59話 悠久の航路を抜けて
翌日、俺はきれいさっぱり無くなった体の痛みに喜びながら甲板に出た。
「おはよう──か?」
外に出たはいいが、辺りは真っ暗だ。ついでに誰もいない。
しかし、俺の時間能力が告げている。
今は、午前九時だと。
「本、本……。あれ? 入ってない」
鞄を逆さにして振っても出てくるのはリンゴや、オレンの実、ピーピーマックスといったダンジョンに必須アイテムだけだ。
なくしたか? いや、それはないはずだ。俺は本を出したらその場で鞄にしまう、としてきたのだから。
ならば、誰かの部屋だろう。
片っ端からドアを開け、中を確認する。
丁度折り返し地点のルカリオとゾロアークの部屋に入る。
「うわ……」
ベッドが個人個人にあるのに彼らは抱き合って寝ている。
ざっと部屋の中を見回すと、未使用のベッドの上に探し物が置かれていた。
「何だ、ルカリオが持ってたのか……」
本を取り返した俺はページをめくりながら部屋を後にした。
「へぇ……ここ【悠久の航路】っていうんだ」
一通り、悠久の航路について読み終えた俺はやることがなくなった。
「そうだ、夢幻城について予習しておこう」
──夢幻城。そこはきらびやかな装飾の施された城である。しかし、そこには己の欲望に従い続け、破滅した者の亡者が集まる場所。
話しかけられても答えないように。もしも、反応しなてしまった場合、次元の狭間に連れ去られてしまう。
私の同行者が連れていかれるのを目の当たりにしたが、二度とみたくない。
捕まった者はじたばた足掻き、泣き叫び、赦しを請うが、亡者は顔色ひとつ変えずに狭間へと引きずり込む。
旅人よ、注意するべし。
「大丈夫だよな。俺ら、一応裕福だしな」
苦笑してページをめくる。
「あれ、今日は早いね」
欠伸をしながら、ニンフィアが来た。
「ああ、昨日は昼寝したからな」
「皆は?」
ニンフィアが回りを見回しながら訊いてくる。
「皆寝てるっぽい。暫くすれば起きるだろ」
「ねえ兄さん、私、お腹すいたわ」
「ああ、うん。待ってな、今作ってやるから」
本を閉じ、しっかりと鞄にしまう。それから厨房に向かう。
「さてさて、何を作ろうか……。ニンフィア、パンかご飯、どっちがいい?」
「パン。朝はパンって決まってるのよ」
「りょーかい」
冷蔵庫の横にある棚から食パンゆ六枚取り出す。更に、冷蔵庫からレタス、ハム、チーズをだす。
続いて包丁を手に取り、パンの耳を切り落とす。
「おい、耳でも食っとけ」
パンの耳をニンフィアに渡す。彼女は美味しそうに頬張った。
材料に向き直り、レタス、ハム、チーズの順に乗せる。
「イェスッ! サンドイッチのでき上がりぃ!」
三枚三枚で分けて、皿をニンフィアの前に置く。
「うわぁ! ブラッキー兄さんよりも美味しいよ!」
「はっはっは、そうかそうか」
自分でも食べてみるが、確かに美味い。
「だってね、ブラッキー兄さんが作るとね、玉子焼き! って言ったのに黒焦げのゴミを生成したからね」
「なら、ブラッキーは錬金術師だって考えれば?」
「ゴミを作り出す錬金術師、ね」
朝っぱらから大きな笑い声が響いた。
「五月蝿いわねー……」
緑色の髪の毛に寝癖をつけた師匠が起きてきた。
「やあ、おはよう」
「うん」
師匠は大口を開けて欠伸をした。あんまりにも開くから喉の奥まで見えた。
「何食べてるのよ」
ニンフィアの隣にどっかり座り込んだ師匠は頭を掻いた。
「サンドイッチだよ。兄さんが作ったの」
「へえ、あんた料理できたの」
ニンフィアが教えると、師匠の目が逃げようとする俺を捉えた。
「うん……まあ、ね」
「じゃあ、コーヒーをブラックで、あとはオレンジャムを塗ったパンをちょうだい」
「料理でも何でもねえじゃん。それくらい自分で作れや」
「師匠の言うこと聞けないの?」
「はあ──、はいはいわかりましたよお師匠様」
嫌みたっぷりに言って指示されたものを作って渡す。
「ふぅ、頭がスッキリしたわ」
コーヒーを数口飲んだ師匠が呟く。
「良い匂いだな」
次に来たのはサンダース兄ちゃんだった。
「イーブイが作ったのよ」
「へー、おーい皆ぁ! 朝飯はイーブイが作ってくれるってよ!」
やっほーい! 等々叫びながら全員入室した。俺は今月最大の溜め息をついた。
〜☆★☆★〜
この後、俺は昼食、おやつ、夕食、と無理矢理作らされることになった。
しかも、「またよろしくね」なんてグレイシア姉ちゃんに言われたし……。
まあ、明日になったら夢幻城に着いてるし、いいか。
そう思って俺は布団に潜り込んで、眠った。