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緑葉と少佐の秘密の特訓が終わって、数時間後。
なにやら、緑葉はデンリュウの今後の生き方について――あるいは育て方について――少佐に色々と、指導してもらっていたらしい。そして、指導の末、結局はセオリー通り、特殊攻撃を主体としたスタイルにすることに、決めたようだった。
とは言え、物理攻撃と特殊攻撃の判別も曖昧な昨今だから……明確な技選びについて、どうなるかは、追々、決めていかなければならないとのことらしい。面倒極まりない話ではあったけれど、まあ、そうやって精進していくのだろう、なんて。
――そして、そんな指導と小言が終わったあと。
最後の言葉として、少佐から、僕と緑葉へのアドバイスがあったわけだが――
「あー、知ってると思うが、ポケモンの技ってのは、戦闘用に割り振っているわけで、本来は今までに編み出した技能は、ポケモンは全て覚えている。しかしー、戦闘用として扱っていない技能はー、時として忘れてしまうこともある。まー俺らに例えるなら、小さい頃得意だったことが、やってないうちに出来なくなるようなもんだな。あー、例外としてー、技マシンや秘伝マシンで覚えた技は、一度忘れると記憶から消去される。あれは付け焼き刃だからな。まあ言ってみれば、裏技だなー。そんでまー、じゃあ一度忘れてしまった技を再びポケモンに覚えさせるにはどうすれば良いかと言うとー……おー……まあ、簡単に言えば、そういうことが出来る専門家が、この世界にはいるんだな。前にー、嬢ちゃんのポケモンから秘伝技を消去した時ー、ついでにその専門家とも連絡を取ってー、技構成を秘伝技の前と同じ状態に戻した。覚えてるか? まあ、俺も何度か世話になってるから、技について悩んでいたら、また俺の所に来い。そいつの力を借りる時にはー、あー……ちょっとした賄賂が必要になるがー……まあ、それは俺が何とかしてやろう。最初の一回だけはな」
……ということらしかった。
少佐らしい、長い長い演説である。
バトルリングの上にホワイトボードを担ぎ出し、少佐は熱弁を振るった少佐。本当に、学校かよ、と思う感じ。通ったことないけど。
ちなみに少佐の熱弁が終わると、いつの間にか僕と緑葉の後ろで正座していた朽葉ジムの面々が、割れんばかりの拍手をしていた。
「コングラッチレーション!」
「素晴らしい!」
「どこまでもついていきます! 少佐!」
「ヴィクトリー!」
……まあ、意味はよく分からなかったけど。
少佐はきっと、カルト的な人気があるんだろう。
むしろ、ジムの皆さんの反応は、どこか宗教がかっている気すらしたけれど……多くは語るまい。組織の頂点が少佐なら、某なんとか団のように、悪さする心配なんてないし、放っておいても問題はなさそうだった。
とまあ……朽葉ジムでの出来事は、そういうわけで平和だった。
「技選びかー」
再び僕の家でソファに座りながら、緑葉はノートに、言葉を羅列させていた。それはおそらく、デンリュウが使うことの出来る技なんだろう。
ちなみに件のデンリュウだけど、現在、リビングにて放し飼い中。
ソファの前のテーブルにノートを広げ、それを前屈みに見つめている緑葉を、デンリュウはソファにちょこんと腰掛けて、短い手を膝に置き、人畜無害な表情で、眺めている。
「……」
うーわ……。
デンリュウかわええ……。
まあ、確かに、モココに比べたらでかいけど――それでも、緑葉よりは、小さいし。まあ、身長的には、赤火より少し大きいぐらいか。いや、同じぐらいかな。結局のところ、緑葉の想像していたほど大きくなかったから、怪物という印象は薄れているようだった。
仲が良いことは、良いことである。
「うーん、どうしよっか、デンリュウ」
「キュ?」
話しかけられたデンリュウは、姿勢正しく、首を傾げる。デンリュウは人間の言語が通じるタイプのポケモンではないので、理解出来てはいないようだが、一応、感覚的な意思疎通は、出来ているようだ。
「……シグナルビームは外せない気がする……デンリュウの長所って感じがするし……」
「キュー」
緑葉は旅の最中も、こんな感じで悩んでいるのだろうと思うと、やっぱり、努力家だなぁと思わずにはいられなかった。まあ、もっとも、僕にしたって、悩むことの一つや二つ、あることはあるんだけど……。
「ハクロはどう思うー?」
「んー? 僕ー?」
台所にて米を磨いでいた僕は、炊飯器にセットするタイミングで声を掛けられたので、とりあえず七時には炊けるように設定してから、緑葉の元へと歩み寄る。
