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お墓と言えば紫苑市のイメージがあるけれど、それは関東地方に限ったことで、他の地方ならそれぞれのお墓スポットというものが存在することだろうと思う。
では僕の実家がある上都地方ならばそのお墓スポットは何処なのかと言えば、その実あまり目立ったお墓スポットというものは存在しない。上都地方はそういう昔ながらの文化が根付いている地方なので、お墓は各市ごとにあると言っても差し支えがないくらい、お墓の無法地帯なのだ。
……いや、流石にその表現はどうかと思うけれど、まあとにかく、上都は関東のように、お墓を一箇所にまとめようという運動がなされていないのだ。勿論そういうものが地域別に集まってはいるけれども、それが何処かの市だけに託される、という手法は取られていない。
もっとも――今僕がいる黄金市に、お墓はないと思うけれど。
都市となると、さすがにお墓とかは除かれてしまうらしい。逆にそういう特別扱いも、いかがな物だろうと、僕なんかは思うんだけど。
「しかし……うーん、実に二年ぶりか」
お婆ちゃんから手紙を貰った二日後。約三時間に及ぶリニアの旅を終え、僕は黄金市の大地を踏みしめていた。
以前上都に来たのは……二年前か。同様に、お爺ちゃんのお墓参りの季節だった。去年のこの時期は色々といざこざがあってこれなかったけれど――あんまり、変わってないなあ、上都。
リニア駅のすぐ横にあるラジオ塔から発される爆音もいつも通りだし、人口密度も酷いことになっている。他の市ならもっと落ち着いているんだけれど――こと黄金市に関しては、関東の山吹市に匹敵する混雑具合だった。
まあある意味、上都は黄金市にだけ人が集まっているということなのだけれど。
「とにかく、連絡しとかないとな」
僕の実家があるのは、上都の南部に位置する檜皮市である。黄金市から徒歩で五十分くらいかかる所にあり、とても時間がかかる。では交通機関を利用すれば早く着くのか……と言えば、そうでもない。檜皮市は森を抜けた奥地という辺鄙な場所にあるので、到達手段は徒歩くらいしか存在していないのだ。何故なら、関東地方の常葉市がある常葉の森と似た感じで、姥目の森という迷いの森があるせいである。
まあそんな辺鄙な場所でも電波は通じるので、ポケギアで連絡を取ることは可能だ。そして僕のお婆ちゃんは最先端技術が大好きな若者脳を持っているので、こういう時に非常に助かる。余談だけど、父方の祖母はボケかかっているので、意思疎通が図りにくいのだ。もちろん、嫌いじゃないけどね。
ポケギアからお婆ちゃんの電話番号を呼び出して、繋ぐ。発信音と呼び出し音が響いて、直後、通話が始まった。
「もしもし? ハクちゃんかい?」
「あ、お婆ちゃん? ハクロだよ」
「ああ、ハクちゃん。えらい早く着いたんだねえ。急がなくても良かったのに」
「いや、折角だから何日か泊まってこうと思ってさ。今黄金にいるから、あと一時間くらいで着くと思う」
「はいはい。ハクちゃんのためにおまんじゅう買っておいたからね。待ってるからね」
「うん、じゃ、また後で」
「はいよー」
通話終了。お婆ちゃんの後ろで何かが鳴いているような甲高い声が聞こえたのだが、未だにお婆ちゃんはヒメグマを放し飼いにしているらしい。ぬいぐるみか何かと勘違いしているんだろうか。
まあしかし、それよりも何よりも、お婆ちゃんが用意してあるまんじゅうって、どう考えても、『碇饅頭』のことだよな……うわあ、食いたい。一刻も早く食いたい。日本三大和菓子の一つじゃないか。僕の大好物だ。
ラーメンも好きだけれど、お菓子の中ではまんじゅうが一番だ。せんべいでもようかんでも無く、まんじゅう。
食うしか――ない。
僕は久々に本気を出すことにする。何たってまんじゅうが食えるのだから、本気を出すしかないだろう。ここで本気を出さなかったら、僕は僕でなくなる。『碇饅頭』の恐ろしい所は、名物品であるにも関わらず大量生産が追いつかない商品で、一日は愚か一週間単位で数量限定という奇跡が起こる可能性がある所だ。金があってもどうにもならない事例の一つである。僕はその『碇饅頭』を、出来るだけ鮮度の良いうちに食べておきたいと思ったので、本気を出すことにした。本気とは何か? 決まっている。黄金市にある貸し出し自転車を借りて、フルブーストをかける、だ。
