7
「マタドガス!」
「ハッサム!」
僕とホミカは、ほぼ同時に、ポケモンを繰り出すことになった。理性とやらがふっとんでしまった、タチワキシティジムリーダー、ホミカ。僕はそれがどんなタイプのポケモンを使うのか理解していなかったけれど――現れたポケモンを見る限りでは、どうやら、毒タイプの使い手であるようだった。毒タイプが不遇かどうか言っていたから、まあ大体予想は出来ていたけれど……珍しいタイプの使い手と言っていいだろう。
僕はと言えば、引き続いてのハッサム。これは単純に、先頭に所持していたポケモンがハッサムだったから出した、という、それだけのことだった。もちろん――僕がいくらぼんやりしているとか、ぼーとっしているとか言っても、流石に、このハッサムが、先のカミツレさんとの戦いで麻痺状態にあるということを忘れていたというわけではない。
こればかりはどうしようもなかった。
そもそも、その麻痺状態を治そうとポケモンセンターに向かうタイミングで、ホミカに捕まってしまったのだから、仕方がない。彼女を見ていたのは僕なのだから、僕にも責任があるとは言え……ジムリーダーが一介のポケモントレーナーを引きずり込んでバトルを仕掛けるというのも、どうかしている光景ではあるだろう。まさか、イッシュ地方ではこれがスタンダードというわけでもないだろうし。単純に、運とか間が悪かった……って感じだろうか。
「ハン、ハッサムかよ」
べんべんとベースを叩きながら、ホミカは言う。その言葉の裏に隠されているのは、大方――ちゃっかりタイプ相性をしっかり考えてんじゃねえか、というような意味合いの、ある種の蔑みのようなものなのだろうけれど。
うーん……まあこれに関しては本当の本当に偶然だから、誤解を解こうという気にもならないし、誤解されて憤ることもなかった。
とは言え。
それでもそれが僕に対して有利に働くのは、偶然とは言え、ラッキーであり、確固たる事実としてそこにある。毒タイプのポケモンに対して、鋼タイプをぶつけること。それはもう、自然の摂理と言っていいくらい当然のことだ。お腹が空いたらなにか食べるとか、疲れたら寝るとか、そういう原始的な選択。だから、いくら偶然であろうと、ポケモンバトルはポケモンバトルであるのだから、その当然さが当然のように行えたのは、僕にもまだまだ『運』が残っているということの証左に思えた。
そして同時に――僕はこのとき、ホミカのことを、甘く見ていた。いっそ、ジムリーダーとしての資質を見誤っていたと言ってもいい。僕の出会ってきた、そして親しくしてきたジムリーダーというのは、こんなに感情を表に出さない。変態とか、人格が変わっている人は多かったけれど、それでも自分の行いに自信を持っている人が多く、また、自分の実力にも、並々ならぬ自信を持っていたように思う。
だからこそ。
ジムを馬鹿にされた気がして、自分を馬鹿にされた気がして、僕をジムに引きずり込んでしまうような彼女を――あるいはその低年齢さも加味して――僕は見誤っていた。甘く見ていた。それは完全に、僕の落ち度だった。
日本のジムを一つ残して全制覇した僕が。
つい先ほどのカミツレさんとの戦いで、状態異常を受けたとは言え、ダメージ的には無傷で勝利したことに対する――
驕りのようなものだった。
――だから。
「ハッサム、馬鹿力」
……だから。
一度目の攻防で、僕がハッサムに対して、『馬鹿力』を命令したのは、その驕りが尾を引いた形のものとなった。もし麻痺で動けなかったとしても次があるだろう――くらいの、恐ろしくあり得ない、気の長い考えだった。先手が取れなくても、二ターン分は動けるだろう、と。リスクリターンで言えば、マタドガスくらいは、ハッサム一匹で耐えられるだろう、と、考えていた。
だって――だって、相手が、毒タイプのポケモンだったから。
もし他の属性の攻撃を覚えていたとしても、僕の先入観、あるいはイメージでは、マタドガスは、『毒属性』か『無属性』の攻撃しかしてこないポケモンだった。よくて『大爆発』を見舞ってくるだろう、というくらいの想像だった。だからそれは――『鋼』を有するハッサムに対して、『無効』か『半減』になるのだから、このまま押し切れるだろうなんていう、生半可な考えだった。相手がジムリーダーだから、毒というイメージ通りの行動をしてくるだろうなんていう、呆れるほど、馬鹿らしくて、途方もなく、愚鈍な選択で――