「やっぱりさ、デンリュウ、麻痺は外せないと思うんだ。デンリュウが負けても、他のポケモンで先制取れるし」
「ああ……麻痺ね。麻痺させて、そんで、シグナルビームで混乱させてってとこか……なんか、緑葉って結構、卑劣な戦闘するよね、見かけによらず。もちろん褒め言葉だけど」
「……自覚はしてます」
「まあ言っても、僕ほどじゃないから別に良いんだろうけどさ……それ、ちょっと見ーして」
「あっ」
緑葉のノートを奪い取り、デンリュウの項目とやらを見てみる。字の綺麗な女の子は、なんかやっぱ、良いよなぁ……と思いつつも、本題について考える。
デンリュウは――見たところ、レベル換算で、四十四ぐらい育っている、か。この前見た時に比べたら、割と育っているように思える。技の種類も豊富なようだ。
特にこのデンリュウの場合は、元々モココの期間が長かったから、その時からシグナルビームを覚えていたんだったかな……まあ、そうじゃなきゃ、ディグダの洞窟でデンリュウのレベルが上がるはずないんだよな。
電気は地面に、無効化なわけだし。
ともなると……やっぱり、シグナルビームは外せない、か。地面タイプのポケモンが来た時に対応出来ないのは、少々痛手だ。技マシンで他の技を覚えさせるのもアリだろうけれど、それには経済的な問題も出てくるだろうし。
「ん、そういや、今現在のデンリュウの技構成って、どんな感じ?」
「んーと、シグナルビーム、電磁波、充電、放電の四本でーす。いえい」
「なるほどね……いや、右手を掲げなくていいから。僕は乗らないよ。ジャンケンはしないよ」
「ノリが悪いなぁハクロは」
「いや、それはやったらダメな気がするんだ。僕が生きる上で。存在次元があやふやになりそうだし」
ともかくまぁ……麻痺、混乱のコンボは、既に確立されているわけか。まあ、それこそ、混乱に関しては、確率の問題ではあるんだけど――
「攻撃が二つと、補助が二つか……やっぱりこれも、セオリー通り、って感じなのかな」
「うん。一応はそれで満足出来てるんだけどね。ねーデンリュウ?」
「キュ」
「うーん、じゃあ今のところは、それでいいんじゃないか、な……ん、こっちの四つの技は何?」
「あー、それはマチスさんのデンリュウの技構成だよ。さっき教えてもらったの」
ああ、少佐のデンリュウ……そういえばさっき、デンリュウは二匹いたっけ。せっかくなら、少佐の本気ポケモンがどれだけ育っているのか見ておけば良かったな。
とにかくまあ、少佐のデンリュウの技構成。
充電、雷、電磁波、光の壁。
……。
え、えげつねー。
麻痺させて、壁で防いで、属性攻撃……か。
地面タイプや草タイプじゃない限り、よほど防御面に優れていないと耐えられない気がするな、この雷。特殊攻撃力を底上げしていれば、命中すれば、即死だろう。
「でも、秘蔵っ子は見せられないって言ってたよ」
「まだ上の子がいるのかよ!」
流石はジムリーダーだな!
まあ、ジムリーダーとは言っても、いつでも四天王の肩代わりが出来るレベルの人がわんさかいるからな……石竹の凶さんが良い例だし。熟練者なら特に……それこそ、先生だって、本気を出せば四天王の一角くらい担えるんだろう。もっとも先生の場合、老体という理由で辞退しそうだけれど。
そう考えれば、少佐が末恐ろしいデンリュウを隠していても、不思議ではない、か。
あるいは、緑葉のような人間には見せられない、極悪非道なデンリュウなのかもしれないけれど。
「まあとにかく、特殊攻撃押しだっけ? なら充電と放電で良いんじゃない? 充電して相手の攻撃を耐える方向性で」
「まー、今のところはそうだよね。マチスさんが言うには、デンリュウが最後に編み出す技が、雷なんだって。だからそれまでは放電でいいんじゃないか? って」
「……まあ、だろうね。あれ、間近で見るとすげー恐ろしい技だもんなぁ。当然、自然災害においての『雷』に比べたら、いくらか威力は落ちるけど……それでも同じ『落雷』なんだから、付近にいる人間は怖いよね」
「うん……そんなポケモンを、なんで人間が従えているのか、分からないところだけどね」
まあそれはごもっとも、というところだった。
「まあ……悪用すれば恐ろしいんだろうけど、それをしないために、ポケモンリーグがあるわけだし……ポケモンと人間の関わり合いについてはあんまり深く考えないで、まずはジム制覇をしたらいいんじゃないかな」
「分かってますー」
緑葉は僕からノートを奪い返して、バッグにしまう。
「さーてと。どうしよっか」元気な笑顔で、緑葉は僕に訊ねる。「このあと、何か予定とかある?」
