2
2
今思えば、お婆ちゃんに電話をかけた時点で、この未来は予測することが出来たはずなのだ。何しろ、電話越しでキャンキャンうるさい声が響いていたのだから。ありゃどう聞いたって子供の声である。ヒメグマかと思いきや、大間違いだ。
そして、何故そんな事態が起きたかという不都合な現実を解明すべく、僕は緑葉に電話をかけたわけだけれど……旅人である緑葉が家の都合なんか知るはずもないわけで、むしろ都合良く(僕的には悪く)上都周辺を探索していた緑葉は、「せっかくだから私も行くー」と、意味不明な発言を残して通話を切ったから、事態は悪化の一途を辿るつもりらしい。
……緑葉のやつ、これ以上この家を混沌化させる気だろうか。もちろん僕がその申し入れを、断れるわけもないんだけどさ。
それにしても、丹波から檜皮に来るとなると……一日、いや、二日はかかるか。まあもとより何泊かしていくつもりだったし、滞在期間が延びるのは別にいいんだけど――――正直、気まずいよなあ。二、三ヶ月会ってないとは言え、逆にその期間がもたらした『もやもや』は、今やとてつもないものになっていたりして。
とか、何とか。
色々考えて現実逃避してみたけれど。
「お兄ちゃんおひさー」
「……おひさぁ」
現在僕の目の前には、緑葉をそのまま一回り小さくしたような赤火がいる。これは紛れもない事実で、回避不能イベントのようだ。
ここまで僕が『もやもや』しているというのに、この仕打ち。これでは、色々と問題行為を起こしかねないという未来だって、想像に難くないではないか。だって小さい緑葉だぞ。どうしろって言うんだ。
随分と――それこそ、上都に来るのと同じで、二年ぶりの再開。その時も、偶然居合わせた緑葉とその家族に、僕はこの家で会った。偶然と言うべきか、今思えば仕組まれていたという気すらするけれど――
その当時、赤火は四歳。
それから何度か、電話で会話することはあったけれど……直接会うのは二年ぶりだ。それに四歳と六歳じゃ、色々と違う。明確にはっきりと、進化していると言っても過言じゃないほど、違うのだ。
六歳の、赤火。
髪型から顔つきまで、緑葉そのもの。
そして緑葉以上に、無防備である。
くそう………………萌えるぜ。
「さ、ハクちゃんも疲れたでしょ。今お茶淹れてくるでね」
「え? あ、ああ……」
軽く妄想にトリップしていた僕は、お婆ちゃんの声で目覚める。
口調の割には容姿の若いお婆ちゃんは、そんな僕の挙動などまるで無視して、お勝手へと向かって行った。背筋も伸びてんのに、何故こうもお婆ちゃんお婆ちゃんしているのか。
――とか観察している場合じゃない。今このタイミングを逃したら、赤火がいることについて追求するチャンスは二度と訪れないだろう。今しかない。帰ってきた瞬間である今しかないのだ。僕はお婆ちゃんの後をついて、お勝手に向かう。
別に、赤火がこの家にいることは、嫌じゃない。むしろ、賑やかなのはいいことだ。お婆ちゃんだって小さい子と遊べて楽しいだろうし、問題は何もない(はずだ)。ただ、何も知らないでいるって状況は、この場合、色々と引っかかる。身動きが取りづらいって意味合いもあるし、何より心地が悪い。
疑問さえ解決出来れば、あとは適応するだけだ。
だからまずは、解決しなければ。
「お婆ちゃん、急で悪いんだけど」
「なんだい?」
こぽこぽと急須からお茶を注ぎつつ、お婆ちゃんは答える。明らかに四十代ぐらいにしか見えないのだけれど、どうしてこうも『お婆ちゃん』な性格をしているのだろう。生まれもっての性質なんだろうか。
昔からおっとりしていたんだろうなぁ……とか思う。
「えっと、赤火がいるんだけど、何でだろう」
「ああ、赤火ちゃんねえ。お里帰りに来たんだよ。それにしてもねえ、赤火ちゃんも緑葉ちゃんに似て、可愛いさやあ」
「あー、里帰りね。なるほどー……って違うわ。明らかに色々と間違ってるじゃん。赤火には赤火の帰る家があるんじゃない? ていうか赤火、生まれも育ちも豊緑じゃん。いや別に、居て欲しくないってんじゃないんだけどさ」
「今がいいなら、細かいことは気にしない方がいいやね。さあ、みんなでおまんじゅうを食べようねえ」
そう一言でまとめ上げられ、僕はお婆ちゃんから湯のみの乗ったお盆を受け取ると、仕方なく床の間へと向かう。何だかお婆ちゃんには勝てる気がしない。
まあ、別においおい判明してくるだろうからいいんだけど……叔母さんが仕向けた罠だとしたら、早めに対応しておきたいってことなわけだ。
「でも流石に僕の旅行計画まで知ってるとは思えないし……気にしすぎかな」
脳内妄想を楽観的に締めて、僕は床の間に向かう。と、そこには食い入るように万華鏡を眺めている赤火がいた。正座をして、小さな口を半開きにして斜め上部を見上げている。
