7
ダークライと出会ったのは小さい頃の話だけど。
ダークライと成長したのは、僕が割と出来上がって来てからの話だ。
自分のポケモンを手に入れた事に喜んだ僕は、沢山のトレーナーにバトルを挑んだ。本当は、ダークライを捕まえた事を真っ先に緑葉に知らせたかったけれど、僕はそれを両親には話せないでいたし、当時既に旅人となっていた緑葉に、用もないのに連絡を取る(当然、両親を通さなければ連絡は取れない)こともはばかられたので、結局僕は、一人で居るしかなかった。
深奥の大地には沢山のトレーナーがいる。それはどの地方でも同じかもしれないけれど、今とは違ってポケモントレーナーを夢見ていた僕にとっては、深奥にいるトレーナーというのは、まさに宝の山のようなものだった。
ダークライを手に入れた僕にとって。
しかしそのことを両親には言えていない。
「ハクロ、出かけるの?」
毎日のようにポケモンバトルに出かける僕に、母さんは心配そうに訊ねる。そして僕はこう答える。
「うん、草むらには入らないようにするから」
そして父さんからもらったモンスターボールは――もう大丈夫だからと、父さんに返した。
危ないからと言う父さんにも、もう草むらには入らないからと、約束をして。
そして僕は、家から少し離れた場所にある、トレーナーの集う広場を基本として、練り歩き始める。
最初は誰も見たことのないポケモンを使っているということに、優越感を覚えた。
そして、そのポケモンが他の誰のポケモンよりも強いということに、満足感を覚えた。
その後はただ勝つことが嬉しくて、ダークライと一緒に、沢山のトレーナーとポケモンを負かして行った。
そして段々と――
気づいたのは、いつだったか――
ダークライの強さが、気持ち悪くなってきた。
なんでこんなに勝ってばかりなんだろう。
負けたことが一度もないなんて、流石におかしい。
だけど誰にも言えない。
両親に言う機会も、失ってしまっていた。
だから僕は、そんな疑問を四年間も、ずっと心に抱いていた。
そして十歳になった時に――僕はようやく、ダークライの存在を、両親に告げることが出来た。自分でもよくここまで隠し通せたものだと思っていたけれど、今思えば、僕のおかしな行動を四年間も見ていたのだから、両親も気づいていたことだろうと思う。
「まあ、父さんも子どもの頃は似たようなことをしたもんだ」
父さんは僕を怒ろうとはせず、意地の悪い笑みを浮かべて、僕の頭を撫でてくれた。
――怒られなかった。
それが僕の心に、どれほどの余裕を与えてくれたことか。
ダークライを持っている、ということに負い目を感じなくなった僕は、ダークライについての思いを、父さんにそのまま打ち明けることにした。
「このポケモン、おかしいかもしれないんだ」
ダークライを不気味がりながらもバトルを続けていた僕は、十分に成長したダークライを父さんに見せてみた。
父さんは言う。
「……そうか。それなら、試しにこのポケモンで戦ってみたらどうだ?」
受け渡されたのは、ポニータ。
恐らくは、僕が最初に受け取ったのであろう、ポケモン。
僕は父さんに言われた通りに、まだ生まれたばかりのようなそのポニータを連れて、トレーナー達と戦ってみた。
そして――――勝利を収めた。
恐ろしいほどの力量差のあるポケモン同士の戦いで。
だから僕は知ることになる。
一番不気味なのは、ダークライではなくて。
僕なんじゃないかと――――
◇
「ふむ……」
セレビィと対峙して。
一応、ポケモントレーナーらしく、ダークライを繰り出して。
人生三度目なるポケモンゲットに挑戦していた僕。
だったのだが……。
「トクサ少年」
「なんでしょうか、ハクロさん」
振り向いてトクサ少年を伺うと、赤い機械(おそらくポケモン図鑑かその類似品)を真剣に眺めていて、僕に視線を合わせようとしない。
「ポケモンゲットについて詳しくないから、訊ねるんだけど」
「はい?」
「二個投げて二個とも、ポケモンを捕獲することなく、弾かれてるんだけど……これはえっと、どういうこと?」
「もうちょっとで画像の取り込みが終わるんで待っててもらえますか」
「……」
ふざけんな。
いや、僕よりはずっと真剣なのか。
ていうか僕なんか真剣であった試しがないもんな。
…………とにかく状況を整理しよう。
ゲームで言えばボス戦前って感じだろうか。僕らはセレビィに相対する前に気持ちを落ち着けて(ゲームで言う所のセーブする感じ)、姥目の森のおおよそ中心に当たる場所にある祠に、歩を進めたのだった。
そしてその直後、セレビィと遭遇。
期待値は半々だったので、もしかしたらセレビィには会えないのかもしれないと思っていたし、失礼な話ではあるけれど、トクサ少年が一緒にいることでセレビィは姿を現さないのではないかという心配もあったのだが、そんな事は全て杞憂に終わり、セレビィは正々堂々と、僕らの前に姿を現した。
そして直後、間髪入れずに戦闘開始。
僕は一応、儀式としてダークライを繰り出した。ポケモンをゲットするには弱らせたり眠らせたりするのが効果的ということを知識として知っていたので、一応何が起きてもいいように、ダークライを僕の前に配置。そしてすぐに僕は、ハイパーボールを投球した。
