65話 もう一つの入口
俺は体中についたクレセリアの血液を振り落とした。
──勝った……けど、アブソルが……。
と思っていると、俺の横をハイスピードでサタンが駆け抜けた。
彼の表情には焦りが浮かんでいる。手にはフォッコの剣が握られていた。
「らあッ!」
サタンはクレセリアの死体に垂直に剣を振り下ろした。
その直後、サタンの剣は跳ね返された。クレセリアを見ると、奴の体が紫色のオーラに包まれていた。
「遅かったか!」
サタンが舌打ちした。俺にはちんぷんかんぷんだ。
「どういうことだ?」
「クレセリアを完全に殺すにはこの『封魔剣』で心臓を突き刺すしかないんだ。例え、死んでいたとしても。復活するからな」
サタンは苦々しげに答えた。
辺りに飛び散った血液や臓器、骨が宙に浮き、クレセリアの体内に還っていく。
「くそガキがッ! この高貴な体を汚しおって! 赦さん!」
クレセリアが俺目掛けて突進してきた。
──何て単調な攻撃なんだ。
そう考えてクレセリアの頭を飛び越える。《水弓》を瞬時にだし、奴のうなじ──微妙に見分けがつかないが──を狙って矢を三本撃つ。
「ぬあああああッ!!」
クレセリアは女神らしからぬ声を出し、サイコキネシスで矢を全て跳ね返した。
「ッ!」
右に飛んで躱したが、三本のうち、一本は右頬頬を掠めた。
少量の血が、俺の首回りの毛を赤く染める。
チーン!
電子レンジの温め終了を報せる合図のような音がした。
俺もクレセリアも動きを止める。
サタンが座っていた椅子の横側が開き、大きめの直方体が出現した。
「ただいま戻りました」
直方体から姿を現したのは、太陽の国と月の国で俺をガキ呼ばわりしたドンカラスだった。
その後ろには『見たことあるけど思い出せない奴ら』がいる。
「え? 何このシリアスな状況」
ドンカラスがたじろいだ。視線をサタン、クレセリア、サタン、クレセリア……としているうちに俺には気づいた。
「ああッ! てめえは!」
ドンカラスが叫んだ。俺はよう、と片手を上げて挨拶した。
「ああ! てめえは!」
今度はドンカラスの背後にいる奴らが叫んだ。
「さっきから思ってたんだけどさ、お前ら誰?」
「忘れたのかあああ!?」
少し首を傾げて考えるが、何も出てこない。仕方なく分からないというジェスチャーをする。
「何度だって思い出させてやる! 俺はカメックス!」
「オイラはカメール!」
「僕はゼニガメだ!」
「三匹揃って!【怪盗タートルズ】だ!」
記憶の回路をショート寸前までフルに活用して思い出す。
「あっ! ああ! 盗人か!」
パチンと指をならして言う。
「で? 何してんだ?」
「俺達はな、神殿から放り出された後、宛もなく泳ぎ続けたらドンカラスの兄貴にばったりあってな」
「で、サタン様の手下にした」
カメックスの後をドンカラスが引き継いだ。
「いや、そこじゃなくてどうやって来たんだよ」
「兄貴の後ろを着いていって【地の渓谷】って所に着いたんだ。そしたらエレベーターみたいなのが現れて俺達はそれに乗ってきたんだ」
カメールが直方体を指しながら言った。
「そのとォッ!」
突如、奇妙な声を上げて盗人ことタートルズの連中が壁にめり込んだ。
「邪魔だ!」
クレセリアが吠えた。
「へへーん! 悪タイプだからエスパー技効かないもんねー!」
クレセリアを罵るドンカラス。次の瞬間、「パウッ」と微妙な声を出してタートルズから少し離れた場所にめり込んだ。
「キエエエッ!」
再び吠えるクレセリア。その背後には無数の銀色に煌めく球体が浮かんでいた。
「ムーンフォースが来るぞ!」
サタンの警告とほぼ同時にムーンフォースが放たれた。
縦横無尽に駆け回りながら球を避ける。
ラスト一発が飛んできた。
「うらあッ!」
回避が間に合わないと判断した俺は《波導棍》を一瞬でだして打ち返す。
跳ね返した直後、《波導棍》は手元からへし折れた。
即席だったから仕方ないと思う。弾いたムーンフォースは連射中のクレセリアの顔面にヒットした。
「あ、あいつら何やってんだよ!」
ルーファとシルクと仲良く話をしているメンバー達を尻目に見る。
「俺達が狙いだから安心してんじゃねえの!?」
サタンが銀色の球をサッカーボールのように蹴り返す。
それはクレセリアの土手っ腹に命中した。
俺とサタンはその隙を逃さずに、剣を手に取って急接近する。
「ハアアアッ!」
サタンの未来剣がクレセリアの首を切り落とした。
「オラアアアッ!!」
次いで俺の握る封魔剣が奴の心臓を貫く──はずだったが、心臓一歩手前で剣がそれ以上先に進まない。
「くあッ!?」
物凄い風圧が発生し、剣もろとも俺は吹っ飛ばされた。
封魔剣はフォッコの近くに突き刺さった。取りに行こうも距離が遠すぎる。
あいつが目を覚まさなければ第三ラウンドが始まってしまう。