衰弱の少女
「はいはーいっ。皆さん、ちゅうもーく」
とある、町のはずれ。明るく、弾んだ声をあげるのは、緑色を主とし黄色なども含め、尾の先はまるで葉を象ったような形で、細く小柄な体格をしているポケモン…ツタージャであった。
手には黒い棒状の様なものを持ち、裏と表で色の違う、黒と赤一面の布を赤い面が内にくる形に羽織っては、円筒状で高く頂上がたいらでツバの両側がそり上がり、へりが鋭角に折り返っている黒い帽子を被っている。はたから見るとまるで分からない格好にしか見えぬのだが、そのポケモンはもちろん気にすることもなく、まるで当たり前のように町の中で佇んでいた。
そうしてまた、辺りに響く程の大きな声を張り上げては、注目を浴びせようとばかりに次々と不思議な芸を見せて行く。それに何と思ったか、周りのポケモンたちは、とても物珍しく、興味があるかのような様子で多くの目線をその一点へ向けていた。
「さあ、これで終わりさ!」
多数の芸を披露し終わり、そう告げたと思えば、そのツタージャは黒い棒を力の限り空へと投げつけ、一番高く上がったところでパチンと指を鳴らす。するとたちまち棒は花に変わり、絶え間無く辺り全体に降り始め、華やかに最後を彩った。これを一通り見ていた周りのポケモンたちも歓喜の声をあげ、満足な状態で終わりを見取り、ゆっくりとまた去って行くのだった。
「いやぁ、楽しいねー。やっぱり」
羽織っていた布や帽子を脱ぎ、ぐったりと脱力した様子で近くにあった木製のベンチに座り、そんな抜けた声で1人呟くと、疲れているのか動こうとする気配はなくなる。
「…ノエル。なーにだらけてるのよ」
途端、横からツタージャに声がかけられる。その方向には、真紅の瞳をキッと軽く睨む様にツタージャへ向けているポケモン…キルリアの姿があった。
最初に発した『ノエル』と言う名は、きっとツタージャのことなのだろう。いや、他に誰がいるだろうか。
しかし、その声がしようが、肝心のツタージャ────ノエルは、相変わらずその脱力っぷりを直すことはなく、振り向くことさえもせずに同じ状態のままでキルリアへと返事をする。
「おー、ジーナ?いやぁ、だらだらなんかしてないよ。休んでるだけさ」
キルリアに向かい、ノエルは『ジーナ』と呼び、その後に発言を終えた。
「…ああ、あのマジックショー?でもやってたんでしょ。よくやるわね…どれくらい町中回ったことだか」
返ってきた答えに、キルリア────ジーナは理解した様にまた話し始め、呆れた様子でノエルを見ている。
手品と言うものは先程の奇妙な格好で行っていた不思議な芸のことであり、仕組も本人以外は分からない。謎でありながらも驚きを交え、とても楽しめるものである為、娯楽として気に入られているのだった。
「もちろん、自分が楽しいからやってるんだよ」
「それは当たり前だと思うけど。それに理由なんて聞いてないわ」
ジーナの言葉に対して引っかかる部位があったノエルが言った事にキツく返されてしまい、僅かに気持ちが下がった雰囲気になっては、確実にノエルの顔も明るみを消していくようである。
「…まあ、それは置いて。少し森の方に用があるんだけどついて来てくれない?貴方が必要なのよ」
「え?森?」
先程の会話を切り離し、また新しい話題に変え、再びジーナは話し始める。その内容に対し、首を傾げる動作を加え、再確認するように聞き直す。
「ええ。…大丈夫、テレポートでひとっ飛びだから」
「あー…テレポートは分かってるけど、もう少し休ませ────」
「問答無用よ」
シュウッ
そんなノエルの遠慮さえも無視し、何処か急ぐ様子で、テレポートを使いその場を離れた。
──────────
暗い森の中。微かに湿り気を帯びた地面は、いつもの乾いたものとは違い、非常に柔くなっている。
テレポートによりその森の中央へと瞬時移動したジーナはノエルに何も言う事はなく、そのまま周りを確認する様に見渡すだけであった。
「…ん、確かここ辺りなはずなんだけど」
「なーに探してんのさ。無許可で連れて来やがって…」
不機嫌な顔で、そう低い声をあげ、じとりとした目つきでジーナを見つめている。断る権利さえも与えなかったのだ。仕方ない事でもある。
「いや、ちょっと良さそうな物を見つけたのよ。珍しい物でね。ちょっと高い場所にあった気がするんだけど…同じ景色ばかりで探しにくいわ」
「珍しい物ぉ?」
ジーナから聞く言葉に、怠気な態度を見せながら首を傾げ、その珍しい物についての疑問を寄せる。
「ええ。…でも…確かにあったはずなんだけど、おかしいわね。少し探してみようかしら」
「見間違いとかじゃないのかねぇ」
熱心に探す姿を見てはノエルこそ興味が湧いてくる。が、悩む様子のジーナを見る限り、そんな風に諦めに近い言葉をかけて直ぐにでも町に帰りたいといった様子であった。
しかしそれも無理はない。強制で連れて行かれたのに乗る気になる方も珍しいものだ。もちろん、ジーナはノエルに構わず辺りを散策し始め、長いこと顔を上げ続け自らの言う珍しい物を懸命に探している。
ノエルはただ単に、その後ろをついては周りの景色をぼんやりと見つめているだけだった。
「…ジーナ、あれ」
ノエルが、何かを見つけた。前にいるジーナの肩を叩き、その気に止まった物を小さな手で指差し、方角を示す。
