ポケモン4。
23
「……だ、ださい!」
 思わず自分で自分を客観視してしまうほど、僕の現状はださかった。両肘を軽く曲げ、姿勢を正し、ダウジングマシン(という名の棒きれ二本)を並行に持って、慎重に慎重に、一歩一歩、ライモンシティ内にある建物内を闊歩していた。奇異の視線を向けられることはまあいい。それはまあ寛大な心を持って許すとして――しかしながら、他人の視線は許せても、自分自身がそれを許せていないというのが、一番キツかった。
「いやこれは立派な仕事なんだ……僕にはエリートトレーナーとしての自負がある……人々を危険から守るため、全力でやるべきことをしているんだ……決して現状に屈することはない。そうだろう……」
 そしてまた一歩一歩、慎重に慎重に、ダウジングマシンの揺れを確かめる。マシンっていうか、ていうか……! これよく考えたらマシンじゃないじゃん! 棒じゃん! ダウジングスティックか! いや、曲がっているところを考えると形状的には棒ではないのかもしれないけれど……それにしたってダウジングマシンという名称はない。精々、いいとこダウジングシステムだろ。名前負けもいいところだ。ていうか何かに勝てる要素が微塵もない。鈍器としての使い方も難しそうである。トンファーにすらならない。悲しみしか生まない物体である。
 そんな悲哀に満ち溢れた僕の後ろには、ハッサムがついてきていた。ボックスの中には他にも物理防御に特化したポケモンもいるのだけれど、万が一を考えると戦い慣れているポケモンの方が良いだろうし、タイプを持たない――あるいは『ノーマル』タイプに分類されるであろう――『大爆発』は、『鋼』との相性が悪いので、この選択となった。加えて一応、ハッサムの持ち物をジュエルから襷に変えてある。万が一、『大爆発』が一発で瀕死になってしまうほどの威力だった場合のための措置だ。まあ、『鋼』のハッサムが一発で落ちるなんてことはほぼないだろうが、用心に用心を重ねた形である。備えあれば憂いなし。いつの間にか僕は、そんなことを考える大人になっていたのだろう。
 そんなハッサムは今、僕と同じように、両の鋏を前に突き出して、ダウジングの真似事をしている。主人の真似事をしたがるのはポケモンの基本的な習性らしく、こんなに立派に強く育ったハッサムがそういう幼稚な行為をしていると、なんというか、可愛いというかマヌケというか、不思議な気持ちになる。
「……さて、しかし、入り込んだ施設はこれで四つ目か。恐ろしいほどに反応ってないものだな……一つくらい反応があってくれればこちらとしてもやりがいがあるっていうか、ダウザーとしての矜持みたいなものを持てる気がするんだけど……それに、ちゃんと何かに反応するのかどうか、ということがわかれば、そもそもこのダウジングマシンをどれくらい信用していいかの指数も見えてくる気がするんだけど……」
『ミュージカルホール』も『ビッグスタジアム』も『リトルコート』も目立ったものは発見出来ず、僕はただ変質者としての徘徊を全うした形になった。現在は『バトルサブウェイ』に来ているが……果たして戦果は出るのだろうか。無論、僕だってしたくてしているわけではないのだが……致し方ないだろう。目立った情報も入手出来なかったし、本当に、一体何のためにやっているのか、若干分からなくなりはじめていた。ダウザーとしての活動をはじめてもう一時間以上が経過している。羞恥は失われつつあるが、喪失感が徐々に大きくなってきていた。失うものが増えれば増えるほど、大人になったことを実感する。
「よし、これが終わったら休もう……ていうか、緑葉が持っていたような最新型のダウジングマシンを自分で買おう。流石にイッシュにも同じようなものが売っているはずだ。間違いない……最初からそうするべきだったんだ……どうしてこんな……馬鹿げたことを……いくら少佐のお墨付きだからと言って……そもそも少佐を信用したことが間違っていたんだよ……」
「……お兄さん、何してん」
 そんな声を聞いて。
 ふっと顔を上げる。
 ……サンクだった。
「……やあ」
「やあって……お兄さん、ホドモエに行ったんじゃなかったんですか」
「あー……そうね」
 さてここで選択肢がいくつか。
 基本的に、エリートトレーナーが事故や事件に協力するのは、ポケモントレーナーとして活動していたり、エリートトレーナーを目指す人間にとっては当然のことである(らしい)わけだし、サンクとは先ほどバトルをしたという仲であるので、「いやー、エリートトレーナーとして当然のことをしているまでだよ」と言っても何らおかしくはない。
 が、一応今は隠密行動中である。一般人を装っての行動中。こんなおかしな行動を取っていたとしても、その理由は言わない約束だ。しかし、こんなおかしな行動を取るような言い訳もすぐには思いつかない。僕はまず、何故今ホドモエではなくライモンにいるかということについて、正当化を試みた!
