62話 未来からの助け
「初めてだろ? 腹を貫かれんのは」
サタンは剣を俺の腹から引き抜いて肩に担いだ。
「ったりめえだろ……」
軽い吐血をしながらも言い返す。血の滲む腹に手を当て、時を巻き戻す。
「お前も《リターン》を使えるようになったか」
「三分だけな」
《リターン》とは時間を巻き戻す技だ。しかし、俺の技量では精々三分が限界だ。ついでに言うと、五分たたないと再使用はできない。
「じゃあ、次はここだな」
立ち上がる前の俺の肩に、未来剣が突き刺さった。
「あああああ!!」
断末魔の悲鳴。患部から鮮血が迸る。
「五秒後、お前の体は完治するが雌になる」
サタンが愉快そうに喉の奥でくくっ、と笑った。
「ほーら、五秒だ」
「う……ああああああ!!」
肩の傷は一瞬にして元通りになったが、次いで灼熱の太陽に晒されているかのような熱さが体を駆け巡る。
心臓の鼓動が早くなる。抑え込もうと胸を強く握る。暫しの悶絶が続いた後、固い胸板に膨らみができた。雄である俺に、本来存在するはずがない『それ』はむくむく大きくなる。
恐る恐る、股に触れる。
──最悪だ。雄のシンボルまで無くなってる……。
サタンは腹を抱えて床に転がって大爆笑している。
「てめっ、殺してやる!」
声までもが変わった。最近声変わりして低くなったのに、これじゃテレビにでてるアイドル並みだ。
「はははッ!は──はっはッはッ! イーッヒッヒッヒッ!」
俺の声を聞いて更に爆笑するサタン。
「イーブイ、まだその体に慣れてねえだろ」
重い胸のせいで重心が前に傾いている。急に真剣な表情になったサタンに足を払われ転倒した。
「その体が嫌なら一思いに殺してやろうか」
「は、できるもんなら殺ってみな」
「待って!」
「来たか……」
サタンが剣を引き、声のした方を向く。
「やあやあ、お久しぶりですなあお二方。五百年も会いに来てくれないと寂しいぜ」
「僕もさ」「私もよ」
ワームホールを抜けて出てきたのはエルとミミロップだった。
「あれぇ? 君ってこんなにふっくらしてたっけ?」
別次元から出現したエルがサタンとの会話を打ち切って俺に近づいてきた。
さっ、と身構えるがいまいち極らない。
「そんなに身構えないでよ。僕らは味方だから」
「その保証は?」
俺が瞬時に訊き返すと、エルは困ったように唸った。
「本当だ。そのエルとミミロップは俺の時代の奴らだ」
「分かった……。信じる。それより五百年ってどういうことだよ」
「僕らは肉体的時間を凍結させて二十一歳の時のままでいるんだ」
「ね、前みたいに殺しちゃっていいの?」
未来のミミロップが大人びた表情でプラズマガンを構えた。
「ああ、もちろんさ」
未来エルが許可を下すと彼女はニコッと笑っている銃を乱射した。
その命中精度には驚かせれた。一見適当に撃っていると見せかけて、全弾的をぶち抜いている。
「ある事件の後、サタンはふらりと消えたんだ。その日を境に、皆消え始めた。残った僕とミミロップは空間能力と発明で何度も窮地を脱してきた」
「サタンから何度も逃げてたってことか?」
「うん。で、僕は今日、この時間、この場所で戦闘が始まることを知っていた。だから未来警察の力を使ってきた」
「それで、俺に殺されるために」
サタンが一気に距離を詰めた。エルは体を横にずらして回避する。
「そらッ!」
サタンは左から水平切りを放った後、尋常じゃない速度で斜め右上に切り上げた。
そこには丁度エルがジャンプしていた場所だった。
「ぐ、うッ!」
切られて体勢を崩したエルは床に落ちた。辺りに血が飛び散り、周囲を赤く染め上げる。
「忘れてた……。七秒後の未来が見える、だっけか?」
「そゆこと。それと対象の未来を定めることもできる」
「まさか……。止めて! 嫌だ! 消えたくない!」
「二秒後、エルはこの世界から消滅する」
ここで初めてサタンの顔が曇った。まるで、本当はやりたくなかったかのような……。
あれこれ考えているうちに、二秒が経過した。
「嫌だああぁぁぁ──」
ぐるぐると回転したエルは、小さな点になり、消えた。
「ミミロップ。次はお前だ」
「くッ!」
プラズマ弾を連射するが、全て未来剣によって弾かれる。
「次の瞬間、ミミロップはこの世界から消滅する」
ミミロップの下腹部に突き刺された剣を軸に、ミミロップが回り始めて、エルと同様に消えた。
「残りはお前らだけだ」
「サタン、何で未来のアブソルはいにないんだ?」
「………俺が。殺した」
「何で!? 何で殺したんだ!」
俺はサタンの胸ぐらを掴み問い詰める。
「あいつは女神一族でその胎内にクレセリアを封印した珠が入っている! クレセリアが復活したら倒したとしても被害が大きすぎる! それにシナリオ通りにもいかない!」
「シナリオって何だよ! お前の理想か!?」
激しく問い詰めるが、サタンは一向に答えなかった。