ポケモン4。
 僕と緑葉がイッシュ地方に来てから、まだ一日が経過したかも怪しいという状況なのだから、僕たちが飛行タイプのポケモンを持っていたとしても、そして『空を飛ぶ』という技を覚えさせていたとしても、『飛行制限』がある以上、自力で無闇に空を飛ぶことは出来なかっただろう。いやそもそも、新しい土地に来た段階では、イッシュ地方の地図が頭に入っているわけでもないので、上空からどこにどんな町があるかを把握出来るはずがないし、いくら緊急時だからと言って、そんな不安定な『空を飛ぶ』行為を僕らが行うことはなかったはずだ。バッジを持っていたとしたって、例えば一度も行ったことのない町に空を飛んで行こうなどとは思わないだろう。法律云々、制限云々、というものを飛び越えて、単純に、気持ち悪いというか、違和感がある。そういうことが出来ないように、僕たちは生まれた頃から、多分、教育されている。世界的に、教え込まれている。
「行ったことのないところへは飛んでいかないように」
 とでも言うような教訓を。
 もっとも――これはあとで知ることになるのだけれど、イッシュ地方ではほとんどの『秘伝技』と称される行為が、バッジの所有有無に関わらず可能だという、かなり大らかな法律になっていたようだけれど――それにしたって、イッシュ地方に訪れてから二十四時間も滞在していないのに、ジムリーダーの所有するポケモンの背中に、ジムリーダーの先導の元、乗っているというのは――なんだかとても、居心地が悪かった。座り心地は、とても良かったけれど……肩身が狭かった。いや、スワンナと呼ばれているこの白鳥みたいなポケモンの背中は、それはそれは広かったのだけれど……。
「それにしても……と、とてつもなく流されている気がするぞ!」
 そのなんとかいう……タチワキ? だかいう町に上陸した僕たちは、いや僕だけが、その状況に対して、声高らかに突っ込みを入れた。ていうかそもそも、気にしているのが僕だけであるようだ。なんだこれ。なんだよこれ……!
「なんだよこれ……」
「な、なんだろうねえ」
 緑葉と僕は並び立って、なんだよこれと、なんだよこれと思っていた……ほとんど拉致されたようなものだった。思えば僕は、小さい頃からこのように、色んな人に流されていたような気がする。幼少期は、実家の近所に住んでいた鉄さんというお兄さんによって。深奥に越してからも、僕の住んでいた町のジムリーダーさんであった菘さんという人に、色々遊ばれたし、朽葉に移り住んでからも、木蘭さん、雪さんという二人の女性に、割と振り回されていたような――両親が自己に遭ってからは割と塞ぎ込んでいたけれど、それでも少佐によって、かなりこじ開けられていたし、それからしばらく、僕は色んなところで、色々な人たちに、振り回されていた――けれど。
 年下に振り回されるという経験は、実は初めてだったのかもしれない。
「いやっはー、タチワキだね!」
 スワンナを回収して、伸びをしながら言う、そんなフウロさんを見て。
 項垂れる他なかった。
 多分年齢関係なく、僕はこの人には逆らえないのだろう、とか考えながら。
「ふう……タチワキね」
 カミツレさんは髪の毛をかきあげて、スカートの裾を直したあと、空を仰ぐようなポーズをして五秒ほど静止していた。何だろう、シャッターチャンスだったんだろうか。いずれにせよ、このカミツレさんという人、少佐の言っていた通り、面白い人らしい。
「さ、カミツレちゃん、緑葉ちゃん、行こう!」
「フウロちゃんは相変わらず気が早いわね」
「あ、ちょっと……あの、ええ?」
「ヒァウィゴーゥ!」
 二人の手を取って、フウロさんは北上――僕の方向感覚がバグっていなければ――していく。フウロさんの手が二つしかなくて良かったと、僕はそれを見ながら、考える。
「あー……少佐?」
「ん?」
「僕、流されていませんか」