……なんだろうこの生物は。
僕をときめかす病原体か何かだろうか……。
「えーと、お茶が入りました」
「飲むー」
万華鏡から目を離さないまま、赤火は答える。万華鏡って、そんなに面白いもんだったっけ。
僕はちゃぶ台に湯のみを置いて、畳にあぐらをかいた。畳ってのも、なんだか懐かしい。
テレビの正面に当たる場所はお婆ちゃんの席なので、僕はの席はその右側に当たる場所。まあ、別に決まっているわけじゃあないんだけれど、僕はどうもそういうものを気にしがちなのである。几帳面な割りにO型だけどね――
と。
「いたぁきまーす」
「あの、赤火さん?」
「ん?」
何か問題でもありましたでしょうか。とでも言うかのように、赤火は僕の足の上にちょこんと座って、小さいおててで湯のみを持っている。
「あちち」
そして離す。
「熱いに決まってるじゃん。ていうか、どいてくれませんか」
「なんでー?」
おててをふーふーしながら、赤火は僕に言う。完全に分かっていない純真無垢な瞳を向けて。
やっべぇ……何だこいつ……殺戮兵器かよ……。
「あらあら、ハクちゃんと赤火ちゃんは仲良しさんだねえ」
「うん!」
「うん……いや、うーん……どうだろうねえ」
完全に、赤火にペースを握られてしまった。姉妹揃って恐ろしい。
とは言え、緑葉はまだ分別のあるほうだからな。していいことと悪いことの区別がついていない赤火のほうが、格段に恐ろしい。
それに……九歳差ってこともあって、完全にそういったあれこれが頭にないんだろうしなぁ。無防備とか、そういう話以前の問題なんだろう。
六歳……六歳ねえ。
本来なら、同年代の子と遊んで然るべきだと思うけど……。
里帰りの時くらい、年上に囲まれてもいいもんなのかな。豊緑で赤火がどういう生活送ってるかさっぱりだけど――まあ明るい子だから、友達いるだろうし。
「さあ、おまんじゅう食べようねえ」
「わーい」
「おっしゃ」
まあ面倒なことは置いておくか。僕は赤火と一緒に「わーい」と発言するのを堪えて、体力を一残す。というわけで、早速『碇饅頭』で体力を回復することにしよう。
懐に収まった赤火は、そういうものだと頭に無理矢理に理解させ、包みをはがし、『碇饅頭』を頬張らせていただくことにする。
「では――――参る」
ぱくり。
もぐもぐ。
――――うめえ。
「お婆ちゃん、がんばって二箱買ってきたからね、たくさん食べていいんだよ」
「ありがとうお婆ちゃん。いやあ、最高だよね。碇饅頭は上都の生んだ奇跡だよ。僕はこれ以上の芸術作品を知らないほどだ」
僕は次々と食べる。一箱十五個入りだとか、一人何個だとかそういうことはどうでもいい。食べられるだけ食べる。僕は好物に対してはそういう男だ。
「んー、開かないー」
そんな僕の懐では、まんじゅうの包みも上手く開けられない赤火が悪戦苦闘していた。この生物は何処までのスキルを備えているんだろう。行く末が恐ろしくなる。
僕は仕方なく、赤火の小さい手からまんじゅうを奪い取って、包みを開けてやる。その際「とっちゃだめー」等、僕に恨み言を言っていたようだが無視。顎をさわさわされたがそれも無視して、口にまんじゅうを押し込んでやった。
「むがぁ」
喜んで味わえ。
「それにしても美味いなぁ……あ、そういえばさ、お墓参りっていつ行くの? いつの間にか目的がまんじゅうに変わってたよ」
「ああ、そうだねえ。赤火ちゃんはまだお昼寝の時間じゃないから、夕方か、明日の朝早くにしようかね。ハクちゃんが来てくれただけで、お爺ちゃんも嬉しいだろうから」
赤火が寝てる間に行くってことか。まあ、僕も小さい頃――言ってもまだ小さいけど、お墓参りってだるいだけだったしね。
別にうちの一族ってわけじゃないし、赤火まで墓参りする義理はないか。行きたいようなら連れて行けばいいし。
「そっか……よし、んじゃ、ひとまず近所に顔出してくるよ。実は、来る前に鉄さんと会ってさ、後で顔出す約束してるんだ」
「おやそうかい。気をつけてね」
「えー、お兄ちゃんどっか行っちゃうの?」
一つのまんじゅうを時間をかけて食べていた赤火が、突然不平不満を述べる。そんなに懐かれると、離れる時が大変そうだ。
「どっか行くけど……そんなら赤火も行く? 僕はいいけど」
しかし誘惑に勝てないのが僕だ。
「赤火も一緒に行く! お婆ちゃん、行っていいでしょ?」
「そうだねえ、ハクちゃんが一緒なら安心だね。じゃあ赤火ちゃん、お兄ちゃんの言うこと、ちゃーんと聞くんだよ」
「うん!」
「いい子だねえ」
そう言って、お婆ちゃんは戸棚から何か取り出し、赤火に渡した。
何かを――それが何なのか一瞬理解出来なかったけれど、状況下で考えればすぐに分かりそうなもんだ。