「マタドガス、火炎放射!」
「――――…………マジか」
だから、ホミカの技選択のあと、僕は知ることになる。
イッシュ地方ジムリーダーの実力を。
――いや。
タチワキシティジムリーダーの、戦闘力を。
「……」
そもそもにおいて、そのマタドガスの成長度合いを測ることすらしなかった僕の、完全なる、完璧なまでの、落ち度だった。見れば――そのマタドガスは、驚くべきレベルまで成長している。六割程度以上には、育っている。僕のハッサムの方が成長の度合いは大きいとは言ったって、『鋼』と『虫』の二タイプに有利な『炎』攻撃を受けたハッサムが――無事なはずが、なかったのだ。そして同時に、僕は、マタドガスが『火炎放射』を覚えることを、知っていた。
知っていたのに、見落とした。
「……ああ」
そんなことすら見落とした僕は……本来であれば、エリートトレーナーであることを、恥じる必要がある。
こんな戦い――。
誰も見ていなくて良かった、とすら思うくらい、あまりにあんまりな光景だった。
カミツレさんのゼブライカを、僕のハッサムが『馬鹿力』の一撃で沈めたのとはわけが違う。
慢心による、敗北。
「へっ、対策してねえと思ったのかよ」
と、ホミカは言う。
対策――そう、対策。
本来、毒タイプは『不遇』と言っていいタイプだろう。有利になるタイプが『草』の一タイプ。そして僕のハッサムのように『鋼』を有しているポケモンには、そもそも攻撃が通らない。
だから、そんな『鋼』を崩す術を持っていて当然なのだ。
僕たちが、単一タイプにこだわるジムリーダーたちに対して『対策』をするように、ジムリーダーも、その『対策』に『対策』するくらいのことは、していて当然なのだ。
ジムリーダー、なのだから。
「――いや、悪かった」
だから僕は、素直に謝罪することにした。
「あん?」
「なんていうか、ごめんなさい」
麻痺状態のまま『火炎放射』を受け、何も出来ずに沈んでしまったハッサムを見ながら、僕は深々と、頭を下げた。
「な……なにだがよ。なんで急に謝るんだよ」
「君は――大したことなくなんてない、立派なジムリーダーで……毒タイプのポケモンに、僕のハッサムは、一撃で倒されてしまったんだから、こんな体たらくで色々と言うべきではなかった。まあ、ここがジムって知らなかったのは本当だから、仕方ないところもあるけど……ただ、心のどこかで、君のことを見くびっていたところがあるから、それについては本当に、ごめんなさい」
「……なんだよ、調子狂うじゃねえか」
「だからなんていうか、仕切り直しってわけじゃないけど……ここからは真面目に、ちゃんと戦うから、今までの非礼を許して欲しい。そのまま、本気で戦って欲しい。慢心したまま戦いを始めておいてなんだけど」
「……いやまあ、あたしが引きずり込んだんだから、別に戦いに関しては気にしてねーけどさ、なんだよ、もっと熱く来いよ」
「うん。まあ、ちょっと気持ちはあったまってるかな……ハッサムでマタドガスに負けるなんて、本来あっちゃダメだよなあ」
ハッサムを回収して、僕はボールを入れ替える。
深呼吸。
これは実力差――ではないと思う。
慢心による、見落としとか、そういうもの。
僕は『地面』タイプのポケモンや、『エスパー』タイプのポケモンは所持していない。『ハッサム』が沈んだことで、『毒』に対する有利性を、失ってしまった。どちらかと言えば、タイプのバランスは悪いパーティと言えるだろう。
『鋼』タイプを失った今、僕が取るべき戦法は――
「うん」
目には目を。
毒には毒を、だろうな。
「クロバット!」
僕はクロバットを繰り出した。
『毒』が効かないタイプは、なにも『鋼』だけではない。
毒をもって毒を制す――って感じか。
同じ『毒属性』なら、『毒状態』にはならない。
もちろんそれは、僕のクロバットにしても同じことなのだが――相手の特性を封じるためには、この手が一番だろう。毒性を無視して、単純な力業で押し合うような戦い。それこそが、単純な実力勝負。
流石に、マタドガスがエスパー技を所持しているとは思えないし……十万ボルトはあり得るかもしれないけど、『炎』と『電気』でサブウェポンを割くとも、考えにくい。
「ふーん……クロバットか。なかなかいいセンスじゃん」
「そりゃどうも」
