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真っ先に思いついたのは、この場でサンクを拘束することだった。犯人なのかどうなのか分からないし、この騒ぎを起こしたのが彼なのかどうなのか……すらも分からない。謎が多い。けれども、もう一度彼と偶然鉢合わせする確率はとても低い。直感では――直感なんかで善悪を判断するなんて言語道断なのかもしれないけれど――彼はものすごく怪しい。捕まえて良い。というか普段ならもう、彼を捕まえている。
が――現状、サブウェイ内は危険に満ちあふれている。考えなしに動くのは、得策とは言えなかった。
崩壊とまでは言わないまでも、アナウンスによれば、ホームで爆発が起き、電車が破壊され、非常に危険な状態である……と。実際、既に誘導は始まっていて、駅員が総出で利用客を地上に連れ出している。中にはポケモンリーグ員と思われる姿もあった。この混雑の状態で、容疑者を確保して協力を仰ぐ必要はない。暴漢ならまだしも、もう爆発は、起きてしまって、終わってしまった。ならば容疑者を刺激しない立ち回りこそが、重要になる。
僕とサンクは、まだ互いを見据えている。
僕の場合は、警戒の意味で。
そして彼は、興味で見ているような、そんな気がした。
「あらら、逃げなくていいの? お兄さん」
「この規模なら、サブウェイが崩壊するわけでもないからね」言いながら、混乱を避けるためにも、僕はハッサムをボールに収納する。「爆破されたのはホームがひとつ。出入り口の混雑が緩和したら逃げるよ」
「そらそーだけど」サンクは頭上を見上げる。「さっきからアナウンス鳴り放題だよ。速やかに出口へ……ってさ。悠長にしてたら、怒られるんじゃない?」
「そんなら君も早く移動しなよ」
「んー、どーしよっかなあ」
ぶん殴りたくなるような態度だった。
しかしまあ要するに――彼は飄々としてはいるようだったけれど、身動きが取れない状態にある、ということなのだろう。にっちもさっちも行かない状態。もし彼が必ず爆発をさせなければならない状態にあるのだとしたら、僕に出会ったことは不運。最初に彼から話しかけてきたことも、あとから僕に気付かれるよりはマシだった、ということなのかもしれない。
彼の任務は、恐らく定刻通りの爆発。
しかし何故、時間に沿ったのだろう?
爆発なんて、いつだって良いはず。
「お客様!」
僕の思考が紐解かれている非常に悪いタイミングで、とてもよく通る声が、僕の背中側から放たれた。サンクも僕も、反射的に声のした方を見る。
人気のないサブウェイに、針金みたいに細くて背の高い男が立っていた。黒いコートを身に纏っていて、少なくとも誘導に徹している駅員に比べると、幾ばくか階級が高そうだった。
「お客様、出入り口の混雑が緩和されましたので、指示に沿って避難なさっていただけますでしょうか。ここは危険でございますので、騒ぎが落ち着くまではどうか」
「……だってさ。行こう」
地位の高そうな人間が出て来たところで、ここで抵抗するのは得策ではないと判断したのだろう、サンクは無言で立ち上がった。
「とりあえず話は上に出てから……って、あれ?」
言葉を発しながら、僕は何らかの違和感を感じ、再び背後を振り返る。大男はまだ立っていて、僕をじっと見ていた。細長い、彫りの深い顔。どこからどう見てもイッシュ生まれの人である。
サンクにしてみても、日本人ではない。カロス地方出身、と言っていたから、フランス人なのだろう。そう考えると、僕の背中だけを見て『日本人である』と判断することは不可能であるはずだ。
なのにどうして、彼は日本語で話しかけてきたのだろう。
数秒の疑心。
そして疑問へ。
「あの……あなた、僕を知っていますか」
「ああ……」大男は異常に細長い腕を左右に広げる。「詳しい説明は後程させていただきます。ですが確かに不審に思われたのかもしれませんので簡単にご説明をさせていただきましょう! 私はサブウェイマスターのノボリと申します。昨晩、朽葉様との戦いを拝見しておりました。エクセレントな戦いでございました。そのため、あなたのお顔とお名前を覚えていたのでございます。それだけの理由でございます」
「サブウェイマスター……ですか」
