ポケモン2。
10
 さて。
 話の整理をしよう。
「……一言だけ、言い訳なんですけど」
 とは、僕との勝負が終わったあとの木賊の言葉。
「ハクロさんにとって、どうしても譲れない物があるなら、分かってもらえると思いますけど」
 木賊は前置きをして、僕に言う。
「ポケモンリーグに入ることは、僕の全てなんです」
「いや、実を言えば、わからないじゃあ、ないんだけどね」
 僕にだって、譲れないことの一つや――いや、一つだけ、譲れないことはあるから。気持ちがわからないなんて、わからず屋なことは言わない。
「だけど、やっちゃいけないことを叱れないようなら、君とまたひょっこり出会う権利は、僕にはなくなるからね。言ってみれば、けじめみたいなもんだと思うし、君のしたことが悪いとは思っても、君を責めている気持ちは、一つもない」
 後ろめたさと。
 嘘めいた事で。
「だから僕は止めた」
「……はい」
「分かってくれとは言わないけど、従ってくれ」
「――従います」
 他にもいくつか、言いたい小言はあったけれど。
 まだまだ年寄りになりたくない僕は、そこで留めておいた。
「それと」
「はい……」
 蜜柑については――少佐に任せた。
 セレビィは無事返ってきたけれど、女医さんは被害を被ったわけだから、それについては、僕は見過ごせないし、同様に、責任を取れない。
 だから、大人の事情は、大人に全部、丸預けする。
 だけどその前に、一言だけ、僕は蜜柑に訊ねた。
「蜜柑さんは……木賊と、どういう関係?」
「え。あ、ひ、秘密です…………」
 いや、ふざけんなよ。
 ここまで引っ張っておいて。

「だって……木賊君、ね?」
「いや、ハクロさんには言っても大丈夫だから」
「そう……かな?」
 僕はいまいち、蜜柑には信用されていないらしい。まあ、当然か。どんな関係か知らないとは言え、知り合いに罵詈雑言を浴びせて、挙げ句馬鹿にしたように打ち負かしたのだから。
「えっと、簡単に説明すると……」
「はい」
「保護者……です」
 ……。
 ……。
 うん。
 そんな感じで。
 蜜柑と木賊の関係性については、色々な面倒事が済んでから、機会があれば、また改めて訊ねることにした。
 野生児の木賊を育てているとか、そういう事なのかなぁ……いや、まあいいや。
 蜜柑が木賊の実の母親ですとかそういうオチじゃなければ、何でもいいよ、もう。
 次の整理。
「処理は任せとけ」
 という頼りがいのあるお言葉を放ったのは、当然のように少佐だった。
「まあ、セレビィのことについては公にしない方がいいだろうな。俺ぁな、科学の進歩とやらに不平不満は持ってないが、死の近い生物を解剖するような馬鹿は個人的に嫌いだ。だから個人的に、セレビィの存在をもみ消そうと思う。それが俺の正義だ」
 僕はその意見に、欠片も異論を持たなかった。
 少佐の考えは、研究員や博士からすれば、それは僕が木賊に抱いた感情のような怒りなのかもしれないけれど、僕はそれで正しいと思うし、僕はまだまだ子どもだから、自分の思う通りに行動したいと思う。
 それで世界が救われなかったとしても。
「蜜柑の方も、俺から言っとく。蜜柑とは元々、色んな交流があったしな」
 などと言う口ぶりに、僕は少し興味を持つ。
「何繋がりですか」
「愛人だ」
「妄想は置いといて、真実は?」
「コイル繋がり」
「いや嘘でしょ」
 そこかよ。
 まあ、ないよりマシだけどさぁ。
「筑紫の口止めも俺に任せとけ。俺はあちこち行ってるから、ジムリーダーには顔が利くんだ。だからお前は、嬢ちゃん二人と、婆ちゃんと、あの坊主の口止めをしとけ。檜皮の面々は……まあ、大丈夫だろ」
「あー……」
 その時既に、木賊は「皆さんには合わせる顔がありませんね」という捨て台詞を残して、僕の前から消え去っていたのだけれど、僕は「分かりました」と、害のない嘘をついておいた。
