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「一応、正式に、ジム戦の依頼に……」
上都地方に渡ってから数日して、僕は先生の元を訪れていた。『冬の柳』の異名を持つ、氷ポケモン使いの男、柳。僕のポケモンの先生であり、心の師でもある。仰いでも仰ぎきれないくらい高いところにいて、敬っても敬いきれないくらい、正しいところにいる。
「やあ、ハクロ」
そんな先生は、僕を見て、名前を呼んだ。
嬉しい違和感だった。坊主、とか、これ、とか、そういう風にしか呼ばれなかった僕だから、一人間として認識されることが、どういうわけか、嬉しかった。師弟関係での醍醐味と言えば、そうなのだろう。
「……はい。ご無沙汰しております」
「生憎と今日は閉館日だ。私一人しかおらんよ。もっとも……それを見越して来たんだろうがな」
「はい。余計なお世話だろう……とか、生意気に……とも思われるかもしれないですけど、一応、先生の立場上――ジムトレーナーさんのいる場では、こういうお話も出来ないかな、と思ったので」
「いや、好都合だったよ。私もお前と話したいことがあったしな」
僕は師匠に連れられて、先生の部屋へと通される。室内が雪と氷で埋め尽くされている丁子ジムと比べ、先生の部屋は恐ろしく簡素だった。ガラス戸のついた本棚にはポケモン関連の資料がぎっしり詰まっていて、ソファには年季が入っていた。先生は僕を座らせてすぐにお茶の準備を始めた。流石にそれは僕が……と提案したが、拒まれる。
「若い頃は……」先生は言う。「言葉や会話というものの意味を見誤っていた。特に、戦いの世界に身を投じた私は、百の会話よりも、一度の真剣勝負の方が分かり合えると思っていた」
「それは――まだまだ僕が未熟だからだと思いますけど、今の僕には、そうかもしれない、と思うときがあります。真剣に戦ったあとの方が、分かり合えるような……」
「そう、そして、もしかしたらそれは今になっても正しいのかもしれない。が、この歳になると、真剣勝負などというものを、日常的にすることが難しくなる。百の会話をする方が、一度の真剣勝負よりも、ずっと楽なんだ。肉体的にも、精神的にもな」
お茶を頂く。玉露だった。こんなもてなされ方をされるのは初めてのことで、少々戸惑う。と、言っても――僕と先生の馴れ初めは、僕が深奥地方に住んでいた、十歳かどうかという頃だったし、その修行期間が終わってから会ったのは、十六歳、双子島での数日間だけ。それから飛んで飛んで、現在十八歳、二年が経過してからの再開となっている。先生と僕がこうして一緒に過ごす時間なんてものは、実は期間に直せば、一年にも満たないのかもしれない。
「こういう言い方は――もしかしたら老人の悪い部分なのかもしれない」
「何が、ですか?」
「ハクロ、私は……もちろん、まだまだ生きていくつもりだ。ポケモントレーナーとして、一人の人間として、生き続けるつもりだ。しかし……やはりこの歳になって、漠然としてではなく、現実的な将来への不安に襲われる日もある。老いというものは、抗えない。いつかは来る終わりに備えるために、日々生活しなければならない。だから、これをいつ死ぬか分からん老人の頼みだと思って聞いて欲しいのだ。そうでなくとも……」
そうでなくとも――の続きを、先生は語らなかった。その妙な言い方で、僕にはわかった。そう、寿命じゃなくても、人は死ぬ。病気で、事故で、死んでしまう。だから本来なら、いつだって、死に備えなければならない。
「……つまり、何が言いたいかと言うと」
「はい」
「私のポケモンを継いでくれんか」
「継ぐ……引き継ぐ、ということですか」
「あの日、双子島で、私はお前の助力もあって、幼い頃の夢を果たした。それで無気力になったかと言えば、いやはや私も業の深い人間だ。伝説を二つも手に入れて、さらに世界への欲求が高まった。幸い、このジムは広い。双子の鳥を暴れさせるには十分だし、時折暇を見ては、『白銀山』へ向かうこともある。あそこの山頂は、雪景色だからな」
「ああ……みたい、ですね。僕は未だに、足を踏み入れたことがありませんけれど」