「凡栗ねー……懐かしいなあ。まだまだ現役なんだ」
「そりゃあ巌鐡さんがいるんだからね。さ、赤火ちゃん、大事にしまっておいてね。この子がちゃーんと守ってくれるから」
「うん」
いそいそと、赤火は立ち上がって(無理矢理立ち上がったので僕は大ダメージを受けた)、バッグらしきものにお婆ちゃんから受け取った凡栗をしまった。……いや、凡栗なんか持って、何をするつもりなんだ。
「お婆ちゃん、えーっと……何? 何故ここで赤火に凡栗?」
「お外は危険だから、気をつけるんだよ」
「うん!」
無視すんな。
「僕だって一応ポケモン持ってんだから、赤火に持たせなくても大丈夫だよ」
「違うのよ。ちょっとハクちゃん、こっちおいで」
何だろう。内緒話らしき雰囲気を察知した僕は、お婆ちゃんの方へと歩み寄る。
「赤火ちゃんのお母さんにねえ、お願いされたんだよ」
「お願い?」
「一応ねえ、八歳までダメって決まりなんだけど、ポケモンは小さい頃から親しんでおいた方がいいだろう? だけど、赤火ちゃんのお母さんはそういうの苦手だって言うからねえ。それに、お婆ちゃんなら適任だろうと思ったもんだから、引き受けたんだよ」
なるほど……なるほど、か?
確かにアイリスさんはポケモン使うの苦手って言ってたし……叔父さんの方はほとんど仕事で家に帰らないだろうし。一番詳しい緑葉に至っては放浪の身である。教える人がいない。
そんなところへ、元育て屋であるお婆ちゃんが知り合いとして存在しているとなれば、お婆ちゃんに依頼が行っても不思議ではない……か。ポケモンの扱いに関しては、トレーナー以上にプロフェッショナルだしなぁ。
「でも、持って歩かせるのは早いんじゃない? まだ六歳だし。もう一年経ってからでも遅くないと思うけど」
「六歳ねえ……誰かさんも、六歳には自分のポケモンを持っていたんだから、大丈夫だよ。それに、ポケモンを扱うのに、本当は年齢なんて関係ないんだから」
…………そりゃそうか。僕が生き証人だ。
「お兄ちゃん、早く行こー?」
「あーはいはい。まあ、僕が面倒見るから心配いらないよ。いざとなったら、強いし」
僕は腰にモンスターボールがあるのを確認して、財布、ポケギアだけ身につけて、さて、散策に出掛けることにする。
「それじゃ、お願いねえ」
「うん、行ってくるよ」
言いながらまんじゅうを一口。もう一個ポケットにねじ込む。そしてお茶を飲み干して、準備完了。
「行ってきます」
「行ってきまーす!」
「はいはい、気をつけてねえ」
というわけで、僕は赤火を連れて、鉄さんとこに自転車を取りに行きながら、檜皮の面々に顔を出しに行くことにする。
まあ危険つっても……ヤドンの井戸か姥目の森に行かない限り、ポケモンが出てくる場所なんてないしな。
……ああでも、ジムがあったっけ。六歳の少女に突然襲いかかってくる、なんてマナーの悪いジムトレーナーがいるとは思えないけど、一応危険地帯だ。
それにジムと言えば一年前くらいにジムリーダーが交代したって話だから……顔だけ見とくのも悪くないか。
「お兄ちゃん、手出して」
「ん?」
ポケットに入れていた手を出してやると、両手で握られた。効果は抜群だ。
僕は、生きて朽葉に帰れるのかなぁ。
とても心配です。緑葉さん。
◇
「鉄さーん、来ましたー」
とりあえず、色々な所に顔を出す前に、まずは鉄さんのところに寄ることにした。
何と言っても、自転車、直してもらったわけだし、先に行くのが筋ってものだろう。
「きましたー」
と、小声僕の真似をする赤火。うーん、実際に妹がいるわけじゃないからわからないけど、このくらいの女の子って可愛いものだ。正直、手は離してほしいけど。
「おー、悪い、今手ぇ離せないから仕事場来てくれー」
手が離せないがキーワードなんだろうか。とかあんまり面白くないことを考えながら、僕は言われた通り、仕事場――竈が置かれた、室外のような室内に向かうことにした。
床は地面なのだけれど、壁と天井があって、雨風を凌ぐことは出来るけれど私生活は出来ないと言った、まさに『仕事場』然とした場所だ。僕は昔から、その場所が好きだった。妙に暑くて、アブノーマルで――とか、そんなことを思い出しながら向かう。昔懐かしい、煤けた廊下を進みながら。
まあ、仕事場にいるということは、必然的に自転車の修理も完了しているということなんだろう。流石は職人、仕事が早い。修理を優先してくれるところが、鉄さんの人柄である。
「お兄ちゃん、ここ何処?」
「ん、えっとね、オヤジさん……はいないから、今は鉄さんって言うお兄さんの家だよ」
「鉄?」
鉄……鉄って、まあそりゃ、鉄ってFeの鉄しか想像出来ないんだろうな。僕だって、鉄さんの名前を知った時は、最初にそのことを連想したし。
