第二話 雷光
サンは困っていた。皆と離れ離れになって、今近くにいるのはムーンだけだからどうしようとか、早くみんなに会って家に帰らなきゃとか、そんなレベルの事ではなかった。
周りの状況が最悪だ。なにせ多くのポケモンに囲まれているからだ。
あいにくサンはポケモンのくせに種類とかてんでダメで、どいつがなんなのかなんてさっぱりだった。
それで大体ムーンに聞く羽目になる。
「おい、ムーン。何がいる?」
「少しは覚えてよね…」
少し呆れたような言い方で答える。
「まあいいわ。そうね。左からどく・あくのドラピオンが4匹、正面両側にいるのがどく・ひこうのクロバット、それが3…」
「いや、こっちに2匹いるから合わせて5匹だな。じゃあ、あのど真ん中の奴は?」
「あれはニドキング。1匹しかいないからあいつがボスね。」
「お前良く知ってんな〜」
「何ゴチャゴチャ言ってんだ、お前らぁ!」
サンが感心していると、痺れを切らしたのかニドキング声を荒げた。
「お前らここが誰の縄張りか知ってんのかぁ〜?」
ニドキングが挑発するように聞いてくる。
(あまり挑発に乗らないようにね。)
ムーンがサンに囁く。
(分かってるよ。)
「知らねえな。」
サンが挑発交じりで返答する。
彼の顔もまた挑発しているような笑みを浮かべていた。
(アンタ馬鹿?)
(あ?)
(そんなこと言ったら…)
「もう遅いぜ。」
サンがそういうと、ニドキングはにやりとしていた。
「なら分からしてやるよー!!お前らぁ!」
「おー!」
ニドキングの言葉に、周りのポケモン達が戦闘態勢に入った。
「は〜。」
ムーンがため息をつく。
「なんだよ。」
「知ってるでしょ?私こういうのあんまり好きじゃないの。」
「強いのにか?」
少し半笑いで言う。
「強いかどうかは知らないわよ。でも、好きじゃないの。」
「なら見とけ。」
「あんただけじゃ歯が立たないでしょ。」
「ははっ、そうみたいだな。じゃ、やるんだな?」
「仕方なく、ね。」
「じゃあそっち、頼んだぞ。」
サンは体中の毛を尖らせながら言う。
彼の目は、久しぶりの戦闘に対する興奮によって強い光を帯びていた。
「分かったわ。」
ムーンも体中の気を高めながら答えた。
彼女の尾は空に向かって真っすぐと伸び、体は薄くオーラのようなものに覆われているように見えた。
「やれ。」
ニドキングのその一言でポケモン達が襲ってきた。
「久しぶりだな、この感覚。」
サンの周りに電気が発生し始めた。
「私に当てないでよ。」
「分かってらぁ。…やっぱ一気に行く。援護頼むぞ。」
サンはそういうと同時に上に跳んだ。
「分かったわ。任せて。」
ムーンは援護体制に入る。その瞬間、サンが上空で放電した。その電気は空を迸り、そして地を這った。
そして空を迸る電気はクロバットをとらえた。
「うわぁ!」
クロバットは悶絶しながら落ちていく。
ドラピオンには当たったものの、そこまでダメージはなかった。
「ちっ、あんま効かねぇな。」
「私に任せて。」
ムーンはサンが地面に着地すると同時に前に一歩出ていった。
気を高め、敵との距離を確かめる。
「ヒャッハー!死ねぇ!」
その時、ムーンは前足だけで自分の体を支え体を回す。
すると、尻尾から星が出てきてドラピオンに向かって飛んでいく。
しかもとんでもない数が。
「うわっ!何だ!?」
ムーンのスピードスターが炸裂。無数の星たちがドラピオン達の体を切り裂いていき、ついに倒れていった。
「さっすがだなぁ。尊敬するよ。」
「それはどうも。」
感情のあまりこもっていない会話が出る。
「て、てめぇら…」
「あら、ご立腹のようね。」
「ああ、そうみてえだな。」
ニドキングは頭に血が上っており、顔が真っ赤になっていた。
「てめぇら絶対に許さねえ!覚悟しろぉ!!」
そういうと、ニドキングはいきなり2匹を襲った。
「なんだよ、図体に似合わず速いじゃねえか。」
サンは応戦体制をとる。
「さて、どんなものかな。」
サンの10万ボルトが発動。全身の毛が再び逆立ち電気を帯び、そこから放たれる電気は確かにニドキングを捉えた。しかし、
「何!?ま、まったく効いてねえ!」
ニドキングにはダメージを負ったような跡は見られなかった。
「なるほど、じめん・どくね。サン!下がって!」
「ちっ、今度は逆かよ。」
文句を言いながらムーンの後ろに下がる。
「何をしようと無駄だぁ!!」
ニドキングは前脚を思い切り地面につける。すると背中からいくつもの針が飛んできた。
「あれは…ミサイル針!!まずい!」
ムーンは咄嗟の判断で回避する。
「くっ!」
ぎりぎりで回避することができ、当たることはなかった。しかし、目の前にはニドキングが立っていた。
「えっ…」
驚く間もなく、ムーンはニドキングの重いパンチを受けた。
「うっ…!」
その衝撃でムーンは崖まで飛ばされた。
「ムーン!」
サンもその様子に驚き、ムーンのほうに駆け寄る。
「おい、大丈夫か?」
サンがムーンに問いかける。しかしムーンからの返事がない。
「おい、ムーン!しっかりしろ!!」
「……さい。」
「へ?」
「うるっさい!!大丈夫なわけないでしょうが!!」
いきなりムーンの怒声が飛んだ。
突然のムーンの行動にサンは一瞬ビクッと体が動いた。