「しかしあのフリーザーたちは、もう私と同じ老いぼれだ。いくらポケモンが長生きとは言え……中でも強者故に、無為な繁殖をせずに長寿である伝説と呼ばれるポケモンたちが、優に数百年生きるとは言え――ただ生きるだけだ。現役として活躍するには、限界がある。あのフリーザーたちも、現役で活躍するとして、五十年が限度だろう」
「ごじゅ……あの、すみません先生、五十年現役と考えると、退役するにはまだまだ早いんじゃないかという気もするんですが」
「フリーザーはな。だが、私は限界だ」
と、先生は珍しく、気弱な口調で言った。
まあ――そう言われてみれば、そうなんだろう。先生は、あと五十年生きることは、現実的に考えて、あり得ない。
「もしフリーザーが一匹だったとしても、同じ決断を下しただろうが――それでもこんなに早くは決められなかっただろうな。双子だからこそ、片割れをお前に譲ることにした」
「……フリーザーを、僕が」
「そうだ。いや、元々、ハクロが持つべきだったんだ。私と共に戦い、私よりも捕獲に対して真摯に行動したお前こそが、フリーザーを手にする資格があった。本来ならば、あの場で一匹ずつ、持ち帰るべきだった」
「いえ……僕は恐らく、あの場では野生のフリーザーを手なずけることは出来なかったと思います。当時はまだ、トレーナーとしての自覚も、薄かったですし……」
「今はその自覚があるということか」
「今は……あります」
胸を張って言える。
まだ、関東と上都を行ったり来たりしている段階ではあるけれど。
「法さえ許せば、先生の弟子であることを公言したいくらいです」
「そうか……嬉しいな」先生は目尻に皺を寄せる。「それを嬉しく思うくらい、私も丸くなった。だが、そう言ってくれるなら尚更、フリーザーを受け継いで欲しい」
「先生のポケモンを譲り受けられるのは、正直、どのポケモンでも嬉しいんですが……一介のトレーナーが伝説のポケモンを所持していても大丈夫なんでしょうか……?」
「問題ない。もしかしたら、研究資料にだとか、愛好会からとやかく言われることもあるかもしれんが……慣れっこだろう?」
「え? あ――そう、ですね。そう言えば、まあ……そうでした」
そうだった。僕はダークライという、いっそ伝説とすら謳われていない――影の影、闇の闇に位置する、不確かな存在をパートナーとしていたのだった。新種のポケモンが未だに発生し、認識される現在においても、まだその存在の定義を曖昧とされているポケモンは多くいる。例えば、『伝説』を超えて『幻』とされているポケモンたち。赤火が所持しているセレビィだって――『幻』の類だろう。それと同じように、ダークライも、『幻』あるいは、『幻影』だ。
……ああ、そうか、赤火の件で思い出したけれど――セレビィ、あの衰弱ぶりからして寿命が近いかと思っていたけれど、あれから三年近く経過しても、まだまだ生きている。生命活動だけは、維持している。ただし、戦うことについては、消極的だと言っていたっけ。
だとしたら、やはり、老いたポケモンは、現役で活躍出来なくなるのだ。先生の言っている通り――ただ生きていることしか、出来なくなる。五十年後のフリーザーはいずれそうなり――そして先生もまた、トレーナーとしては引退しなければならない日が来るのだろう。
生きているだけで精一杯。
そんな日が。
「分かりました。是非、僕に先生のフリーザーを、継がせてください」
「そうか……ありがとう。技構成やら、育成やらを、人工的にし直した。より強い方のフリーザーを、お前に譲ろう」
「双子なのに、より強い……とかあるんですか?」
「ん……ああ、そうだな。あまり、直接的に言葉にしたくはないことだが、高みを目指すうちに自然に知ることになるだろう。種族による能力の違いと、個体による能力の違いは、また別物だ」
「へえ……全然知りませんでした。バトルの基礎は先生に教えていただきましたし、その知識も個人的な趣味で色々と調べてはいましたけど、育成は本当に――まったく、したことがなかったので」
「未だにポケモンは一匹か?」
「そう……ですね。いつかはきちんと六匹そろえたいとは思っているんですけど、なかなか、しっくりくるポケモンがいないというか。ここまで一匹だと、ふんぎりがつかないというのもあって」
「そうか……となると、フリーザーを渡すのは、迷惑になるのではないか?」
「いえ、そんなことはありません。これを機に、縁のあるポケモンでも揃えようかな……と思ったところです。幸い、僕の知り合いって、結構、一タイプで揃える方が多いので」