僕は日頃節約家である(というかほとんど買い物をしない横着者である)が、自分の欲望のためには出費は惜しまない性格だ。僕は黄金市の深部にある自転車屋に向かい、自転車を借りることにした。どうせ何日か滞在する予定だし、折りたたみの一つくらい持っていてもいいかもしれないしね。
キィと安っぽい扉が開いて、僕は自転車屋さんに突入する。まあとは言っても貸し出しの手続きなんて何も難しいことはないし、「貸してください、ご記入ください、書きました、いくらになります、どうぞ」という流れでやりとりを行えば、自転車は簡単に借りることが出来た。現状を事細かに認識している暇なんてない。店主との会話一つが、『碇饅頭』を殺しかねないのだ。
今の僕に、自転車屋の店主を気遣ってやる気はない。まんじゅうを食うために、一刻も早く檜皮に向かわなければならない。
僕は貸してもらった折りたたみ自転車を組み上げる。昨今の自転車業界は進化に進化を遂げているらしく、ギア変速まで出来るらしい(とは言っても二パターンだけだけど)。
僕はとにかく、檜皮の実家を目指すことにした。徒歩と自転車の差はどのくらいだ? 間違っても二倍なんてちゃちなレベルじゃあない。少なくとも五十分で着くところ、二十分未満で着く可能性が出るレベルだ。
僕は三十四番道路を臨んだ。一気に突っ切りたいところだが、ここには多くのポケモントレーナーがいることで有名な道路でもあるので、出来るだけ顔を合わせないようにしなければいけないから厄介だ。まあもっとも、捕まったところで負ける気はないので突っ切ったっていいのだけど、時間経過とともに『碇饅頭』の新鮮味が少なからず失われていくのは避けたい。
僕はチェーンとブレーキを調べ、車輪部分も、念入りに調査を行う。
これなら、大丈夫そうだな。
「ならば――突っ切るか」
◇
……勝負の時だ。
僕は旅行鞄の取っ手部分に腕を突っ込んで、無理矢理リュックサックのように背負い、自転車に跨り三十四番道路を臨む。トレーナー達は――退かなければ、轢く。そんな覚悟で、僕はこの三十四番道路を制覇してやることにした。
まずはペダルだった。
左足で左側のペダルを蹴って逆回転させ、その回転を右足でペダルを止めると共に――踏み込むっ!
突然の踏み込みにチェーンが軋み、連結部分が悲鳴を上げる。が、キチンと整備されている貸し出し用の自転車である。この程度の使い方で壊れるはずもなく、従順なまでに、僕の意識にひれ伏す。
長い道のりだったはずだ。徒歩で歩けば二十分はかかるであろう道のりを、しかし凄まじい速さで、自転車は駆けた。三分の一――いや、四分の一程度には、移動時間を短縮出来るのではないだろうか。
そして次に、タイヤ。
チェーンの運動を受け入れて、車輪は地面を噛む。面と点を連続的に継続的に噛み合わせ、自転車は僕を姥目の森へ向けて運んだ。僕の視界にあるのは、姥目の森へと繋ぐ連絡路だけ。トレーナーの顔などは、『見えて』いても『見て』いない。
遠くに見える、三十四番道路と姥目の森を繋ぐ連絡路には、自動ドアが採用されている。果たしてその自動ドアは、赤外線感知式なのか、重量感知式なのか。非常に文明が遅れている(というか進化を求めない)上都地方は、二年前に訪れた時はまだ重量感知式だった。もしまだそれが採用されているのだとしたら――
僕はまんじゅう食べたさに賭けに出る。連絡路から十メートル以上離れた地点で背中に背負っていた旅行鞄を、自動ドアに向かって――投げた。
自動ドアの前にあるマットの上に、旅行鞄が命中。
自動ドアが、開く。
「いよっしゃあああああああ!」
僕は雄叫びを上げながら開いた自動ドアに向けて速度上昇。旅行鞄を走行しながら拾い上げ、姥目の森と繋がる方の自動ドアにも、同じ手段を取る。
連絡路内に人はいただろうか。果たして僕は認識していない。再び旅行鞄の重さによって開いた自動ドアを通り抜けながら、僕は姥目の森へと侵入した。
黄金市からここまで、間五分もかかっただろうか。
