第一章「運命」
始発
旅の支度。自らの家から、出発に必要な道具や食料・金銭などを寄せ集め、普段使う事もない大型のバッグに、全てを詰め込んで行く。…いや、違う。バッグのサイズはどれも大型とは言い難い、持ち運びの便利な形の物ばかりであったのだ。
もちろん、動きやすく負担がかかりにくいと言う利点もあるだろう。旅先での食料調達が可能であれば、道中困ることはない。金銭も、どうにかして得る事により尽きることさえなければ問題はないはずである。とは言えど、全く気にすることはないと言い切れぬ事なのだ。
真っ先にジーナの家を飛び出したはずのノエルもすぐさまに旅の支度を終え、そしてまたもや、彼女の家に戻ってきていた。そんなにも急ぐ程、町の外へ繰り出すという事が楽しみでならないのだろうか。そうしている間にも、ますます、ノエルの期待は膨らむばかりであった。

「おーい、ジーナぁー。終わったよー」

中には入らずにジーナの家の前で佇むノエルは、外部からでも声が入る程に彼女を呼び掛け、動くことなく返事を待つ。
が、そのまま返しの言葉が来る事はなかった。きっとまだ準備でもしているのだろう。ノエルはそんな風に思ったらしく、特に推す素振りさえせず、彼女らを待つようにじっとその場で待ち続けている。早足に支度をすませるほど楽しみにしていると言うのに、わざとジーナ達を急かせるかの行動をとることは、一切なかったのであった。

暫しの時が経過した頃。待ちくたびれる程に長くはなかったがノエルは立っているのを諦め、地べたに座り込んでしまっている。無駄に体力を使うからか、それともとっくに足が疲れてしまっていたのか。それは分かり得ない。
その時。途端、前の扉が開いたかと思えば、見覚えのあるポケモン2匹が出て来たではないか。すぐさまにノエルの顔は明るみを写し、サッと立ち上がってはその2匹の顔を見つめている。

「…ノエル、来てたの?」

やっとジーナとアシリアが姿を現した。そう意識の内に思うノエルとは打って変わり、地べたに座り込むノエルを見て、忽然とジーナは唖然する。そんな態度を見せる限り、きっとあの時の声は聞こえていなかったのだろう。
僅かな間を有しては考え直し、呆れた様子で、やれやれと言わんばかりの溜息をついた。この状況からして、長い間彼女が自らを待ち続けていたと言うのを、しっかりと把握していたと見受けられる。

「え?…もしやジーナ達、中で待ってたの?」

ノエルがそう問いかける中、おずおずと、少々言い難い雰囲気でありながらもアシリアは頷き、ノエルの聞いたものに対して、遠回しにもその通りだと言うことを伝えた。それを聞くや否や、突如、ノエルはわざとらしく、酷く後悔した様子で後ろ向きな言葉を呟き始めてしまう。全く、とんだすれ違いである。
だがジーナに至っては、その様子を可笑しく捉える様に、「馬鹿ねぇ」と、笑いながらノエルを見つめていた。長い付き合いの中であるからでこそ、そんな風に言えるのであろう。もちろん、侮辱された事を気にしないなんて言うこともなく、反抗を見せつける為にも、強くジーナに怒りの視線を向けたのである。

「…それに私、ちゃんと外から呼び掛けたんだけどなぁ…」

呟きに近い言葉を聞き取ると、ジーナは驚きの表情で相手を見つめた。

「そうだったの?…ごめんなさい、気付いてなかったわ」

申し訳なさそうに素直に謝っては、ぺこりと頭を下げて見せる。どうやら本当に気付いていなかったらしく、もちろんその言葉に皮肉な表現は一切ない。以前に、ジーナのその表情が、それを強く物語っていた。
こうもされては、ノエルも怒るに怒れない。不機嫌であったはずの心境も既に別へと入れ替わり、そのまま暫く黙り込んでしまったのだった。
しかしその沈黙に裂け目を入れる様に、アシリアがそっと口を開ける。

「…その…すみません。こんな事を言うと何と思われるかは分かりませんが……出発はどうなされますか…?」

この状況を見て、中断してしまうのかと思ったのだろうか。恐る恐るノエルとジーナに声をかけ、確認するかの様に2匹に聞く。

「あー…確かにそうだったね。…忘れてた」

まさに今思い出した、とでも言う分かり易い発言でアシリアの方に目を向けた。ジーナも同じく思い起こした様であり、無言ながらもそう思わせる表情でアリシアを見ているのだった。








──────────

町の出口付近。殺風景であるその中、一本道の様に続く砂地を囲む形で短い草花が生い茂る箇所があった。僅かに長く有るその道を進んだ先には少しばかり大きな市街地が存在しており、無論、立寄る者も少なくはない。

「へぇ、案外スッキリしてるのね」

初見である、とでも言う呟きをすれば、ジーナは全体を把握し、箇所へと目線を向けていたのである。
…が、ノエルは違った。

「ねぇ、そんなことより早く出発しようよ!此処から案外近いみたいだしさっ」

そんなジーナの事などいざ知らず、軽く弾んだ声で、2匹に向け、催促するかの様な発言をとる。
その通り、現在地である町から市街地へと行く距離は、そう遠くない。むしろ近い程でもあり、特別危険な地点もない上、襲撃されたとの事例さえ稀に見かける程度のものであった。

「ええ、分かってるわよ。…アシリアも十分に気を付けてね。安全な道らしいけれど、ポケモンに襲われる時もあるから」

推すノエルに対して、ジーナは事を冷静に受け取っては半ば放置し、そちら優先にとアシリアに注意の声をかける。後に付け加えるべくして「戦える?」との問いをかければ、なかなか配慮した様子を見せていたのである。