色々な考えが駆け巡った。彼と一緒にサンクを拘束するとか、爆発の原因が彼にあることを教えるとか、色々……けれど、サブウェイマスターである彼を今この場で利用するのは、あまりに幼い考え方だと気付く。僕は考える……少佐ならどうするか、と。少佐なら何を最優先にするだろうか。
「分かりました。落ち着いたら話したいことがあります」
結局僕は、サンクの処分を保留にする。
見逃すつもりはないけれど、まずはここを出るのが最優先だ。
「かしこまりました!」
とても気合いの入った返事があった。僕はサンクの腕を掴むと、そのまま出入り口に向かって引っ張って行く。
「いてて……お兄さん、痛いって。一人で歩けますよー」
「黙ってついてこい」
「おーこわ」
僕はサンクを引きずるようにして、サブウェイを出た。周囲は混雑していたが、行きたい方向に行くぐらいの余裕はあった。出て行く利用客とは正反対に、中で何が起きたのかが気になるらしい野次馬が大勢いた。僕はそれらから距離を取る。
「サンク」
「はいな」
「君がやったんだろうということは、なんとなく予想がつく。けど……腑に落ちないことがいくつかあるから、すぐには突き出さないようにしている。君が大人しくしていてくれれば、悪いようにはしない」
「……」
それまで飄々とした態度を取っていたサンクは、僕の言葉を聞いて、初めて沈黙の態度を取った。まるで、僕を見定めるような視線だ。
腑に落ちない点。
それがいくつもあって、整理が追いつかない。
さっき、爆発が起きてすぐに思いついた『時間』に関することもそうだったけれど、それ以外にもいくつか、気になるところがあった。一番大きなものでは、何故わざわざ彼は、自分を危険に晒すような方法で起爆させたのか、ということ。方法はいくらでもあったはずだ。にも関わらず、どうして指笛――それをスイッチだと確定させてしまうのは本来は危険なのかもしれないが――で起爆させたのか。
人混みから離れ、騒ぎから距離を置いたところで、僕はようやくサンクの腕を解放する。
「乱暴して悪かったね」
「いえいえ……まあ仕方ないね」
「君が関係しているのは事実だろうけど、なんだか、君一人の犯行でもないような気がする。規模の問題じゃなくて……君の行為を見た限りではね。危険と無駄が多すぎる気がするんだよ」
「鋭いお兄さんだなあ」サンクは軽薄な笑みを捨て、不機嫌そうな表情をした。「どうすっかな、このまま拘束されると、アネキと鉢合わせちまう」と、独り言みたいな小さな呟きも混ぜた。
「それは共犯者を匂わせる発言ってことでいいのかな」
「うーん、というかもう、無駄な足掻きはしたくないんすわ」サンクは手を広げた。降参するようなポーズだ。「だめだ、冷静なのが相手だと、抜けようがない。もっと感情的に動いてくれれば、どうとでもなるんだけどなあ。じりじり詰め寄られるの、苦手なんすわ」
「爆発を起こすくらいなんだから、荒っぽいことは苦手じゃないだろ?」
「いやいや、お兄さんに勝てないことは、さっきの戦いで分かってる」
サンクは不機嫌そうに言って、時計を確認した。焦っているようだ。あるいは起爆した時も、同じように時間を気にしていたのかもしれない。
「んー……どうしよ、お兄さん、やっぱ見逃してくれない?」
「無理」
「……っすよねえ。でもただのエリートトレーナーでしょ? それも日本人。ライモンシティにそこまで肩入れする必要はないはずだと思うんだけどなあ。違う?」
「実は僕、部外者じゃないんだ」
「あら……関係者? 調査隊?」
「かな。ジムリーダーたちと一緒に動いてる」
あるいはプレッシャーをかける意味合いでも、僕はサンクにそう言った。
「……そりゃねーや、お兄さん。せっかく仲良くなれたのに、敵対関係かよ。こりゃしおらしくして説得も無理か……」
「僕も悲しいよ。強いトレーナーが悪の道に走ってるのは」
「ん……悪、って言われるのは心外だけどなあ」
――と、僕は視界の端に、ド派手な金髪と銀髪が並んでいるのを見つけた。少佐とホミカだ。騒ぎがあったから、現場に駆け付けたのかもしれない。二人も僕の存在に気付いたようで、こっちに向かって手を挙げた。
「サンク、ジムリーダーが来たよ」
「うっへ……どうする? お兄さん、このまま突き出す? つっても証拠はねーと思うけど、どうしよ?」
「証拠はない。確証もない。ただ怪しい」
