第1章
第1話 異変
今宵の月は、少し特別なものであった。青白く照らされたその様子はブルームーンと呼ばれ、近年では幸先の良いものとして伝承されている。かくいう私も、この青い月を楽しみとしていた。夜空を見るのも、全く飽きずになかなか楽しいものである。ずっと見ていられる、そう言えるくらいに好きであった様な気がする。
…最近はあまり空を見上げることもないが。

それ以外にも、少しだけ自らの望みに近付きたいと言う気持ちもあった。
現在、異変の影響によって、迂闊に国から動くことが出来ない状況であった。その内容を聞かせてからこんな事を言うのは少しおかしいと思われるかもしれないが、いくら危険を冒してでも、私には異変について知りたいことが山ほどある。原因を突き止め、解決に移る。それが、私自身の望みなのだ。

‘‘ピカチュウ”。そう呼ばれる種族の1人が、この私である。
白日の国で生まれ育ち、今もその国の中で平和に暮らしている。…まあ、平和なだけであって、退屈なのに変わりはないが。


トントン


ふと、戸を叩く小さな音が聞こえた。

「…誰?」

特に何を思うこともなく、私はおもむろに戸を開く。

「すまん…助けてくれ…っ!」

途端、視界に入ってきたのは、酷く息の切れたテールナーの姿であった。まるで立っているのもままならない様子からして、体力もそれ程残っていないのだろう。当然ながら、こんな状態のポケモンを放っておく訳にもいかない。

「えーと…とりあえず入って!」

不安定な足取りのテールナーを家の中へと誘導し、付近の単体の椅子に座らせる。

「っ……」

まだ息が整わないように、彼女のその苦し気な表情は続いたままで、このまま放置して癒えるものでもなかった。私は すぐさま机の上に置いてあった1つの書物を手に取り、眼鏡をかければ、ある部分を探るようにパラパラとページをめくってゆく。

「…あった。ここだ」

途端、探っていた部分を見つければ、間近でないと聞きとれないくらいに小さな声で詠唱する。
私の持つこの本は、ある一種の魔道書であった。これを使えば、魔法は低度なものから高度なものまでが扱えるのだが、それも「全てのポケモンが」という訳ではなく、使用可能者にも限度がある。今現在、自分の唱えているものは低度な回復魔法で、体力が全快する程の力はないのだが…効果は、十分にあるはずだ。

「────……どう?楽になったかな?」
「…まあ、大分」

喘息の発作のような苦しげな息遣いはなくなり、彼女の頬にバラ色がよみがえる。険しくあった表情の中で、微かに口角が上がった。これで落ち着いて話を聞く事が出来るだろう。私は元置かれてあった場所に魔道書を戻し、その机の椅子にゆっくりと腰を沈め、相手に向かっていっそう和んだ目を投げた。

「…一先ずは感謝する。急に押しかけてすまなかったな」
「大丈夫大丈夫、気にしなくてもいいって。…助けてくれって言ってたせど、何かあったの?」
「少し追われていただけだ。体力がなかったおかげで、こうするほかなかったんだが」

そう言って間もなく、彼女は僅かに頭を垂れさせ、じっと動かず思案に暮れていた。一体何を考えているのだろう。私はその程度で終わらせ、それ以上に思考を巡らせることもなかった。

その後、暫くも経たない内に、彼女は少し俯かせていたはずの頭をあげると此方を静かに見つめ、言葉を引き出す。

「お前、各地での異変のことは知ってるよな」
「うん。逆に知らないポケモンも珍しいって」

冗談気に私が返すと、相手は平然と黙殺し、話を続ける。
…分かっているのならば、正直聞かないでほしい。

「異変に興味はあるのか?」
「もちろん!この国一番、異変について興味がある!」
「…成る程な。じゃあ、その異変の原因も聞いてみたいよな?」
「聞きたい聞きたい。是非聞いてみたいです」
「そうか、分かった。…簡潔に言うと、全ての根源は闇夜の国。故意に世界のバランスを崩し、そして異変を起こしている。私も闇夜の国のポケモンだが、この事については初めて知ったばかりなんだ。他にも、知らずにそのまま暮らしている奴はいる」
「や、闇夜の国が?」
「ああ。知らずに暮らしている奴もいると言ったが、それも少数派だ。いつかは大きく動いてくるはずだからな。その前に対策しておかねぇと、本気で危ないぞ」

そのような話は初耳だった。
そんな事例は、昔の話からも聞いたことがない。よりにもよって、闇夜の国である。あの国全体の武器の腕については目も向けられない程に酷いものだが、魔法に関してならば随一の強さを誇るのだ。厄介であることに変わりはない。
だが、彼女の話によれば、全ての民が協力的ではないことも分かった。それならば、どうやって解決すればいいのだろうか。

「…解決法は?」
「さあな、私にも分からん。…その…助けてもらってなんだが、少しお前に頼みたいことがある」

ひたむきな表情を向ける彼女は、私に視線を縫いつけたまま逸らすことはなかった。真剣な雰囲気。そんな中で私は、ただ相手が言うのを待つだけであった。

「…闇夜の国の目的は、世界を壊す事以外に何もない。それだけだ。…無理なら断ってもいい。私はそれを阻止したいんだ。異変に興味があるということとの関連はねぇだろうが…よければ、手を貸してくれないか?」

私は、ただ異変を解決したいだけ。…まさか、世界の破滅にまで事が及んでいるだなんて。それは予想外であったが、さらさら断る気などもなかった。

「私も最初からその目的に近いものを持ってたから。それに1人じゃ大変そうだしね。…むしろ、私からもお願いします」

…しかし、それでは今宵のブルームーンは見えるのだろうか…
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蓮華 ( 2015/07/08(水) 02:52 )