素晴らしい速度だ。
「おらあああああああ!」
曲がりくねった姥目の森。他地方の人には『迷いの森』とも呼ばれているらしいこの森は、所々に意味のわからない細道があり、細い木々もある。そのせいでこの森は、観光スポットとしても扱われない魔の森なのだが――幼少時代をこの森で過ごした僕にとって、ここは庭以外の何ものでも無い。
最後に――ブレーキ。
前輪を止め、重心の変動によって直角に方向転換。
後輪を止め、ハンドル操作によってウイリー状態からの百三十五度の変更。
やはり自転車……最高だ。買う気はしないけれど、たまに借りる分には、最高と言う他ない。僕が関東に引っ越した当時、朽葉市にあった『ポケモン大好きクラブ』の会長さんに借りて使いまくっていたものだけれど、昔取った杵柄というものは、恐ろしく役に立つものだ。
僕は自分の自転車捌きに酔いながら、直情的に檜皮を目指す。待っていろまんじゅうとお婆ちゃん。僕は今、神になろうとしている。
生い茂る草木を避け、頭上を覆う枝をすり抜け、最短ルートを僕は行く。僕を邪魔するものがいたとしたら、例えそれが世界であろうとも、僕は進むのをやめないだろう。
並木を挟んで進行方向が百八十度回転する最大の難所を、僕は二メートル手前で急速に後輪ブレーキをかけることによって減速し、重心を左に傾けてハンドルを切ることで攻略する。前輪が並木の端を曲がりきって反対側へと侵入した瞬間に、前輪にもブレーキをかける。そして前輪が地面と一体化したまま反動で後輪を宙に舞わせ、自転車を直線状にセット。頂点で停止していた右側のペダルを瞬時に踏み込み、後は暴走するだけだ――――
――と、衝撃から数瞬遅れて、僕に意識が戻ってきた。
「……ってぇ……おいお前、誰だか知らんが気をつけろよな……」
自転車という鉄の塊に乗っていたはずの僕が地面に投げ出され、生身であるはずの人間が、直立したまま目の前にいるということを悟った直後、僕は無意識に言葉を発していた。
「あ、え? 鉄さん!」
鉄さん。
何て説明すればいいだろう。
檜皮に住む、炭火職人のお弟子さんだった。
◇
「あー、里帰りかー」
僕は先ほどの激突で自転車のチェーンを外してしまい、強制的に、徒歩で姥目の森の中を移動することになっていた。まあ本来あるべき姿なんだけど。
「うん。たまにはお婆ちゃんにも顔見せたいしね」
「そうだなあ、家族ってお前くらいだしな。でも、紫紺婆さんは俺らよりよっぽど若い脳みそしてるからな。ありゃあと五十年は生きるだろ」
「それ人外じゃん」
動かなくなってしまった自転車は、鉄さんが片手で担ぎ上げてくれている。昔から馬鹿みたいに筋肉質な人だと思っていたけど、その筋力に衰えはないらしい。ていうかチャリ片手で担ぐって、少佐レベルだなぁ……何で僕の周りっておかしな人ばかりなんだろう。
そんな鉄さんは、僕が上都から深奥に引っ越す一年前――だから、僕が五歳の頃か。その頃に突然檜皮にやってきて、木炭職人に弟子入りを志願した十ニ歳のお兄さんだ。
緑葉も僕も、小さい頃はよく鉄さんに遊んでもらったもんだから、どうにも頭が上がらない。かと言って、敬語を使う気にもなれない。本当に真の意味で『近所のお兄さん』なわけだ。
僕が十五歳だから、檜皮の時空が歪んでないとすれば……今年で鉄さんは二十二歳ということになる。
ほとんど木蘭さんと同年代のはずなのに、木蘭さんには大人の貫禄ってもんが足りないからなぁ。それとも、十九歳と二十二歳には、それだけ差が出来るものなのだろうか。
「あーまあ、久しぶりならのんびりしてけよ。どうせ暇なんだろお前」
「うん、暇人……それにしてもさ、何か、姥目の森、進化してない?」
「ん、お前もそう思うか。そうなんだよなあ、ここ一年くらい、なーんでか木の成長が早いんだ。ああカモネギ、そこ居合い斬り」
「グァー」
木炭職人(見習い)である鉄さんの主な仕事は、材料になる良質の木片を伐採することである。だから、「いあいぎり」を使うことが出来るカモネギを連れて、姥目の森で仕事をしているわけだ。
今日もその仕事の最中だったのだけれど、僕が激突したことで伐採は終了した。まあ最近の木炭事情は、大して焦ることがあるわけでもないらしい。