「お世話かけますね」
「出来る範囲なら、何でもやってやるよ」
 頼もしい大人だ。
 いつかはこうなりたいものである。もちろん、不真面目さを取り除いた上で。
 ま……そういう不真面目さがあるから、木賊と蜜柑の事を、緑葉達に知られない処理を取れたのだけれど。
 さて次。
 ポケモンセンターの女医さんについて。
「突然眠気が襲ってきて……」
 と、事情聴取なのかナンパなのか分からない会話を少佐と行っていた女医さんは、そんな事を言っていた。
 まあ、少佐は警察じゃないので、ナンパで正しいんだけど。
「そうしたら、セレビィが……」
「セレビィ、ですカ?」
 少佐は何を言っているのか分からない、という迫真の演技で、女医さんに訊ねる。
「はい、セレビィがいなくなってて……」
「セレビィ……オー! ジョートの昔話に出てくる、フォレーストのゴッドでーすネー。そのセレビィが、どうかシマしたカー?」
「え? ですから、セレビィの治療中に……」
「ノノノ。ユーに助けてもらってタのはー、ミーのピカチュウデース。ドゥリィームでも見てたんじゃアリませんカー?」
「あら……おかしいですね……」
 少佐はふざけた割には有無を言わさぬ話術で、女医さんの中から『セレビィ』という存在を煙に巻いた。それが彼女の記憶を操作出来るほどのレベルでない事は明らかだけれど、実際、非日常的な『突然の眠気』を味わった女医さんにとって、セレビィの存在が不安定になる事は、確実だろう。
 ちょっと不安定ぐらいで、丁度良いのだ。
 知らない方が安全ですよ、と、こちらは忠告しているに過ぎないのだから。
「それヨリー、ぜひ今度カントーでお会いしまセンカー? グッドなお店、ベリベリ知ってマース」
「あ、はぁ……」
 その辺にしとけよ、少佐。
 で、ここからが本題だけど。
 そんなセレビィがその後、ちょっとした急展開を迎えたことを、簡単に――事実を濁しながら、お話しなくてはならない。
 何故なら、その事実だけで、今回の事件は他の解決策を迎えたのかもしれないから、だ。
 最善の策とは言い難いけれど、最良の結果とは、言えるのかもしれない、そんな結末で。
「いーやーだああああ!」
 と、聞こえてきたのは、可愛い赤火の反論である。
「まだいる! 帰らないー!」
「わがまま言わないの! お婆ちゃんにも迷惑でしょ!」
「迷惑じゃないもん! 迷惑じゃないよね? だよね?」
 僕、緑葉、赤火、筑紫、お婆ちゃん、少佐の六人でちゃぶ台を囲み、お茶を楽しんでいる時の一コマ。
 セレビィの持ち主は見つからないであろうから、結局は森の祠に還すのが一番だろう、という話し合いが終了した直後だった。もちろん、セレビィに対して何らかの処置をして、時の巻き戻しが起きないよう留意し、祠に封印する、というような形で。
 ちなみにセレビィは――部屋の隅で、布団に寝かされている。
 幻のポケモンなのに、扱いが雑だよなぁ。
「お婆ちゃんは迷惑なんて思わないけどねぇ。でもお姉ちゃんのいうことは、ちゃーんと聞かないといけないよ?」
「うー……」
「お母さんからも連れて帰ってきなさいって言われてるんだから……」
 お姉ちゃん大変だねぇ。
 そんな感じで、弟も妹も持たない僕は、傍観者に徹していた。
「うー……!」
「いやぁ、可愛いものですねぇ、姉妹の喧嘩というのは」と、少佐。
「本当にねぇ、子どもはこれくらい元気な方が良いんだよぉ」と、お婆ちゃん。
「どれだけ騒いでても、許せるもんなぁ」と、僕。
「あ、あの、赤火ちゃん、また来年遊びにくればいいよ。いや、来年じゃなくても、いつでも遊びに来たらいいと思うよ」と、筑紫。
 空気を読めよ。
 僕含めた三人。
「明日の朝には帰るからね」
「うー…………」
 赤火は反論の糸口を失って、涙を必至に堪えて我慢している。
 赤火の、我慢!