「だな。でも、どうせ予定もなかったんだろ?」
 正論を言うのは大人の務めなのか、まったく動じずに、少佐は言う。
「それに、行く所なくて嬢ちゃんと気まずい雰囲気になるよりはマシだろう。お前、いきなりスカイアローブリッジなんて行ってたら、やることなくて死んでたぞ、多分」
「いやそりゃ……そう、そうなんでしょうけどね? しかしそれにしてもですよ」
「大丈夫だ心配すんな。夜までにはちゃんとホテルまで送り届けるからよ。スカイアローブリッジもちゃんと連れてってやるよ。泊まってんのはヒウンだろ? フウロに言えば今みたいにマッハでぶっ飛ばしてくれるからよ」
「いやはや……しかし、なんでしたっけ。ポケ……ポケウッド、ですか?」
「おう。まあ出来てからあんま日が経ってないんだよ。ていうか、俺も来るの初めてなんで、来てみたかったんだよ。さすがにおっさん一人で来るのはきついしなあ」
 その辺の常識、というか人目を気にする器官は正常に働いているようだった。
「へえ……でもここ、映画館、なんですよね」
「ああ。映画館というよりは、上映場という言い方が近いだろうな。あとは、自作映画の主人公を味わえたりする、まあ映像関係のテーマパークだな」
「へえ……少佐みたいな目立ちたがり屋な人にぴったりですね」
「殴りたい」
 殴られた。
 いくら軽くとは言え、少佐クラスの拳を入れられると、それが本当に小突く程度でも、かなりの圧を感じた。多分少佐に本気で殴られたら死ぬだろう、と思うぐらいに。
「まあお前も適当にタチワキを観光しろよ。イッシュのジムリーダーと仲良くするも良し、ジムリーダーから嬢ちゃんを奪取するも良し。あとは別行動にしようぜ。そろそろお前との会話も満足したしな」
「勝手だー!」
「お前もおっさんと仲良くデートスポットに行くのは忍びないだろう」
「ここ、デートスポットなんですか?」
「いや知らんが……まあそもそも二人で観覧車に乗った時点でデートスポットも何も関係ないか。諦めろ」
 すごい言いようだった。
「まあ別行動はいいですけど……一応、どこにいるかくらいは決めておいた方が良かったんじゃないですかね。三人はもう行っちゃいましたけど、二人だけでも集合場所とか」
「ああ大丈夫だ、あいつらならすぐ見つかる。つーか、カミツレがいりゃ大抵大丈夫だ。そこにフウロが居れば尚更だろ。吸い寄せられるように人が寄ってくるはずだ。しかもそれに加えて、嬢ちゃんは和洋折衷のハイブリッドだからなあ……ハーフってすごいよな。日本にいれば海外の血が混ざっててモテるし、海外にいりゃ日本の血が混ざっててまたモテるんだぜ?」
「不安になるようなことを言わないでください」
「まあとにかく、目立つところに行けば見つかるから、俺たちは心配しなくて大丈夫だ。俺もこっちじゃ別に有名でもなんでもねーから、自由な散策が出来てありがたいんだよ。それに、嫁さんにお土産でも買いたいしな」
 と言って――まるで愛妻家みたいな発言をして、少佐もポケウッドのある方向へ向かっていった。
 まあある意味、個人行動の方が楽でいいけれど、とは思う。長年の――まあ約三年だけれど、僕にとっては長年の――旅人生活で、かなり、個人行動に慣れてしまっていた。緑葉はその辺、同じ旅人同士、一緒にいても苦にならない距離間があるようだということは分かったけれど、思えば少佐はずっと色んな人と一緒にいるわけだから、そうした距離間には慣れていないんだろう、と思う。もちろん、鬱陶しいとか、嫌だとは思わないけれど――多少なり、緊張してしまうのは確かだ。
 エリートトレーナーとしての矜持か。
 僕も大人になったなあ、なんて、何万遍も思ったようなことを、また思う。
「まあ、ともかくとして……」
 タチワキシティ。