「なら、氷の枠は埋まったか」
「はい。でももしかしたら、バランスとかは考えないかもしれません。僕も好きなタイプに絞るのも一興かな……とは思います」
「そうか。一タイプに拘るというのも、私は良いと思う。一タイプに拘るからこそ見えてくる強さも、弱さもある。それに、一タイプに拘るからこそ見えてくる戦法もある」
「戦法? どんなものですか?」
「『霰』を利用した、氷獄の戦法だが――せっかくだ、それは実際の戦いで見せることにしよう。とにかくまずは、フリーザーを譲る。そして出来れば……そのフリーザーを、私との戦いで使ってはくれんか」
「フリーザーを、ですか」
「ああ。私が育て、最強に仕立て上げたポケモンだ。敵対した時、どんな風に映るのかを見てみたい」
「……僕なんかが使っていいんでしょうか」
「私の弟子は、一人だけだ」先生は微笑んだ。「ハクロほど私の理想通りにフリーザーを使いこなせるトレーナーはいないだろう」
「……ありがとうございます」
僕はソファに座ったままではあったけれど、それでも深々と、頭を下げた。
「あ、ちなみになんですけど……フリーザー、技構成は、どんな感じなんですか?」
「一応『冷凍ビーム』を積んでいるが、これは好みで『吹雪』と差し替えてくれ。あとは『心の眼』と『絶対零度』を搭載している」
「……極悪ですね」
「それも一般レベルならではだ」
「一般レベル……ですか」
「さっきの話もそうだが――いずれ高みを目指せば見えてくる世界がある。それまでは、この技構成のままで大丈夫だろう」
「……? はい、わかりました……」
「それじゃあ、ジムへ移動しよう」先生は立ち上がり、巾着袋を持ち上げる。ボールが入っているようだった。「本気でやらせてもらっていいか」
「是非、お願いします」
「睡眠対策はさせてもらうよ」
「――その対策も、ばっちりです」
「そうか、それは……楽しい戦いになりそうだ」
◇
――というのが、僕とフリーザーの馴れ初めで。
もちろん、先生との戦いに、僕は勝利したわけだけれど。実を言えば――ダークライだけでは、負けていたかもしれない戦いだった。フリーザーを先生から受け継いだことで、なんとか、辛勝した。僕の無敗伝説(半ば冗談気味)に傷をつけるかとも思われた一戦だっただけに――僕はそれ以来、一匹だけで戦うことを、やめた。数の暴力とまでは言わないけれど、公式なルールで六匹のポケモンを所持出来る以上、六匹所持することこそが、ポケモンバトルにおいて、最低限必要な、土俵の合わせ方だった。六匹の能力値を合算させて限界値を決める、というようなルールならまだしも、普通のバトルにおいては、六匹ポケモンを所持していた方が圧倒的に有利に働く。タイプ相性も突くことが出来るし、何より戦略の幅が広がる。
先生が見せてくれた、『霰』を利用したパーティだって――一匹だけでは、真価を発揮しないのだから。『霰』を敷くことで行われる、『吹雪』の絶対的な命中精度。それに加え、『氷』以外のポケモンに対して、徐々に行われていく体力の減少。それは先生が言っていた通り、一タイプに拘っているからこそ出来る芸当だ。『天候』を操る戦法は、バランスタイプには難しい。自分の土俵に持ち込む戦い方は、一見回りくどいけれど、玄人向きで、恐ろしく実戦向きだということを、僕は知った。
それに――その『霰』による体力の減少は、一対六なんていう対戦においては、恐ろしく作用するのだ。僕のダークライが『霰』を防げないことをいいことに、あとは先生の六匹が守りに徹していれば――もしかしたら、負けていたかもしれない。『霰』による体力の減少だけで、じり貧になって、負けていたかもしれない。そんな恐怖を感じさせる戦いだった。
冬の柳の氷獄は――思っていた以上に恐ろしく、それを突破出来たのは、フリーザーのおかげと言ったって、過言ではなかった。
伝説級のポケモン、ではあるけれど。
ポケモンに頼った戦い方だと言われても、否定は出来ないけれど。
高みを目指すなら――強さを目指すなら――卑怯も卑劣も、存在しない。
「嘘……だろ。負けた……? 私が……」