「それなりにちゃんとトレーナーしてないと、クロバットなんか育てらんないからな。いいじゃん、毒に毒ぶつけてくるってのも、パンクだね」
「パンク……? いやまあ、さっきまでの非礼が許されるなら、ありがたいけどね」
「別に怒ってないっての」
ホミカは僕のクロバットを指さして、高らかに、
「そんじゃあマタドガス……威勢良く大爆発!」
と言った。
「――――はっ」
僕はホミカの指示に、笑ってしまった。
もちろん、馬鹿にしたわけじゃない。
その思い切りの良さと、判断力の素早さに、ある意味敬意を表する形で、笑みがこぼれた。
「クロバット、アクロバット!」
しかし僕も、そう易々とやられるわけにはいかない。ある意味ダジャレみたいな技名を、僕はクロバットに対して告げた。
ホミカは恐らく、僕のクロバットの登場を見て、すぐに判断したのだろう。『毒同士の戦いにおいて、クロバットとマタドガスでは勝ち目がない』と。『大爆発』が技の中にあったということは、残りは『補助技』と『毒攻撃』になるはずだ。そうなれば、クロバットに有効となる攻撃は、『大爆発』の一択。勝ち目がないならさっさと切り捨てる――というような、恐ろしく素晴らしい戦術だった。
そして僕も――その未来を概ね予見していた。マタドガスが『大爆発』をするという未来を、想像していた。ハッサムが倒された瞬間から、ずっと。だからこそ、クロバットを出したし、だからこそ、『アクロバット』を命じた。
あまりに有名で、もはや定跡と化した戦法。
『飛行のジュエル』と『アクロバット』による、一撃必殺の戦法だった。
大爆発の命令を受け、すぐに体内のガスを増幅させるマタドガスだったが――しかし、クロバットのあまりに素早い行動の前では、それも無意味だった。『ジュエル』という、消費型の鉱物。これを砕き、封じ込まれていた『属性そのもの』を利用して、クロバットは突進した。例えば先の『火炎放射』は、『炎』に分類される現象をぶつけてくるが――その『現象』そのものが、この『ジュエル』には封じ込められていた。一度きりの使い捨てアイテムではあるが、それを利用した時の威力は、折り紙付き。
タイプの有利不利がなかろうと。
マタドガスを一撃で沈めるには、十分だった。
「――やっぱ速いなあ、クロバット」
沈んでいくマタドガスを見ながら、ホミカが呟く。そう、素早さという観点で言えば、クロバットはほとんどのポケモンに対して先手を取れる素早さを誇る。マタドガス相手であれば、負けることなどあり得ない。
それを判断しての、『大爆発』だったのだ。
もしかしたら一発耐えられるかもしれないという希望による、『大爆発』。
だからその思い切りの良さは、感服に値する。
「クロバットかー……困ったなあ」
ベースを演奏することも忘れ、マタドガスを回収したホミカはマイクに向かって独り言を呟く。まあ、困るだろう。きっと、僕も困ると思う。
毒タイプのポケモンで、『毒』と『飛行』を併せ持つポケモンに対して有力なポケモンは、あまりいない。もちろん、ハッサムに対して『火炎放射』を撃つような、技の選択の余地はあるのだろうが――純粋なタイプ相性では、あまりいない。
『毒』の複合には、『草』や『虫』が多い。
それはどちらも、『飛行』の餌食だ。
さらに言えば――マタドガスもクロバットも、『毒』に有効手である『地面』攻撃を無効にする性質を持っていた。もしホミカが、『毒』に対する対策を練っていたとしても、こうなってしまうと、『地面』は使えない。
ならば『エスパー』を使うのが本筋なのだろうが――『毒』で『エスパー』なポケモンというものは、あまりいない。
「まあ、やるしかないか」
ホミカはそう言って、ボールを投げた。
現れたのは――ニドキング。
「……関東地方かよ」
思わず口に出る。
まあ、対策がしやすいという意味では、ありがたい選択ではある。恐らく他の毒ポケモンが、『飛行』と『毒』を持つクロバットに対して有利に働かない――ということなのだろう。だからこその、『毒』と『地面』の、ニドキング。
その二タイプを有するポケモンは、現在発見されている限りでは、二種類のみ。
ニドキングと、ニドクイン。
「なるほどね……『毒』対策の『毒』対策の『地面』――ってことか。流石はジムリーダー。パーティ構成が、完璧だ」
「へっ」