「はっはっは。その様子なら確かに大丈夫そうだな。しかし…」
サンはニドキングのほうへ振り返る。
「なんつうパワーだ。接近戦は厳しいな。」
「ええ、そうね。それにあいつのタイプも考えると一番の良策は…」
「ああ、そうだな。うまくいくかな…」
「どうした?作戦会議は終わりか?」
ニドキングは少し笑いながら聞いてきた。
「ああ、おかげさまでな。ムーン、うまくやれよ。」
そういうとサンはとてつもない速さでニドキングへ向かって突っ込んでいく。
「また無茶して。まあサンにしてはいい考えなんじゃない?」
サンとニドキングの距離はぐんぐん近づいていく。
「なんだ、こいつ。速い…」
ニドキングがそう呟いている間にサンは体当たりしていた。
「ムーン!今だ!」
「言われなくてもわかってます!」
ムーンの額の宝石が輝く。神経を集中させる。
「な、何!?」
ムーンのサイコキネシスでニドキングの巨体が宙に浮く。そして先ほどのムーンのように崖に叩き付けられる。
「どうだ?やったか?」
サンがすでにムーンの隣までやってきていた。
「まだでしょう。でもそのために罠は仕掛けてあるわ。」
「なんだよその罠って…」
「くらぁぁぁぁぁあ!!」
急にニドキングが立ち上がった。
「てめぇらなめたマネしてくれんじゃねえか、あ?」
完全に怒りが頂点に達していた。
「それより上、見てみなさいよ。なんかあるわよ。」
「あ?」
ムーンがそういうと何の躊躇もなく上を見上げた。するとニドキングの上から大きな岩の塊が落ちてきた。
「うわっ!」
間に合うわけもなく、ニドキングは見事に岩の下敷きになった。
「…まさか罠って。」
「ええ、これよ。」
そんなことを平然と言うムーンに対し、決して逆らわないようにしようと誓ったサンであった。
「あのさ、ムーン。」
少しためらい気味にサンが言う。
「ん?何?」
「あの、何て言うかさ、いつになったら俺のことを『兄さん』って呼んでくれんの?」
「いつになったらって…呼ばないでしょ。」
当たり前のように答える。
「そ、そうか。」
すこししょんぼりした様子になるサン。
そんな様子を見たムーンは軽く鼻で笑い上を見上げた。
「ここって、山の上なのか。」
「そうよ。今更気づいたの?」
「ああ。戦いに夢中だったからな。」
そういいながらサンは崖の上のほうを見ていた。
「なあ、ムーン。ここ登れるか?」
「たぶんね。…まさか。」
「ああ、ご想像通りだ。この上のほうが見晴らしはいいだろ?」
さらっという。
「まあそうだけど…。分かったわよ。」
しょうがない、という感じで言葉を返した。
「よし、行くぞ。」
サンはそういって先に崖を駆け上がる。それを追うようにムーンも崖を登る。
その姿はまるで滝を登る鮭のようであった。
崖を登りきると、360°緑で覆われているのが一望できた。
周りを完全に森で囲まれた山の頂上、そこにサンとムーンはいた。
「ここなら邪魔はあんまりいなさそうだな〜。」
少しサンは何かを考える様子を見せた。
「よし。なぁ、ムーン。お前のテレパシーでほかのやつらと連絡取れないか?」
「ん〜、たぶん大丈夫だと思うけど…」
自信無さげに言う。
「ちょっとやってみてくれ。そうだな〜、最初はリーフィあたりに。」
「わかったわ。やってみる。」
ムーンは気を高めた。
(リーフィ、聞こえる?リーフィ。)
『あれ?ムーンお姉ちゃん?』
リーフィの声が聞こえる。どうやら成功したようだ。
「お、うまくいったか。」
『あれ、サン兄ちゃん?なんで?』
サンの声が聞こえる事に疑問を持ったようだ。
「今サンと一緒にいて、サンにも伝わるようにしただけ。」
「それよりリーフィ、お前今どこにいるんだ?」
『どこって…どこなんだろう。』
「おいおい。じゃあ周りに何があるんだ?」
少し心配そうに聞く。
『ん〜…草原?』
「草原!?…どこだ?」
サンはあたりを見渡す。しかし草原など見つかるはずがない。何せ視界の100%が森なのだから。
必死に草原を見つけようとしているサンを尻目に、ムーンが一番気にかかっていたことを尋ねる。
「リーフィ、今イブも一緒にいるの?」
「そうだそうだ。それが大事だったな。」
サンは再びムーンのそばへ行く。
『イブ?一緒にいるよ。』
「ほかに誰もいないのか?」
『うん。私たちだけ。』
「そうなのね…」
ムーンが考える仕草をとる。
『そういえば、ムーンお姉ちゃんたちはどこにいるの?』
「え?ああ、私たちは今山の上にいるわ。」
突然の質問に驚きながらも答える。
『山?』
「ああ、森に囲まれたな。」
サンが付け加える。
『森かぁ。私たちも森に向かっているのよね。でも山なんて見えないよ。』
「そうか、じゃあかなり離れているんだな。」
「そうね。リーフィ、そのまま森のほうに向かってね。山が見えたり何かあったら教えて。このままテレパシーは残しておくから。」
『うん、わかった。じゃあね。』
ここでいったんテレパシーを切るムーン。緊急事態のときはあちらからもつながるようにしながら、相手の心の中までわかってしまうテレパシーをいつまでも残しておく訳にはいかないので、干渉だけはしないようにするためである。
「さて、次はだれに?」
「そうだな。レイあたりに連絡取ったほうがいいんじゃねえか?」
「そうね。」
(レイ姉、聞こえる?レイ姉。)