結局、僕は、ホミカのポケモン六匹を、余すことなく、撃破した。フリーザーによる極悪な『心の眼』と『絶対零度』のコンボは――逃げ場がない。要は、当ててしまえば良いのだ。『心の眼』でそのポケモンに狙いを定め、二撃目を必中技に変える。相手が取れる手段は、『心の眼』で捉えられたポケモンを、入れ替えることだけ。だが――入れ替えたポケモンが『絶対零度』の餌食にならないということも、当然、ない。ホミカのポケモンが相当に育っているとは言え、等級はフリーザーの方が上である。先生が行った薬品投与の結果、フリーザーが一度に行える『絶対零度』の回数は、約八回。等級差を考慮すれば、『絶対零度』の命中精度は、ほぼ五分。『心の眼』を併用しなかったとしても、単発撃ちの『絶対零度』は二回に一回当たるとして、全弾外す確率は、一割にも満たない。
それに『冷凍ビーム』の安定した攻撃を組み合わせれば、まあまず負けることはない。事実、僕は勝利した。フリーザーはダメージを負ったことは負ったけれど、致命傷となることもなく、悠然と、ホミカを俯瞰していた。
「お疲れ様、フリーザー。ありがとう」
フリーザーをボールに回収する。その風貌のせいか、どうしてもフリーザーを見る度に、先生のことをぼんやりと思い返してしまう。
「伝説ポケモンの使用は、卑怯だったかな」
「……はあ? 別に、卑怯なんて思ってねえよ。ただ、実物を見たのは初めてだったし、呆気にとられただけだ」ホミカは不機嫌そうに言って、ポケットに手を入れ、「ほら、バッジだよ。くれてやる」と、僕にジムバッジを投げた。
ジムバッジ。
まさかこんな形で手に入れることになるとは思っていなかったけれど――まあ、持っていて不都合があるわけではない。ありがたく頂戴して、ひとまずポケットに入れた。
「あーあ……負けた負けた。でも、一回戦ってみりゃ、まあ、そこまで悪い人間でもねーのかな、あんた」と、ホミカは言う。これこそが、一度の真剣勝負で得られる対話の効力だったのかもしれない。「色々侮辱されたことは、未だに根に持ってっけどさ」
「それは……悪かったと思ってるよ。配慮が足りなかったかな、ってさ」
「まあいいよ。もう終わったことだからな。本気で戦ったのに負けちまった。そんなあたしがジムを侮辱されても、言い返せない。弱いくせに看板しょってんだからなあ。あーあ、つえーなあ……日本のトレーナーは」ホミカはぶつくさ言って、特色ある丸椅子に座った。「はあ、疲れちまった。飯でも買いに行こうと思ってたのに、外出るのも面倒になっちまった。今日は飯抜きだ」
「そりゃ悪いことしたね……」
「しかしよお……フリーザー一匹でほぼ無双だったじゃねーか。なんでハッサムとクロバットなんて使ったんだ? あたしのこと甘く見てたのか、それとも……」
「もちろん甘く見てなんかいないよ。ただ、ハッサムもクロバットも、まだまだ理解出来てない部分が多いから、場数を踏もうと思ってるだけなんだ。調整の余地も、改良の余地もある。フリーザーもまだまだ使うようになってから日が浅いってのはあるんだけど、ちょっと事情が違ってね」
「事情?」
「なるほど、変える余地がねえってことか」
声のした方を向く。いつの間にか――本当にいつの間にか、スタジオの中に、少佐がいた。丸太のような腕を組んで、壁に寄りかかっている。
「少佐……いつの間に」
「土産売り場は入口のすぐそばでな。物色しながら待ってたんだが、ハクロが来ないもんだから迷子にでもなってんのかと思って探してたんだよ。案の定ジムに挑戦してるとは」
「これは諸事情あったんですけどね……」
「誰だおっさん」不機嫌そうに、ホミカが悪態をつく。「ギャラリーお断りだぞ」
「おお、そいつぁ怖いね」
それから少佐はステージに向かって歩きながら、ぺらっぺらと英語を流暢に喋り(流暢も何も本場の発音なのだが)、少佐を危険視していたメンバーの皆さんに日本のジムリーダーであることを自己紹介をしつつ、一分ほどの会話で瞬時に打ち解け、ハイタッチ。その後何故かドラムセットに腰かけた。
「例の、双子島のフリーザーだろう。『冷凍ビーム』って選択は、実はお前らしくねえと思ったんだ。お前の『運』の良さは――もはや実数値として考慮して良いレベルだからな。安定志向の『冷凍ビーム』は、柳さんの判断だろう」
「流石は少佐……なんでもお見通しですか」
「まあ当然、フリーザーなんざ易々と手に入れられるもんでもねーから、柳さんから受け継いだんだとは思ったけどな。ったく、とんでもねえパーティだな」