「それじゃ、お墓参りに行く前に、散らかした荷物をまとめとこうか。赤火はどうせ、準備に時間がかかるんだから」
 と、緑葉が言ったところで。
 赤火の我慢が解かれた!
「いやあああだあああ!」
 駄々をこねる、という言葉にこれほど似つかわしい行動はない。畳の上に仰向けに寝転がって、両手足を一心不乱に動かす。まさに赤火のじたばた、だ。
「もう、いい加減にしなさい!」
「やだやだやだ!」
 一人が泣き、一人が怒り、一人がおろおろし、三人がほんわかした表情でその見せ物を眺めている。
 一匹は――生きているのか死んでいるのか。布団の中で、静かに呼吸を繰り返している。ああ、呼吸してるんだから、生きてるのか。
「こぉーらー!」
 じたばたをやめない赤火に対し、緑葉はとうとう、実力行使に出る。ちなみに、両手に花状態であった僕は当然その行為に巻き込まれるわけで、僕の右手で暴れる赤火に飛びかかる緑葉は、僕の上半身を押しのけて行く。ぐえ。
「いやああああああ!」
 赤火の金切り声が、僕の鼓膜をつんざく。
 掴みかかる緑葉の攻撃を暴れる事で回避し、その度に緑葉が体勢を崩すので、僕への被害は尋常じゃない。赤火の蹴りも何発か当たるし、緑葉の体に触れることが恥ずかしい僕は何とかそれを避けなければいけないし、かといって湯飲みを持っているから大それた動きは取れないし、本当、どうしろって言うんだ。
「大人しくしなさい!」
「来るな! あっちいけ!」
 赤火は実の姉に対してそんな暴言を吐き、挙げ句の果てに、いつも身につけていたバッグらしきものの中身を、投げ始めた。
「あ、こら、赤火!」
 中から出て来た物は――
 折り鶴(飛距離が足りず撃沈)、ペットボトルの蓋(飛ぶには飛んだが殺傷能力低し)、筆箱(笑顔の少佐にキャッチされ不発)、小さい水筒(筑紫の腹部にダメージ)、袋に入った飴(僕の顔面を強打)、そしてもう一つ、檜皮に来てからお婆ちゃんにもらったお守りを投げつけて――
 そして。
 そして……。
 ……その後を克明に語ることは、僕は少佐によって、固く口止めされている。
 存在をもみ消す、ということはつまり、現在地を隠す、ということに繋がる。そしてセレビィは、姥目の森の祠で、そっとその生涯を閉じた――という設定で、今後は語り継がれるのだと、そういうことになっている。
 だから、僕はセレビィのその後を、なるべく語らない。
 語ってはいけない、という、設定なのだ。
 語られない物語が此の世にあること。それは誰も証明出来ない。だけど同様に、それは誰にも否定出来ない。
 しかし僕の心に――記録のない記憶だけの物語が、未来永劫生き続けることが、僕にとって、そして僕に関わった全ての生き物にとって、掛け替えのない大切な物になるのだと、僕は思う。
 以上、ハクロ君の冒険上都編、終了。



 ……完璧に決まった。
 状況整理、終了。
「ねぇお兄ちゃん、やっぱりセレビィも連れてっていい?」
「言うな! あれはセレビィじゃない!」
 おてて繋いで墓参りに行く途中。赤火の間違いを、お兄さんである僕は、丁寧に訂正してやった。
 ぐう……。
 格好良くエンディングを迎えられるはずだったのに。
 早急に、赤火が手にした『初めてのポケモン』には、何か違う名前をつけてあげなくては……。
 赤火が家に置いてきた、僕が檜皮に着いた時にお婆ちゃんからもらったあの凡栗に入っているポケモンは、誰が何と言おうと、決してセレビィではない。何故ならセレビィは祠の中で、ひっそりと朽ちていったのだから。だからセレビィの持ち主が誰かとか、セレビィって昔からいるポケモンなんだよね、だったらやっぱり、捕まえるとしたら当時は凡栗? とか、そういう仮定の話を持ち出すのはナンセンスだ。さらに言えば、老い先短いセレビィが赤火と何か関連性を持つなんてことはナンセンス。ナンセンスだ。
 ナンセンスなんだよ!
