60話 亡者との遭遇
「いよいよだな……」
現在時刻は、午前六時。あと、十分もすれば悠久の航路を抜ける。
「亡者……。皆に話しておかなきゃな」
そう思い本を片手に甲板に出た。
外では全員が唖然とした表情をして、天を仰ぎ見ていた。何事かと思い俺も見上げる。
「え!? すぐに城があるんじゃなかったのか!?」
俺は急いで『亡者』についてのページを開いた。
──亡者について書いたが、奴等は何も城の中だけにいるわけではない。むしろ、城の中に巣食っている奴の方が少ない。
大抵の奴等は、悠久の航路を抜けた先の【永久の旅路】に多く生息している。
「み、皆! よく聴いてくれ!」
亡者について全てを語る。話しかけられても受け答えするな、と。
「ついた……」
俺が真っ先に暗黒の大地に足をつける。
地面は、水晶でできていて、真っ暗な闇が透けて見える。
そして、その周囲にいるのが亡者。それらは黒い霧のように薄いが、全部ポケモンの形をしている。
時折何か呻くが、何を言っているのか 聞き取れない。
「いいか、何度も言うけど、絶対に絶対に! 話しかけられても受け答えするなよ!」
いくら念を押しても足りない気がする。特に、サンダース兄ちゃんとブースター兄ちゃん。
「止まってたら何も始まらないよ。だから進も?」
エルが俺の肩に手を置いた。強く頷き返し歩み出す。
誰も一言も発さない。
「ネェ、尾に居ちゃん」
最後尾でリーフィアがブースター兄ちゃんを呼んだ。
しかし、リーフィアの声にしては、やけに片言で、金属質のサウンドだ。
「お? どーしたリーフィああああ!!」
突然の大絶叫。何だ! と振り返ると、ブースター兄ちゃんが亡者にがっしりと肩を掴まれていた。
「ぎゃああああ!!」
この事態に驚き、全員が散り散りになる。
「おおいッ! ちょ! 逃げんな! 助けて!」
兄ちゃんがじたばた喚く。すると、俺と同じ方向に逃げたエルが舌打ちして、兄ちゃんを拐おうとする亡者に突っ込んでいった。
「たあッ!」
エルの拳が純白の軌跡を描きながら亡者の顔とおぼしき場所を貫いた。
確かに俺は見た。彼の放った《シャイニングブロー》の白い光芒に一瞬、亡者が怯んだのだ。
「そうか! 誰かフラッシュを頼む!」
「任せて!」
反応したのはエーフィ姉ちゃんだった。彼女はルカリオの肩を経由して飛び上がると、額の真紅の宝石から眩い閃光を輝かせる。
「ウオオオオン!!」
「お兄ちゃん!」
今度は本物のリーフィアが呼ぶ。リーフィアは《草笛》から鞭を生やしてブースター兄ちゃんの胴体に巻き付かせた。
「そぉれッ!」
運動会の綱引きのように鞭を引く。兄ちゃんはブラインド状態から回復できていない亡者の手からすっぽ抜けてギリギリ助かった。
「さ、サンキューリーフィア」
鞭に巻かれて引き摺られたままお礼を言う。
「オオオオオンッ!!」
「き、来たッ!」
ブラインドから復活した亡者達が猛スピードで追いかけてきた。
俺らは持ち前の素早さを活かして走る。一気に引き離していくが、一向に城が見えない。
「おいイーブイ! この道で当ってんのかよ」
サンダース兄ちゃんから怒声が飛んできた。
俺は鞄から本を取り出して確認する。
「え、永久の旅路! これは普通に歩けば、五日間程かかる道である。その先に夢幻城がある!」
「「「い、五日ぁ!?」」」
全員が叫んだ。いずれ俺らも疲労が限界に達し、次元の狭間に引き込まれるだろう。
どうすればいい? と思考を巡らせていたら、エルがトップに躍り出た。
「皆! 僕が回廊を開くから早く入って!」
「行ったことがある場所じゃなきゃ駄目なんじゃないの!?」
足を止め、ロコンが訊いた。
「一応、行き先が目視できれば大丈夫。僕は視力が十あるからぼやけて見えるんだ!」
「《ストップ》!!」
迫り来る亡者の群れに時間凍結技をかける。ピタッ、と動かなくなった亡者達。
「いつまでもつか分からねえ! 早く行け!」
「ん……ぐぅ……ヤァッ!」
エルが両手を垂直に振り上げると、夢幻城に続くゲートが完成した。
「もう限界!」
全員が回廊を通ったのを尻目に確認して、時間を元に戻す。
「間に合え……!」
閉じようとする回廊にヘッドスライディングで飛び込む。穴から水色の華奢な手が伸びてきた。それに掴まると、勢いよく中に突入できた。
「オオォォ……」
ミリ単位の穴に、亡者の細い指先が侵入してくるが直ぐに切断されてこちら側に指先が残った。
多分中指だろう……。
「ありがとう姉ちゃん」
俺は手を差し伸べてくれたグレイシア姉ちゃんに言った。
「どういだしまして。弟なんだから少しは姉を頼りなさいよ」
快活に笑う姉ちゃんにつられて俺も微笑んだ。
「これが……夢幻城……」
巨大なクリスタル製の宮殿を見上げてフォッコが呟く。
ここに、サタンが待っている……。