その先には何かポケモンが倒れているようにも見え、遠くからでも大体の察しはつくようだった。
「え?何?……ポケモン?…ノエル、ちょっと行くわよ」
指を差した先に見えたポケモンの様子が気になったか、途端に探求を中断し、ノエルの腕を引き早足で近寄って行く。
「いてて…引っ張るなってー…」
半ば強引に腕を引かれる事に多少の痛みを覚え、相手に伝わる様に言葉を漏らす。そうする間にもそのポケモンとの距離は縮まり、側にまで来れば、そっと足を止める。
「…!」
目の前に見えるポケモンの姿。それはフォッコの少女であり、倒れていたというのは思っていた通りであった。気を失い、気絶している様子である。それに、体全体酷く傷ついており、深手を負ってはいないものの、かなり危ない状況ではあった。
処置としてか、ジーナはゆっくりと横たわるポケモンに手を置き、”癒しの波動”を当て始める。
「ジーナ、この子…」
不安気な表情を浮かべ、ノエルは多数の傷を負ったフォッコを見つめ、恐る恐るジーナの方へと顔を向ける。
「分かってるわ。今処置してるけど…回復はそんなにも…」
僅かに焦りを浮かべるその表情は、微かに強張っており、その中懸命になって治癒を行なっていた。
このまま何もせずに運ぶよりかは、少しでも苦しみを和らげておこうと考えたのか、出来る限りの事を続けて行く。…しかし、それでも良くなる様な兆しはなく、そのポケモンはただ苦し気に、小さく息をするだけであった。
「…駄目だわ…良くならない。ちゃんと治療出来る場所に運ばないと」
「待って。私がやってみるよ」
途端、ノエルが予想もしない一言をあげる。ジーナは驚いた表情で相手を見つめ、そのままゆっくりと言葉を発し始めた。
「貴方、そんな技持ってないでしょ?なのにどうやって治すって言うのよ」
半ば、理解する事の出来ない様子でノエルへそう話し始めた。もちろん、本来ツタージャが回復技を覚えることはない。普通に考えても見れば、無論全く理解のし難い事であったのだ。
「確かにそうだけど、私は別のものを使うんだ。この、『魔法』ってヤツをねっ」
「ま、魔法…?」
ノエルがそう告げた後、同様に手を置いては、そっと静かに目を閉じる。魔法と聞いたジーナはますます理解が追いつかず、顰めた顔で横へと首を傾げた。
「…────」
治癒が始まった。先程の苦労は何だったのか、と思わせるほどの驚異的な回復力で、みるみるとその傷は癒え、時間の経過と共に段々と痕がなくなって行く。このあまりにも不思議な出来事に、ジーナは思わず驚愕した。
「なっ…ノ、ノエル?」
「ほら、さっきも言ったじゃないか。『魔法』だって」
驚いた表情のジーナに対し、悠々とした表情で、ノエルは相手を見つめた。どうやら治癒も終わったらしく、手を離した状態になり、意識もジーナへと向けている。
そしては2度目の「魔法」と言う言葉を告げ、得意気に話し始めるのだ。
「大体、手品の主力もコレさ。だからタネも仕掛けもない。…ただまあ、おかげで普通の手品のやり方は分からないけどね」
「ふぅん…魔法、ね。…何でこんな便利な能力、今まで隠してたの?」
ノエルの話も聞く耳持たず。驚いた表情はすぐに軽い怒りへと変わり、キツく少し尖った口調で、じとっと睨みつけては強く責め寄った。
「いやぁ、隠してた訳じゃないよ。言い出すタイミングと、使う場面がなかっただけだってー」
如何にもな理由をあげ、呑気に声をあげる。少しだけ怒りを表面に出したようなジーナとは打って変わり、余裕ある表情で話していた。
「へぇ、都合のいい理由ね。…まあいいわ。とにかく、治したと言ってもこんな場所で放置するのは可哀想よ。出来れば、家に運びたいんだけど」
先程の顔はスッと消え、穏やかな表情に変わればノエルに向けてそう言い、手伝えと言わんばかりに手招きをする。
「…はいはい、私がやりますよー」
気怠い声を出し、するするとツルのむちを繰り出せば、その細い蔓でゆっくりと安定する形でフォッコの体を持ち上げる。
それが終われば、どうだとでも言う様な顔でジーナを見つめ、浅く溜息をついた。
「ありがとう。…さ、テレポートするわよ」
そう言った頃にはとっくにテレポートを使用しており、彼女らの姿は、一瞬して何処かへ消えてしまったのだった。
──────────
テレポートで移動したジーナとノエルは、森の中に倒れていたフォッコをジーナの家の中へ運び、そっと休ませるようにベッドに寝かせ、暫く様子を見ることとなった。
あの治癒のおかげか、すっかりと傷は消え、呼吸も平常に戻っている。しかしまだ気を失っているらしく、目を覚ます気配は全くなかった。
「…意識を取り戻すのには、まだ時間がかかりそうね。これは交互で様子見した方がいいわ」
「えー。交互?何日もかかったらどうするのさ」
「問題ないわ。ノエルが私の家に泊まればいいのよ」
嫌味で見つめるノエルをどうとせず、自ら自信のある声で、ジーナはそう伝えた。もちろんな事、ノエルはとても苦い表情をし、また気怠い声を漏らすのだった。
「文句ある?」
途端、キッとジーナの目つきが鋭くなり、反抗するなとでも言うような言葉を発し、キツく睨みつけた。
「…ないよ」
ノエルは渋々了承し、こくりと頷いて見せた。