「疑わしきは罰せず……なんて難しい日本語を知ってたりして」
「ここはアメリカだよ」
「おいハクロ、大丈夫だったのか」
掘削機のような力強さでやってきた少佐と、息を切らしながら走ってきたホミカを見て、サンクはあからさまに嫌そうな顔をした。強者の匂いを感じ取ったのか、あるいは――ホミカの存在を嫌ったのかもしれない。タイプ相性を予見するくらいのことは、彼なら容易だろう。
「ええ、僕は怪我一つありません」
「そうか、良かった。ああそうだ、嬢ちゃんは無事だから安心しろ。ポケセンにいるからな」真っ先にその情報を与えてくれるあたり、少佐らしいと思った。「あー……で、こいつは?」
「えーっと」
なんと表現するべきか……犯人? いやしかし、現行犯ぽい行動はとられたものの、確証のある現行犯ではない。実際、彼がどれほどの危険人物であるかを僕は知らずにいる。間違った言葉、間違った行動で、周囲に間違ったイメージを抱かせるのも危険だろう。ということで、僕はひとま――
「……容疑者です」
と言った。
「容疑者? でもこいつ、日本人じゃねえし、イッシュの人間でもねえだろ」
「いえっさ! カロス地方出身のサンクと申します。以後お見知りおきを」
「……なんだこいつは、日本語喋れてんじゃねえか」眉をひそめる少佐。「おいハクロ、何があったんだ」
「あー……それがですねえ……どこから話せばいいものか。まあまずはどこか落ち着けて安全な場所に移ってから……ってちょっとちょっと!」
僕が状況説明を始めようとするが早いか、僕の言葉などおかまいなしに――いやある意味では「容疑者です」と言った僕の言葉を聞いていたからこその行動だったのだが――息をついていたはずのホミカは、すぐに立ち直り、あろうことかサンクの胸倉を掴んで、ガンをつけていた。流れるような一連の動作に、対処が追いつかなかった。流石は不良少女と言ったところか、手が早い。ジムリーダーなのにそんなことしていいのかという突っ込みも追いつかない。
「てめえがこの騒ぎの犯人か!」
長い袖から両腕は完全に出ていて、それをサンクの胸倉に伸ばし、下から掴みあげている感じだった。普通であれば滑稽に見えるほどの身長差があるはずなのに、それを感じさせない凄みがある。なんというか……見ている僕が血の気が引いた。人の本気の怒号なんてものは、なかなか見られるものじゃない。僕が怒られているわけではないのに、この空気が早くなくなって欲しいという気持ちになった。
「……」
「黙ってねえで何とか言わねえか! てめえの悪ふざけでどれだけの被害が出てるのか分かってんのかよ!」
「おいホミカ、やめとけ。ジムリーダーが一般人に……それも観光客に手上げたなんてことになったら、洒落にならんぞ」
「でもっ……こいつがやったんだろ」視線が僕にやってくる。「どうなんだよ」
「いや、確証はない。けど怪しいことは確かだ。だから、善悪の判断はせずに、とりあえず逃げ出さないように、一緒にいることにした……って感じかな。そもそも、拘束する権限はないしね」
「ん、いい判断だ」少佐は腕を組み、うんうんと頷いた。「サンクとやら、ひとまず事情聴取と行こうじゃねえか。何もなけりゃあそれで終わりなんだ、ただちょっと話をするだけだし、構わんよな?」
有無を言わさぬ圧力をかけながら、少佐はサンクの肩に手を置いた。恐らくは――『フェアリー』の存在を知っているであろう少佐なら、ポケモンバトルでもサンクに勝てるだろうし、腕力に物を言わせることになれば、その勝ち負けも目に見えている。どこをどう探しても逃げ場などないはずだ。サンクは観念したのか、両手を上げた。またもや降参のポーズだった。
「事情聴取ね……まあその方が良いか。でも、証拠なんて持ってないし、叩いても埃、出ませんよー」
「んだこら……あんま舐めてっとな」
「おいハクロ、ホミカを押さえとけ」
「僕ですか!」
「若いと血の気が多くていけねえな……」
仕方なく、僕はホミカを背後から羽交い絞めにするように拘束した。体格差もあるだろうし、女の子ということもあって、凄みはあったものの、筋量はそれほどではなかった。ホミカは長く余った袖を振り回しながら、「てめこら離せよ!」と騒いでいた。どこぞの鋼使いの少年を思い出す暴れっぷりだ。
