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「おお……」
いやしかしそれにしても、僕から見える景色は、まあ壮観以外のなにものでもなかった。壮観……絶景、だろうか。かなり衝撃的な顔ぶれで、まあ単純に驚いてしまう。もちろん、数年前にとあるパーティで熟練ジムリーダーと同席したという経験はあるし、そもそも『ジムリーダーと相席するのだ』という経験だけで言えばそんなにない経験でもないのだけれど、そのジムリーダーの種類によっては、まあこれは、絶景だったと言ってしまって良いだろう。
現役モデルにして、電気タイプ使いのジムリーダー、カミツレさん。スーパーモデルをしていて、同時に、ライモンシティのテーマパークの管理もしている、らしい。
年齢は――詳しくは聞いていないけれど、まあどうやら、僕が『二十歳です』と名乗って、緑葉が『同年代です』と答えてから、カミツレさんが「そう、よろしくね」と答えたところを見ると、若干ではあるが、年上ではあるようだ。少なくとも、二十二歳は超えているのではないか、というところ。
まあ、年齢云々に関係なく、もう恐ろしく美人で、どこぞのおっさんが「レベルが違うんだよレベルが!」と豪語していたのも頷ける、という話だった。
今はなんか……なんだろう、お色直しを、終わらせていた。
ポケモンバトルとプライベートは分けている、ということなのかもしれないけれど。
超ミニスカートだった。
……エロい!
「私、年下だったんだねー」
そしてこちらはフウロさん。フウロさん……などと、当たり前のように敬称を付けて呼んでいたけれど、どうやら、年下であったらしい。もちろん、そこまで劇的な差があるわけではないようだけれど――まあ、一歳下とか、そのくらいだろう。もしかしたら、緑葉とは、年齢が被っているかもしれない。年代ではなく、年齢が。
「みたい、ですね……」
フキヨセからライモンに来るまでに多少なり会話をしたのだろう、緑葉はそれなりに、フウロさんに慣れていた。慣れていたというか――いや、正確に言えば、打ち解けていた。どのくらい打ち解けていたのかと言えば、視線が、フウロさんの胸部を、追うくらいには。
いや……まあ。
すごいな、とは思うけれど。
発育は決して、年齢に順応しない。
その少佐の言うところの「グラマラスなボディ」は、もはや『お国柄』と言うべきレベルであった。豊満とか、巨乳とか、そういう言葉で解決して良いレベルではない。ついでに言えば、露出が思い切り高い。フウロさんが着ている青い服を何と表現すれば良いのか分からないが……僕はあえてこう表現したい。
『紙一重で露出狂』
腰回りと、その健康的な脚には、布がない。
しかもたわわに揺れる胸。
男の妄想の具現化みたいな人だった。
……エロい!
「いやあしかし、それ、染めたのか?」
一人まったく気兼ねない様子なのは、我らがイナズマアメリカン、マチス少佐だけだった。
現在、僕たちはライモンジムの一室にて、テーブルを囲んでいる。テーブルは横長で、長辺、短辺にそれぞれ長さの合ったソファがある。少佐、僕、緑葉はその順番で、横長のソファに座っていた。緑葉側の方にある一人掛けのソファには、フウロさんが座っている。そして僕たちの対面にある横長のソファには、カミツレさんが、座っていた。
いや……訂正しよう。
寝転がっていた。
涅槃の体勢に入っていた。
ミニスカートなのに。
「髪の毛?」
「おう。お前、立派な金髪だっただろ」
「イメチェンなの。ずっと同じだと、飽きられるかもしれないから」
と、そう言っていた。
「それに、今は海外の女子高生ルックの認知度が高くなっているみたいだから」
とも、言っていた。
この場合の『海外』が指すのは、恐らく、日本のことだろう。今現在のカミツレさんの服装、そう言われてみると、学校の制服に見えないこともない。僕も緑葉も学校に通うという経験はしたことがなかったけれど、僕の個人的な知り合いである女性は当時高校に通っていたので、そういう服装に、それなりに、馴染みがあった。
まあ、改変はされているようだけれど。
こんな、白と黄色を基調とした制服は、日本全土を巡ってもお目にかかれないであろう。
「それにしても、日本のトレーナーもすごいのね。まあ、もう、最近ではほとんど言語の壁もないし、ポケモンの分布の壁もなくなっているから、関係ないけれど」