「うちのオヤジが言うには、良質な木が手に入るんだからいいじゃねーかっつー話よ。だけどな、巌鐡(ガンテツ)さんは違うわけよ。『森の神様の怒りだ』とか何とか言ってるね」
「へえ……でもまあ、オヤジさんの言う通りなんじゃない? もし逆に木の成長が止まってたら、鉄さん達のせいにされそうだし」
「本当になぁ……いや、わかるぜ? 俺だってな、自然破壊してるわけだし、悪いことしてるって自覚はある。本当、今時木炭なんて誰も使わないんだよな、ほとんど電気で出来ちまうから」
鉄さんはカモネギが切断した木々を背中に背負った籠に入れながら、言う。
「でもさ、木炭職人にも矜持ってもんはあるわけよ。嫌いじゃねえけど、ラジオとかさ、生きるために必要なもんじゃねえはずだろ。それなのに、娯楽は認められて、時代遅れの必需品が嫌われる。どうも納得いかねえなあ、俺はさ」
確かになあ。
僕は思う。確かに僕はまだ幾分も生きていないし、人生経験がどうとか言えるような年齢じゃないってことも、勿論わかっているけれど――それでも何だか、意味不明なわがままが横行しているなって気は、多少ながらしている。
そりゃ勿論、僕だってその恩恵に預かってはいるんだけれど――リニアにも乗ったし、自転車も借りた。けど別に、なくても歩くことは出来る。歩いてここに来ることは不可能じゃない。不可能だったら、とっくの昔に世界なんて滅びてる。
だって言うのに、まあ人は『楽』を求める。楽をしたいって意味もあれば、楽しみたいって意味もある。そうやって、進化していくのは、別にいい。自分達が適応していきたいってんなら、別に誰も咎めやしないと思う。みんな楽が好きだからね。
だけど……古さを切り捨てる必要は、別にないと思うんだけどなぁ。廃れるのは仕方ないとしても、無理矢理捨てるのは、いかがなものかと、僕は思う。
「……まあ、僕も木炭は使わないけど、まあ、応援くらいは出来るよ」
だけどそんなこと、子供が言って伝わることでもないし。僕はただそれだけの言葉を、鉄さんに言った。
「おう……まあ俺はいいんだけどさ、まだ若いし。けど、オヤジを見てると不憫で仕方ねえよ。ずーっと木ばっか焼いてた人間だからさ、世渡り下手っつーのかな」
「ああ、それは分かる。オヤジさん、手紙の出し方も知らなかったしね。まるで骨董品だよ」
「もはや生きた化石の勢いだからなぁ……それに、そうだ、お前は知らねえんだな。オヤジ、今入院してんだ」
「は?」
「おいカモネギ、もういいぞ――だから、入院だよ入院。何かわけ分からん病気でぶっ倒れた」
「グァー」
鉄さんはカモネギに声をかけると、ひょいと背負っている籠に放り投げた。
へえ……オヤジさん、入院してんだ。まあ、もう結構な歳だろうしなあ。お婆ちゃんと同じくらいの年齢だったはずだし、もうそういう時期なのか。五十後半とか、そのくらいかな?
お婆ちゃんも……ちょっと、心配だな。やっぱお婆ちゃんと一緒に住むってことも、考えたほうがいいのかもしれない。いくら檜皮が、村全体が家族みたいな町だとは言え――本当の家族は、僕しかいないわけだし。
「ん、何辛気くせえ顔してんだ。オヤジはまだ元気だぞ?」
「あ、いや、お婆ちゃんも心配かなと思ってさ」
「いや、大丈夫だ。紫紺さんは俺より長生きするから」
「だから人外じゃん」
「グァー」
言いながら、僕と鉄さんは姥目の森を進みきって、連絡路まで来ていた。
檜皮側の連絡路は、何故か出入り口が手動、というのがいささか不可思議すぎるのだけれど、まあそれも檜皮らしいと言えば檜皮らしい。
僕は自転車を担いでもらっているので、率先して戸を開けた。良くも悪くも、『古さ』が充満している場所だ。檜皮と――燻くらいか、こんな古さが残っているのは。槐も、今や観光地として有名になっちゃったしな……。
檜皮に通じる戸を開ける。
「さて……何年ぶりだ? 二年ぶりか?」
「うん。時期的に、丁度二年かな」
僕と鉄さんは連絡路を出て、さて、かれこれ二年ぶりに――故郷に、帰ってきた。
敷地の割りに、建物が少ない。目立つ建物はジムとポケモンセンターくらいなもんで、あとは東部にあるヤドンの井戸が神聖視されているくらいだ。
