64話 女神、降臨
「あ、あれは!」
サンダース兄ちゃんがルーファとシルクを指差した。すると、我が家族は目に涙を浮かべながら両親に飛び付いた。
「君は、行かないのかい?」
心配そうにエルが尋ねてくる。俺は首を振って一切を打ち明けた。
「……それくらい大丈夫だよ。僕が何とかするから」
「駄目だ。俺は他人と過ごすなんて嫌だね」
「お父さんとお母さんなんでしょ? 何でそんなに嫌ってるの?」
「十年近く俺達をほったらかしといて今になって親面だぜ? ふざけんな」
「……親孝行とかしないつもり?」
エルの問いかけに無言で頷く。いまだにアブソルとサタンの戦いは続いていた。そこにフォッコも加わっているがいまいち攻撃できていない。
「もう見てらんない!」
《草笛》を手にアブソルに突っ込んでいった。笛を強く吹き、鞭をだす。それをアブソルの後ろ右足に巻き付け、思い切り引っ張る。
「ぐわっ!」
「何だ、斬撃以外なら効くのか」
サタンは《未来剣》を地面に突き刺し、アブソルを殴った。今度は障壁は発生せずにダメージが通った。
次の瞬間、アブソルの右手が閃いた。白い華奢な腕が、サタンの腹に突き刺さる。
「い……あああああ!!」
サタンの絶叫。アブソルは手に付着した血を舐め、サタンに覆い被さった。じゅるじゅると何かを啜る音がする。
──まさか……血を飲んでいるのか!?
「はあー。上等な血はいい味してるわぁ」
アブソルが顔を上げた。口の周りから、胸の毛までが真っ赤に染まっている。
「う〜……」
暫し呻いた後、飲んだ血を盛大に吐き出した。その中に球体が混じっているのを俺は見た。
「イーブイ……《リターン》……!」
血を床に擦り付けながらサタンが這ってきた。
「わかった」
強く頷いて、サタンを仰向けにする。
「せいッ!」
指をくるくる回し、患部に触れる。その場所から時が巻き戻って腹部の傷は無かったことになった。
「気を付けろ。クレセリアが復活する!」
「ならあの珠を壊しちまえばいいだろ!」
「ま、待てッ!」
サタンの制止を無視してフォッコは剣を片手に距離を詰める。走りながら剣を持つ腕を後ろに引き、剣先と珠が丁度ぶつかる範囲で突き出した。
ギィイイイン!!
耳を引き裂くような不協和音が辺りに響き渡る。その刹那、俺の横をフォッコが通った。
いや、吹っ飛ばされた、の方が正しいか。彼は壁に激突した後、動かなくなった。
「ふ、ふふふ、ふはははは! 遂に! 遂に戻ってきたぞ!」
珠が砕け散り、気体のようなものが放出された。その煙はだんだんと形を造り始めた。
「クレセリア!」
そう、星の国の夢の中で見たあのクレセリアだった。しかし、生身でその迫力を受けると背筋に冷たいものが走る。
「どうする?」
「お前はアブソルを助けろ。俺があいつの気を引く!」
言い終わるや否、サタンはクレセリアに向かって未来剣を振り上げた。
「せあッ!」
気合いの乗った一撃はクレセリアの胴体を掠めた。
──今だ!
俺の感覚が告げる。リミッターを解除して爆走する。クレセリアのすぐ後ろにいるアブソルの腕を掴んで反対側の壁に逃げる。
クレセリアがちらりと俺を睨んだが、さほど気にも止めずサタンの猛攻を防いでいる。
「アブソル! 起きろ!」
肩を強く揺らして名を叫ぶ。
「電気ショック!」
アブソルの心臓に多量の電気をかける。ビクッビクッとアブソルの体が反り返る。
「起きろよ! 起きろ!」
いつしか俺の目からは涙が溢れていた。声にならない嗚咽を漏らす。
──ゼンブ、アイツガワルインダ……。
俺は正常な判断ができなくなり、奇声をあげながらクレセリアに飛びかかった。
薄紫のベールに噛みつき、引き契る。クレセリアが悲鳴をあげた。
次いで背中に飛び乗って鋭い爪を立てる。奴は俺を振り落とそうとすりが必死にしがみつく。
俺の爪は深々と突き刺さり、手前に引けば泉のように血が湧き出る。
何度も何度も引っ掻き、突き刺し、引き裂く。次第に肉が無くなってきて骨が見えた。今やクレセリアは飛行能力を失って地に伏している。
「ゼンブオマエガワルインダアアァァアアッ!!!」
化け物じみた咆哮を放ち、クレセリアの首筋に牙を突き立てた。柔らかい肉の奥に固い筋肉がある。それを全て噛み砕き。骨へと到達する。
首から口を離し、代わりに腕を突っ込む。クレセリアはほぼ絶命しているがかまわない。
「ウォォォオオアアアアッ!!」
首の骨を掴み、一気に体外へ引っ張りだす。ボギッ! と気味の悪い音を鳴らして首骨を折った。
クレセリアの首は力なくだらりと曲がった。
「…………」
サタンがモンスターを見る目で俺を見た。
「ッ! フォッコ! 剣でこいつの心臓を突き刺せ!」
サタンは我に帰ったようでフォッコを呼んだ。しかし、彼は死亡──とまではいかないが当分行きを吹き返すことはないだろう。