そして一瞬の間。
一体何が起きたのか――一度目ではよく分からなかった。ハイパーボールが無惨にも、地面に転がっていただけだ。
そして続く二度目の投球で、僕は何となく、その全貌を理解した。
見えないバリアー……という表現が正しいのかよく分からないのだけど、僕がセレビィに対して投げつけたハイパーボールは、モンスターボールとしての機能を果たすことなく、力なく地面に落下して動きを止めた。
捕獲失敗。
機能を果たしていないから、再利用をすることは出来るけれど。
いくらポケモンゲットの経験が少ない僕とは言え……これが異常な現象であると言うことはすぐに分かった。
モンスターボールは、どれだけ捕まえにくいポケモンであろうと、一度はポケモンをモンスターボールの中に封じ込める。それは、ポケモンが捕獲される事を拒絶するのが捕獲が開始され始めてからであるから。一度捕獲を試みない限り、ポケモンは捕獲を拒絶しないし、出来ない。
だからこそ――捕獲が始まらない時点からセレビィにボールが弾かれるというのは、異常。
常識では考えられない事態だった。
「きゅ?」
神様は目の前で、可愛らしく首を傾げた。
それはまるで、「今、何かしたか?」とでも言うような、高飛車な行動にも取れるような。
「取り込みが終わりました。で、どうしました?」
トクサ少年は赤い機械をリュックにしまうと、僕に声をかける。表情はどこか嬉々としているようにも見える。やっぱ嬉しいのか。
「いや、ボールが弾かれるんだ」
「ボールが? そんなはずはないですよ。それ全部新品ですから」
今のやりとりを見ていなかったからか、僕の話を完全に信じようとしないトクサ少年。まあ、気持ちは分かるけれど。
「だよねぇ……まあでも、事実弾かれてるんだよ。現実的に、ボールが弾かれることって、有り得る?」
「うーん……」
トクサ少年は空を仰いで考え始める。
幻のポケモンを目の前にしているって言うのに、僕らは割と冷静なもんだ。
「セレビィが幻のポケモンだから捕獲出来ない……とかはないですよねぇ。幻のポケモンと言えば、何年も前にミュウが捕獲された記録が残ってますし。ポケモンである以上、それがどんなモンスターボールであれ、弾かれるってことはありませんよ」
それは裏を返せば、『ポケモンでなければ弾かれる』という事にも繋がるのだけれど――そうすると、セレビィがポケモンではなく本当に妖精か神様であるということになる。でもそんなファンタジーは、僕はにわかには信じられない。
「とりあえず、もう一回投げてみるか……」
僕はハイパーボールのリングを引いて、捕獲出来る状態に変形させ、セレビィに向かって投球する。
「きゅ」
僕の投げたハイパーボールを怖がるように、セレビィは小さく鳴いて目を瞑る。が、そんなセレビィの心配をよそに、ハイパーボールは見えない何かに弾かれて、地面に落下した。
「三つ全部が不良品だった……なんて事は有り得ないよなぁ」
「ええ、確かに妙ですね」
木にもたれかかりながら、トクサ少年は僕とセレビィの対峙を眺めている。
トクサ少年は僕がセレビィを捕まえようとしている理由を知らないから、実に呑気に構えている。まあ、呑気度合いで言えば僕も似たようなものだけれど……。
まあ、トクサ少年と一緒にいる、と言うのは、事情を知らないから気が楽と言えば気が楽だけど……その実切羽詰まった状況だから、捕まえられないとそれはそれで問題有りなわけで。
「ダークライで攻撃してみたらどうですか?」
トクサ少年からの提案。しかしそれは現実的じゃない。
「それも考えたんだけどね……攻撃しても、大丈夫だと思う?」
「? どういうことですか?」
理解しがたい、と言った感じでトクサ少年は首を傾げる。
トクサ少年にしてみれば、幻のポケモンであるセレビィは強くて当然、と言う考えなのかもしれない。しかし、僕が見る限りでは、このセレビィ、明らかに弱い。トクサ少年のルカリオならば、ともすれば無傷で瀕死状態に追い込む事も容易だろうと思えるほど。
一言で言って、戦意が感じられないのだ。喩えるならプリンやパチリスのような、愛玩として扱われる場合が多いポケモンに多く見られる、戦意のなさ。
そんなセレビィに対して、僕のダークライが、例えば悪の波動でも放ったら……もしかしたら、一撃で倒れてしまうのではないだろうか? そんな不安が僕の脳裏をよぎる。
まあ実際それは、神様を相手にして、とてつもなく失礼な物言いだけれど……。
「結構な確率で、一発でノしちゃうかもしれないし」
「あー……」
ポケモンをモンスターボールで捕獲する時は、ポケモンにとっては精神的にも肉体的にも負担がかかる。
だから一度瀕死状態に追い込んでしまったポケモンに対してはモンスターボールがモンスターボールとしての機能を発揮しないし、何度か投げている途中でも、その最中にポケモンが瀕死状態になってしまえば、捕獲は不可能となる。
……ん。
という事は、そういう事なんだろうか?
