53話 米の神様
雷鳴が遠ざかっていく。数十秒後、静かになった。
「……助かったのか?」
痛む体を気力で起こし、周囲を確認する。
焼け焦げだらけだ。至るところに黒く、焦げた跡がある。
「焦げくさ、とか言ってる場合じゃなくて兄ちゃん!」
俺は兄ちゃんを括りつけた空賊旗まで全速力で走った。
旗はポッキリと折れていて、下に残骸が散らばっている──が、兄ちゃんの姿は無かった。
落とされてしまったのか? となると俺の責任だ。
「サンダース兄ちゃん……。死んじまったのか?」
答えてくれるはずのない問いを言う。
「勝手に殺すなっつーの」
頭部に軽いチョップがはいる。涙を拭って振り返ると、サンダース兄ちゃんが立っていた。
「ああ、何だいたのか」
「てめッ! 何だその態度は! さっきまでの悲しそうな雰囲気はどうした!?」
「生きてるしいいじゃん」
「むぅ……」
「まあ、助かったよ。ありがとな」
「どーいたしまして」
「皆ー! 着いたよー」
兄ちゃんはフッ、と笑うと操縦席の所まで歩いていった。
「エリアルハート、か」
どんな物かを想像してみる。
色は赤? それとも青?
形は? 丸い? 四角?
でかい? 小さい?
「埒が明かねえ。仕方ないから見に行くか」
俺も皆の後ろについていった。
〜☆★☆★〜
「ほぉ〜……」
ブースター兄ちゃんが感嘆の声をあげた。
石と鉄でできているようで、何だか錆び臭い。
「行き止まり?」
入ったはいいが、先に進めない。ただ目の前に巨大で古めかしい壁があるだけだ。しかも所々欠けてるし。
「欠けてる? そういうことか!」
何だ何だと口々に尋ねてくる。
「まあ、見てろって」
神器を持ってる皆から借り、壁の欠けている所、いや、正しくは『窪み』だろう。
「えーっと、グローブが右上、ペンダントが左下、指輪は右下。最後のティアラが左上か」
カチカチッ、と小気味よい音をたてて修まっていく神器。
すると、ごごごという地鳴りと共に、窪みのある壁が開いた。
「ゲームのやりすぎだな」
エルがぼそっ、と呟いた。
「ようこそ」
ブースター兄ちゃんは目を輝かせて言った。
「いや、俺はゲーマーにはならないよ!?」
「良いんだよ、少しずつで」
普段はあり得ないような優しい声で語りかけてくる。俺は背筋がぞくぞくした。
「キモいわッ!」
鋭く尖った爪で兄ちゃんの顔を引っ掻く。
「いってえええ!!!」
ぷしゃああ、と辺りに鮮血が舞った。
「速く進んだ方がいいよ。この先にいるポケモンがスッゴい仏頂面で私達を睨んでるから」
アブソルが耳打ちしてきた。俺もそのポケモンとやらに焦点を合わせる。
あ……、これはヤバいやつだ。近づいた瞬間罵倒される系のやつだ。
俺の脳内で色々と展開される。しかし、進まないことには何も始まらないので、勇気を振り絞ってすすむ。
「はあ……、そこが開いてから二分。どんだけ私を待たせるつもりなの? 神とは言えども私はレディよ?」
三m圏内に入ったその刹那、いきなりまくし立ててきた。
「はぁ、すいません。どちらの神さんですか?」
一応謝って、訊いておく。もしもこいつが番人だったとして、「私に無礼を働いたからエリアルハートはやらん!」とか言われたら確実に先頭になる。
何としてもそれだけは避けたい。だって、疲れるし、何よりも痛いのやなんだもん!
「よくぞ訊いた。私はエルフーン! ポケ呼んで米の神!」
ばばーんとポーズを取るがあんまりかっこよくない。
そもそも米の神って何だ?
「米の神はねー、手から米を出せるの。炊いてある白米から硬い玄米までね」
そう言いながらエルフーンは手から米を噴き出させた。
「ほら、おにぎりだヨ。食べてごらん」
一番近い俺はおにぎりを渡された。恐る恐る一口噛む。
「美味っ!」
残りを一口で口に放り込んだ。
「そうでしょそうでしょ。さて、ここに来た目的は分かってるよ。エリアルハートでしょ」
俺は指についた米粒を舐めとりながら頷いた。
「簡単に渡す分けにはいかないんだ。サタンの命令でもあるしね」
エルフーンは指で子供がやるような鉄砲の構えをとった。
何をするかと思えばバン! と発声しただけだった。
「何がしたいんだ?」
どっ、と神に対しても遠慮のない笑いがあがる。
「後ろを見てみ」
首だけ捻って見ると、壁に小さい穴が空いている。
「ま、前からあったんでしょ!」
ふん、と鼻を鳴らして否定するシャワーズ姉ちゃん。
「そんなに言うなら横の壁を見てな」
どうせ無理よ、と意地悪な笑みを浮かべる。が、次の瞬間、驚かざるをえないことが起きた。
バン! とエルフーンが叫ぶと不可視の弾丸が壁を貫いたのだった。
いや、不可視は言い過ぎた。小さな玄米だろう。
「どうだい? 凄いだろ。──あれ? 君は……」
そう言うと、エルフーンはルカリオの顔を覗き込んだ。