63話 父と母
「なあ、ガチバトルが始まる前にさ、アブソルはどこに居るんだ?」
ジャノビーが言った。すると、「そういえば」と口々に呟きながら周りを一瞥した。
「………そこかッ!」
サタンが自分の背後に剣を振った。直後、ガギィン! と、金属どうしがぶつかるような衝撃音が耳を貫いた。
「よく見切ったな」
アブソルがアブソルならざる声色で言う。
「らあッ!」
サタンが彼女の顔面に膝蹴りを入れる。が、紫色の障壁によって阻まれた。
「フォッコ! てめえの剣でこいつを切れ! 首を落とすんだ!」
「あ、ああ!」
フォッコは背中から白銀に輝く剣を抜いた。
「オオオッ!!」
裂帛の気合いを迸らせながらアブソルの首に鋭い刃を振り下ろした。
が、この攻撃も意味をなさず、強く弾かれた剣はフォッコの手からすっぽ抜け、入り口付近の柱に激突した。
ぐらりと一本傾き、ドミノのように隣の柱にぶつかった。両柱とも轟音と共に崩れ落ちた。
その衝撃で発生した砂煙の中に、薄紅色に輝く何かを俺は見た。
サタンVSアブソルの戦いはそっちのけで輝く場所へ小走りで向かう。
「クリスタル?」
薄紅色の光を帯びていたのは変色したクリスタルだった。
通常のクリスタルは淡い水色だが、外部から過剰な力を加えられるとこのように色が変わってしまうのだ。
「ルーファ……? シルク……?」
クリスタルの中から出てきたのは二匹のポケモン。
きっと、この二匹が、俺達の父母。ルーファとシルクなのだろう。
「でも……動かないな。死んでるか?」
しゃがんで頬をつつくが反応を示さない。
「電気ショック!」
彼らの心臓がある辺りに手を添え、軽めの電気を流す。
ビクッと体を仰け反らした。期待を込めて強く電力を強くする。
「げほ、ごほっ!」
激しい咳き込み。ルーファが息を吹き返した。
「んだよシルク……。もっと優しく起こせよ……な?」
俺とルーファの目があった。
「お前は……イーブイじゃないか! よく来たな!」
ぎゅー、と抱き締められ呼吸しずらくなる。
「あれ? お前雄だったよな? 性転換したの?」
「違うよ。あいつにやられたんだ」
アブソルと絶賛殺しあい中のサタンを指差す。
「サタン……。俺達をこの中に閉じ込めた……。そうだ! シルクは?」
「ここにいるわ」
シルクが軽く咳をしながら呟いた。
「今は、何年だ?」
「え? えーと、二〇一七年だぞ」
他人事のように戦況を眺めるルーファに訊かれ、忘れかけた西暦を答える。
「何だと?」
ルーファがすっとんきょうな声を上げた。
「それじゃあ、私達は十一年間も封印されていたのね……」
シルクが俺の顔をまじまじと見つめている。
「女の子っぽく育ったのねぇ」
頬を撫でながら言う。
「いや、母さん──」
ルーファがシルクに全てを語る。するとシルクは腹を抱えて笑いだした。
「いやー、ごめんね。あんまりにも違和感がないから、ねえ?」
くっくっくっ、と笑いを噛み殺そうとしながら俺の肩をポンポン叩いた。
「何であんたらはクリスタルに閉じ込められていたんだ?」
「親に向かってあんたとはどういう口の聞き方ですか!」
シルクが拳骨を振り上げた。だが、場馴れしているせいか、さほど驚くことはなかった。
「だって、俺はあんたと仲良く遊んだことないし。むしろ記憶がないし」
「あんたって子は!」
大きく振りかぶって撃ち出された拳を避けて話を続ける。
「十一年ぶりに会って今更親面されても困るんだよね」
「イーブイ、これが終わったら俺達はやり直せないか?」
「んー、無理。家の現状じゃ部屋数足りないし金銭的にもキツいから。どっか遠いアパートに二匹で住めば?」
「何でお前が家計を気にするんだ!」
穏やかな声で喋っていたルーファがついに怒鳴った。
「だって、探検隊のリーダーになったその日から俺がやりくりしてるんだから。皆のバイト代やら賞金やらをかき集めてどうにか18匹を養ってるんだよね」
「賞金って何だ?」
「ブースター兄ちゃんのゲームの大会の賞金2千万。それから俺が書いた小説の金賞で300万、後はリーフィアの書く漫画、ミミロップの発明、師匠の薬、とかだな」
「それだけあれば充分だろ!」
「1ヶ月の電気代、水道代、ガス代、食費、学費、探検に必要な者の買い出し! それを18匹分! 足りるか! そこにあんたらが加わったらもうやってけねえよ!」
今の今まで溜めてきた不満を全て吐き出した。呆気にとられたルーファとシルクはぽかーんと突っ立ている。
「そういう訳なんで」
親子の感動の再開はなく、逆に更なる溝を作ってしまった。
だけど、後悔はしてない。いきなり親面しやがって! ふざけてんのか! これ以上の重荷はごめんだ!
「……あれ? どこ行ってたの?」
エルが手に汗握るバトルから視線を外して尋ねてくる。
俺はしかめっ面で答えなかった。