「トクサ少年」
「はい、なんでしょう」
「瀕死状態のポケモンとか、死んでるポケモンって、モンスターボール使えないんじゃなかったっけ」
「……どういうことですか」
分かってはいるけれど分かりたくない、という表情でトクサ少年は僕を見る。
「いや、あんまりファンタジーとかが好きじゃない僕は、まさかこんな事信じてたりはしないんだけど……もしこのセレビィが、その、生きてないとしたら、モンスターボールが弾かれるのも納得が行くのかなぁ、とか思って」
もちろん僕は信じていないし、有り得ないとも分かっているけれど。
ファンタジーを信じないあまり、結果的に現実的な結論を探せば、そういうファンタジー的な結論しか浮かんで来ない。
「いやぁ……どうでしょう」
「どうでしょう、って感じだよねぇ」
まったく持って、トクサ少年の反応する通りなんだけど。
「まあ、とりあえず、もう一回」
僕は懲りずに、ハイパーボールのリングを引いて、セレビィに投げつける。
再び弾かれ、落下。
「……原因は他にありそうだな」
「誰か、詳しい人に聞いたらいいんじゃないですか? 僕もハクロさんも、ポケモンを捕まえることに関しては、ほとんど素人ですからね」
「まぁ……うん。適任は筑紫か巌鐵さんかな? でも筑紫は寝てるだろうし、巌鐵さんには……個人的に、頼み辛いというか、今は会いたくないと言うか……」
「会いたくない、ですか。まあ、気持ちは分かりますけどね。でも、筑紫ならまだ起きてるんじゃないですか? 時間は……ほら、まだ夜の十一時――って、あれ?」
ポケギアの液晶画面を調べて、トクサ少年は違和感を発見したらしい。
そういやトクサ少年は、時間の歪みについて、知らなかったんだったか。
「今十一時なんだね。もうそんなに戻ってるんだ」
「戻ってるって、どういう事ですか。さっき見た時は、もうすぐ十一時半になるとかだったんですよ」
「ハイパーボールを投げすぎて、精神的に負担をかけすぎたのかな。範囲は知らないけど、なんかこう、セレビィが時間を巻き戻している的な、そういう感じなんだよ」
「……何ですかそれ」
「僕にもさっぱりだけど」
それを知りたくて――いや、別に理由や方法は分からなくてもいいけど。とにかくそれを止めたくて、僕はこういう事をしているわけだ。
「僕は超常現象って、得意じゃないんですけど」
「僕だって得意じゃないよ。得意じゃないから、根本からたたきつぶそうと思って、セレビィに会いに来たわけ」
「ああ、それで捕獲ですか……」
「だけど何でか弾かれちゃう。本音を言えば、捕まえられなかったらダークライに倒してもらおうかな、なんて思ってたけど……よく分からないこの状況じゃ、セレビィを倒すのも、ちょっと、ね?」
「まあ、逃げる様子はなさそうですし……それなら余計に、詳しい人に話を聞くのが良さそうですけど」
「うん。だけど僕はさっきも言った通り、巌鐵さんには会いたくないし、時間は時間でも筑紫はきっと寝てるだろうし。最後の手段である緑葉とは喧嘩中なので、電話しにくいです」
「緑葉さんのことは知ってますし、あてにしてません」
悲しい反応をされた。
年上としての尊厳がないなぁ、僕って。
「まあでも、僕自身も知り合いが多いわけではないですから、役には立ちませんよ。やっぱり、筑紫を呼んできた方がいいんじゃないですかね。あとはその……ナントカさん」
「巌鐵さん? ……そうだね」
自分の力で何とかする、的なことを言ってしまった手前、頼るのは忍びない。けれど、事態が好転しないのなら、人に頼ってしまった方がいいのかもしれない。
緑葉にも、似たような事言われてるしな……。
やっぱりモンスターボールの専門家である巌鐵さんに頼るのが、一番なのかもしれない。巌鐵さんなら、何かセレビィを捕まえる方法とか、道具とかを持っていそうなもの…………――――
「あああああ!」