……まあ、赤火の名前も、相当の変わっているとは思うけれど。
もちろん僕も。
「来ましたー」
勝手に上がって勝手に廊下を辿り、僕は仕事場にやってきた。
「ぐぁ」
扉を開けると、日差しに負けないほどの熱量。ぐぁとか、変な奇声を発する赤火を放置して、僕はぐいぐいと竈へ近づく。嫌がる赤火は無視。
「おう、悪いな。自転車だけ持ってってもらっても良かったん、だ、が…………お前、拉致ったのか」
赤火を見て、鉄さんは予想だにせぬ言葉を発した。
「鉄さんだけは常識人だと信じていましたよ……えっと、ほら、鉄さんに挨拶しなよ」
「?」
頭上にハテナマークを思い浮かべる赤火を見て、なんだか哀れな気持ちになる。そっか、Feしか想像出来ていないんだね。可哀想な赤火。
「えっと、この人、名前が鉄さんって言うんだ」
「こんにちはお嬢ちゃん、鉄おじさんだ。つーか、よく見りゃ緑葉にそっくりだけど、まさかお前らの子か」
「的中率が絶望的な予想ですね。ほら、赤火」
手を離して、僕は赤火の両肩を掴み、前に出して鉄さんと対面させる。小さく肩が震えているようだけれど――赤火は人見知りするタイプじゃあないみたいだけど、流石にこんなにでかい男と会ったら萎縮もするらしい。
「……梔子赤火です」
言って、赤火はぺこりと頭を下げた。一応、叔母さんの教育が行き届いているらしい。
「はいこんにちは。んー、見れば見るほど緑葉の小さい頃にそっくりだ。こんなに年の離れた妹がいたとはな」
「そうなんですよねえ。ていうか、てっきり鉄さんも知ってるもんかと思ってましたけど、赤火の存在、知らなかったんですね」
何たって、僕は二年前、ここで鉄さんに会ってる。それに、赤火にだって会ってる。だからてっきり、二人とも対面しているもんだと思っていたけれど――僕が思っているほど、人間関係ってのは簡単なものじゃないのかもしれないな。
「まあ、今日こうして会えたんだからそれでいいだろう。んで、何だ? 自転車取りにきたんだっけ」
「うん。それと、知り合いの所に顔出しておこうかなと思って。二年ぶりだし、故郷だし」
僕の影に隠れるようにしがみ付いている赤火の頭を撫でてやりながら、僕は答える。ていうか赤火、そういうところを掴むのはやめてくれ。本気で。
「二年なあ……ああそうそう、何も変わってないとか言ったけど、ジムリーダー変わったんだったわ。言っても一年ちょい前だから、もう俺は馴染んじまってるんだけどなあ」
言いながら、竈のチェックをしたり、木を割ったりだとか精力的に仕事をする鉄さん。
普通に話しているから、多分邪魔ってわけじゃあないんだろうけれど……あんまり時間を取らせるのも悪いかな。
「そんじゃ……ジムに顔出してきますかね。朽葉のジムリーダーに聞いただけなんで、詳しくは知らないんですが。男性なんですよね?」
「男性? うーん……確かに男性と言えば男性か。ま、見てくりゃあ分かる。とりあえず自転車はまだ置いとけ。近所回った後、勝手に持ってってくれりゃあいいから」
「うん、そうする。そんじゃ、これ、修理代」
言いながら、僕はポケットから『碇饅頭』を取り出して、鉄さんに渡した。
「お、悪いな。これが美味いんだよなあ。サンキュ、後で食べるわ」
「ほんじゃ、また。赤火、そろそろ行こっか」
「うん……あっつい」
「あはは、そりゃそうだ。そんじゃ、今度は俺が顔出すから。赤火ちゃん、またねー」
鉄さんは笑顔で赤火に手を振る。
なんだか、昔から僕と緑葉の世話をしていたせいか、年下の扱い方ってもんを弁えている。特に、他人の目を気にせずに、年下への言葉遣いに切り替えられる、とか。
よく小さい子には目線を合わせろとか聞くけど……子供からしたら、対等に扱ってもらえた方が嬉しいってことを、鉄さんはよく分かっているらしい。
僕はもう一度、赤火と一緒に挨拶して、仕事場を出る。室内も暑いはずなのに、仕事場に比べたら天国と地獄だった。僕と赤火は軽い開放感を覚えながら靴を履いて、鉄さんとオヤジさんの家を後にする。
――さて、ジムか。
まずはポケモンセンターのお姉さんに顔を見せようと思ったけれど、鉄さんの思わせぶりな発言から、俄然ジムリーダーに興味が出てきた。
檜皮って、高齢化が進んでいるからなあ。少佐までとは言わずとも、頼りになるジムリーダーじゃないと、色々と心配って点はある。まあ、ジムリーダーが町の全てを把握する必要はないんだろうけれど、一応、町のシンボルとしての働きが出来るくらいのリーダーが欲しいところだ。
……もっとも、檜皮にいない僕が言うようなことじゃあないんだけれども。
「お兄ちゃん、次は?」
「んっとね、次はあそこ。あの大きい建物ね」