「ニドキング……通称『技のデパート』か。うん、『地面』がクロバットに無効だとしても、『飛行』に対するサブウェポンを、数多く習得出来るんだもんな。突出した能力値こそないとは言え……あくまでもバランスが良い、か。なるほどね」
「いや、あんまイメージと違う技は好きじゃねーんだ」
「?」
「マタドガスは、毒ガス吹くし、爆発もするし、『火炎放射』が撃てるのも、不思議じゃない。でもなんかな、ニドキングが雷落としたり、吹雪起こしたりってのは、好きじゃねーんだよ」
「……へえ」
なんとなく、趣味が合いそうだ、と思う。
僕もそういう、ポケモンごとのイメージ優先は好きだ。奇をてらうのも好きだけど――代名詞通りの動きをするポケモンの方が、好感が持てる。
「だから、あくまでもあたしは、『毒』と『地面』のニドキングで、押していく」
「……と言っても、『毒』も『地面』も、『毒』と『飛行』のクロバットには――」
「うちおとす」
「――!」
選ばれた技は――『打ち落とす』
『岩』タイプの攻撃。それはつまり、『飛行』タイプのクロバットに対して、効果的な攻撃ということになる。『電気』か『氷』の攻撃が来ると思っていただけに、想定外だった。
もちろん、『岩』によるダメージアップだけが狙いではないだろう。『打ち落とす』ことで、クロバットは翼をもがれ――地面に墜落する。そうなれば、『地面』攻撃も当たるようになる。
あくまでも、『地面』を当てようとする意識。
ゴリ押しの美学、か。
「――ここで、うちのエースを切ってもいいんだけど……」
『毒』はともかくとして、『地面』のニドキングを効果的に沈める手立てがないわけでもない。それに、『エース』どころか、僕の手札にはまだ切り札級の『ジョーカー』が控えている。だからそういう意味では、負けるかもしれないというような危惧には至らないけれど。
クロバット対ニドキングでは、分が悪い。
先手が取れるのはクロバットだろう。どれだけ指示が遅れたところで、結局、ニドキングの攻撃が当たるのは、クロバットの攻撃がニドキングに当たったあと。つまり――それまで、鈍足なニドキングの攻撃をクロバットが回避するのは余裕であるはず。
僕のクロバットは、実を言えば、決定打に欠ける。『飛行のジュエル』と『アクロバット』のコンボは一度限りだ。もちろん、その後も身軽な状態で『アクロバット』を撃てば、『飛行』タイプの攻撃としてはかなりの威力にはなるけれど――『飛行』の属性一致攻撃としたって、果たしてニドキングを二回の攻撃で仕留められるか――怪しいところだ。実際、このニドキングも、かなり育っている。クロバットの物理攻撃力は高い方だし、攻撃と素早さに特化した育て方をしている。しかし――
「クロバット、アクロバット」
僕は、そう宣言するしかなかった。
クロバットの技構成は、かなり攻撃的だ。全ての技が、体力を削るための側面を持ち合わせている。が、殺しきれる技は、ほぼ『アクロバット』のみと言っていい。これで体力を半分以上削れれば御の字――削れなければ、交代を余儀なくされる。
こうなってくると、アイテムなしというハンデがキツくなってくる。『飛行のジュエル』を利用した『アクロバット』のコンボは、即効性と高火力と引き替えに、安定性を失うことになる。実際、何も持っていないクロバットは、素早く攻撃出来るポケモンでしかない。
それに、毒攻撃は封じられている。
長期戦には――向いていない。
クロバットの『アクロバット』がニドキングに当たると同時に、攻撃の際に動きが遅くなったクロバットは、打ち落とされる。ニドキングの甲殻の一部を投げつけられ、片翼を――もがれた。そしてニドキングへ伝わったダメージは――半分以下、だった。
「……耐久型、か」
「毒タイプの基本は、じっくり耐えて、相手を毒でじわじわなぶり殺す……だぜ?」
まあ、ホミカの言う通り。
それにどうやら――攻撃後の行動を見る限り、あのニドキング、『黒いヘドロ』を、纏っているようだ。『毒』タイプのポケモンの、体力回復のアイテム。半分以下のダメージに加え、体力回復のおまけまでつけば、次の『アクロバット』で急所ダメージを与えられない限り、ニドキングを沈めるのは無理、か。
もちろん、三度目の『アクロバット』ならニドキングを倒すのは造作もないことだが――次に来る、恐らくは『じしん』であろうその攻撃を受けたが最後、クロバットは負ける。
「ニドキング、じしん!」