「どっ、どうしましたか」
「忘れてた」
すっかり忘れていた。
巌鐵さんに、既にもらってるじゃんか、僕。
ハイパーボールを手に入れたことですっかり頭の中から消え去っていたけれど、そういえば僕は金銀の球体を、巌鐵さんから預かっていたのだった。巌鐵さんがモンスターボールと言っていなかったことから察するに、恐らくこれはモンスターボールではないのだろうけれど、それでもセレビィに対して有効な道具であることは確かだろう。
「何か忘れ物でもしたんですか」
「そうだよ忘れ物だよ。すっかり忘れてたよ」
僕はボールで溢れたポケットの一つから、金銀の球体を取り出してみる。
「……何ですかそれ」
「僕にもさっぱり分からない、正体不明の球体」
だけどここまで順当にご用意されてるんだから、この球体を何処で使えばいいのかは、きっと子どもでも分かるだろう。特にゲーム世代の、僕みたいな子どもなら。
「とりあえず……どうしよう、投げてみるのが一番かな」
「さぁ……ていうかそれ、モンスターボールなんですか?」
「分かんないけど……まあ一応、セレビィ、ゲットだぜ、みたいな感じで!」
捕獲する気まんまんで、僕はセレビィに金銀の球体を投げてみた。
投げて――その球体は、弾かれることなく、放物線を描いてセレビィの手前で落下すると、コロコロと地面を転がって、祠の手前で、動きを止めた。
さて、それでどうなったのか。
やっぱりダメか、という諦念と、次は何を試そう、という思考回路が働いて、僕は一応その球体を回収しようと、歩を進めた。
ところで、
ぐにゃりと空間が歪み、
陽炎のように視界が撓み、
激しい頭痛に苛まれ、
気づけば僕は膝をつき、
目の前を黒い影が覆い、
それがダークライであることに気づいて、
次第に意識を取り戻し、
後ろ手を付いて後ずさり、
背中に硬い感触を覚え、
振り向き仰いで、
トクサ少年を見つけ、
鼻もとがむず痒くなったので、
腕で拭った。
そして何が起きたのか理解する前に――自分の鼻から、バカみたいな量の血液が流れていることを、僕は自分の腕に付着した大量の血液を見ることで悟った。
「――――か!」
「は?」
「大丈夫ですか! ハクロさん!」
「ああ、え?」
僕の目の前で、トクサ少年が血相を変えている。
そんな顔つき、君には似合わないだろ。
なんて事を言おうとしても声にはならず、僕は激しい頭痛を残してただ尻餅をついている。
そして背後で、風を斬るような鋭い音がして。
「ガ――――」
と。
数年ぶりに、ダークライの嗚咽を聞いた。
不意の攻撃を受けた際に発する、嗚咽を。
「ハクロさん!」
強引に腕を掴まれて、僕は無理矢理体勢を直される。そして何が起きたのかを必至に整理しようとする僕の頭を、響き渡る電子音が邪魔する。
あ、電話だ。
僕かな?
「くそっ! 誰だよこんな時に!」
鳴っていたのはトクサ少年のポケギアで、トクサ少年は画面を見て一瞬電源を切るか切るまいか悩んだ結果、通話ボタンを押して、その電話に応えた。
「今緊急事態なんだ! 必要な事ならさっき全部話しただろ!」
トクサ少年からは想像もつかないような荒々しい口調。僕はその口調を、遠くで起きている悲劇でも眺めるような距離感で感じている。
だけど心の何処かの冷静さも存在していて。
恐らくその電話は、セレビィに出会う前にトクサ少年が受けた電話と同じ人からの、同じ内容の電話なんだろう。
トクサ少年に電話がかかってくるなんて、失礼だけど考えにくいし。
こんな短時間でかかってくるのだとしたら。
時空の歪みが原因としか、考えられない。
「え? どういうことだよ」
困惑しているトクサ少年。無理も無い。
「だからさっき話したって――え? いや、だから……セレビィ? 知るかよ! 今大変なんだって!」
セレビィ。
セレビィ。
セレビィ?
なんで電話口の人間から、セレビィの名前が出てくるんだ?