「とりあえずポケモンセンターについてきてもらおうか。大丈夫だ安心しろ、悪人じゃねえなら心配するこたねえ、話を聞いて納得出来れば、帰りにソフトクリームでも奢ってやるよ」
「いやーはは……怖いんだけど」
少佐はサンクと肩を組み(体格差を見れば、ホミカが胸倉を掴んでいたのと同じくらいの脅し行為であるように見える)、僕はまだ暴れたりないらしいホミカを羽交い絞めにして、そのままポケモンセンターへ向かおうと、未だ混乱の晴れないライモンシティを移動しようとした――ところで。
「……待て、毒の匂いだ」
一転して大人しくなったホミカが、口走った。僕の口元に余った袖をつけて、黙れと命じているようだった。
「あ?」その言葉に、サンクと肩を抱いたままの少佐が振り返る。「毒の匂いだ? 何も感じねえぞ。爆発の方からじゃなくてか」
「正確に言うなら、『毒使い』の匂いだ。おっさんの前の方だぞ」
「前?」
少佐は不思議そうに鼻を動かしながら、再び正面に顔を向けた――かと思いきや、次の瞬間には顔がまたこちらを向いていた。いや、この現象は言葉で説明しても分かりにくい。この数秒で少佐の顔は前に後ろに前に後ろにとよく動いたことになる。何故なら少佐は、正面を向いたと同時に、何者かに平手打ちを喰らっていたからだ。その反動で、首は曲がる限界まで曲がっていた。
「ぶっふぇ」
「うお……大丈夫ですか少佐」
一体何に平手打ちを喰らったのか、と、ホミカを羽交い絞めにしながら少佐の隣に回り込むと――そこには、まさか、こんなことがあるのだろうか、あのぶっとびガールことフウロさんよりもさらに露出度の高い女性が立っていた。いや割合から言えば露出度はそこまで高くないのだろうか……首と胸を覆う衣類(もうなんて呼んで良いのか分からない)と、超々々々短いスカートを穿いている。が、何故か肘まである手袋をしているし、腿まである靴下を履いている。おへそ周りはこんにちはしていたが、全体的に見れば肌の露出は少ない……と言えるのだろうか? 果たして露出度が高いのか低いのか、本当に謎だった。
その女性はやかましいくらいの高い声で何事か喋っていた――恐らくフランス語であろうが、早口すぎて流石の僕も聞き取れない。だが、どうやら罵詈雑言を並べているらしいことは、表情と口調で理解出来た。
「アネキ、日本語、日本語。イッシュだけど、多分ここの共通言語は日本語。あと、襲われてるわけじゃないから、ご安心」
サンクが苦笑いしながら説明すると、一転女性は落ち着いた様子でこほんと咳払いをひとつ。そしてスカートを手で払う仕草をしたかと思うと、一同を見渡して、言った。
「これはどうも初めまして。私はキャトルと申します。部下が暴漢に襲われているのかと思い、つい手をあげてしまいました。大変失礼いたしました」
と、物腰柔らかな説明をした。
うん。
まあ、少佐に肩を組まれていたら、襲われているように見えても不思議はないが。
「キャトル? ……部下、ねえ」少佐はサンクとキャトルとやらの顔をじろじろと見比べる。「待ち合わせでもしてたのか?」
「ええ。出来ればサンクを返していただけるとありがたいのですが。これからここを離れなければなりませんので」
「そりゃ出来ねえな。おいホミカ」
「あ?」
「毒の匂いっつーのは、この姉ちゃんのことかよ」
ホミカはキャトルを睨み付けながら、「多分間違いねえな」と言った。僕には全く分からないことだが(そもそもホミカとこんな至近距離で接していても分からないのだから、毒の匂いが何なのか分かるはずもない)、専門家には分かるのかもしれない。
「おいハクロ、どうやらお仲間らしいからな、その姉ちゃんも連れてこい」
「この状況で二人は無理です」
「そっちのじゃじゃ馬は放っておけ」
「連れてこい、ですって?」腕を組み、キャトルは不服そうに言う。「……私はどこかへ向かうつもりはございません。連れて行くというなら、私がサンクを連れて行きます」
「そりゃ出来ねえ相談だ。おいホミカ、ジムリーダーの権限でこいつを取り押さえろ」
「あん? んなもんあったか?」
「平手打ち喰らってたの見てただろーが! 暴行罪で連れてくぞ」
んなこと言ったらホミカこそしょっ引かれるのではないかとも思ったが、流石に口には出さない。