家を出ると同時に手を握られたので、もう半ば手に関しては諦めることにする。大きくなってからは、緑葉とだって手を繋いだことなんてないのに! なんてそんなことを思ったり思わなかったり。でも赤火は緑葉に似てるからドキドキしたりしなかったり。
舗装されず、姥目の森の延長線上のような地面。たまにでかい石ころがあったり、窪んでいたりだけれど、何でか舗装されている道路よりも『歩きやすい』って印象がある。
いや、歩きやすいっていうより、歩いている実感があるのかな。
まあ、それも僕がここで生まれたから、体が馴染むってだけかもしれないけれど。
僕と赤火は二、三、非生産的な会話をして、檜皮ジムにやってきた。と言っても、本当に、徒歩五分とかその程度の場所で、建物もほとんどないから、歩いた気はしないけれど。
「うーん……外装は特に、変わってないのか」
少佐も昔はそうだった、と言っていたけれど、ジムリーダーは自己主張が激しいそうだ。だから、ジムの外装や内装を勝手に変化させてしまうものらしい。少佐曰く、一番頭が悪いと思ったのは山吹ジムの棗さんらしい。まあ、人間を転移させる装置なんてどれだけのエネルギーが消費されるのやら、分かったものじゃないしね。
山吹市の団体は、低エネルギーで運営出来る格闘道場に、ジム復権をしてほしいらしいけど。
そうしたら、木蘭さんも僕を勧誘しなくなりそうなものだけれど。
ともかく。
「お兄ちゃん、ここなに?」
ジムの前に立てられた掲示板――ジムの概要や、ジムリーダーの謳い文句が書かれている、看板みたいなものを見ながら、僕は答える。
「ここは、ポケモンジム。赤火のいるところにもあるんじゃない? えっと、赤火が住んでるのって、何て町だっけ」
「え? えっと……んーっと……」
どうやら思い出せないらしい。まあ、思い出せないなら仕方ないか。僕だって聞いたことがあるはずだけれど、思い出せないし……赤火と同レベルか。
「とりあえず、挑戦者という形じゃなくても、ジムリーダーに会うくらいなら出来るかな。特に注意事項も書かれていないし、どうせ暇だろうし。えーっと、リーダーは……筑紫か。歩くポケモン大百科ねえ……」
ジムリーダーの説明文について、誇張表現もいいところだなあ、と僕は思う。歩くポケモン大百科? それは緑葉のことを言っているんだろうか。とか、そんなことを思う。
それに……大の大人がこんなキャッチコピーを掲げるのはどうなんだろう。恥ずかしくないのだろうか。
少佐は確か「イナズマアメリカン!」だったけど……そこは少佐だし、スルーしよう。
「とにもかくにも、入ってみるか」
僕は赤火の手を引いて、檜皮ジムにお邪魔することにした。
ガチャリ。と、朽葉ジムより少し小さめのジムの戸を押し開け、ジム内へと侵入……と。
「うわ、なんだこれ」
密林だった。
森……と称するには、木々が足りない。けれど、室内と称するには、植物がありすぎる。
ああ、あれだ……玉虫ジムと、どことなく似ている気がする。でも、玉虫ジムに比べて、いくらか……いや、異常なまでに、湿気が多い。もう少しで霧でも出そうなくらいだ。
まるで、常葉の森にでもいるような錯覚……近くにある姥目の森ほど暗くなくて、室外よりは明るくない。不思議な感じだ。
「これは……相当やばいやつがジムリーダーになったんじゃないのか……?」
「お兄ちゃん……ここ、怖い……」
僕の手を握る力が、ぐっと強まる。そりゃあ、怖いだろう。何たって僕も怖いくらいだ。ていうか、このジムは草タイプなのか? それとも虫か? 判断しかねるけど……どう考えたってこれは、やりすぎだ。趣味ってレベルじゃない。
「玉虫ジムみたいに、容器に活けてるってわけじゃあないし……これは完全に、直に生えてる」
それはもう、鉄さんの仕事場みたいに、壁と天上があって床がないような――室外のような、室内。
「……赤火、帰ろうか。巌鐡さんの家に行こう」
「うん……ここ、変な音がする」
赤火の言う変な音とは、このジム全体を覆っている、虫のさざめきだ。
チキチキチキチキチキブァーシンシンシンシンカッカッカッカチキチキブァー。
……ここは密林かよ。
「よし、帰ろう。檜皮を任せる任せないとかじゃなく、関わり合いになりたくない部類のジムリーダーだったね。うん、それだけ分かればいいかな」
自己完結して、僕はさて、巌鐡さんに会いに行くことにする。巌鐡さん、まだ孫娘と一緒に住んでいるんだろうか。それなら、赤火の遊び相手も出来そうなもんだなぁ……なんて現実逃避しながら、踵を返して、檜皮ジムを後にしようと――したところで。
「ストライク、居合い斬り!」
と、幼さが残ってはいるけれど、覇気のある少年の声が、聞こえた。
直後、木が地面に倒れる音。
「遅れてごめんなさい! ジムの中って、すごく入り組んでるんですよ、今日は特に、誰もいない日だから、僕しかいなくって」