「いや……炊飯器もセットしたし、何か食べたいものがあったら、買いに出かけるぐらいだけど」
「お買い物ね……うーん、前に関東に来た時のことを思い出すから、行くなら一緒がいいな」
「ああ…………」
誘拐とか、色々、か。
あれ……少佐に聞いた話だと、まだ首謀者は捕まっていないらしい――と、言うより、騒ぎを起こしたヤツらは、組織との関わりを完全に否認しているとか。
まあ、下っ端が勝手にやったのか、トカゲの尻尾として、切り離されたのか……それは定かではないけれど、実際、この付近で――特に山吹付近で――子どもが誘拐されたりという事件は、それなりの頻度で起きている、らしい。こんなにも幸せで、平凡で、平穏な生活が送られている現状でも、そんなクソみたいで最低な事件は、起こっているのだそうだ。それがこの前、たまたま僕らに降りかかっただけのことで、そしてたまたま、助かっただけのことで――僕ら以外の人間が狙われることもあれば、僕ら以外の人間が助からないことだって、十分に有り得る……わけだ。
最低だって言い伏せて、それで終わりに出来れば良いけれど。
やっぱ…………正義がいくらがんばっても、悪は止まらないからな。
勧善懲悪――そういう形態が存在する限り、悪も根絶やしには出来ないのだろう。
まあ、悪と言っても、色々種類があるけれど。
ダークライのような。
そんな悪も。
「ま、一緒に行動してれば大丈夫だと思うよ。これでも一応、心身共に、鍛えてあるからね」
「えー、でも、この前はハクロだってやられてたじゃん。それで大惨事になったのに」
「あれは…………もう、忘れようよ」
酔っぱらってたことは――確か、緑葉には言ってなかったはずだ。
緑葉は地味にお堅いからな……飲酒も喫煙も、有無を言わさず、止められそうだ。いや、流石に、喫煙に対して憧れは持っていないけどさ。
「まあ、ボディガードか……弾避けぐらいには、なると思うよ」
「ん、頼りにしてるね」
そう言って、緑葉は僕の手を握る。
やめてくれぇい……と思いつつも、僕はその手をふりほどけないまま、緑葉と一緒に、朽葉のフレンドリィショップまで、足を運ぶことにした。
今のところは、この手を離さなければ、誘拐されても、一緒にはいられることだろうし。
なんて、ね。
◇
「こ、こんばんはー……」
と、そんな、聞き覚えのある声を聞いた刹那、僕は一瞬にして、何故だか心臓を高鳴らせた。緑葉は近くにいるけれど、その声には反応しなかったようで、買い物カゴを持ったまま、商品選びに夢中である。って、別にそんな確認、する必要ないんだけど。
「あ……き、奇遇ですね」
「そうだねー……えっと、お買い物? かな?」
「ええ、まあ……」
おかしいな……木蘭さんの実家は、山吹だったはずだけど……なんで朽葉のフレンドリィショップで、鉢合わせなければならないのだろう。いや、別にやましいことなんて、別に一つもしていないんだから、別に、僕は、別に気にすることなんて、別に一つもないと思うんだけど。いやそもそも、逆に? 二人を紹介出来る機会が訪れて良かったってなものなんじゃないだろうか? 的な? そういう風に考えればそうだよね普通にやっていけると思う何故なら僕は何もしていないのだから心配する必要なんて微塵もないのであるからして。
「ハークロー、今日何食べたい?」
「う、ぐ、あ、あ?」
「……どうかした?」
「えっ、と……」
えっとえっと。
木蘭さんを見やる。と、緑葉に対して怪訝な表情……は、していない。誰かしら、というような、普通に気にしている表情。だけれど、性格的に、自分から尋ねるようなことは出来ないらしい。普段あれだけ強行しておいて、何故こうも人見知りなんだろう、このお姉さん……。
「ハクロ……どうしたの? お知り合い?」
「あ、うん、知り合いなんだよ。今うっかり鉢合わせて……えっと……えっと、こちらは郵便局員のお姉さんで、僕の知り合いの、木蘭さん……昔僕が通ってた、例の山吹格闘道場の師範の娘さんで、その縁で色々と、仲良くしてもらってる人」
なんとか、無理矢理にでも、僕は場を繋いだ。緑葉は僕が指し示す方向に立つ木蘭さんを見て、
「あ、初めまして……ハクロがいつもお世話になってます」
と、頭を下げていた。
「こちらこそ、初めまして……」
「で、えーと……」
僕と緑葉の関係は、何て説明すれば良いんだろう。
幼馴染み……? なんか抵抗があるな。友達……と言うのも、何か違う気がするし。じゃあ…………こ、こここ、こい……い、いやいや! そんな雑念は振り払ってしまえ。何を考えているんだ僕は!