無関係なはずなのに。
「ト、サ少――」
僕はふらつく頭で何とかトクサ少年に意志を伝えようとする。
「ちょっと、ちょっと待ってろって。今緊急事態なんだって!」
「……、少年、それ……誰?」
「電話なんてどうだっていいんですよ。ハクロさん、ポケモンセンターに行きましょう。それやばいですって。今モロにセレビィの――」
「まあ誰でもいいや。ちょっと代わって」
僕はトクサ少年からポケギアを強引に奪い取って、耳に当てると、ぶっ倒れそうな状態のまま、言葉を絞り出す。
「夜分遅くに失礼します。トクサ少年のお友達です」
淡々と、意識を出来るだけ遠くに飛ばして、機械のように言葉を吐く。
「あ、えっと……トクサ君、じゃないですか? えっと…………お、お友達、ですか?」
女性の声だ。
でもそんなことはどうでもいい。
セレビィの事を知っているのだとするなら、僕は彼女と会話をしなければならない。
横目でダークライを覗う。セレビィからの追撃は無いようだが、どう見ても、セレビィもダークライも、臨戦状態である事は確かだ。
金銀の球体、裏目に出たな。
次第に意識を取り戻し始めた僕は、そんな考えを浮かべる。
「お友達です。最近知り合ったばかりですけどね」
「そうですか……あ、トクサ君と仲良くしてあげてくださいね……」
「はい。いや、すいません。単刀直入に、失礼なんですけど、トクサ少年の言う通り、緊急事態なんです。だから単刀直入に、聞きます」
「はい……?」
「セレビィのこと、何か知ってるんですか? ていうか、知ってますよね。すいませんけど、ちょっと、お話聞いてもらえませんか」
「あ、はい、セレビィのこと、何か知ってるんですか……? それなら、私もお話したいので、大丈夫ですけど……」
気の弱い、消え入るような口調だったけれど、今の僕の状態でも聞き取れないということはないので、会話は成立するのだろう。
僕はもう一度ダークライを覗う。互いに殺気を放ち合ってはいるが、攻撃に転じる様子はない。大丈夫だ。まだ大丈夫。まだ時間はある。
僕はダークライに対して、意識を送る。送らずとも、きっとダークライなら、僕と同じ考えの行動をしてくれる事だろうが、一応にして、意識を飛ばす。
殺されそうになったら、殺せ。
瀕死に追い込む、なんて優しさなど捨てて。
「……あのう」
「ああ、はい、なんでしょう」
「あの、トクサ君のお友達さん。お話の前に、お名前を聞いてもいいですか……?」
「ああ、すいません、名乗ってませんでしたか。僕はハクロと言います。よろしくお願いします」
「ハクロさんですか。初めまして。よろしくお願いします……」
こんな悠長な話し合いしてる場合じゃないんだけど。でも僕の意識も限界が近かったので、このくらいのペースが、丁度良かったりもして。
「私も自己紹介しますね……」
そして僕は、混乱したままのトクサ少年の隣に仰向けに倒れて、目を閉じ、耳と口だけに意識を集中させて――
「私、アサギジムリーダーの、蜜柑って言います……」
とにかく色々と、驚きたいこととか、突っ込みたいこととか、問い詰めたいこととか、勘ぐりたいこととか。本当に、色々と、あったけれど。
全てを後回しにして。
突然凶暴化した神様を静める方法を、僕は模索することにした。
◇
ダークライは僕の大親友で、家族の一員だと思う。
緑葉は僕の好きな人で、家族の一員でいいと思う。
緑葉の妹である赤火も、母親であるアイリスさんも、父親である緑青さんも、全員家族の一員にしてみたい。
そして紫紺のお婆ちゃん。
巌鐵さんも、鉄さんも、親父さんも、檜皮の住人は、ほとんど家族だ。
マチス少佐も。
木蘭さんも。
その他にも、僕に何かをくれた人が、たくさんいる。たくさん、たくさん、たくさん。恐らく僕が理解出来ていないくらいに、存在している。
そんな人達を、僕は家族と思っている。
だけど彼らは、僕を家族と思っているのだろうか。
そして僕は、そんな彼らを、『本当に』家族だと思っているのだろうか。
言葉として使っているだけじゃないか?
本当に僕は、ダークライを信用出来ているんだろうか。
ダークライを、大親友として、信頼しているんだろうか。
信頼――していたい、けれど。
だからこそ、僕は今、生きられると、思っている。
セレビィが突然豹変して、僕に危害を加えたこの状況。脆くて脆くて脆弱な、そんな人間の脳に直接攻撃してきたセレビィ。おそらくは念力だろうそれで、セレビィは僕の脳を、痛めつけた。
それをダークライは、守ってくれた。
守ってくれて、攻撃を受けて、怯んで、それを耐えて、今こうして、僕を庇うように、存在している。
ダークライ。
僕そんなダークライに対して、恐怖を感じているところも、多少はあるんだ。だって、こんなに育ちきったポケモンを、僕は知らないから。だから僕は、ダークライに対して、少なからず、恐怖を抱いている。こんなに強いポケモン、怖いなぁ、って。
だけど――
ダークライだって、もしかしたら、僕に対して、恐怖を抱いているのかもしれない。
僕が例えば、誰かに育てられて。
人知を超えた力を使えたとしたら。
恐怖を感じずにいられるのだろうか。
それは恐怖として、僕に根付いてくれるだろうか。
分からない。
分からない。
分からない――けれど。
「ダークライ」
僕はダークライを信用するしかない。
今はダークライを信頼するしかない。
「ダークライ」
僕は久々に、ダークライに向けて、ダークライの名前を、呼びかける。
「命を大事に、ね」
自分の命だけ、大事に。
相手の命など、軽薄だ。
誰かのために命を捨てられるなら、それは結構なことだ。僕はきっと、緑葉のためになら、喜んでこの命を差し出すことだろう。それを緑葉が受け入れるかどうかは別として、僕はきっと、緑葉のために、命を落とせる。そして実際に、三ヶ月前に、僕は緑葉のために、現実的な『死』を覚悟した。
だけれど――それ以外の人間に、僕は命を差し出せるだろうか?