「……そう言えば、と言えば、そう言えばなんですけど」
僕は控え目に手を挙げる。この中では年齢的には一番真ん中に当たるのだが、どうにも僕は、この中の誰に対しても横柄な態度には出られない。多分、年齢に関係なく、生まれつきこういう体質なんだろう。
「皆さん、普通に、日本語ですね」
「あー、イッシュはな」それに答えたのは少佐だった。「イッシュはほとんど日本みてーなもんだ。つーか、ポケモンの研究が日本で進みすぎてるからな、ポケモン中心に動いている地方はどうしても日本文化が多くなる」
「はあ、そんな事情が」
「文化的に進んだ国の言葉が共通語に近くなるってのは、まあ当たり前だろう。おまえらだって、英語とか、多少なり分かるだろ?」
「ええ、まあ」僕は多少というか、日常会話程度なら理解出来たけれど。「ふーん、となると……イッシュ地方で英語を使う機会って、あまりないってことですか」
「ないってこともないが……まあ大抵日本語が通じるぞ。ほら、ポケモンリーグの総本山が日本にあるからな。ジムリーダーは大抵、日本語が使える」
「すげえ」
割と素直な感想だった。
ジムリーダーたちが日本語を駆使するという理由も、恐らくそれを理由にイッシュ地方で日本語が第二の国語となり得ているのもさることながら、ポケモン関係で言えば日本がトップクラスに進んでいるというのが、驚きだった。
いや……思えば、日本に住んでいる時点で、海外から移住してきている人が多かったか。和名とは思えない名前の人も、結構いたからだな。僕の知っているだけでも、深奥地方に住んでいた頃はメリッサさんという女性がいたし、そう言えば、筑紫だって――元々、海外の人間だったか。
いや、そもそも。
緑葉のお母さんが、こっち出身か。
「ていうか……その話題から鑑みてというか、流れに沿ってというか、なんですけど。突っ込んだ質問ですみません。カミツレさんも、フウロさんも、それ、和名ですよね」
「あ、すごい、よく知ってるね!」
反応したのはフウロさんだった。
まあ多くの日本人に馴染みがない単語と言えばそうなのだけれど、僕はそれなりに詳しかった。というのは、恐らく漢字の使用率が高い、上都地方で生まれたからだろう。物心ついた頃から、そうしたことに詳しかった。
「加密列と……風露草、ですか。そもそもその植物が元々はどこの地方で発生したものかまでは知りませんけど、それでも、わざわざ和名ですよね。多分、こっちだと、カモミールと、ゼラニウムだと思うんですけど」
「詳しいのね」
涅槃の状態で、カミツレさんが言った。こういうことに詳しくなったのは、まあ割と最近、というか、ここ数年のことだけれど……というのも、日本中を放浪するに当たって、僕はポケモン図鑑の調査だけでなく、植物とか、動物とか、昆虫についても、興味深く調べていたからだった。ポケモン図鑑同様、そうしたものに適応される科学的な図鑑が今は多く存在している。スキャンするだけで学名やら分類やらを表示してくれるので、自然と頭に入っていた。
「そうね。丁度私たちの世代からかしら。それから、フウロちゃんのちょっと下くらいまでね。何故か、日本名――それも、ちょっと聞いただけだと和名には聞こえない名前をつけるのが流行ったみたい」
「なるほど」
言われてみれば、メリッサさんやら緑葉のお母さんやらは、そういう命名の仕方はされていない。局所的な、短期的な流行だったのだろう。カミツレ、フウロ。筑紫はどうだろう? と思ってみたけれど、そう言えば僕は結局、彼の日本名を知らずにここまで付き合ってきたのだということに気付いた。
「緑葉ちゃんの名前は、意味を教えてもらえば何となく、和名っぽいなとは思ったけれど」カミツレさんはようやくここで、体を起こした。ちょっと抜けているのか、それともモデル故のサービス精神なのか、ギリギリのラインで見えないカミツレさんのスカートの中。いやもちろん、断じて、見たいと思っているわけではないのだが。「ハクロくん? というのは、なんだか想像がつかないね」
「ああ、僕は……えーと」
なんと説明するのが良いだろう。
こんなに流暢に日本語の会話が出来ているのだから日本語の説明でも良いだろうとは思った。感覚的に、同じ読みが連続する場合にそれを繋げるというのは――はく、と、くろ、の場合、その「く」をくっつけてしまうという読み方は――ある意味では、英会話においての単語と単語の連結に似たようなものだ。サンキューとか、グッバイとか。それと同じような感覚だろう。