木々の向こうから、この密林にはあまりに似つかわしくない人物が、現れた。
見た所、十歳かそこら。僕とは五歳とかそのくらいの年齢差だろうけれど、そこにある距離感は、あまりに大きかったように思う。
彼の声も、顔も、体も、背も。そうだけれど。
とにかく一番は、彼の性格らしきものが。
「こんにちは! 僕、ジムリーダーの筑紫です。本当は植物の『土筆』って書くが正しいんですけど、静寂さんに『筑紫の方が字面が恰好いいぞ!』って言われたからこの名前で通ってます。あ、僕って虫ポケモンを使ってるジムリーダーで、特にストライクがお気に入りなんです。素早さと攻撃力が強いポケモンで、タイプから弱点が多いポケモンって思われがちだけど、使い方によってはすごく強いポケモンなんです。それに、何よりも恰好良いから、僕はストライクが好きなんだ。ハッサムも捨てがたいけど、やっぱり虫ってイメージの強いストライクが一番かなぁ……だけど、最近はコロトックの弱いイメージが可哀想だからコロトックも育てたいかなぁ……滅びの唄や歌うで何とか戦況を明るく出来そうな気もするし……テッカニンと組ませて戦わせれば何か上手く行きそうかなぁ……どうかなぁ……やっぱりあと十回くらいはシミュレーションした方がいいのかなぁ……」
ぶつぶつ呟き始める筑紫を見て。
僕はもう関東に帰りたくなった。
◇
「改めて、初めましてこんにちは! ジムリーダーの筑紫です!」
「ああ、どうも、初めまして……」
ジムリーダーであるらしい筑紫から、僕は接待を半ば強制的に受け、現在、檜皮ジムの深部にある、草木に埋め尽くされたおぞましい事務室で、何故か美味しそうな紅茶を勧められていた。
目の前にいるこの子供が、檜皮のジムリーダー。
……出来れば考えたくない真実だった。
そもそもこんなに小さい子供がジムリーダーを張っているなんて、世も末じゃないか。いや、噂じゃ縹のジムリーダーである霞さんも、十歳の頃から既にリーダーやってたって話だから、大して珍しくないのかもしれないけど……それにしたって、あまりに幼すぎると思うのは僕だけだろうか。ちなみに余談だけど、ジムリーダーに就任した当時の霞さんのあの発育は、どう考えても十歳じゃないと思う。
ともかくまあ、現実を見ておこう。
目の前に存在する、ジムリーダーの筑紫。事務室に来る途中で本人から聞いた話じゃ、十二歳らしい。けどどう見ても見た目は十歳以下。五歳の赤火と同い年……と人に言ったとしても、「少し成長が早い男の子だね」くらいにしか思われないだろう。
十五歳の僕と、三歳しか違わない。だって言うのに、八歳の差がある赤火の方が、体格的にはより近い存在である。
……この筑紫ってジムリーダーは、いろんな意味でやばそうな気がする。
「お砂糖はいりますか? ミルクもありますよ!」
「あ、じゃあ両方もらおうかな……赤火もいる?」
「……ん」
言語障害にでも陥ったのだろうか。
筑紫の毒気に中てられたらしい赤火は、筑紫と会ってから、とてつもなく沈黙している。
鉄さんと会った時は、相手がでかいから怯えているだけだと思っていたけど……この分じゃ、どうやら人見知りが激しいっていう可能性もなくはなさそうだ。というより、男に対して異様な抵抗感があるんだろうか……赤火の家って、普段は叔母さんと二人きりっぽいしなぁ。
だと言うのに僕には何の抵抗感も感じていないのは、僕が男だと認められていないからなのだろうか。
まあ、それはさておき。
「とりあえず二人分もらえる?」
「はい!」
元気がハツラツすぎる筑紫は、小さい体でせっせと僕をもてなしてくれる。うーん、年上として、こんなに小さい子にだけ働かせるとはいかがなものだろう、とか、何とか。思いながらも、赤火が僕の服にしがみついて離れないので、ソファから動けなかったりする。
小さい子に掴まれると、それをふりほどけなくなるのは何故だろう。大して力がこもってるわけじゃないのに、拘束力は少佐をも凌ぐほどだ。
「お待たせしました!」
ご丁寧にも小皿に角砂糖とミルクポーションを置いて、筑紫は紅茶を差し出してくれた。なんか、第一印象じゃ危険極まりない子供に思えたけど、実際こうして接してみると、歳の割には出来た子供なんだろうなぁと思う。
「いただきます」
丁寧に両手を合わせて、僕は紅茶様を拝む。人に何かをいただくときには感謝するのが礼儀であるので、赤火にも実行させる。
「いたぁきます……」
……可愛いやつだ。
「それで、ご用件は何でしょうか!」
常に語尾にエクスクラメーションマークがついてるなぁこのジムリーダーは、とありもしない妄想を膨らませながら、僕は赤火の紅茶に砂糖を入れてやりつつ、答える。