きっと差し出せないだろう。トクサ少年、筑紫、赤火。僕より年下のその三人が死に瀕する時に、僕は彼らを救って自分の命を捨てるという選択肢を、咄嗟に選ぶことは出来ないと思う。何故なら僕にとって大切な人間は他にいて、その人間に二度と会えなくなることと天秤にかけたら、当然、その人間に天秤は傾くからだ。
その人間とは、当然緑葉のことで。
他にも幾人か、いるわけだけど。
人と会いたいから人を見殺しにする。
それは、とてもとても、自分勝手な了見。
だけれどそれが、僕ら人間の真理でいいはずだ。
まして人のために命を捨てることは――いたずらに自分の命を粗末にすることと、変わりないのだから。
だから、僕は――
だから……
だから僕は、誰も救わない。
救ってもらうだけだ。
緑葉はもう、救わないことにした。
緑葉とは、一緒に救われることにした。
だからもう、僕は誰も救わない。
と、一ヶ月前に、答えを出したはずだった。
久しぶりに、久しぶりな人と出会って。
それで答えを、導き出してもらって。
「それなら、もう何もしなければいいんじゃないかしら」
と、助言をもらって。
それで、じゃあ僕は、傍観者になろう、という決意をした。決意をして、それを固めて、固めて、僕のキャラクターにしようとして、その途中、上都に辿り着いて。
辿り着いて、そのキャラクターの定着ぶりを、赤火を傍観して、筑紫を傍観して、トクサ少年を傍観して、二人の戦いを傍観して、発揮しようとした。
……でも、救おうとしているんだ。
誰でもない誰かを。
漠然とした、檜皮を。
整然とした、姥目を。
平然とした、住人を。
そして何より、この森の神様を。
何があったのか知らないけれど、随分と怒っている、この小さな小さな神様を。
怒っているなら、謝らないと。
それが言葉で通じないなら、行動で、示さないと。
そう、僕は、思う。
「ダークライ」
僕は大親友になりたい、怖い怖いポケモンに、声をかける。
ダークライは無言で僕を振り返り、見つめ合う。
「多分、すぐ終わるけど」
僕は歩きながら、ダークライに近寄って、その実態の不安定な体に触れながら、呟いた。
「久しぶりに、がんばろうか」
まるで昔に戻ったような。
トレーナーを幾人も倒していた頃のような。
いつでも回復出来るように、傷薬を大量に持ち歩いていた頃のような。
負けたら最後。
だから負けないように。
向こう側が見えなくて、向こう側が見たくて。
この戦いが終わったら、もう何も残ってなくてもいいから、とにかく勝てればいいという、そんな感じで。先に進めればいいという、そんな感じで。
残り体力が一でもあれば、それでいい。
勝利がこちらにあれば、その後はどうでもいい。
懐かしい、あの頃の感覚。
失ってしまったと思っていた、あの高揚感。
「ダークライ」
結果が見えている――という真実を、僕は忘れて。
絶対に、結果は見えているんだけど。
戦うことすらなく、触れ合うこともなく、攻撃しあうこともなく、終わるんだろうけれど。
セレビィのために。
僕のために。
ダークライのためにも。
勝ちにだけこだわった戦いを――
「ダークホール」
僕は、始めようと思う。
◇
「セレビィは、無事ですか……?」
浅葱ジムリーダーの蜜柑は、僕よりも、トクサ少年よりも、そして姥目の森よりも、何より最初にセレビィの安否を心配した。
「セレビィ、ですか」
「はい……あの、その……」
「無事ですけど……どうかしましたか」
「セレビィは、自分から周囲に異常をもたらしたりはしないはずなんです。力のある生物は、いたずらにその力を利用したりはしませんから……」
真理であろうその発言。確かに、強者はいたずらに力を利用しないし、いたずらに力を利用した時点で、それは強者から弱者へと堕落する。
だからきっと、蜜柑の言葉は正しいのだろう。
しかし。
「じゃあ何故セレビィはこんなことを?」
「それはきっと……あの、おかしなことを言うんですけど」
「構いません」
「あの……笑ったりしませんか?」
いちいち会話が難しい人だ。
苦手ではないけれど、好きでもない。
「笑いませんし、笑う元気もないです」
「えっと……そうだ、先に確かめたい事があるので、セレビィにモンスターボールを投げてもらえますか? 捕まらなかったら、私の考えも、正しいってことになるかもしれません……」
「モンスターボール? ああ、それ、試してみました。弾かれて、捕獲ならずですね」
「やっぱり……」蜜柑は自分の考えが当たっていたからか、嬉しいような声を上げて、そして意を決したように、「ハクロさん……ですよね」と、僕に言う。
「そうです」
「仮説なんですけど、聞いてください」
「どうぞ?」
「セレビィの『時渡り』は、時を渡るだけではありません」