 ……はぁ。
 問題は、法律の怖さか。
 木賊とか、緑葉とか、筑紫とか、ましてや僕とか。無関係のトレーナーがセレビィを奪おうとしたら犯罪だけど、それが正規のマスターとなれば、話は別――どころか、円満解決だもんなぁ。
 空の凡栗の持ち主であるお婆ちゃんから、赤火へ。
 受け渡しは、昨日の昼――つまりは僕が檜皮に来て、檜皮の面々に挨拶回りに行く前に、既に終わっていたわけだ。
 当然止めたかったし、当然諦めて欲しかった。
 それこそ、木賊に対して、行ったように。
 だけど――止める権利が、今回の場合、何処にも存在していないから、僕には何も出来ない。
 何も出来ないどころか、何かをすることで、再び混乱が起きる。そして、木賊の場合とは違うのは――誰も被害にあっていないから、別の件で正義を振りかざす事が出来ないこと。
 ――――或る意味では、こんなに愛されて死ねるなら、それが赤火の『初めてのポケモン』にとっては、一番良い最後なのかもしれないなぁ、とか。
 そんな意見で、色々な悶着があったにせよ、最終的には、赤火の手に、一つの命は委ねられた。
 全員が全員、百パーセント納得したわけではない。僕だって、それを許したくない気持ちがある。
 だけど、どうせ静かに朽ちるなら、それを看取る役目が赤火であることは、何処にも異論がなかった。
 不埒な理由がないから、かもしれない。
 法的に問題がないから、かもしれない。
 ……全く、都合の良い意見だけどね。
 僕はやっぱり、女の子に弱いのかな。
 全く持って、女尊男卑、上等だ。
「お兄ちゃん、ポケモンのお世話って、どうすればいいのかなぁ?」
「んー? そういうことは、緑葉が詳しいよ。毎日六匹のポケモンと生活してるわけだし」
 すっかりポケモンを育てる気で満々の赤火。僕はそんな赤火が、近しい未来に、ポケモンの死によって涙を流すことが、今から心配になる。
「お姉ちゃんはすぐ怒るから嫌い!」
「すぐ怒るお姉ちゃんは嫌い、だろ?」
 理由が食い違うと、ろくなことがないからなぁ。
 僕が戦いを好まないのは、負けるのが嫌い、とか、随分熱心に信じ込んでいたけど。
 結局は、勝っても負けても、気分が晴れないから、好きじゃないんだ。
「優しい時の緑葉は、好きでしょ?」
「うん……」
「大人には大人の都合があるのさ。緑葉だって、手放しで遊んでいたいと思うけどね、誰かの面倒を見るってことは、大変なのさ」
「よく分かんない」
「僕もよく分かってないよ」
 適当にでっちあげただけだし。
 まあ、あながち間違っちゃいないと思うけど。
「でも、これから赤火も、誰かの面倒を見ないといけないんだぜ?」
「なんで?」
「友達が出来たからね」
 友達。
 ペットを飼う――という言い方で、赤火の場合は、正しいんだと思う。
 随分と、贅沢すぎるペットだけれど。
 戦わせないで、ただ一緒に過ごして、そして近い将来、赤火のポケモンは、死ぬ。