「あ、私、ハクロと同郷の、緑葉です。今、ハクロの家に遊びに来てて」
「あ、そうなんですか……どうも、よろしくお願いしますねー……」
「こちらこそー」
なんて。
二人は穏やかに紹介し合っていた。
同郷……か。
それこそ僕と緑葉の関係性を表すのに、一番正しい日本語なのかな。いや、ある意味、これほど核心に触れない、上辺が綺麗な言葉も、なさそうなもんだけど。
とにもかくにも、木蘭さんとばったり鉢合わせはしたけれど、それでどうこうあったわけではなく、木蘭さんと緑葉は互いに自己紹介だけして、それで面会は終了の運びとなった。ああ……やきもきしていたのは、僕だけ、か。だよな。ていうか、何を心配してたんだろう僕。なんの悪さもしていないのに。
「それじゃ、ハクロ君と……緑葉ちゃん。またねー……」
「はい、失礼しまーす」
「機会があったら……」
と、言いかけて、そう言えば木蘭さんに尋ねておきたいことがあったということを、僕は思い出す。
「あ、木蘭さん」
「……な、なに?」
「あ、すいません。えっと……師範って、なんかのパーティに呼ばれてたりします?」
「え、お父さん? ……うーん、多分、ないと思うけど」
「ですよね。すいません、忘れてください」
「……?」
「それでは、また今度」
「うん、またねー」
これで師範と顔を合わせる可能性は潰えた……か。
山吹格闘道場――今は格闘技を教える道場だけど、以前は山吹市のジムとして使われていたとかいう話も、聞いたことがあるからな……もしかしたら、そこからの繋がりで、ジムリーダー歴の長い桂さんから呼び出しがかかっているかもしれないと思ったけれど……ま、それは杞憂に終わりそうだ。
考えすぎも、色々、胃が痛む。
考えなしに生きるよりは、あとあと楽だけど。
「なんか……道場の人の割には、細いし、綺麗な人だったねー」
肉のコーナーで適当に肉を見繕いながら、緑葉が溢している。憧れるような口調だった。
確かに木蘭さんは美人には違いないだろう。
地味なのが玉に瑕だけれど。
「まあ……確かに細いかな。ていうか、背が高いよね。僕と似たか寄ったかぐらいだし」
「いいなぁ。私も身長欲しいなぁ」
「身長ねぇ……緑葉はそれぐらいで良いと思うけど」
「…………そう、かな?」
「うん」
というか、僕が長身の人を怖がっているだけなのかもしれないけれど……いや、一部のトラウマが、長身の女性であるってだけか……百七十センチを超えている女性というのは、綺麗だと思うけれど、僕のトラウマである女性は、顔立ちが整いすぎているせいで、美しさを超えて、禍々しさを感じてしまうのだ。魔女とか、そんな感じの。職業も占術に近いし、魔女という表現は自分で言っておいてなんだけれど、かなりしっくり来る。
木蘭さんの場合は、性格も相まってか、表現は悪いけれど……呆けている感じだしなぁ。
間違って木偶の坊とか言ったら、世界中の女性から非難に遭いそうだな、僕。木蘭だけに、とか言ったが最後、地球上に存在出来そうにもない。
「まあ、緑葉が僕より背高かったら、僕の面子がなくなっちゃうからね」
「んー、ハクロって今、何センチだっけ?」
「今はー……どうだろ、百六十五……かな。そんぐらいだと思うけど」
「ふーん……もっと伸びたらかっこいいのにね」
「大きなお世話だ」
まあ、まだまだ成長期だと信じたいけれど。
せっかくだし、百七十センチ……は欲しいよなぁ。高望みかもしれないけどさ。
やっぱり、筋肉つけると身長伸びないって噂はマジなのかもしれないなぁ。うう……身長と言えば、木賊か。あいつはでかくなるんだろうなぁ、きっと。十二歳で既に僕と同じぐらいありそうだったしなぁ。
「まあ、身長がどうこう言っても、ハクロはハクロだよ」
「うん、まあ……そう言ってもらえると嬉しいかな。とは言っても、このデータ、一年くらい前だからなぁ……今はもうちょっと伸びてるかもね」
「そうなんだ? じゃ、ポケモンセンターで測る?」
「え? 測れるの?」思わず聞き返した。
「うん。私みたいなトレーナーって、根無し草だし、健康管理出来ないからね。器具はただで使えるんだよ。健康診断はお金かかるけど」
「へー……それは初耳」
ていうか、ほとんどの事柄に関して無償だよな、ポケモンセンター。まあ、ほとんどは僕らの税金と……あとは、ジム戦の参加費とか、法外な値段の『ポケモン関連の道具』についている、特殊な税金でまかなわれているんだろうけれど。
でも、そうだよな。考えてみれば、傷薬とかって、普通じゃ考えられない値段だもんな……まあ、ポケモンセンターを無償で提供して運営するには、それくらいの値段をつけないと、上手く回らないんだろう。それに、人件費も――考えてみりゃ、ポケモンセンターって、女医さん一人だけだもんな。だけど、あとはポケモンが――特に体力が多いラッキーとかが手伝っているから、人手不足になったりすることは、ないわけか。