時渡り。
檜皮そのものの時間系列がバグっているということは、恐らくその通り、時を支配することも可能なんだろう。
「と言うより……『時を渡らせる』と言ったほうがいいのかもしれません。セレビィはいたずらに時を動かしたり、時を渡ったりしません。時を渡すのは、必要に駆られた時だけで――それは、今回の場合なら、消えてしまう時、ということになります」
「消え……?」
消えてしまう時。
それはセレビィそのものが消える、ということだろうか。
「消えてしまう時、です。それは色々な意味で、消滅でも、失踪でも――死亡でも、です。ポケモンには寿命があります。ポケモンは戦闘種族なので、非常に長命なんです。だから、ついつい忘れがちなんですけど……ポケモンにはちゃんとした寿命があるんです」
「それは……そう、ですね。当然、ポケモンは死ぬ」
でも、ポケモンはほとんど外見が似通っているから、それそのものを『個』として見る事が出来ないから、『代えの効く消耗品』という先入観が、何処かに存在している。
だから強いポケモンを作るために子孫を使っても、そのポケモンに昔のポケモンと同じニックネームをつけることで、錯覚を生むことがある。
……と、知り合いに聞いたことがある。
「えっと……でも、それじゃ」
蜜柑の言葉が意味している所は――
「セレビィの死期が、近いのかもしれません」
それは僕にとって、とても違和感のある言葉だった。
神様が――死ぬ。
神が僕らと同じ地面に、足場を揃える瞬間。
それは――命を終える時だけだ。
「それは……いや、そんなことは……」
「そんなことは、あるんです……彼らは慎重な生物ですから、人目に付く場所で卵が発見されることはありません。ですけど、確実に子孫を残してはいるんです。そして、子孫を残すということは――死ぬ、という事です……」
言い換えれば、子孫のいない生物は死なない、ということなのだろうけれど。
「私、沢山のポケモンを看取って来ていて……それで、ポケモンが死んでしまう前にしようとすることが、分かるんです」
「ポケモンがしようとすること、ですか」
「はい」
「それは例えば……何ですか?」
「誰かに仕えているポケモンなら、自分の主であるトレーナーに、会おうとすることです」
主であるトレーナーに。
言い換えれば、飼い主に。
そして、唯一無二の親友に――
「そう考えると、えっと……現実的とか、そうじゃないとかじゃなくて。辻褄が合うって意味では、そうとしか考えられないんです」
考えられるケースが一つ。
死ぬ寸前のポケモンは、トレーナーと会おうとする。
トレーナーと会おうとする、ということを蜜柑が僕に言うということは、つまり、それを示唆しているということで――
「セレビィは、自分の主に会おうとしているんです」
◇
僕はダークライ越しにセレビィに対峙して、初めて理解する。
セレビィは、決して弱いわけでも、戦意がないわけでもなかったのだろう。いや、戦意に関しては、僕が金銀の球体を取り出す前は、確実になかったはずだろうけれど。
セレビィは――瀕死だ。
それは体力的でも、精神的でもない意味合いで。
寿命が、近い。
死ぬ間際。死の淵。
それを僕らは何と呼ぶだろう。
危篤状態、だろうか。
普通、人間ならば床に伏せるのが常だ。だが、セレビィには森の守り神としての使命があるのだろう。姥目の森から離れる事は出来ない。だから自分から主を捜しに行くことすらも、出来ないのだ。
悲しい話だけど。
悲しい話だからこそ、余計に僕は、セレビィを傍観出来ない。
そして、姥目の森から離れられないセレビィだから――自分から主を捜しに行けないセレビィだから――時間を巻き戻した。
自分の死の時間を、巻き戻した。
……当然、それは全部仮定の話だし、僕だって、信じているわけではないけれど。
信じなかった結果、どちらにせよセレビィが救われないのなら、信じた方が、いくらもマシだろう。
「きゅ」
ダークライのダークホールに堕ちたセレビィは、小さく声を上げて、昏睡状態に陥る。
ダークライによって眠らされたポケモンは、総じて呻くような声を上げながら、悪夢にうなされる。
ナイトメア。
ダークライが持った特性。
それは打ち破ることは不可能で、ダークホールで堕ちた時に、付随効果として発揮されるものだ。だからセレビィは、ダークライに眠らされ、悪夢を魅せられる。
「……」
死に瀕したセレビィ。
その事実を知った僕が下した決断は――
セレビィを葬る、だった。
それは殺す事とは異なる。何の因果か、臨戦状態になってしまったセレビィ。戦えば戦うほど、恐らく危機状態であることを察して、時間を巻き戻して行くことだと思う。そして、その度に自分の時間を巻き戻しはするものの、体力は徐々に徐々に減っていくんだろう。