ぱっと見……高原にあるキャンプ地とか、そんな感じだろうか。この閑散とした空気は。朽葉もそこまで都会って感じじゃないけれど、ここに比べたら大都市だ。
「まあ、檜皮の面々はあんま変わってねーから気楽に過ごせよ。ここ最近の変化っつったら、オヤジがいない代わりに、紫紺さんとこにお客さん来てるくらいだ」
「へー、お婆ちゃんにお客さんね。爺ちゃんの知り合いかな?」
お墓参りの季節だし、爺ちゃんの墓参りに来たのかもしれない。お婆ちゃんも爺ちゃんも知り合いは多いようだし、逆にお客さんが多いほうがお婆ちゃんもボケなくて良さそうだ。
「ま、とにかく用事が済んだら、一旦うちに来い。自転車直しといてやるからさ」
「あ、いいよ、僕やるから。チェーン直すと手汚れるし」
「あ? こちとら木炭のせいで、毎日体中汚れてんだ。いいから早く紫紺さんとこ行って来いよ」
「あ……うん、ありがとう」
「おーう」
言って、鉄さんは家に向かった。まあ、家に向かうとは言っても、うちから数メートルしか離れていないから、本当に村全体が一つの家みたいな感じなんだけれど。
僕はその数メートルを移動して、実家の玄関の前に立つ。懐かしいけれど、かと言って感慨深いわけでも無く、これと言った感想は無い。本当に、久しぶりって感じだ。
まあ、言ってもちょくちょく来てるしな……お婆ちゃんだってよく電話してくるから、懐かしいって気分じゃないんだよなぁ。
とりあえず僕は、檜皮に着いたっていう連絡を入れるべきか数秒迷ったけれど、無駄に連絡いれるもの馬鹿らしいと思ったので、勝手に上がることにする。
僕はお邪魔しまーすと言う一歩手前で思い直して、戸に手をかけた。
「ただいまー」
ガラガラと戸を開けて、懐かしき無駄に広い玄関に忍び込む。普通に僕ん家の寝室くらいあるからな、この玄関。なんで田舎の建物ってこんなに玄関が広いんだ。
「お婆ちゃーん、ハクロだけどー」
「はーいー、勝手に入っておいでー」
遠くからお婆ちゃんの声がした。前は玄関まで迎えに出てくれたんだけれど、多分もう、動くのも大変なんだろうなあと、オヤジさんのこともあって思う。
僕は言われた通りに、玄関で靴を脱いで勝手に上がることにした。とにかく荷物を置きたい。前と同じように、父さんの部屋を使えばいいんだろうけど……まあ、先に挨拶しておくのが礼儀ってもんだろうし、そこは譲れない常識だ。
僕はこれまた無駄に長い廊下を進む。夏なのに、何処かひんやりとしているんだよなぁ。田舎の建物って何故かおどろおどろしい。まあ、とりあえずトイレだけは水洗なので、落っこちるという恐怖はないのだけれど。
僕は奥にある床の間へ向かって行くにつれて、段々と世界が賑やかになって行くのを感じていた。ふと、テレビの音量かな? とか思って、こんなに音量上げなきゃ聞こえないなんて、お婆ちゃん耳まで遠くなったのかなぁと悲しくなったりする。
……ああでも、そういえばお客さんが来ていたんだったか。だとしたら、二人で会話でもしているのかもしれない。テレビの音にしては、簡素すぎるし。それに嫌に甲高い。若いお客さんなのかな。
まあともかく。
「お婆ちゃん、久しぶりー」
ガラリ、と。
障子戸を開けて、僕は戦慄しました。
それこそ孫然とした孫として、僕は明朗にお婆ちゃんに臨んだ。一片の疑心もなく、ただただ純粋に、お婆ちゃんに、久しぶりを伝えたくて。
果たして誰がこんなことを予想したのか。
若しくは誰がこんなことを仕組んだのか。
僕はその答えに辿り着くより先に、ポケットからポケギアを取り出して、ある場所へと連絡を入れる。
お婆ちゃんが何か、「お帰りハクちゃん」だとか言っているようだし、『お客さん』も何か、言っているようだけれど。果たして今の僕は、それを理解出来ない。
数秒待って、通話が始まる。
僕が電話をかけるべき候補者は、現時点で二人存在していたのだけれど。
後になってみれば、僕は無意識の内に、言語が通じる方を選んだのだと思う。
「うぃ、もしもし? ハクロが電話かけてくるなんて珍しいねー」
と。
緑葉の声が聞こえて、第一声。
「あのさ、赤火はいつからうちの子になったの?」
とりあえず、そんな感じで、僕の上都旅行は始まったのでした。まる。