世界ってのは、上手く回ってるもんだ。
「まぁ、気になるならあとで行ってみよっか?」緑葉のカゴに食材を投入しながら、僕は提案する。「ご飯のあとにでも」
「うん、そうしよっか。こんな機会じゃないと、いつまでもやらないだろうし」
「そうだよね。僕も一人じゃ、身体測定なんて永遠に後回しにしそうだよ」
なんて会話をしながら、何故かお菓子とかジュースとか、今夜は大騒ぎしちゃうぜ! というアイテムが満載になっていたカゴを持って、僕はレジへと並ぶ。当然、夕飯用の食材も入ってはいるんだけど……明らかに雑多類の方が多いよな。まあ、別にそれはそれで良いんだけど。せっかく緑葉が遊びに来てるんだし。
「あ、そうだ」
「ん?」
「この前ハクロが買ってくれた道具、めでたく使い切りましたー」
「え?」ぼんやりと思い返す。道具、道具……。「あー、あの法外な値段の道具?」
「うん……その言い方はなんか変だけど、まあ、なんだかんだで、ちゃんと役に立ちました。ありがとね」
「それは良かった。まあ、使ってもらいたくて買ったんだしね」
商品のバーコードが読み込まれて、値段が加算されていく。今日はポケモン関連の道具は買っていないので、三千円と少しで足りそうだった。
「まー……僕もなんだかんだでポケモンに関わってるし、道具云々についても、そろそろ勉強しようと思うよ。なんとなく、ポケモンについて本腰入れるのも、楽しそうだしね、なーんて」
「ん……そだね」
と。
何となく、つまらなそうに。
緑葉は呟いた。
けれどそれは、僕の単なる気のせいだったかもしれない。
一瞬の出来事だったから。
真意を確かめる術も、なかったし。
「緑――」
「三千五百三十二円になります」
なんだか少しの違和感。
「あ、はい……」
不安はないけれど。
不足もないけれど。
不審じゃないし。
不穏じゃないし。
不幸ではないし。
不服でもないし。
不惑であるわけでもないけれど。
不問であるわけでもないけれど。
不埒だったりしたのかもしれない。
不逞だったりしたのかもしれない。
不吉……だったのかな。
不調――だったのかも。
普通と言えば、普通だったけど。
不通と言えば、不通だったから。
「あ、二円あります」
なんだか一瞬だけ、刹那さを。
なんだか一拍だけ、切なさを。
なんだか一時だけ、拙なさを。
なんだか一言だけ、攝無さを――
「ありがとうございましたー」
「さーてと、先にポケモンセンター寄るんだっけ? あ、夕飯が先か。それじゃ、帰ろっか」
緑葉は元気に、言うけれど。
「…………うん、そうだね」
僕は左手で荷物を持って、緑葉は右手で荷物を持った。
だけど手は繋がないまま、僕と緑葉は、家を目指した。
生まれた不快の理由も、分からないまま。
◇
特に豪勢というわけでもなく、かと言って質素というわけでもない夕飯を終えて――
僕と緑葉は、ごろごろと、テレビを見ながら、リビングで一段落ついているところだった。
食べてすぐ寝ると牛になると言うけれど。
一体あれは、どんなことわざなんだ。
それに、ケンタロス的な牛なのか、ミルタンク的な牛なのか……まったく、昔の人は考えが浅いよなぁ、とか、失礼なことを思いながら。
「明日は私が作るからー」と、間延びした緑葉の声。
「一緒に作ればいいじゃん。今日だって、一緒に作ったようなもんだし」と、やる気のない僕の声。
「だって泊まらせてもらってる身だしさぁ」ごろごろ。「あ、じゃあ、朝食は全部私がやるからね」
「朝……は、うん、お願いしようかな」ごろん。「僕朝弱いしね。いや、弱いっつーか、日頃から起きるの遅いんだよね。朝飯食わない日の方が多いし」
「私はもう早起きに慣れてるからね。いいのいいの、家事は女の子の仕事なんだよ」
と、まあ……フレンドリィショップで感じた違和感など何処吹く風と言った感じの緑葉の対応だった。本当に、さっきのは、ただただ僕の悪逆心が、鏡写しになっただけなんじゃないかと思うような、そんな程度だったし――それに、あのタイミングで緑葉が機嫌を損ねるとは、僕には到底、思えなかった。
いや、でも、ただでさえ鈍いからな、僕。
でも、自分が鈍感だと気づいている鈍感は、鈍感と呼んで良いのだろうか。敏感と呼ぶには、相応しくないけれど。
「さーってと、そろそろ行きますかー」
ごろごろしていた緑葉が、立ち上がって、宣言した。何のことかと思ったが、数秒で思い出す。
「あー、そうだそうだ。身長と体重だっけ」
「うん。やっぱ、ご飯前にすれば良かったねー」
「なんで?」
「分からないならいいですけど?」
笑顔で怒る緑葉に見放されながら、背中を踏まれる。
ぐえ。
だって……そう言われても、マジで分からないし。
夜は身長が縮むからかな……?