だけどあえて。
「ホワイトと、ブラックです」
と、僕は説明することにした。
「白と黒?」
尋ねて来たのはフウロさんだった。そしてテーブルの上に『白』の漢字を書く。『黒』を書かなかったところを見ると、まあ単純に、漢字の書きは、画数の少ないものまでしか分からない、ということなのだろう。
「これ、ハクって読むんだ!」
「ええ。シロと、ハクと、ビャク……ですかね。漢字って、読み方が多くて、まあ面倒ですね」
「ふうん、それでハクロくんなんだ」
「ですね。まあ、名前に意味が込められているのかというと、よく分からないですけど」
「説明するのには苦労しそうだね」
と言って。
カミツレさんはなんというか、
反応を待つような顔をしていた。
いや有り体に言って、自信ありげに、どや顔をしていた。
「……?」
「あ、え、えっとさ!」フウロさんがパンと手を叩く。「そろそろ本題に入ろうかな!」
「本題ですか?」緑葉が問うた。
「うん。私、今日暇なんだー。カミツレちゃんも暇なんだよね!」
「撮影もないし、ジム戦は先日終わったばかりだし、そうね、暇と言えば暇かしら」
「俺も暇だぞ」聞いてないけれど少佐も言った。「まあ、ジムリーダー間の交流は仕事と言えば仕事なんだがな」
「だからさあ、遊びに行きましょう!」
両目を不等号のようにきつく閉じて、
カタカナのワ、みたいな口をして。
フウロさんはガッツポーズをしながら言う。
謎テンションだ。
多分一生はついていけないテンションだ。
「遊びに、ですか」
「うんうん。せっかくだし、二人ともエリートトレーナーさんだし、イッシュ地方の素晴らしさを知っていって欲しいなーって。カミツレちゃんもいいよね!」
「私は構わないけど。緑葉ちゃんとハクロくんの都合も聞いた方がいいんじゃない?」
「どうかな!」
「私は……どうする? ハクロ」
「まあ、僕らはもともと、観光だしね。案内してくださるのなら、それはもう願ったり叶ったりというか」
「良かった! じゃあ、そうだなあ、どこか行きたいところかある?」
「あ、じゃあタチワキに行こうぜ」
僕でも緑葉でもなく、提案したのは少佐だった。
「タチワキ?」
「おう。イッシュの……そうだな、地図的に言えば中心部から外れた、ライモンを中心とすると、西南西くらいの場所にあるのか?」
「僕は知らないですね……どうしてそんなところに?」
「ポケウッドっつー映画館みたいなところがあってな。まあ暇潰しには持って来いだ。あの辺は多分、カミツレもフウロも詳しくねえんじゃねえか?」
「んー、私はそこまでだけど、カミツレちゃんは詳しいんじゃないの?」
「そうね。撮影で行ったりするから」
「あー……いまいち何をするところか分かっていないんですけど、映画館みたいなところですか?」
「まあ上映もしてるな。多分、俺がいる時に行った方が良いだろう。あっちの方は、ポケウッドくらいしか見るところがねえのに加えて、なんつーかな……まあ田舎なんだよ。都会はパンフとか、イッシュの歩き方みてーな本見れば分かるだろ。時間的にも、今からだとライモンを楽しむのは難しいだろうしな」
なんだかイッシュ全土をたらい回しにされている気もしたのだけれど、少佐は不真面目なようで割と計画性のある大人なので、ここは素直に従っておこうと思った。いや、昔からどちらかと言えば素直に従うタイプだったのだけれど、小言を言わなくなったのは、僕が大人になった証拠だろう。
「んじゃ、行こうぜ」
「行こう……と申しましても、結構歩くんじゃないんですか?」
「いや、大丈夫だろ。おいフウロ」
「はいな」
「飛ばしてくれ」
謎の「飛ばしてくれ」という要求に対して、フウロさんは敬礼のポーズを取った。カミツレさんはゆるゆると立ち上がり、何故か三秒感ポーズを決めてから行動を開始した。ああ、どうやらイッシュ地方でも、ジムリーダーは変態しかいないようだ。
「え、えっとあの……」ようやく理解が追いついたらしい緑葉が手を挙げる。「飛ばすって、大砲で飛ばす、とかじゃないですよね……」
「あはは、そんなことないよ!」
フウロさんはおかしそうに笑ってから、モンスターボールをぞろっといくつも取り出した。
「一人一匹、マッハで行くよー」