「お、おう、そういやそうだな……んじゃそういうことであんた、ポケモンセンターまでついてきてもらおうか。ジムリーダー命令だ」
「私がですか? お断りします」
言って、キャトルはスカートを少したくし上げると(下着は完全に見えている)、腿に固定したベルトから、モンスターボールをひとつ取り出して、
「何の真似かは知りませんが、善良な市民に突っかかるのがジムリーダーの仕事なのですか? カロスではあり得ませんね。そちらが実力行使をお望みなのでしたら、こちらも我慢は致しません。ベトベトンがいいですか、マルノームがいいですか、マタドガスがいいですか。どれも爆発の威力は一級品です。既に爆発はご覧頂いたと思いますが……」
……と、おかしなことを言った。
それはもはや、自白と同義だ。
あるいは、あえて僕たちを挑発しているのかもしれなかった。
「話はあとでゆっくり聞く。まずは移動だ」
しかし流石は少佐、安い挑発には乗らないようだ。が、それでも警戒心を強めたのか、サンクから手を離し、ポケットに手を添えた。安全性を確保するというのなら、あのモンスターボールを無力化するための準備が必要だ。だから僕も同じように、ハッサムを入れたボールに手添え、キャトルの次の行動に備えられるよう、体勢を整えた――次の瞬間だった。
「やっぱりてめえがこの事件の元凶かぁ!」
流石に僕も片腕だけではホミカを抑えきることが出来なかった。「あっ」と僕が間の抜けた声を出したとほぼ同時に、ホミカは僕の腕をするりと抜けて、ほとんど殴りかかるようにして、キャトル目がけて疾走し――
「なーんてね」
――と、その直線的な突進をキャトルが交わしたかと思うと、彼女の手からモンスターボールは頭上高く放られ――
「巻き添えはごめんだわ」
「ハクロ!」
「はい!」
僕と少佐は、もしかすると繰り出されると同時に爆発してしまうかもしれないそのモンスターボールの衝撃に備えようと、モンスターボールを抜き取り、
「ジバコイル!」
「ハッサム!」
ほぼ同時にポケモンを繰り出し、各々自身も周囲に被害が及ばないように――また、僕は綺麗に突進を回避されてつんのめってしまったホミカを危険から守るべく、そちらに歩み寄った。
まさに、一瞬の出来事。
瞬間的な判断がいくつも下され、結果的に思考時間は延びたものの――実時間は一瞬。だからそう、キャトルの手からボールが放られ、それが落下するまで――否、落下が達成される前。まだ、僕らの頭上の高さにボールがあるときに、それは起きた。
「それでは皆様、ごきげんよう!」
キャトルの甲高い声と共に、宙を舞っていたボールは爆発した。いや違う。真っ二つに割れ、煙幕を噴出したのだ。まさに一瞬にして、サブウェイの前にある歩道は、煙幕に包まれた。まだ、サブウェイで起きた爆発も収まっていない時間だ。周囲はさらなる混雑に巻き込まれる。
「うぇっほ……おいハクロ! 大丈夫か!」
「大丈夫です!」声だけが唯一機能する。「どっちに行ったか一瞬でしたけど確認出来ました、すぐに追います!」
「よくやった! だが追うな!」
「はい! え?」
「追わなくていい! まずは安全を確保しろ! ホミカは無事か!」
「ごっほ……なんだよこれ」
「無事……無事です!」僕の左手はホミカの袖をしっかりと握っていた。「でも、あの二人、追わなくていいんですか!」
「今はいい。無事ならな」
少佐の落ち着き払ったいつも通りの声は、僕に落ち着きを取り戻させた。そう、まずは安全の確保、か。そりゃそうだ。せっかく爆発で死者が出ていない状況、これで僕が一人追いかけ、危険な目に――最悪死に至ったら、爆発を予防した苦労が無駄になるというものだ。
「ホミカ、大丈夫?」
「ってえし、けむいし……あいつらぜってえぶっとばす。理性こなごなにしてやっからな……」
「それだけ吠えられるなら大丈夫だ」
「……ちっ」
『霧払い』を覚えたポケモンはいなかったので、僕はホミカの袖を握ったまま、ただ煙幕が晴れるのを待った。眼球に痛みを与え、視界を奪い、呼吸を困難化させる非常に協力な煙幕だった。ただ、今は誰を責めるべくもない。少なくとも、サンクとキャトルはライモンを去ったはずだ。まずはそれで良かったと考えるべきだった。脅威は去った。今のところ。負傷者が出ないのが先決なのだと、誰に教えられたわけでもないのに、僕は安堵することになった。