 生憎とC-GEARと呼ばれる、日本の関東で暮らしていた時に使ってたポケギアのようなものをまだ契約していないので、地図を出したり、検索することは出来ないのだけれど――トレーナーになって培った方向感覚やら、ライモンシティがイッシュ地方の中心だということ、さらに少佐の言っていた西南西という方角を考慮すると、このタチワキシティは、イッシュ地方の郊外に位置するようだ。まさしく西南西。その証拠に、タチワキシティの東方には、船着き場があった。
 ぱっと見た印象は、造船場っぽい。
 町の中に水路――いや普通に海か? ――があって、湿度が高い。この辺の雰囲気は、長く暮らした(今も家は残してあるけれど)朽葉港の雰囲気に似ていた。港町、というやつだろう。しかしそれで言うならやっぱり、最初に上陸したヒウンシティの方がそれっぽいので、規模としては、小さいか。やっぱり郊外。田舎という印象が、どうしても強い。
 ポケウッドというものが作られたのだって、そうした田舎町に人を呼ぼうという理由なのではないかと考えてしまう。田舎とは言っても、他に目立った施設がなければ、その大きな施設を中心にどんどん開発出来てしまうのだ。巨大施設を建てるなら、都会よりも田舎の方が都合が良い。色々な土地を巡って僕が思ったのは、そんなところだった。
「……まあ、とりあえずポケセンかな」
 一通りの観察を終えて、僕はポケモンセンターに向かうことにした。ポケモンセンターは建物の外観が特徴的であり、尚且つ世界共通であるらしい。ヒウンシティで寄った時に既に知ってはいたのだが、どうやらイッシュ地方においては、フレンドリィショップというものは単体として存在せず、ポケモンセンター内に併設されているようだった。これはまあかなり合理的で、日本にも取り入れて欲しいと思う造りである。流石に今回もあまり長居をするつもりもないので、C-GEARを手に入れるのはまだまだ先になるだろうけれど――パンフレットの一つでももらえれば良いかなと、考えていた。そもそもにして、ポケモンセンターに寄る目的は、先の戦いで深手を負ったハッサムを回復したいというものである。
 ポケモンセンターに向かって歩いている途中で、なんだか妙な重低音を僕は感じ取った。それは一瞬の出来事――有り体に言えば、漏れた、という表現が適切だと思う――だったのだが、しかし僕がそれに気付いて、音がした方向を振り向くには充分だった。一瞬『漏れた』その音を認識すると、その後もかなり小さな音量でそれが鳴り続けていることに気付く。
 振り向いた先の建物は、なんだか無骨な建物だった。かなり小さな建物で、小屋という感じ。隣にある民家よりも小さかった。
 いや――よく見ると。
 そこには、ポケモンジムの看板が掛かっていた。
「……え、ちっさ」
 思わず口に出した。
 民家と大型倉庫に挟まれるようにして、タチワキジムは存在していた。調べたわけではないけれど、フキヨセジム、ライモンジムを視認していたので、それがジムであることはすぐに分かった。ポケモンリーグ公認の意匠である、モンスターボール。それがでかでかと、出入り口に掲げられていた。
 あまりの小ささに度肝を抜かれてじっと見ていると、その看板の下――ドアのない(多分奥に防音扉でもあるんだろうが)空間から、一人の少女が出て来た。少女、と僕が思ったのは、なんとなく、髪型が理由だった。おでこを丸出しにして、頭の上でゴムでまとめているという髪型。かなり奇抜なファッションをしていて、背中には楽器ケースを背負っていた。ジムに挑戦したトレーナーなのかな、とも思ったが、そのジムから未だに激しい音楽が薄く聞こえてくるのを思うと、もしかしたらスタジオを兼任しているのかもしれない。
 ジム業の傍ら、他の施設も担っているというところは、ないわけではない。関東地方で言えば、縹ジムは室内プールも開放しているし、玉虫ジムは華道教室を開いたりしているし。それがジムリーダーの趣味なのか、経済的な効果を狙ってのことなのかは分からないけれど、まあ存在している。ごくごく当たり前に。むしろ、ジム一筋でやっているところの方が珍しいかもしれないと思うくらいに。