だから、セレビィの行動を止めるために、葬る。
動けなくなるように、そして体に物理的なダメージを与えないように、意識を奪う。
そうすることで、セレビィは抵抗出来なくなる。その結果として何が起きるかまでは、まだ僕は考えていないけれど、とにかく今は、それ以外の策が考えられなかった。
凍結、という感じだろうか。
本当は、ここでモンスターボールで捕獲出来れば一番良いのだ。だけど、このセレビィに、モンスターボールは効かなかった。弾かれるだけ。
それは、セレビィが死に瀕しているから――ではなくて。
他に持ち主がいるから。
考えてみれば、すぐに分かりそうなものだった。一度他のモンスターボールで捕獲されているポケモンは、他人からのモンスターボールを受け付けない。
だから弾かれる。
だからこのセレビィは、誰かに捕まえられたポケモンで、何処かにマスターが――恐らくは、もう死んでしまっているであろうマスターが――いるのだろう。
そのマスターにもう一度会うために、時を戻した。
セレビィの寿命がどれくらいなのか、僕には分からない。まだ何ヶ月も、何年も生きるのかもしれないし、もしかしたら、今日を最後に、生命活動を終えるのかもしれない。
どちらかは、分からない。
分からないけれど、早いうちに、行動をしておきたかった。
「トクサ少年は……ちゃんと会えたかな」
浅葱から黄金まで、蜜柑は空を飛んで来る。
直接檜皮に来ないのは、それが出来るのか不安だから、というのもあるし、ここまで時間がおかしくなっている姥目の上を飛んで大丈夫か、不安なのもある。
でも、徒歩で来る分には問題がなかったから、黄金から、檜皮に向かう。
それを迎えに、トクサ少年は黄金に向かった。
「まあ、彼女が来たところで、事態が好転するかどうかは分かんないけど」
それでも僕より、ポケモンの生態に関しては、知識があることだろう。
僕は才能を持ってはいたけれど。
それを伸ばすことを、していないから。
大きな容器を持っていても、それが空なら、小さい容器を満たした人の方が、幾分も世界の役に立つ。
そして幾つもの生命を救えるのだろう。
「……僕も少しは、勉強するかなぁ」
こんな機会、何度もあるとは思えないけど。
何度もないから、こんな機会なんだし。
「さて、それじゃ」
心と頭の整理もついたところで。
きっと今回の旅で一番面倒であろう出来事の幕を、降ろそう。
「ダークライ」
ダークライとの距離は、きっと縮まっていない。
これ以上縮まらないほど近くにいるのなら、それが望むところだ。
それでも近づく事を諦めずにいたいし、ずっと離れないでいたいと思う。
ダークライは、きっと子孫を残さないだろうと、何となく、分かるから。
彼の代えになる子孫を、僕は手に入れられないから。
本当に、一対一の関係ということを、忘れないようにしないといけない。
皮肉にも……セレビィの死に際して、そんな事を、願った。
「そろそろ終わらせようか」
僕はダークライに、そっと囁くように、告げる。
「神様の悪夢を、食べてあげて」
僕はダークライに、お願いする。
命令じゃなくて、お願いを。
そのお願いを、ダークライは首肯して、セレビィの額に手を当てて、悪夢を、喰った。
誰かの災いを、自分の糧にする。
そんな狂気染みた行動に、いつかは恐怖も覚えたけれど。
ダークライのその行動は、きっと狂気じゃない。
誰かの災いを、憂うのだろう。
「ダークライ」
ダークライ。
「ありがとう」
ありがとう……でいいのだろうか。
僕が毎日、安らかに過ごせているのは。
もしかしたら、君のおかげなのかもしれない。
一晩寝れば、悪夢なんて見ずに、後悔なんかせずに、全てリセット出来るのは。
もしかしたら、君のおかげなのかもしれない。
だからありがとう。と言うよりは、お疲れ様、なんだろうか。
まあ、どちらにしたって――やっぱり、ダークライは、優しい奴だ。
「もう、終わった?」
ダークライは、小さく頷いた。
そして顔を少し、空に上げた。それは――心なしか、笑ったようにも見えたし、哀しみを堪えたようにも、思えた。
悪夢を食ったのだから。
セレビィの辛さをも、食ったのだろう。
全てを耐えて、全てを堪えて。
誰かの災いを、自分の中に蓄えて。
それでも笑っていられるような人生を、僕はダークライに、与えられるのだろうか。
与えられて――いただろうか。
……いや、与えていこう。
別に、今日で終わりじゃないんだから。
昨日までが許されなくても、始めよう。
「お疲れ様」
僕はダークライに言葉をかけて。
そして――――
何とか必至こいて、真面目なことを考えて、冷静さと真剣さを保っていた僕だったけれど。
さすがに限界を迎えて、うっすらと消えていく景色を眺めながら、ぶっ倒れた。