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――…で、今は不穏な空気の中二人でいる。
憩いの場であるカフェのハズが、ここはあからさまに異常だ。嫌な沈黙が、真っ赤な店内を支配していた。あたしは、ひそかに唇をかむ。
店員やさっきのしたっぱの女性が不審そうな目で見ている。なんでこんな小娘がこの御方と?みたいな感じかな。こっちが尋ねたいわ!
赤いテーブルにコップの白がよく映えている。目の前のココアからの良い香りが鼻孔をくすぐってきた。しかし飲もうとは思わない、毒が入っていても不思議じゃない。
窓から外を見る。空はやっぱり曇天の色、そこから大粒のしずく――…さっさと晴れてほしいものだわ。
強がってはいるものの、緊張で胸がちくちくと痛い。あたしの予想通りなら、ここは敵地で誰1人として味方もいないのだ。
周囲を改めて見てみると、さっきのしたっぱはエスプレッソを頼んでいたらしく、店員がそれを運んでいた。口をつけながら、やっぱりこっちを見ている。
チラと盗み見れば、店員も特に仕事をするわけでもなく、予想通りこっちを見ている。いいから仕事しろ。
「……ココアは嫌だったかい?」
不意に話しかけられ、あたしは焦りながらもフラダリさんを見る。彼は、あたしの前に置かれたココアに目を落としていた。心配するかのように、少しだけ彼の目が細められている。
「あっいや、すみません猫舌で冷めなきゃ飲めなくって…!」
「そうか…謝る必要は無いよ、ゆっくり飲みたまえ」
くうっ、真顔過ぎてなに考えてるかてんで分からない!さすがにいきなり毒殺はしない……と思うけど!
っていうかフラダリさんあんた、何も飲まないの!?ますます怪しい!
……「猫舌」、咄嗟に出たウソのわりには上出来かしら。ふぅーふぅーと息を吹きかけるフリをして、匂いを確かめても毒が入ってるか入ってないかなんてわからない。
あんまり不審な行為をして、この人をフレア団だと疑っているのをバレても厄介そうだしなぁ。あたしの杞憂だってことも無きにしもあらず。ちゃんとした物的証拠は無いのだから。
客にフレア団したっぱがいるのだって、フラダリさんがそういう不良(?)を差別せずに、客として招き入れる人格者ってことなのかもしれないし。
仕方ない。さっさとこの重苦しい空間から抜け出すためにも、話しかけてみるか……
あたしは唾を飲んだ。
「あの……フラダリさん、ここってあたしなんかが来て良い場所ではないのでは…?」
「ふむ、そんなことは無いのだが。一体、何故?」
「ええっと…以前博士とフラダリさんとここでお話したとき、店員さんに『スーツではないのですね…』と言われてしまったものですから…」
『フレア団みたいな赤いスーツなんて持ってませんしィー!!』と、挑発的に言いたくなるのをこらえつつ、続ける。
相変わらず、緊張がピリピリと走っている。ひざに置いた左手をぎゅっと右手で握った。
「お客さんがスーツで通わないといけないような、すごく格調高いカフェなんだーと思って……ホラ、あたしって普段着ですし」
「ああ…確かにスーツのお客様もいるけれど、必須ってことではないよ。博士だって白衣だっただろう?」
「そりゃあ、あれでしょう?博士はフラダリさんとお知り合いだから、VIP待遇みたいな…」
「……でしたらキミもVIPですよ、選ばれし者ですから」
――…出たよ、選ばれし者。
この人の大好きな言葉だよ。そしてあたしの苦手な言葉だ。
この人はよくあたしを選ばれし者として褒めてくれる。褒めてくれるんだけど……この人の定規で測られたという感じがして、あたしはあんまり好きではない。
人間は誰だって自分の定規を持っているものだとは思う。ただこの人はなんかそれを全面に押し出してるというか…あたしという個人を褒められている気が全然しないというか。
――…いい機会だわ、ハッキリ言ってやろうっと。あたしは相手をしかと見据えた。
「以前から思ってましたが、あたしはフラダリさんが思ってるほど大した人間じゃないですよ!すごい生まれってワケでもないし、博士から図鑑貰えたのだって、たまたまですし」
だからもう、あたしに関わらないでくれません?と言外に。
「ご謙遜を。たとえ図鑑が貰えたことがたまたまだったとしても、メガシンカを成功させたではありませんか。キミよりも長くポケモンといたわたしにすらそれは出来なかった。十二分に大した人間です、自信を持ってください」
厄介ね……親切心で言っているらしいところが、またタチ悪い。真顔のせいもあるからだろうか、声にまだ硬さが残っていて、あまり褒められている気もしない。
あたしは思わず苦笑した。心にのしかかる不安や緊張は消えない。