんではないぞ!」
頭の中に直接語りかけてきた。死体に目を向けると、首のついていないクレセリアが浮上した。切断面から異常な量の鮮血を迸らせている。
「いや、あの出血量だ。そのうち死ぬはずだ」
サタンが言う。しかしその表情には不安が混じっていた。
虚ろな表情で床に落ちているクレセリアの目に精気が宿った。ふわり、と浮き上がる。
「させるか!」
イーブイはクレセリアに丸腰で突進する。
クレセリアの決死の気合い玉を難なく避け、体を捻ってアイアンテールを繰り出す。
鋼鉄と化した尻尾は封魔剣の柄頭に当たった。剣はクレセリアの心臓を貫通して反対側の壁に突き刺ささる。
凄まじいスパークが辺りを白く照らした。
華麗な着地を極めるはずが、発光のせいでどすん、と格好のつかない降りかたをした。
「……今度こそ終わりだな!」
イーブイは立ち上がって、振り返り、そしてニカッと笑った。
「よっ、と」
お互いを労っているサタンとイーブイに背を向ける。
反対側の壁まで歩いて、封魔剣を抜き取る。直後、先刻のスパークに勝るとも劣らぬ光が溢れた。
「ッ!?」
思わず剣を落としてしまった。
刃に亀裂が細かな走り、だんだんと大きな線が入る。
爆発じみた破砕音と共にフォッコの愛剣こと封魔剣は消滅した。
代わりに、謎の漆黒の球体を残して。
「……何だこれ?」
彼の小さな手に収まる程の球体は封魔剣と同じようにその身を崩壊させた。
「え? 何だったんだよ」
フォッコは何がなんなんだか分からないという顔をした。肩を竦めて戻ろうとしたその時──。
「ありがとう。若き剣士よ」
少しドスのきいた声がした。フォッコは振り返らなかった。その声は戦いの度にアドバイスをくれる者の声だったのだ。
「礼なんて今更いらねえよ。俺の方が助けられてんだからよ」
「そんなことはない。毎晩毎晩手入れしてくれただろう」
「まあ、な。──一ついいか? あんたは誰なんだ? 剣を握る度にあんたがポケモンじゃないかと思っていたんだ」
「よく見抜いたな。私はダークライ。クレセリアの対になる者だ。私は自分の魂をビー玉に封じ、剣へと埋め込んだ」
「それが……この封魔剣か?」
やはり姿が気になり振り向くフォッコ。
眼前には白いソフトクリームのような頭をして、首回りは赤く、その他の部位は真っ黒なポケモンが浮いていた。
「その通りだ。クレセリアを殺した時、私の役目は終わり、天に召される」
「そんな……。もっと一緒に戦おうぜ! 新しい剣を持ってくるからそれに乗り移ってさ!」
フォッコは涙声になりながらも説得する。唯一無二の相棒を一瞬のうちに無くすのは耐えられないようだ。
「すまんな……。でも、お前といた数年間は楽しかったぞ」
「いやだ……いやだ!」
「最後のアドバイスだ。仲間を、友を大切にしろ」
「いう、ことが……あり、きたり、すぎなんだよ」
涙で掠れた声を絞り出して言う。
「さらばだ……」
ダークライは天空から舞い降りた光に包まれて、その体を四散させた。
静寂の訪れた周囲には、フォッコの泣き声だけが木霊していた。
「おい、お前ら。何呑気に話てんだよ」
ルーファとシルクと仲良く話しているブラッキーの後頭部を握る。
「いだだだだ!!」
「やめてよ! せっかくいいところだったのに!」
「あ。これから親父とお袋は家に住むから」
リーフィアが怒り、サンダースが言った。
「てめえら……俺達は死にそうな想いまでして戦ったんだぞ!! それなのに話を中断されたくらいでピーピー喚いてんじゃねえ!!」
全員がピタリと動きを止めた。
「お前らは家計簿を見たことがあんのか!? 帰ったら見てみろ! ギリギリだからよ! そこに二匹追加されたら生活費がヤバイよ!」
「じゃあもっと頑張って働こうよ」
ルカリオがのほんと提案した。その一言がイーブイの怒りを爆発させた。
「ふざけんなッ!」
怒りの鉄拳がルカリオの顔面に叩きつけられた。彼は大きく吹っ飛び背中から床に激突した。
「イーブイ! お友達を殴っちゃ駄目じゃない!」
「うるせえクソババア! てめえは黙ってろ!」
「お前、母親になんて口を!」
「殺すぞ? 老いぼれがよぉ!」
生まれて初めて出す冷徹な声。その場にいる者は戦慄した。
「俺の痛み、苦しみ……全部分からせてやるよ!」