第一章「運命」
記憶喪失
「っ……」

「ああ、やっと起きたわね」

以前の出来事から、2日後。フォッコが目を覚ましたらしく、ぼうっとした様子で、微かに目を開いて辺りをきょろきょろと見回し、確かめている。
そんなフォッコに対し、気がついたのかジーナはそう言って声をかけ、僅かな間相手の顔を見つめていた。もちろん、フォッコはまだ何も分からぬ表情で視線を向ける相手の方を見返し、ゆっくりと上体を起こせば、何かを述べるように、口を開ける。

「…あの…ここは…」

「私の家よ。貴方、森で倒れていたでしょ?」

「倒れて、いた…?」

身に覚えがないのか、フォッコますます困惑した様子で首を傾げ、顔をしかめている。どうやら、倒れる前の出来事はあまり憶えてはいない様子である。もちろん、ジーナはそれをしっかりと察したらしく、続けて問いをかけてみた。

「憶えてないの?…何処から来ただとかは分からない?」

「何処から…?一体私は何を…?」

段々と、フォッコの言葉に違和感を感じるようになって来る。まるで何もかも忘れたとでも言う程の困惑ぶり、いくらフォッコが考えようとも、なかなかその問いに対する答えが出ることは、一切なかったのだ。

「…すみません。何もかも…思い出せません…」

そう聞けば、ジーナは何かを確信したように記憶を辿り始める。何も思い出せない、こんなものが普通にあり得るものだとは言い難い。
────もちろん、考えても見れば、思い当たる節はすぐに見つかった。

「…記憶喪失ね」

まさしく当たりであった。確信に満ちたジーナの顔は変わることなく、じっとフォッコに目を向けている。当の本人も最初は状況が飲み込めずにさえいたが、そう聞いて可能性はないと思ったか、そっと硬い表情を緩めた。

「おーい、ジーナぁー。…あれ?その子、起きたんだ」

ノエルが外出から帰って来た様であり、遠くからでも聞こえる程の声でジーナの名を呼び、早足でその部屋へと向かっては周囲を把握したらしく、そんな風に言葉を発する。

「ええ。…でも、記憶喪失みたいなのよ」

ノエルに軽く返答しつつ、素早い状況把握の為にも、フォッコの状態を相手に伝えた。
どうやらすぐに理解してくれた様であり、納得した雰囲気でジーナに視線を向ける。

「今時記憶喪失かぁ。そんな物もあるんだなー」

「暢気に言っている場合じゃないわ。本人からすれば大変なことよ」

「あー、はいはーい。…じゃあ、名前も分からないの?」

他人事に話すノエルに対し、僅かにではあるが口調を尖らせ、声に微かな怒りを交えつつ、しっかりと注意を述べる。しかし、そんな説教じみた言葉さえも軽々と通り過ぎ、話を逸らすかの様にノエルはフォッコに問いかけた。

「名前…それなら、少しは…」

やっと、フォッコの口から答えに近いものが出た。重要な事だけは、もしかすると憶えているのかもしれない。そう、微かな希望が見えた。
続けてその言葉を催促するかのように、ノエルはうんうんと頷き、名前を言う事を待ち遠しにしている。

「ア…アシリア、と…申します。…あの、実際、名前しか憶えてなくて…その後に続く名前は分かりませんが…」

不安を感じさせる、その自信のない声で、フォッコ────アシリアは、ゆっくりと自らの名を述べた。そうしてまた、言葉を付け加え、自分の分かる限りの範囲を伝える。

「後の名前…姓の事かしら。別に名前が分かればそれでも良いんだから、そんなに気にしなくても大丈夫よ。…と、念の為に名乗っておくわ。私はジーナ・ランベール。で、このツタージャはノエル・フーリエ。もちろん、好きに呼んで貰って構わないからね」

「私の台詞だぞ、ジーナ!」

少し長々とジーナが話せば、気に食わぬ部位があったか、聞いた直後にノエルは声を荒げ始める。不機嫌で怒りを表した様な言葉がいくつも飛ぶ中、それを耳に入れる事もなく平然とした様子で、ジーナはアシリアとの会話を進めて行く。

「…それで、またちょっと聞くけれど。もう何か憶えてる事はない?」

「憶えていること、ですか…?何も────」

「何もない」。言葉を述べる為そう口を開いた瞬間、頭が激しく痛み出し、熱く焼ける様な感覚が、アシリアの身体中を伝う。
しかし、それが続く事はなかった。瞬時に痛みは治まり、熱いあの感覚も嘘のように消えて行く。直後、訳も分からないまま少し黙っていれば、途端、頭の中に記憶らしき内容が思い浮かぶ。
それを無意識にも確実に記憶だと位置付け、今に思い出したかの様にアシリアは話し始めた。

「…いいえ。…確か私は、ヘルガーと共に……」

言って初めて確認される、「ヘルガー」の存在。だがそれ以上に詳しく思い起こす事は出来ず、行動を共にしていた理由、接点や関係性について話せる事は一切なかった。

「ヘルガー?じゃあ、そのポケモンを見つければ、アシリアの記憶が少しでも戻るのかな?」

「ヘルガー」と言われ、首を傾げるノエルはさらに疑問を抱き、それを確認するように周りに聞いた。

「分かりはせずとも、きっと試す価値は充分にあるわ。アシリアの為にも、行ってみるべきよ。…そうだ。ノエル、旅と言うのも兼ねて、この世界を回ってみるのはどう?ただ捜しに行くだけでは損に感じるもの」

ノエルの言葉に対し、そう答えてはまた提案をかける。以前にアシリアの了承も必要にはなるが、先ず聞いておきたいとでも思ったのだろうか。相手の意思を確かめる形で、ジーナは、問う。

「もちろん。拒むことなんて何一つないさ。退屈だった日常が覆されるんだ、そんな美味い話に乗らないわけないよー」

そのジーナの問いに、当然だとでも言いた気な雰囲気でこくこくと頷き、やる気に満ち溢れた表情で、ノエルは相手を見つめていた。
しかし、暫くしてからノエルの視線はアシリアの方へと向き変わり、そして言う。

「君はどう?それでもいいの?」

「…ええと…はい。もし、私の記憶が戻るのでしたらそれで構いませんし…その、むしろ、感謝すべき事ですから…」

「まあ、困ってるポケモンは放っておけないしさ。…よしっ、じゃあ決まり!早速準備するよー」

ノエルはいち早く決行すべく、それを楽しみにするかの様に、弾んだ足取りで準備へ取り掛かる。
…が、ただ分かるのは、「ヘルガー」といった種族のポケモンが、アシリアの関係者と明らかになっていただけである。しかし、それではきっと、分からず仕舞いで終わってしまうだろう。
名も知らず、種族だけを頼りにポケモンを探すなど実際無謀でしかない。この世には、同種族の者などいくらでも存在しているのだ。
それでも、全く無理な話とは言い切れない。当方が顔を把握さえしていれば、時間をかかるものの、確実に見つけ出す事は出来るのである。
もしも各地を回る、そんな事を実行するとすれば、かなりの苦労を負うことはもちろん、多くの時間と費用を使い、そして道中襲われることもあれば、非力な者なら命の危険さえも伴う。
しかし、彼女らはそれを恐れない。反対に、とても愉しんでいる様にも見える。


明る気な声の響く町の中。少女達は、何も知らずに、旅立ちへ向け、進んで行く。

■筆者メッセージ
展開が早く、意味の分からない部分が多々あります。
今回は少し短めになったかもしれませんが…
ま、まだまだ…
氷雨 ( 2015/05/24(日) 22:47 )