「タチワキは音楽の都なのかなあ……」
 そんなことを思っていると、
 少女に気付かれた。
「……」
 別に、ガンをつけていたわけではないのだが。
 言い訳をするなら、珍しいなと思ったことが第一にある。そもそも――日本に限らず、それは恐らく海外でもそうだろうが、僕が生活し、また訪れるような場所は、ポケモン至上主義と言って良いほど、ポケモンで溢れている。日本で言えば、北から深奥、関東、上都、豊縁と呼ばれる四地方は、そのままポケモン中心で回っている。だから基本的には、住人のほとんどはポケモンを持っていると言って良いし、生活の大半をポケモンと共存していると言って良い。
 しかしながら、それらに属さない県や市で暮らしている人たちの中には、ポケモンと無縁だという人たちもいる。いわゆるまあ、普通の人、だ。僕が、引いては世界が、今は割とポケモン中心に動いているからと言って、しかしポケモンと関連付けて生活していない人たちも、確かに存在する。
 だからなんというか――見たところ十代前半、という感じの少女が、こんな昼間から楽器を持ってスタジオに出入りしているというのは、僕にとっては、割と衝撃的だった。珍しい、と思った。その頃の年齢の子どもたちは、大半がポケモンに夢中になっている……と、思う。だからこそ、普通、楽器を始めるのだって早いと思うくらいの年齢の子が、スタジオに、しかも一人で出入りしているという光景が、物珍しかったのだ。
 だから、見てしまった。
 結果として。
 僕に気付いた少女は、僕のところまでつかつかと、歩いてきた。
 うわあ……。
 近くで見ると、不良っぽい。
 ファッションもそうだが、目つきも悪い。
 そばかす顔の、少女。
「……ヘイ」
 不満そうに、不服そうに、少女は僕の前で立ち止まり、そう言った。
「あ、いや……」
 なんと言ったらいいのか。
 ごめんなさい、というのも違うだろう。
 見ていてごめんなさいというのなら、それはそうなのだが。
「えっと……ああ、そう、あの」適当に言葉をでっち上げる。僕はそういうの、得意だったはずだ。「君が今出て来たところ……ジムなのかな、と思って、見てました。君を見ていたわけじゃないんだけど、気に触ったなら、ごめんなさい」
「ん? ああ……そうだよ、あそこはジム。それよりあんた、日本人?」
 初対面の人を「あんた」呼ばわりするのはどうかとも思ったが――あとで思えば、「あんた」と呼ばれたことで、導き出せる結論はあったはずなのだが――僕は突然のことでそこまで頭が回っておらず、反射的に、
「うん。日本からの観光客」
 と答えた。
「ふうん。そう。ジム、用でもあんの」
「用っていうか……まあ、一応、僕もトレーナーだから、ジムがあると反射的に見ちゃうっていうか……そんな感じ」
「あっそ。興味があるなら、入れば?」
「いや、ジムに来るのが目的だったわけじゃないんだけどね。ただちょっと、珍しいジムだなって」
「どこが?」
「あそこ、スタジオ?」
「ライブハウス」言葉を訂正された。「まあ、貸しスタジオみたいなこともしてるけど」
「君、そこから出て来て、楽器背負ってるから、練習でもしてたのかなって。あんまりそういう人見ないから、かっこいいなあと思って、なんか見てしまったんだよね」
「そ、そう? ま、まあね」
 少女は少し得意げに、あるいは照れたようにして、楽器ケースをいじっていた。不良っぽい外見の人も、話してみれば、なんだ、割と良い奴じゃないか――というのが、僕が旅生活で知ったことの一つだった。スキンヘッドのお兄さんも、バイクで暴走しているお兄さんも、話してみると、意外と話せる人だったりする。