「そんじゃ、いっくぞー」
「うーい」
気のない返事をして、僕は立ち上がる。別に持って行く必要のあるものはないからこのままで……いやでも、外出となると、財布とポケギアとモンスターボールは、必須か。なんだかんだで、何処に行く時も、僕はこの辺を、大体持ち歩いているんだよな。
「身長伸びてるといいねー」
「そうだね……身長が欲しいって言うよりは、成長期が止まっていないことを願いたいんだけど」
玄関の鍵をかけながら、そんな会話をして、僕と緑葉は、ポケモンセンターへと歩を進めた。
前に来た時も、夜にポケモンセンターに来たっけな……あの時は確か、お金を下ろしに行ったんだったかな。そして、わざわざ夜に行くってことは……前も金曜日だったということか。今日も同じく金曜日なのは、何かの予兆ではないと、思いたいけれど。
「夜の朽葉は気持ち良いよねー」
「そうだね、港町だし……紅蓮島の夜も、こんな感じなのかな」
「島だもんねぇ。どうなんだろ、ハクロは行ったことある?」
「ううん。船で行くところは、あんまりね」
「あ、そっか。そうだよね……」
少し気まずそうに、緑葉は言葉を濁す。
「まあ、そろそろ、そうも言ってられないし、明後日はちゃんと行こうと思ってるよ。それに…………定期船とか、そういう船なら、海に逃げ出すのも、簡単だろうしさ」
「……うん」
元々、沈没とは言ったって、人口のほとんどがポケモンを持っている現代において、海に投げ出されたからと言って、そのまま泳げずに死んでしまう人は少ない。
船が沈んで人が死ぬのだとすれば、それは船から逃げ出す事が出来ずに、船もろとも、深海へと引きずりこまれて行くことぐらいだ。
「…………」
それに、今回は青藍兄さんも一緒にいるんだ。青藍兄さんみたいに、僕も早いところ、立ち直らないといけない。
今……実際、立ち直れているのだとしても。
もう少し、機敏にならなければと、そう思う。
「ハクロ、どうしたの? ついたよ?」
「え? ああ、ごめんごめん」
自動ドアをくぐって、僕は雑念を振り払いながら、ポケモンセンターへと入った。
「ようこそポケモンセンターへ」
人はまばら。
とは言え、金曜日であるからか、混んでいることは混んでいた。まあ、かと言って利用客が多いのではなく、ただたむろしている人が多いだけなのだけれど……。
「あらハクロさん、お久しぶりですね」
「どうも」
「それに、緑葉さんでしたね。お久しぶりです」
「あ、どうも」
すげー、緑葉のことまで覚えてんのかよ。
と、僕はその記憶力に感服した。
まあ、救出された後、色々お世話になったしな。
ポケモンセンター朽葉支部――という名称が正しいのかは知らないけれど、そこを統括している、実質のセンター長である女医の鴇さん。今日も相変わらず、丁寧な笑顔と物腰の絶えない人である。て、言うか、ポケモンセンターって二十四時間空いてるのに、いつ休んでいるんだろう……鴇さんは、時空でも飛んでいるんだろうか。いつぞやの、森の神様みたいに。
あー、そう言えば、セレビィまだ生きてるのかなぁ……。
赤火から連絡が来ていないってことは、多分そうなんだろうけど。青藍兄さんも電話で、そんなことを言っていたような気がしないでもないし。
「本日はどうされました?」
「あ、えっと……野暮用なんですけど。身体測定がしたくて」
「あら、珍しいですね」心なしか嬉しそうな口調で、鴇さんは言う。「それでは、あちらの救護室に器具が置いてありますので、ご自由にお使いください。出来れば測って差し上げたいのですが、ここから離れられないものですから……」
「ああいや、お気持ちだけで。すいません、じゃ、お借りしますね」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
何をごゆっくり測定するんだよ。
と、お決まりの突っ込みを入れて、だ。
緑葉と共に、鴇さんに会釈して、僕は救護室へと向かう。ポケモンセンターは基本的にどこも造りが同じだから、朽葉支部も、先月セレビィを看病してもらってた檜皮支部とほとんど同じ内装だった。ベッドが二つと、それぞれに仕切りがあるけれど、誰も使用していないようで、救護室は閑散としている。
「さて、じゃあハクロから測ろうか」
「僕からかよ。まあいいけどね……」
いかにも、という感じの身長計。靴を脱いで、多少の願いを込めて靴下は履いたまま、僕は測定器に描かれた足の模様に自分の足を合わせて、背筋を伸ばす。
「はい、顎引いてね」
大人のお姉さんのような口ぶりで、緑葉は僕の頭に何かを乗せる。正式名称不明。矢印的なあれである。
それにしてもこの救護室……なんかどうか、消毒液の匂いがするなぁ。
今日はなんだか、随分と学校に通っているイメージが付随するな……先生といい、進路といい、救護室といい――
「お、すごーい、ハクロ身長伸びてるよ」
「おお、ほんと?」
顎を引いた状態のまま、緑葉に聞き返す。
「百六十八……てん、ご! です!」
「てんごってのは、五ミリってことかな?」
「うん。すごい伸びてるじゃんハクロ。一年間で三センチ五ミリ」