 ペットを生死の概念を植え付ける道具として使うつもりは、毛頭ないけれど。
 それでもきっと、あのポケモンは、そうした使命を貫いて、朽ちていくのだろう。
 ああでも――人からもらったポケモンだから、言う事を聞かなくて大変だろうけど。
「赤火もお姉ちゃんみたいになるの?」
「お姉ちゃんみたいにじゃなくて、お姉ちゃんになるの」
「ふーん……?」
 分かってるんだか、分かってないんだか。
 ま、そのうち自動的に理解するんだろうけど。
「ふあっ!」
 後方で聞こえた悲鳴に足を止め、僕と赤火は振り返る。
 ……転ぶなよ、十二歳。
 ていうか何で墓参りについてきてんだ。
「……赤火」
「なに?」
「筑紫の面倒見てきて」
「はーい」
 良い返事だ。
 返事だけは良い、の間違いじゃなければ良いけど。
「あれでジムリーダーだって言うんだから……本当に、人は見かけによらないなぁ」
 僕が言えた義理じゃないのかもしんないけど。
 ていうか、僕が言うのが一番、似つかわしくないのかな。
「ハークロっ」
「うおっと」
 なんだなんだ。
 可愛い登場の仕方をしやがって。
「はい、どうぞ」
 緑葉は突然現れて、僕の前に、左手を差し出してくる。
「うん?」
「赤火の代わりに貸してあげましょう」
 ……。
 ……。
 そういう可愛いことするの、やめてくれよと思いながらも、僕は結局、その手を握る。僕は緑葉に何をされてもときめいてしまう恋愛感情障害者なのだ。いや、むしろ正常に機能してるのか。
 赤火の代わり……どころか、本命だけどなぁ、こっちの手。指長くて細くて、ドキドキするし。
「赤火の面倒見てくれて、ありがとね」
「いや……全然、構わないけど」
「で、ハクロの面倒を見てくれたのは?」
「ああ……その節は、お世話になりました」
 ぎこちないなぁ、僕だけ。
 三ヶ月ぶりなんだぜ?
 もっとこう、緊張しようよ、緑葉。
「それにしてもさー……たまにお婆ちゃんやハクロと会えたのに、赤火やハクロの面倒見るので大変」
「でも、別に嫌じゃないんでしょ?」
「そりゃねー。でも大変だよ。いっそ、ハクロが私の面倒見てくれたらいいのにね」
 と。
 勘違いしそうな発言を、緑葉はする。
「…………」
「え、あ、いや、違う違う! 今のは間違った!」
「うん……分かっちゃいるけど、と言う、なんて言うか、うん……」
「うん…………」
 なんとなく、無言になったりして。
 なんとなく、立ち止まったりして。
「……ねえ、ハクロ」
「はいよ」
「お願いがあるんだけど」
 ……。
 いやいや。
 あんな恥ずかしい事は、二度としないよ?
「何でしょう」
「ハクロが落ち着いたら、でいいんだけど……嫌だったら、嫌だって、ちゃんと言ってね」
「うん……?」
 僕が緑葉を拒絶するようなこと。
 何かあったかな……?
「その……」
「うん」
「私と戦って欲しいんだけど……!」
 んー……と――
 ああ。
 うん。
 ……期待なんてしてないよ?