「いや、なんか、ガンつけられてんのかなと思ってさ」僕が危惧していた通りのことを少女は言った。「何でもないならいいや。お兄さん、見た感じ、割と強そうじゃん、気が向いたら、挑戦すれば?」
「いや、そんなに強くないけどね……まあでも、気が向いたら確かに、挑戦してみようかな、それに――」
 それに、に続く言葉を、僕は別に、本気で思っていたわけじゃない。
 ただなんというか、会話上のテクニックという程度の意識で――笑いを誘おうとした、でもないけれど、ただ何らかの、気の利いたことでも言おうかなというくらいの意識で、言ってしまったのだ。言わなければ良かったのに。というか、あらゆる可能性を考慮してから、そういうことは言うべきだったのに。
 いや、言うべきではなかったのに。
 言ってしまったのだ。
「大したジムでもなさそうだしね」
 と。
 言ってしまったのだ。
 もちろん、彼女がバリバリのポケモントレーナー風であったりしていれば、僕のこの発言もなかったことだろう。流石にそこまでデリカシーに欠けているつもりはない。ただ、彼女がただのスタジオ利用客で、ともすればポケモンジムとして利用する客たちを迷惑に思っているかもな、という想像をしていたから、こんなことを言ったのだ。
 言うべきではなかったのだけれど。
「……」
「まず建物の規模が小さいし……それにここ、イッシュ地方でも郊外みたいだから、ね。まあでも逆に、今挑戦しておかないと、またここまで来るのは面倒か……割と田舎みたいだしね」
「……」
 少女が不機嫌になっているのに気付いた僕は、慌てて軌道修正を試みる。その気遣いが、全く見当違いだということにも気付かずに。
「って……ご、ごめん。そうか、君、ここの住人だよね。いや、田舎ってのは、訂正するよ。ポケウッドっていう施設もあるみたいだし、そうだね、それで人が集まれば、ジム利用客も増えて、大きくなるのかな……まあでもそういうのはジムリーダーの素質によるのかな。いくらポケウッドとか、船着き場があっても、ジムとは無関係だしね」
「……むがぁ!」
 僕の軌道修正虚しく。
 両手を突き上げて、少女は憤慨した。
「むがぁー!」
「う、うわ。どうしたの突然」
「ポケウッドなんか嫌いだよ! あたしは、ポケウッドも、船着き場も、別に好きじゃない! ていうか嫌い!」
「あ、そ、そうなんだ……それは、ごめん」
「それに、ジムは別に小さくない! 地下だよ地下! ライブハウスなんだから、地下にあるに決まってるだろ! あそこから入って、下に降りたら、普通のジムサイズの箱があるんだよ! いっぺん入って、確かめろ!」
 少女は急に僕の手を取って、引っ張る。
「いや、ちょっと……」
「それにタチワキジムは大したことなくなんてないんだからな! あんた、それなりに腕は立ちそうだけど、それに日本人らしいけど……ポケモンジムってのは、そんなに簡単なもんじゃないんだよ!」
「いや、あの……」
 ジムまで連れてこられて、僕はそのまま、彼女に引き連れられる形で、二重の防音扉を開ける。急に耳に大音量の音楽が入り込んできて、鼓膜がどうかしてしまうんじゃないかという心配に駆られた。
「……ムカムカしてきた。だから嫌なんだよ、ポケウッドなんか出来て、タチワキのことなんか知りもしなかった観光客がやってきて、ジムの中身も知りもしないくせに見かけで判断しやがって……あたしはそういう、見かけで物事を判断するやつが大っ嫌いなんだ!」
「ご、ごめん……ごめんって」
「謝るくらいなら最初から気をつけろ!」
 そして僕は、何度か折り返す狭い階段を滑り降りるようにして、地下にある、本当に――確かに彼女の言う通り、普通のジムとさほど変わらない広さの(天井までの高さで言えば他のジム以上に広い)ライブハウスに、連れてこられた。
 ジムというよりは……まあ、ライブハウス。