「うーん……思いの外伸びてたな。まあ、成長期だし、こんなもんか」
実は内心かなり嬉しかったけど、キャラクターとして、無感動を装っておいた。それに、これで大喜びして「うっそでっしたー」とか言われた日には、おそらく僕は、立ち直れないだろうし。
「はいこーたーい」
何となく頭を触りながら、台から降りて、緑葉と場所を交代した。
「顎は引けっての」
「うぐぅ」
緑葉の顎を押さえて、ネタのつもりなのか、背伸びしている緑葉の頭を、例のアレで押さえ付ける。
髪の毛から良い匂いが漂っている。
女の子ってのはなんでこう……こう、アレなんだろうなぁ。どういう仕組みで匂い成分を発散しているのだろう。そういう構造なんだろうか、女の子って。生物的な違いなんだろうか。
「百五十四センチ、かな」
「うう……あんま伸びてないなぁ」
「まあ、こんなもんでしょ。女の子の相場って、よくわかんないけどさ」
つーか、僕と緑葉、十四センチも身長差あるのか……意外、かな。上都に住んでた頃は、似たか寄ったかぐらいだったし、そのイメージが抜けない感じもあるけれど。
割と成長してるんだなぁ、僕も。
男に生まれて良かった。
「はい終わり」
「うーん、もう成長期終わりかな?」自分の頭を撫でながら、緑葉が呟いている。
「女の子は小さくても可愛いからいいじゃん。まあ……男でも、小さければ可愛いけど」
ほら、筑紫とか檜皮ジムリーダーとか柳染君とか。
まあ、あれは性格と顔つきが作用して、ようやく可愛いって感じだけどな……僕みたいな野郎が小さくても、可愛くないだろうし。
向き不向きがあるってことか。まあ、一概にどうとは言えないことだけど。
「んー、しかし、身長伸びてるとなると、スーツとかも怪しいかなぁ……」
体重計に乗りながら、なんとなく、僕は呟く。何故か僕の体重計に足をかけて体重を増加させる緑葉を蹴散らして、目盛りを見ると……五十六キロ。着ている服や、ポケギアとかモンスターボールも含めてだから、まあ、上々と言ったところだろうか。食べたばかりだし、正確な数値とは言い切れないけれど。いや、そもそも正確な数値なんて出ないのか、体重なんて。
「おー……………………」横から数値を覗き込み、不快な声を上げる緑葉。「ねえハクロ、明日からいっぱいご飯食べる?」
「なんでそうなるんだ」
ていうか、そんなに入らないし。
まあ、僕の場合、痩せているわけではないと思う……外観は、痩せ細っているんだろうけれど、一応、筋肉、ついてるはずだし。ああでも……道場に通わなくなってから、結構な時間、経ってるしな。今じゃもう、筋肉と呼べる肉体ではないのかもしれない。
「では……よろしくお願いします」
僕が体重計から降りると、緑葉が何やら呟いていた。
「誰に言ってんの」
「ハクロは出てって。今すぐ」
「ライトナウ?」
「ナウ」
「……うい」
睨まれたので、僕の緑葉に対する防御力は落ちた。いや、女性の体重を見てはいけないということぐらい、僕でも知ってるけどね……。
「数値なんてあてにならないと思うけどな……」
救護室から出て、僕はポケモンセンター内にあるベンチに、腰を降ろした。
室内だし、明かりがあるし、開放的だし、無料だし……ということで、何人もの利用客で溢れかえっているポケモンセンター。ゲームをやってる子どももいれば、煎餅と水筒を持って談笑している老人もいるし……旅のポケモントレーナーらしい人が、隅っこの床に座り込んで寝入っている姿も、目に入る。上へも下へも繋がっているエスカレーターは、動く気配はない。そして近々工事予定の張り紙……ああ、そう言えば、ポケモンセンターは一人で運営しているかと思っていたけれど、上下にも施設があるんだったっけ……日頃はあんまり使わないからよく知らないけれど、パソコンよりも高性能な機械が置かれているとか、いないとか。もちろんそこにも、鴇さんみたいなセンター員が、いるはずだ。
「お待たせー……」
「お帰り」
どうだった? と聞きそうになったけれど、堪えておく。結果がどうであれ、口にするのは阻まれる事実なのだろう。
「とりあえずハクロよりは軽かったので安心しました」
言いながら、緑葉は僕の隣に腰掛けた。
「そりゃそうでしょ」
ていうか僕より軽いくらいで、なんでそんなに嬉しそうなんだ。
「まあ、でも……測ってみて良かったな。身長伸びてたし、多分体格も変わってるだろうから、もしかしたら今まで着てたスーツ着られないかもしれないし……うーん、もういっそ、父さんので大丈夫かな」
「あー、そっか。おじさんって今のハクロぐらいだったかも」記憶を探りながら、緑葉は答える。
「うん。父さん、そんなに大きいってわけじゃなさそうだったしね。まあでも、百七十三、四ぐらいはあったのかな……母さんが小さかったんだよなぁ、うちは」
「でもきっとハクロも大きくなるよ」
おざなりに緑葉は言った。
それが本当なら嬉しいけれど。
「とりあえず、帰ったらスーツ着てみるかな……色々と、合わせとかないとね。シャツはあったと思うけど。ネクタイとか、靴下とか、ベルトとか……色々引っ張り出さないといけないし。一応、ちゃんとしたパーティだからねぇ」
