61話 それぞれの戦い
「オラァッ!」
ルカリオと俺の上段回し蹴りで豪華なドアを蹴破る。
「お、よーやく来たな。待ちくたびれたぜ」
外見だけで判断するのは良くない、という言葉があるが、今まさしくその状況だ。
外壁はクリスタルという高級材質なのに対し、内側は質素な石材でできていた。中世のファンタジー小説にでてくる牢獄のような感じだ。だが、もちろん格子などはない。
そして、その中央にサタンが座るための椅子があった。
ん? ……あの椅子には見覚えがあるぞ。
「俺の椅子だ!」
「おお、よくわかったな」
サタンは椅子から立ち上がると指をパチンと鳴らした。
すると天井から十四の色とりどりの何かが落ちてきた。
それは驚かざるをえなかった。
「どうだい? 未来のお前らだよ。何匹か抜けてるけどな」
「皆野生化してるじゃないか! 一体どういうことだ!」
ブラッキーが問うと、サタンは微塵も罪悪感なんか感じていないように答えた。
「全員の理性をぶっ壊して俺にだけ従うようにした。炊事洗濯、夜のお仕事その他諸々ぜーんぶやってもらってるんだぜ」
サタンは満面の笑みを見せた。その顔は、幼き日の俺とよく似ていた。
「さてさて、お前ら、久々に好きなだけ噛みついてこい!」
サタンが指示すると、未来の仲間は過去の自分に襲いかかった。
△▼△▼
一番最初に、自分を殺したのはサーナイトだった。
ハイキックを首に当て、床に叩きつける。そして、しゃがんでその首を掴むとサイコキネシスで折った。
サーナイト曰く、「あんなの私じゃないわ」だそうだ。
グレイシアは《氷雪剣》片手に未来の自分を見ていた。
「せいッ!」
踏み込みからの水平切りは避けられて逆に反撃を受けた。
敵の氷雪剣の切っ先が、耳の下から垂れる飾りを掠める。
「ウガァアアア!!」
若かりし頃の自分──といっても今の自分、だが──とは似ても似つかない声を発して飛びかかってきた。
「野生のポケモンは、単純な攻撃しかできないのは皆変わらないのねッ!」
脳天に振り下ろされた剣をサイドステップで右に避ける。多少の迷いを呑み込み、未来の自分の首を切り落とした。
サクッ、という小気味よい音。その正体はシャワーズが《水弓》を放ち、見事にヒットさせた音である。
「自分を、殺すのも、悪くないわね!」
弓を三本同時に引き絞り両目、心臓の三点に命中させる。
未来の彼女は体を丸めて呻き、そのまま絶命した。
「そっちいったぞ兄貴!」
ブースターが未来サンダースと攻防を繰り広げている最中、彼の背後でサンダースが未来ブースターと戦いを始めた。
「十万ボルト!」
サンダースの《雷槍》から幾重にも枝分かれする雷撃が放たれた。それと完全に同期して未来サンダースも撃った。
単純な動きしかできない未来ブースターの顔面に直撃して、脳を焼ききる。ガクガクと体を痙攣させ、白目を向いてその命を散らした。
「ちッ!」
舌打ちしながらも《火爪》で弾いたり火炎放射で相殺したり……、とできるだけのことをしたブースターは見事耐え抜いた。
だが、全てを避けきれた訳ではなく所々に怪我を負っていた。
「く……らあッ!」
荒い呼吸を無理矢理沈めて未来サンダースとの距離を詰める。敵の《雷槍》の柄を掴む。約百五十ボルトの電流がブースターの体内を駆け巡る。
歯を食い縛って我慢する。右手に構えた鋭い爪の先が未来サンダースの顔の中心を貫いた。鮮血がブースターの燃え盛る爪によって蒸発する。
「っ、はぁ─────!! 勝った──!!」
ブースターは溜めていた息を吐き出しながらその場に仰向けに寝転がった。
「しっかし、未来の俺達が相手とはな……」
ブースターが《火爪》をしまいながら呟く。
「さて、イーブイ。話そうか」
サタンがゆったりとした動きで近づいてくる。イーブイは身構えた。
「おいおい、そんなに身構えんなよ。楽しく殺ろーぜ」
「断る。俺はお前なんかと仲良くする気にはなれないね」
「そうか……ま、シナリオ通りか」
シナリオ? イーブイは別の話題に気をとられ隙を見せた。
「懐ががら空きですぜッ!」
サタンの音速のような突進。《波導棍》でギリギリ対応する。
サタンが使うのは《未来剣》。七秒後の未来を見通す力がある恐るべき剣だ。
「それだけじゃないぜ」
イーブイの考えを読んだのか、サタンが囁いた。
「この剣は触れている対象の未来を決めることができる。ただ、その対象の名前が分かってなきゃ駄目なんだけどな」
「なんだと!?」
「お前の波導棍は三秒後に折れる」
三秒。他人からすれば直ぐに過ぎ去る時間かもしれないが、この状況の当事者達には途方もなく長い時間に感じられる。
一、二、三、バギィン!
恐怖に目を見開くイーブイ。信頼する武器が真ん中から真っ二つに折れてしまった。
「ぐうっ!」
防御不可能の剣が、彼の腹に突き刺さった。