「少佐はサンダー、持ってないんですか?」
「ああ? 持ってるわけねえだろ。伝説っつーのはな、目に見えねえから伝説なんだよ」
「すみません……」
「おいおっさん……あんたこいつの知り合いかよ」
不機嫌そうに、ホミカが言う。意外にも、少佐とホミカ、知り合いではなかったようだ。まあ、タチワキにはあまり詳しくないようなことを言っていたし、少佐が離れている間に新任したジムリーダーなのかもしれない。
「知り合いも何も……保護者だよ」
「いやっ……そんな関係でしたっけ?」
「ああ? 何度保護してやったと思ってんだ」
「いやあ――確かに、そうですかね。思い返せば少佐には保護されっぱなしだったような……その節はお世話になりました」
「おおう、まさかお礼を言われるとは。大人になったな、ハクロ」
「そうかもしれません」
「しみじみしてんじゃねえよ!」椅子から立ち上がり、ステージを思い切り踏みつけるホミカ。「大体、勝手にジムに入るわステージに上るわ椅子に座るわ、舐めてんのか!」
「舐めてなんかいねえさ」言いながら、少佐は舌を出して、素早く上下に動かした。子どもか。「タチワキのジムリーダーには会ったことがなかったから、丁度良いから挨拶でもしようと思ったんだよ。俺ぁ、全てのジムリーダーと関わり合いを持つことにしてんだ。どんな相手であれ、親しくなっておこうと思ってな。人類みな仲良くっつーのが、俺の信条だ」
「へっ……あんたの信条は知らねえけど、あたしには構わなくて結構だぜ。ジムリーダーやらせてもらってんのは感謝してっけどよ、別に群れるつもりはねえんだ。イッシュの女ジムリーダーたちは仲良くやってるみてえだけど、あたしは一人でいい。大体、ポケモンの実力なんて十人十色だろ。あたしは並んで仲良くっつーのが嫌いなんだよ。自分よりレベルの高い人間とつるまねえと成長はねえ。ポケモンの腕は自分が一番だと信じてる。なら、ポケモン関係で知り合いを増やすつもりはない」
少佐が現れたことで既に傍観者ポジションに立った僕は、ホミカの言うことに、なるほど確かにと頷いていた。彼女の言うことは一理ある。自分よりレベルの高い人間とつるまなければ成長はない。まあ、弱者と行動を共にすることで得られる成長もある――と、先生や、少佐なら言うのかもしれないけれど、その弱者であるところの僕としては、やはり自分より高みにいる人間とでなければ、成長は実感出来ないものだ。
「なるほど、そりゃあ一理ある」
少佐は腕を組み、目を閉じて、うんうん頷いた。いいのか、頷いてしまって。
「しかし、俺の人心掌握術は何もポケモンに限ったことじゃない」
「あん?」
少佐は白い歯を大きく見せると、大きく手を挙げ、ドラマーに対してスティックを要求。飛んできた日本のドラムスティックをキャッチすると――ああ、なんということだろう、凄まじいドラムソロを演奏し始めた。打楽器なんて、旋律がなければ、和音がなければ、ただうるさいだけの装置だろうと思っていた僕の価値観を揺るがすような、ドラムソロ。ホミカのバンドがパンクバンドだからだろう、ツインペダルらしく、少佐はドラムロールと並行して、キックでリズムを取っていた。
「な……す、すげえ、なんて高レベルな……」
呆然と立ち尽くしたまま、ホミカは少佐の動きをじっと見ていた。バンドメンバーの皆さんも、素晴らしい笑顔で賞賛の言葉を浴びせている。対する少佐は真剣そのものの表情で、演奏を続けていた。
少佐の新しい一面を見ながら、そしてそれに対するホミカの反応を見ながら、僕は思う。
おいおい。
さっきの熱いバトルは何だったんだ、と。
僕と先生の熱い師弟愛はどこへ行ったんだ――と。
いや、まあ――ポケモン中心に生きていないホミカのような人がいても、不思議には思わないけれど。音楽が素晴らしいものだということは、僕も分かっているつもりだけれど。
モデルをやりながらジムリーダーをしているカミツレさんがいて、パイロットをやりながらジムリーダーをしているフウロさんがいて、バンドをやりながらジムリーダーをしているホミカがいて――そのうち、ジェット機の操縦も出来つつ、ドラムも叩ける少佐がいる。そういう面々を見ていて、なーんか、いくらポケモンが強くても、もしかしたら僕ってそれだけの人間なのではないだろうか? というような気がして、少しだけ切なくなってしまう僕だった。