「大変だねー。私もなんかあったら手伝うよー」
「うん、まあ……ん?」
あれ。
そういや。
「えっと、緑葉って…………服持ってきてる?」
「え? なんの?」
「なんのって……式用の服」
「え……私はいらない……んじゃないの? だって、私、関係者じゃないし、行かないつもりだったけど……ていうか、行けないんじゃないの?」
「……やっぱりかー」
青藍兄さんらしいと言えばらしいけど。
緑葉には伝わってなかったのか……。
「招待客の知り合いなら、行ってもいいんだよ。まあ、そうか……言うタイミングなかったかもなぁ。青藍兄さんが言ってるもんだと思ってたけど……緑葉も連れていくつもりだったんだよ」
「だって、パーティって、明後日でしょ? え、無理無理。絶対行けないって」
「多分、青藍兄さんは、関東に連れてくるってことはパーティに行くってことだろ、って感じだったんだろうな……肝心なところで、言葉が足りないんだよなぁ、あの人」
「えー……どうしよう? ていうか、パーティって普通、参加確認とかするんじゃないの?」
「今回に限っては飛び入り参加でいいらしいよ。席数を設けるわけじゃないし、主催者が豪気な人だそうだからね。ていうか、だったら服装だってフォーマルじゃなくても良さそうだけど……緑葉、フォーマル集団の中で浮くのいやでしょ?」
「絶対嫌」
だよなぁ。
一人だけ私服……少佐とかなら余裕で大丈夫そうだけど、緑葉は権力も肩書きもない、しがないポケモントレーナーだからな……顰蹙を買う可能性が、十二分にある。
「いいって、ハクロだけ行ってきなよ」
「だけど……結構すごい人来るよ? ジムリーダーとか、下手すりゃ四天王も来るかもしれないし。そうでなくても、顔を売っておいて損はない顔ぶればっかりだと思うけど」
「尚更行きにくいよー…………それに私、本当にこれか、着替えくらいしか持ってないし」
自分の着ている服をつまみながら緑葉は言う。
あー……完全に思慮不足だった。これが子どもの思考能力の限界なんだろうか。完全にうっかりしていた。女の子だと……一応、ドレスなのかな。派手すぎないような感じのドレス……うーん、一日で用意出来るはずがないよなぁ。いや、お金積めば出来るのか? 明日中に山吹を回れば、或いは――
「僕が個人的に緑葉に服を買うとしても、服代を立て替えるにしても、どちらにしたって金銭的な問題はないんだけど……正装となるとなぁ。急いで準備すれば、間に合う……のか? やべ、マジどうしよっか。緑葉が行かないとなると、僕も行く気失せてきたんだけど」
「ハクロは行かないとダメでしょー……? それに、柳さんとも会うんじゃないの? さっき言ってたじゃん」
「あーそうだ、先生に来いって言われてるんだよな……うーわ、マジでどうしよう。どうにもならない感じがしてきた。えー、緑葉置き去り? それはつまんないよなぁ。せっかく久しぶりに会ってるのに」
「私は別に大丈夫だけど」
僕が大丈夫じゃないんだよなぁ。
とは流石に言えないのだけれど。
「…………うー、誰かに服借りるとか?」
「あてがないよー……」緑葉は困ったように言う。まあ、そりゃ、関東にあてなんてないよなぁ。「まあ、行けるなら、そりゃ行きたいけどさ……」
「緑葉本人が行ってもいいんなら、尽力するけど」
「……ハクロ、そんなにパーティ苦手なの?」
「苦手って言うか面倒臭い」
「……」
冷酷な視線を受けた。
冷ややかだなぁ……。
いっそ清々しい。
「ま、まあ……行きたいのが本音だけど、無理するようなら留守番してるよって感じかな」
久しぶりに頭を抱え込んで悩み始めた僕をいたわるように、緑葉は声をかけてくれる。
けれども……うーん。
難しい感じだなぁ。
「とりあえず……僕は百パーセント、行かないといけないし。先生に、来るように言われてるからね。先生の発言は絶対だ」
「だろうねぇ」溜め息をつきながら緑葉は言う。僕と先生の師弟関係を楽しんでいるようだった。「それに……パーティには行けなくても、紅蓮島になら、一緒に行けるでしょ?」
「ああ、それもそうか……そうだね、もし服が調達出来ないようだったら、挨拶だけして、抜け出せばいいわけか。紅蓮島に遊べるところがあるか微妙だけど」
「抜け出すってなんかいい感じだね……ふふん。なんか、悪いこと企んでる感じ」
「そうだね……随分、幼い悪事だけど」
まあ、緑葉と一緒じゃないと、行く気が出ないのは本当のことだし。
とりあえずは――人脈、頼ってみるか。
まあ、人脈と言ったところで、それは少佐でしかないんだけれど……。
「ま、とりあえずは、一旦帰ろうか」
「そうだね。私よりも先に、ハクロの服見ないといけないし」
「そうだね……あー、服のことなんかすっかり忘れてたよ。甘く見てたなぁ、パーティのこと。他にも忘れてることとか、ないだろうなぁ」
とにかく今は、身近なことについて考えた方が良さそうだ。
僕にとっての突発的な幸せのためにも、未来永劫の幸せのためにも。
とにもかくにも、どうにかして、服を用意しなければ。