「んーと、僕は小さい頃ここに住んでて、実家もここにあるんだけど……里帰りしたんで、ジムリーダーに挨拶しに来たんだ。僕が知ってるジムリーダーは、引退したっぽいからさ。で、君がジムリーダーになってたわけ。初めまして」
「どうもです。でも、実家……ですか?」
「うん。紫紺お婆ちゃんが住んでる家なんだけど、知ってる?」
「あ、はい。そっか、紫紺さんのお孫さんでしたか。それはそれは……いつも僕がお世話になってます」
何だか変な敬語だった。
お前がお世話になってんのかよ。
「んで、偶然にもお婆ちゃんとこにいたこの子は、僕の友達の妹。せっかくなんで知り合いに顔出しながら、散歩中なんだよ。……ていうか赤火、挨拶しなよ、してないでしょ」
「……ん、梔子赤火です」
「どうも、こんにちは、赤火ちゃん。僕は、柳染筑紫です」
フルネームでの自己紹介には、フルネームで答えるらしい。これが正しい礼儀なのかどうかは判別出来ないけど、とりあえず僕なんかよりは数倍社交性のありそうな子供だった。
「……あ、そう言えばまだお名前をお聞きしてませんでした。宜しければ教えてください」
筑紫に言われて、そう言えば僕は名乗り返していなかったことに気づく。やはり僕には、社交性というパラメータが存在していないらしい。
「これは失礼。えっと、お婆ちゃん知ってるなら苗字は知ってるよね。僕はハクロ。適当に呼んでよ」
「よろしくお願いしますね、ハクロさん!」
果たして僕からよろしくすることが、あるのかないのか。少々疑問が残るところだ。
「それで……えっと、質問なんですけど、赤火ちゃんも、ハクロさんも、ポケモンはやるんですか?」
「ん? うん……僕は一応、持ってるよ。赤火も……持ってるよね?」
「うん、持ってる」
どうしたことだろう、あの赤火が随分と大人しい子になってしまっている。あの緑葉の妹とは思えない静けさだ。
「それじゃ、バトルとかもするんですか?」
「あー……一応、僕は出来るよ。あんまり得意じゃないけど――」
と、僕が言い切るより前に、筑紫は言葉を被せてくる。
「やっぱりポケモンバトルもするんですね! 嬉しいなあ、この町――いや、この村ですか。ポケモン持ってる人はいるけど、実際にバトルしたりする人って少ないんですよね! それに僕、ジムリーダーをやらせてもらっているせいで、友達みたいに冒険に出たり出来ないから、バトルする機会が極端に少ないんです……確かにジムリーダーをさせてもらうってすごく名誉なことだとは思うんですけど、僕は出来れば休みの日は友達と森に行って虫取りしたり、遠くのジムまで行って一緒に観戦したりしたいんです。でも、ジムが開いているのって大体世間的に休みの日が多いから、僕とは予定が合わないんですよね…………あ、すいません、愚痴みたいになっちゃって。とにかくポケモンバトル面白いですよね! 僕は虫ポケモンこそ至高の存在と思ってて、ずっと虫ポケモン一筋なんです。純粋な虫ポケモンがやっぱり一番ですけど、もうその辺は研究しつくしちゃったんで、最近は他のタイプを併せ持ったポケモンばかり使ってるんです。えへへ、でもやっぱり、一番好きなのはストライクなんですけどね。ストライクいいですよねえ、あの完成されたフォルム。小さい頃からずっと一緒なんです。ストライクって、虫と飛行タイプを持つポケモンの中でも異色を放ってますよね! あ、でも、そういう意味ではバタフリーもやっぱり素敵だなぁ……全てが全て、美しいんですよねぇ、虫ポケモン。非が見あたりません。もちろん他のポケモンにだって劣ったところなんてないんですけど、虫ポケモンが持っている素晴らしさは、他のポケモンとは何処か違うと思うんです。非力そうに見えて、その実、力強くて…………」
「う、うん。すとっぷすとっぷ」
終わりが見えない会話を、息継ぎの瞬間に何とか遮断する。
横では筑紫の熱弁に怯えた赤火が、僕の服を強く握りしめている。よしよし、怖いよなあ。僕もだよ。
「とにかく、あれだ。ガキの僕が言うのも何だけど、子供なんだしもっと遊びたいよ、ってことかな? 一般人の僕からすれば、ジムリーダーなんて経験滅多に出来るもんじゃないし、双方に優劣はあると思うけどね」
「そうですね。きっと、ジムリーダーをやってなかったら、ジムリーダーに憧れているかもしれませんし」
……ふう、何とか暴走は止まったらしい。僕も割と言い回しが長い方だけど、実際にやられると、これはこれで少々気まずいものがある。今後は自重しよう、と思いながら、僕は紅茶に口をつけて、さて…………これからどうしたものかと考える。
そもそもこんなに長居する予定ではなかったのだ。未確認歩行生物だった筑紫に恐怖したばかりに、勧められるままに持て成しを受けてはいたけれど――本来は二、三挨拶したら帰るつもりだったから、対応に困る。
