第二話 合流
「…脱走したものはまだ捕まらんのか。」
ところかわって研究棟50F、研究総監督室。
部屋の中央には木のデスクが置いてあり、その上にはパソコンや何かしらの書類が積み重なっていた。
その前の椅子に座っているヨルノズクが研究員に言っていた。
「はい。…ただ現時点で脱走が確認されているものの名前が分かりました。」
「そうか、教えてくれ。」
ヨルノズクはパソコンに向かい、呼ばれたもの達の名前を打ち込んでいった。
「まず、イーブイ『イヴァン・アルカナ』」
「!!」
イヴァンの名が呼ばれたとき、ヨルノズクの近くで立っているルカリオの表情が一瞬だがこわばった。
「サンダースの『ライト・エクリアス』、シャワーズの『アナト・エクリアス』、エーフィの『グルナ・ソクラティ』、ブラッキーの『フルム・ソクラティ』、グレイシアの『エーナ・アルテミア』、リーフィアの『ソルト・トゥルシア』です。」
「ふむ…」
ヨルノズクは静かにパソコンの画面を見ていた。
その画面にはこの塔にいる被験者の一覧と思われる表が開かれている。
「エルガ君、どうやら君の娘も脱走したようだな。」
ヨルノズクはルカリオ―エルガの方を見た。
「はい…そのようで。」
「私としては君を信用していないわけではない。が、万が一のことも考えると君に変なことをしでかされても困るのでな。40Fで待機していてくれ。」
「…はい。」
終始うつむいていたエルガは軽く会釈すると静かに退室していった。
ヨルノズクは彼の去る姿を何か思案するような表情で見つめていた。
「すみません。まだ三匹ほどいました。」
「何だね、まだいたのかね。」
ヨルノズクは深いため息をして画面をのぞいた。
研究員が次に発した逃走したポケモンの名を聞き、ヨルノズクはかっと目を見開いた。
「何!?」
ヨルノズクは思わず立ち上がっていた。
勢いよく立ち上がったために机の上に積まれていた書類の一部が床の上にばらまかれてしまった。
その様子を見ていた研究員のポケモンは慌てて拾い集め始めた。
「…面倒なことになったな。殺らない程度につかまえろ。」
「はい、失礼します。」
研究員はその書類を静かに元のところに戻すとヨルノズクに対して深く礼をし、急いでドアに向かった。
バタン、と扉が閉まる音のしたあと、部屋中に静かな時間が流れた。
「『エント・トゥルシア』か…」
ヨルノズクは落ち着いて椅子に座り、パソコンの画面に映った、自ら打ち込んだ文字を見ながらつぶやいていた。
彼の目にはほかのポケモンの名を呼ばれた時にはなかった焦りの表情が現われていた。
ドーン!
突然フロア中に爆音が響き渡った。
「な、なにごとだ!」
フロアにいたポケモンたちが音の方向に走って行った。
その隙をみてライトたちは動き出した。
「よし、行くぞ!」
ライトは扉の隙間から飛び出し、フラッシュを放った。
「うわっ!!」
ポケモンたちはその光を直視してしまい、視界を失った。
その間にライトたちは階段へ走り、駆け上がって行った。
「…ん?グルナか?」
突然ライトが言葉を発した。
『あぁ、そうだ。』
グルナ―エーフィはテレパシーを使い、ライトたちに連絡してきた。
その声はイヴァンやアナトにも伝わってきた。
「今何階にいるんだ?」
『B18Fだ。』
「分かった。そこに着いたら場所を教えてくれ。」
『了解。あ、そうだ。B20Fにいるエントを連れてきてくれ。』
「エント?…分かった。」
暫く階段を上るとB20Fという表記を見つけた。
ライト達は通路際の壁に身を隠す。
「エントって脱出したの?」
「ああ、俺らの少し後にな。」
アナトが息を整えながら答えた。
「しかしライトはいいよな〜。スタミナとスピード強化だろ?」
「あぁ。最近ようやくコントロールを採れるようになったんだけどな。」
今まで彼らが捕まっていた場所、というよりこの建物は、ポケモンに新たな能力を加える、能力を強化する研究をしている。彼らはその実験台になっていたのだ。
それにより、ライトはスピードとスタミナ強化、イヴァンは光攻撃、アナトには治癒能力が付加された。
「…さてと、この音の正体はエントかな?」
先ほどからフロアの奥からずっと爆音が聞こえていたのだ。
「さて、行ってみるか。」
そういうと、アナトが先頭を駆けて行った。
「炎からの守りはあいつに任せよう。」
ライトとイヴァンはアナトの後ろについて行った。
「あぁ、もう鬱陶しい!」
大きな体を持つウインディ―エントは追手に炎を浴びせつつ階段へと走って行った。
しかしエントは方向音痴のため、階段へたどり着けなかった。
「だー!階段はどこだよ!」
先ほどから小一時間はB20Fをうろうろしていた。
「止まれ!もう逃げ場はないぞ!!」
気が付くと敵にまわりこまれ、狭い通路で挟み込まれていた。
「邪魔なんだよ、さっきから!」
するとエントの足元から炎が噴き出てきた。
「燃え尽きろ!『豪(ごう)火炎(かえん)舞(ぶ)』!!」
そう叫ぶと同時に足元の炎が一気に燃え上がり、まるで生きているかのように追手のポケモンに襲い掛かった。
「まずい、下がれ!」
そう叫んだのは近くまで来ていたアナトだった。
その声を聴いたライトとイヴァンは咄嗟に身を翻し、壁の後ろに隠れた。
暫くすると炎と音が止まった。
「はぁ、はぁ…」
息を切らし、休憩しているエントの方にアナトが近づいて行った。
「エント、大丈夫か?」
「あ、その声はアナトかっごほっ、けほ。」
息が荒いまま返事をしたのでエントはむせてしまった。
「まったく、方向音痴は治ってねえんだな。」
「うるせぇ!」
「おい、のんびりしている暇はないぞ。急げ!」
ライトが近くの壁の後ろから出てきて、アナト達を煽った。
ライトの後ろからイヴァンが近づいてきた。
「おぉ!ライトにイヴァン!なつかしいなぁ〜」
「なつかしんでる暇もない。行くぞ。」
そう言うとライトは階段の方に走って行った。
「ほれ、行くぞ。」
アナト達はライトを追いかけ、再び階段を駆け上がって行った。
「何だ、こんなところに階段あったのか。」
と少し驚き顔でエントが呟いた。
「ねぇ、エントって炎強化されたの?」
「あぁ、そうだな。」
イヴァンはエントに近づき、会話を始めた。
「エントって要警戒被験体になってたじゃん。どうして?」
「さあな。大方力を与えすぎたからじゃねえのか?」
「ふ〜ん。」
「おい、静かにしろ。そろそろつくぞ。」
ライトがイヴァンたちを一喝した。