「……知ってる? 爆発のこと」
 さりげなく、会話の引き出しを開ける。
「はいはい、爆発ね。存じ上げておりますよーびっくりしたよー、ライモンで飯でも食おうとしてたのに、ドカーンってさ」
「ああ……そう言えば君、ライモンにいたんだっけ。直接被害には遭わなかったわけ?」
「そりゃねえ。で、お兄さんは?」
「あー……そうね」また少しだけ、嘘をつこう、と決めた。「僕が泊まってるホテル、まさに爆発が起きたところでさ。で、連泊中だったから荷物とか大丈夫かなと思って、一度戻ってきたんだよ」
「あ、なーるほど。いいとこ泊まってんだ」
「たまたまね。ていうか知ってるんだ」
「ああ、そりゃまあ、一応ね、宿泊施設の値段くらいは調べますよ、海外の人間だし。一緒にいたおねーさんは?」
「今は別行動中。危険だし」
「ふーん。で、一番聞きたかったの、その棒、何ですの?」
「ああ、これ? これは……」
 再び僕は考える。
 お茶を濁すのは得意だし、嘘をつくのもまあ苦手じゃないけれど……どんどん嘘で凝り固まっていくのは、僕はあんまり好きじゃないし、出来ればやりたくない。ここは勢いで押し切るのがベストな選択か。いっそ、彼を巻き込むくらいの気概を見せるべきなのかもしれない。
 何よりも強い嘘は、勢いのある嘘。
 そして嘘をついた人間のみが傷つく嘘こそが、強固であるのだ。
 ……さて。
 では、演者になるとしよう。
「……まさか君、知らないの?」
 若干、相手に対して引き気味に、僕は言った。
「え、有名なもの?」
「そっか……知らないのか。それはなんていうか、不憫だね。まあ、カロス地方の出身だというし、知らないのも無理はないかもしれないね。じゃあ、特別に教えてあげるよ。これね、ダウジングマシン。今日本で大流行中なんだよ。持ってない人はいないし、みんながこうやって棒を持ちながら歩いているんだよ。ジャパニーズトレンドさ」
 僕が言って、数秒の間。
 サンクは腕を組み、僕の持っている棒きれをしげしげ観察したかと思うと、ぽんと手を叩いて、バッグから、何かの柄のようなものを二つ取り出して、僕と同じように持った。
「これかあ」
「……え、それは何?」
「これもダウジングマシン」
 言って、
 サンクは、
 持っていた機械を起動した。
「起動すると、光が出る」
「うおおおおおおお!」
 すげえ!
 ビームが出た!
 機械からビームが出たよ!