 音楽が鳴っていたことからも分かる通り、ステージの上には、ギター、ドラム、キーボードのプレイヤーがいた。ということはこの少女が背負っている楽器はベースかな、と、少ない音楽知識で判断する。
「ほら、広いだろ?」
「あ、ああ、うん……そうだね。それにかなり本格的なライブハウスだ……」
「だろ?」
「しかし、ライブハウスとして立派であればあるほど、ポケモンジムとしての活動はそこまで活発じゃないのかなとも思っちゃうね。今もステージにいる人たちはトレーナーというよりは、プレイヤーっぽいし……あ、でも、別に悪いと思っているわけじゃないよ」
「……なんか、誤解されてる気がするんだけど」
 少女は僕をそのままライブステージ上まで引っ張っていく。押しに弱い(というかこの場合は引きに弱い)僕は、大した抵抗をすることもなく、ステージ上に上げられる。
 そのステージは――
 ただのライブステージではなく。
 ポケモンバトル用に、整備されていた。
「自分でもこういう性格、あんま好きじゃないんだけど……あたし、誤解されたり、勘違いされんの好きじゃなくて、その上それを正さないとイライラすんだよね」
「いや誤解はしてないと思うよ。ちゃんと立派なジムなんだなってことは分かったし」
「そうじゃなくてさあ」
 ようやく僕は手を離される。
 少女は背負っていた楽器ケースを下ろすと、中からベース――僕は楽器に詳しくないのでなんと言う機種なのかは分からなかったけれど、それでも弦が四本で、かなり禍々しい外見をしていた――を取り出して、それにケーブルを繋いだ。
 何故弾くのだ。
 何故準備をしたのだ。
 まるで不良集団に取り囲まれたような恐怖に怯えながら――僕はその場で立ち尽くす。
「見た目で判断してジム利用しないトレーナーは多いし、入るとボコられるとかいう変な噂は流れるし、ポケウッドに来る観光客の中にはジムをなくした方が良い環境になるとか言うおばさんもいるし……」
「あ、あの……」
「パパは仕事しないし最近プレイも乗らないし、毒はいつまでも不遇だし子どもだからって舐められるし……」
 マイクに向かって全く関係のない愚痴を垂れ流す少女を見ながら、どうやらバンドメンバーらしき他の三名は、「まーたいつものアレが始まったぜ」なんていうようなことを、笑いながら言っていた。
 笑いながら、
 英語で言っていた。
 日常会話程度なら理解出来る僕がそれを解読するのなら、「ハハハ、またホミカのボルテージがぷっつんしまったようだぜ」というようなことを、言っていた。
「……ああ」
 そう、気付くべきだったのだ。
 イッシュ地方の、さらに郊外に位置するこのタチワキシティにおいて、十代前半くらいであろうと思われるこの少女が――見るからに、瞳の色や肌の色が海外産で、日本人ではあまり見られないそばかすがある少女が、かなり流暢に日本語を操っている時点で、気付くべきだったのだ。
「なんかもう、なんかもうさあ……!」
 彼女はただのバンド少女ではなく、またポケモンに精通していないなどということもなく、ある意味ではこのイッシュ地方において、その年代にしては誰よりもポケモンに精通しているのだということに、気付くべきだった。
 そう、フウロさんやカミツレさんと同様に。
 イッシュ地方のジムリーダーなら、ほとんど全てが、日本語に精通しているということに。
「……また僕は面倒なことをしてしまった」
 左利きらしい少女は、右手でベースのネックを持って、左手で弦をリズミカルに叩きながら、かなり高度と思われるプレイをしたあとで、思い切りシャウトした。
「ほらはやくポケモン出せよ! なんかもう、逆に私の理性がぶっとぶぞ!」
 逆にと言われても、正しい使い方を僕は知らなかったけれど。
 自分で蒔いた種だろうと諦めて、この時僕は、まったくの自覚なく、イッシュ地方で初めてのジム戦に挑戦することになったのだった。


戯村影木 ( 2013/07/18(木) 18:40 )