そして読み通りの行動を、ホミカは取った。命中精度、威力、共に一級品である攻撃手段の『じしん』であれば、地面に打ち落とされたクロバットは、一撃で葬り去られる。
道具による運要素もなし。
補助技なんかも持ってない。
絶体絶命。
意外にも、タチワキシティジムリーダー、毒タイプ使いのホミカは、強かった。僕の予想の遥か上を行く強さ。ニドキングなんて、僕は日本で何度も目にしてきたのに――まさか勝てないとは。
もはや、本気のジムリーダーとの対戦は、何度も殴り合うような長期戦にはならない。
研ぎ澄まされた一撃同士の、殺し合い。
三ターン以内に、ほとんど勝敗が決まる。
「……やっぱ、道具と技構成を見直すべきかもなあ」
と言っても、それは日本に戻ってからだろうけど。
僕のこのクロバットにしたって、『鋼』への対策を怠らない技構成にしたつもりではいたけれど、『毒』相手の、しかも『地面』持ちに『打ち落とす』選択肢があるところまでは、考えが及んでいなかったわけだから。
いやあ――ポケモンバトルは、奥が深い。
「さて」
実を言えば僕には、まだ『飛行』能力を有するポケモンが残っている。バランスの悪さは折り紙付き。ニドキングの攻撃が『じしん』なら、再度『飛行』能力を持つポケモンを出してしまえば、それを回避出来る。
ジムリーダーが同一タイプでパーティを縛るのが定跡というなら――エリートトレーナーは、バランスを取るのが定跡。しかし、僕はそういう、タイプ相性とかバランスよりも、自分の好みでパーティを構築しているから、結構、パーティ内でタイプが喧嘩しやすい。そもそも、『悪』単独のポケモンを二匹連れているんだから、『格闘』には滅法弱い――という見方も出来るだろう。
でもそれは、今までお世話になった人とか、思い入れのあるポケモンとか、そういうものを集めて行ったら自然に出来てしまったパーティだから、仕方ない。簡単に変えることも出来ない。
つーか――好きなポケモンで勝つのが、本来、いいトレーナー、ってやつだと思うし。
「クロバット、とんぼがえり!」
流石に先手を取れるクロバットは、僕の指示を受けてすぐ、ニドキングに体当たりをかまして、僕のボールに帰ってくる。
「ちっ、逃げやがったか」
「いやー、正直まいった。かなり強い。本当はクロバットで、全滅させたかったんだけど……いやいや、それもまだ、僕が甘く見てたってことかもしれない。まさか、ニドキングとクロバットの戦いで、負けるとは」
「他のポケモンなら勝てるってのかよ」
「うん、勝てる」
もういっそ、このポケモンを出すのは反則という気もするけれど……せっかく相手が『じしん』を撃ってくる『地面』タイプなら、これ以上に相性の良いポケモンはいないことだろうから。
本気で潰しに来ている相手なんだ。
本気で潰しに行く必要があるだろう。
「――こいつ出すの、いつ以来だろう」
その風格とか、その積年とか、あるいはその思い出とか……色々思い出されてしまうから、このポケモンの飼い主だというのに、僕は未だに、こいつを使いこなせている気がしない。
頭が上がらない、というか……。
使わせてもらってる、というような感覚。
「まあ、もう、行くしかないか」
ちょっとひんやり≠ニしたボールに手を掛けて、全身全霊、敬意を払いながら、僕はボールをぶん投げる。
「フリーザー!」
僕のポケモンの師匠にあたる、『冬の柳』から受け継いだ、双子の片割れ。
伝説の三鳥の一匹――氷鳥、フリーザー。
先生と僕のダブルバトルで捕獲し、その後先生によって管理され、育成され、凶暴性、同猛性を排除する形で飼い慣らされた伝説。
それが今、僕の手元にいる。
ほぼ反則級の――我が軍のエース。
「ふっ……えっ、は? フリーザー?」
「希少価値のあるポケモンを使うのはポリシーに反する……みたいな人もいるかもしれないけど、生憎僕は、人生の半分くらいを、その希少価値と一緒に過ごして来たもんだからね」
「な……お前、一体、何者なんだよ……」
留まることのないニドキングの『じしん』を、滞空することで回避したフリーザー。歳老いて、ほとんど成長しきったその圧倒的な強さで、ニドキングを見下ろす。
『氷』と『地面』なら、
――勝ち目はない。
「フリーザー、冷凍ビームだ」
恐らくその後何が出て来たところで。
伝説の前では、この試合、これ以上の混戦は期待出来ないだろう。