「な……な、ええ! なにこれ!」
「これ、カロスのダウジングマシン。物に反応すると、先端の光線がクロスして、教えてくれるよ」
「なん……なんだよこれ……すげえ格好いいじゃん……どうすんの……どうすんの?」
「うーん……そっか、日本はレトロブームなのかあ。日本に行く前に知れて良かったよ」
「いや……そういうわけでもないけど……ていうかそれカロスにしか売ってないの? 僕も欲しいんだけど、お金じゃどうにもならない?」
「んー……売りたいのはやまやまなんだけど、これは便利だからなあ。多分イッシュには売ってないと思うよ。どうだろ、法的な関係で、使えない地域もあるし」
「ああ、なるほど。でもそれいいなあ……かなりコンパクトだね」
 実際、僕の持っているダウジング棒は、持ち手と反応する部分の比率が、一対三くらいなものだった。そう考えると、持ち手のみが物体で、それ以外の部分はビーム(恐らくホログラム)であることを考えれば、これは旅のアイテムとして常時持ち歩いても良いかもしれない。何よりスタイリッシュである。スタイリッシュなものは好きだ。
「で、そのダウジングマシンで、お兄さんは何をしてたんです?」
「ああ……まあちょっと、自衛かな。爆発とは何度か縁があってね、トラウマが蘇るから、爆発物があるなら先に除いておかないとなあと思って」
「ああ、なるほど。でもポケモンって反応するんです? 自分はよー知りませんけど」
「んー、どちらかと言うと、ポケモンが持ってる道具とか、モンスターボールに入っているなら、そのモンスターボールに反応するんじゃないかな、という淡い期待」
「あーはん。で、反応はあったんです?」
「いや全然。まあ僕が一人で自衛しなくても、ジムリーダーとか、サブウェイ自体も点検してるみたいだけどね」
 実際その通りで、先ほどからサブウェイ内には必要以上に駅員(と呼んで良いのか分からないが)が溢れていた。恐らくはライモンジムリーダーからの要請があったのだろう。
「そりゃまあ点検くらいはするでしょうけどねえ。しっかし、お兄さん、変な人だなあ。普通、ライモンから移動して逃げるでしょうに。わざわざ留まって自衛なんて」
「うーん、市民の安全を守るのも、仕事のうちだし。仕事というか、義務かな」
「あ、そっかそっか、お兄さんエリートトレーナーだ」サンクはなるほどと言った様子で頷いた。「ふうん、偉いなあ。やっぱ、エリートトレーナーともなると、意識が変わるってもんですか」
「そうだね。それに、エリートトレーナーとして権限を与えてもらってるんだから、こういうときくらい人の役に立たなきゃ、って思うよ」
「なるほどねえ、素晴らしいっすわ。まあ頑張ってください。応援してますから」
「ああ、ありがとう。そんじゃあ……」
 手を振りたかったけれど、ダウ棒を持っていた僕は精一杯の堅苦しい笑顔を持って、別れの挨拶と代えさせて頂いた。
 粗方見回ったところだし、僕もサブウェイの探索は諦めて、せめてダウジングマシンを新調しよう……と考えた。
 サブウェイの出口に向かおうとし、はて、サンクがどうしてここにいるのか、ということに僕はここまで思い至らなかった。自己弁護に必死だった、というところもあるし、あまり話を長引かせたくない……というところもあったけれど、サンクがいたのは駅構内。
 はてさて。
 電車に乗って別の地区へ移動する、というなら頷ける。爆発が起きた場所に留まりたくない、という心情からそういう行動を取ることもあるだろう。事実、ライモン在住の人間以外は、ほとんどが非難している現状だ。仕事の都合でやむなくライモンに留まっている、というような人もいるし、駅員さんのように、仕事を全うしなければならない人もいる。そして僕のように、自己防衛のためにポケモンを連れながら歩いているトレーナーがちらほら。それ以外には、一般人らしい一般人は、見当たらない。いたとしても、ようやく地下鉄に乗ろうとしているか、逆に騒ぎを知らずにライモンに来てしまったという新規の旅行者くらいのもの。
 となるとサンクの行動に、一瞬の違和感を覚えた。その一瞬の違和感が、亀裂の始まりだ。果たして僕は、ダウ棒をまとめてポケットに差し込むと、振り返り、サンクにまた歩み寄った。
「どうしました? 忘れ物?」
「なんでポケモンって知ってたんだ?」
「何がです?」
「爆発の正体」
「へー?」サンクはとぼけたような声を出す。「なんのことやら」
「ポケモンは反応するのか……って言ったよな、さっき。確かに聞いたぞ」
「……ありゃ、言ってましたか」
「言ってた言ってた」
「うーん、口が滑った」
「何を知ってるわけ?」
 サンクは腕を組んで、緩んだ口元を正そうともせずに言った。
「なーんでも」
 そしてサンクが指を手の中に突っ込み、指笛の要領で――実際には音は聞こえなかったが――何らかの合図を示したと同時に、
 サブウェイにあるひとつのホームから、爆発音が轟いた。
「……何した」
「なーんにも」
 サンクをじっと見据え、考える。
 僕が取るべき手段は、何なのか。


戯村影木 ( 2014/01/17(金) 22:32 )