「はいっ、分かりました。…ええと…きっと、戦えるとは思います」

相手の言葉に素直に頷いて曖昧ながらも問答し、心配しなくとも大丈夫、とでも言いたげな表情で、アシリアはジーナを見つめている。
それをしっかりと理解したらしく、アシリアの口から伝えられたものを聞く限り「無理しないでね」とだけを言い残し、ゆっくり、体の向きを前へと変えたのだった。

「…おーい。まだですかー」

途端、まさにローテンションと言うべきノエルの、低く不機嫌な声が聞こえた。あんな扱いをされ、勝手に2匹で会話をされていては気分を害されない訳がない。拗ねているのではないのだが、わざと分かり易くする為なのか違うのか…アシリアとジーナに、気付けと言わんばかりの視線を浴びせている。

「あ…勝手にすみません」

先に喋り始めたのは、アシリアの方であった。謝罪をすると、小さく頭を下げてその意思を表し、またそっと顔を上げ、目を逸らしながらもノエルをちらりと見ている。

「…ふふっ、別に謝らなくてもいいわよ。わざとだから」

くすり、笑ってみながら、優しい口調でジーナはアシリアにそう言った。妙に礼儀正しく真面目な彼女に微笑ましく思ったか、雰囲気も随分と柔んでいたのである。

「…行かないなら、もう先に行くからねー」

そんな掛け合いをする2匹を見つめてはつまらなさそうに言い、くるりと向きを変え、1人でに歩き始めてしまう。そんなノエルの様子を見る限りアシリアは焦り、慌てている一方、ジーナは浅い溜息をつき、あまり気にも留めぬように独り進む彼女の後をついて行くのであった。








──────────

快然たる街、ガウディウム。住宅なども含め、幾つもの多彩な商店が建ち並び、中には宿や酒場などと言った物もしっかりと完備されている。
言わずとも、大体の察しはつくだろう。ノエル達が向かったとされる街とは、無論、ガウディウムの事なのだ。

彼女らがガウディウムに着くのに、それ程時間はかからなかった。特に目立った出来事もなく、当然その短い道程に苦労することもない。例外除き、大体の出だしとはそう言うものばかりである。それが当たり前と言えば、確かに当たり前な事なのかもしれない。

「おぉ、すごーいっ!」

そこに着く限り、ノエルは街中を広く見回し、たちまちのうちに歓喜の声をあげていた。半ば興奮気味な様子で表情を輝かせ、大袈裟な反応をしながらも、その喜び様を最大限に表している。

「あんまりはしゃぐと不審がられるわよ、ノエル」

「え?ああ、はいはい。分かってるってー」

ジーナの言葉に軽々しく返事をし、辞める気配などないまま、再度辺りを回視する。
やめろと言われて、やめられるものではないのはないのは分かっているのだろう。ジーナがそれ以上言う素振りは一切見せずに、今度は別のことを言うらしく、また、口を開いた。

「…とりあえず、ヘルガーについて街で聞いてみるのが一番ね。もし少しでも手掛かりがあれば…ほんのちょっとかもしれないけど、アシリアの為にもなるわ」

「ま、それが目的だからね。じゃあ、まずは辺りのポケモンやらに────」

「退いて退いてーっ!!」

ノエルが、そうして言いかける時であった。大きく、何処か焦りを混じえた様な声がしたかと思い其方に目を配れば、そこには、とてつもない勢いでノエルに向けて猛突進するポケモン…ピカチュウの姿があった。
言葉を遮られて何かを思う以前に、先ずはこの状況ですべき事がある。そのピカチュウを確認すると、相手の言う言葉を素直に受け取り、ノエルは咄嗟に横へと体をずらして避け、道を開ける形で衝突を免れるべくしたのであった。

「急に危ないなぁ……何だったんだ?」

ノエルは、やがて通り過ぎたピカチュウの後ろ姿を軽く見て呟き、それ以来何も思わずして目をそのピカチュウから離しては、途切れた話をまた繋げるように喋り出す。
先程も言った通り、先ずはヘルガーについての聞き込みが最優先である。この街全てを聞いて回るのにはかなりの苦労を伴うだろうが、それを初っ端から辞めるわけにもいかない。ただ各地に足を運ぶだけでなく、アシリア自身の記憶の手掛かりになる情報を得るのを前提として、今こうしている。やらなければ、意味がないのだ。

「…んじゃ、手分けする?そっちの方が早く回れると思うんだけどさ」

暫くして話がついたか、最後にノエルはジーナ達に提案をする。

「手分け、ねぇ。効率を考えるよりも、迷わない為に3人で行動した方がいいんじゃない?」

「ああ、それもそうか。それじゃあ、3人で聞いて回ろうかねぇ。…アリシアはそれでいい?」

返されるジーナの案を聞き、自らの案を曲げられたにも関わらず、逆に納得のした様子で同意の声をあげれば、アシリアに問うよう其方へ顔を向け、そして問いかける。

「はいっ。大丈夫です」

当然、とでも言うべき雰囲気でアシリアは頷き、ノエルはそれを確認した様子で歩き始めるのだった。
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■筆者メッセージ
遅めの更新、申し訳ありません…!
後半辺り少し投げやりな上、中途半端気味です。
相変わらず短い文は変わらず…むしろこれからこうしたものがほとんどになるかと…
氷雨 ( 2015/05/29(金) 22:11 )