「なんだ、そんなことか」
 僕は軽々しく、緑葉に答える。
「そんなこと、って……」
「別にいいよ。緑葉なら、いつだって」
 嫌われる心配がないし。
 強くても、気味悪がられる心配がないし。
 何よりも――何も賭けずに、心も要らずに、戦えるから。
「まあ、流石に今すぐってわけにはいかないだろうから。またいつか、機会があったら、申し出てよ」
「あ……うん!」
 上の立場にいたくない、とは思うけど。
 それもそろそろ、諦めたらいいのかな。
「まあ、そういうつもる話もあることだろうし……早いとこお墓参り済ませて、せっかくの里帰り、鉄さんとこにでも顔を出しに行ったり、ね」
「そうだね」
 事の顛末も、伝えておきたいしね。
 巌鐵さんにも、お礼を言いに、足を運んでおこう。
 自分が培った人間関係を他人に伝えるのは、とても難しい事だと思うけれど、自分が培った人達だからこそ、ちゃんと知っておいて欲しい。
 報告義務があるわけじゃないけど。
 ただ、僕にはそんなに素晴らしい人間関係があって、胸躍るような冒険があったという――たかが生活の一ページであったとしても、日常の一コマだったとしても。そういう事実があったということを、誰かに残しておきたい。
「だから、まあ」
 出来ることなら、これからずっと。
 僕の他愛もない日常に耳を傾けてくれる誰かが、これから増える一方であることを、切に願う。
 そして僕も、誰かのそんな一人でありたい。
 そう、心から思う。

 ◆

 そして蛇足に塗れたその後の話。
 蛇足どころか、蛇足の指の先の爪くらいの、そのくらいの不必要さだとは思うけれど。
 僕に綺麗な終わり方は、性に合わないから。
「約束……だからね」
 明確な約束を取り付けていた記憶はないけれど、それでも僕は、筑紫に対して、何らかの恩義を返したい気持ちが、あったのかもしれない。
 或いは――木賊との戦いを見て、気が変わったか。
 こいつをぶちのめしてやりたいという、そんな気に。
「はい、お願いします」
 観戦者は――一人もいない。
 それは僕の申し出でもあり。
 筑紫の意見でもあった。
 僕ら二人は――何処かで似通っている。
 人の目を気にしてしまうところ、とか。
 自分を偽ってしまうところ、とか。
「本気で、行きます」
 筑紫は六匹。ジムリーダーとしてではなく、一人のポケモントレーナーとして、本気のパーティで、挑むつもりだそうだ。
「僕も本気で行くよ」
 四天王に挑んでも、負けるつもりはないと言う。
 それほどまでに熟練したポケモンで、僕みたいな一般人に、ジムリーダーが、ジムリーダーとしてのプライドを捨てて、全身全霊で、かかってくる。
「あ、一個質問」
「……なんですか?」
「この試合に勝ったら、バッジ、貰えるんだっけ」
「あ……はい。差し上げます」
「ん、良かった」
 筑紫から貰えるバッジは、インセクトバッジ、か。
「んー……関東でも有効なら、万々歳だけどなぁ」
「何がですか?」
「バッジの効力」
 檜皮のバッジの特色は、居合い斬りが使えることだから。
 そうすると、正面から堂々と、少佐に喧嘩売りにいけるのに。
「あ、大丈夫ですよ、バッジ」
「む?」
「上都と関東間においては、バッジの効力は共通です。土台が同じ地方ですからね。色々と、制約が緩いらしいですよ?」
「……へー、そうなんだ」
「ですから、インセクトバッジがあれば、関東でも秘伝技の使用は許可されます。ご安心ください」
 ……勉強不足を、如実に痛感するなぁ。
 前にこの件で緑葉に嘘をついた気がするけど、まあ、いいか。
「さてと」
 勝負の準備が整った舞台に立ち。
 僕は一人の男と――対峙する。
「手抜きも遠慮も躊躇も、全てが僕への侮辱だ。そしてそれは、僕も同様にね。そんな感じで、お互い、全力でやろう」
「分かりました」
「じゃあ、始めよう」
 バッジを手にするためでもなく。
 勝利を手にするためでもなく。
 満足を得るためでもない。
 ただ純粋に――――自分の度量を、確かめる。
 何処まで行けるかを、見てみたい。
 そんな好奇心を試せる相手が――いるのなら。
 僕と渡り合ってくれる誰かがいるのなら。
 それを僕は、見てみたい。
 そんな誰かに、会ってみたい。
「檜皮ジム、ジムリーダー、柳染筑紫。お願いします」
 そんな世界を、知ってみたい。
「ポケモントレーナーのハクロ」
 だから僕は、それらを探すために。
 気に入らない称号を、自分の口で名乗る。
「よろしく」


 ポケモン2。了。
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戯村影木 ( 2013/05/01(水) 22:55 )