それに、赤火は多分、帰りたがっているだろう。五歳くらいの時なんて、自分の興味のない場所にいても、退屈なだけだった。僕にも経験があるのでよくわかる。それに加えて恐怖の対象である筑紫だ。帰りたくないわけがない。
――かと言って、ここまで持て成されておきながら、数分会話しただけでハイさようなら……というのも、年上としてちょっと問題ありだろう。
困ってしまった。
まさに板挟みだ。
「そういえば、ハクロさんはどんなポケモンを持ってるんですか? 赤火ちゃんのポケモンも、すごく興味あります。僕は虫ポケモンしか使いませんけど、色々なポケモンに詳しくなりたいんですよね。良かったら見せてくれませんか? ……それで、あの、ご迷惑じゃなかったら、対戦もしていただけませんか? バトルリングは、いつでも使えるので」
「あー、あー……うーん……」
筑紫は僕にさらなる悩みを押しつける。くそう……負けるな、合理的に考えるんだ僕。僕はバトルなんてしたくないし、ポケモンを見せることも、出来れば勘弁願いたい。
筑紫の好意を無碍にせず、赤火を退屈させないように、最終的には僕の希望も通すことが出来る案。その素敵な案を考えるんだ。そうすればこの居づらい空気から脱出出来る。
……がんばれ僕の脳みそ!
「そう、だね。えーと、それじゃこうしよう」
「はい」
あやふやな思考のまま、僕は筑紫に告げる。
「僕たちと一緒に、散歩しようか」
「……?」
筑紫は理解不能と言った様子で僕を見ている。そりゃそうだろう、自分でも何を思ってそう告げたのかはさっぱりだ。だけど、筑紫、赤火、僕の三人が一番火傷せずに済む方法を考えたら、何故だかそういうことになった。
……うん、間違いじゃないだろう。筑紫は何か最初から一人ぼっちで寂しそうだったし、お話なら歩きながらでも出来るし、赤火もいい加減喋らなさすぎて、人形みたいになってるから、早く外に出してやりたいし……それに僕も、早いとこ挨拶回りを済ませたいことだし、ね。
「散歩……ですか?」
疑問を持つのも、当然っちゃ当然だった。何故突然散歩って話になるんだと思っていることだろう。
「うん、さっきも言ったけど、今近所の人に挨拶してる途中でさ。日が暮れる前には終わらせたいし、でも君とも話したいし、暇なら一緒に行こうって話」
半ば強引に僕は筑紫を誘う。自己中心的思考ってやつだろうか。知ったことか、って感じだけど。
「暇……はい、実際に暇ではあるんですけど……ジムリーダーは、ジムを留守にしちゃいけないらしくて……」
「ん、そうなの?」
初耳だった。何しろ朽葉を治めていらっしゃるかのイナズマアメリカンは、平日になるとしょっちゅうジムを留守にして、ショッピングだ何だと楽しんでいるのだ。
まあ、あのジムには少佐の舎弟みたいな人が常に入り浸っているから、厳密には留守ってことにはならないんだろうけど。それでも人がいるってだけで、ジムリーダーがジムを空けていることに変わりはない。
「……でも、ちょっとくらい大丈夫なんじゃない? 戸締まりしとけば、泥棒が入るってわけでもないだろうし。それに、こんな平日にジムに来る人なんていないでしょ。大丈夫大丈夫、何とかなるって」
「大丈夫……でしょうか」
どうやらかなり心配性らしい。うーん、僕が知ってるジムリーダー(主に少佐と霞さんのことだけど)ってのは、概して自己中心的なイメージがあったけども……中には常識人もいるようで、安心した。特に檜皮を治めているのが、子供とは言え、誠実な人物で。
しかしそんな誠実な人物を、僕は頑なに誘ってみる。
毎日ジムに入り浸りでろくに遊べないって言うなら、僕が遊び相手になってやるまでだ。
「何かあったら、僕の知り合いに色々と責任押しつければいいよ。何だかんだで顔の広い知り合いがいるからさ」
「そう……ですか。じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます!」
最後の防壁を突破出来たらしい。素晴らしいことだ。こうして全ての良い子は、悪友の誘いによって、悪ガキへと成長していくんだろう。
おめでとう、ヨイコはワルガキに進化した! ……とか、そんな感じか。
そんなわけで僕は、すっかりぶーたれてしまった赤火の手を握って立ち上がる。が、それくらいではこのお姫様は満足しないらしく、何故だかおんぶを強制され、僕は仕方なく小さい体を背負う。
そして横には体格の小さい少年を連れて歩き、十五歳にして何故だか子育てパパの気持ちを味わいながら、僕は檜皮の面々に挨拶をして回ったのでした。
ここに緑葉が加わると人生が酷くなりそうなので、もういっそ、来られなくなってしまえばいいなあ、とか。そんなことを思ったなんてのは、多分秘密だ。