22
「お話し中失礼します。あの、ジムリーダーにお話しがあるのですが……」
ライモンジム内にある事務所スペース。つい昨日もこの場所で歓談したのが記憶に新しかったが、その時とはまるで空気が違っていた。
ノックの音とともにやってきた男(恐らく警察かポケモンリーグ関係者だろう)が、そんな曖昧な表現で僕らの会話に口を挟むと、案の定――
「何かしら」
「はーい、なにかな!」
「おう、なんだ?」
「……あ?」
と、四者四通りの、実に分かりやすい、いっそ言葉だけで誰なのか分かるくらいに特徴的な返事があった。
「えっと……ライモンジムリーダー様にお話しがありますので、少しの間こちらに……」
当然、このライモンジムにおいて『ジムリーダー』と言えばカミツレさんのことだったのだが、今は大変珍しいことに、四人ものジムリーダーが一堂に会しているので、その呼び方は不適切だったと言えるだろう。とは言え、仕事の上では役職で呼ぶのは当たり前のことかもしれないし、例えばこの場で警察の方から『エリートトレーナー』と呼ばれたら、僕も緑葉も反応してしまう。それはそれで、役職というのも難儀なものだと思った。
「ちょっと外すわね」
カミツレさんが席を立ち、事務所から離れる。何やら連絡があるようだった。残された僕たちはもう一度顔を見合わせる。
三人掛けのソファが二つと、一人掛けのソファが二つ。計八人が座れる環境で、僕たちは話し合いをしていた。ローテーブルの上には人数分の飲み物と軽食。遊園地区域にあるファストフード店から提供されているもののようだった。量が量だったので全部は食べきれていないが、それでも話し合いをしながら、適度に食事も並行している。紙で包まれたハンバーガーを持つ少佐は、なんというか、非常に似合っていた。ステレオタイプな、アメリカンという感じ。BGMが陽気なロックだったら、事件後の作戦会議とは思えないだろう。
「まあとりあえずは様子見だろ」僕の隣に座る少佐が口を開く。北方のソファには、僕と少佐が隣合って座っていた。「まだ遊園地全体は調べられてないんだろうし、あのホテルの爆発はただの予行演習かもしれねえ。次にでかい花火があがるかもしれないと考えると、確実な安全性が確保出来る前に営業を戻すのは危ないだろうな」
「一見、なんの利益もなさそうですもんね」と、僕の対面に座る緑葉が言う。「愉快犯ならまだしも……でも、もし愉快犯だとしたら、ホテルより、遊園地でやりますよね」
「あたしもそう思うなあ」と、緑葉の隣に座るフウロさん。「そもそもさあ、そんな時限爆弾みたいなことしなくても、敷地内でポケモンを繰り出して大爆発を命令しちゃった方が、色々と楽だもんね」
「それにその方がよっぽどマシだよな」
足を組み、パーカーのポケットに両手を突っ込んで、フードで顔を隠していたホミカが言った。彼女は僕の左側、一人掛けのソファに座っていた。
「そうすりゃベトベトンが死ぬこともなかった」
「……ホミカの言う通りだな。こりゃとんでもねえ悪質な事件だ。人的被害がなかったと言ったって、ひとつの命が失われたんだ。野放しには出来ねえ」
「でも……少佐の意見は、様子見なんですよね」
「そうだ。犯人は許せねえし、見逃すつもりもない。が、ここで下手に騒いだり、向こうを刺激して事を荒立てるのも得策じゃねえ。今頃犯人は、望み通りの爆発が起きて満足してるはずだ。遊園地やホテル、特にジムの利用は、しばらく休むべきだな。俺たちは、水面下で調査をした方が良い」
「うーん、私もそう思うな。ライモンシティには痛手だろうけど、背に腹は代えられないよね」フウロさん、豊満なバストを支えるように、腕を組んでいる。「でも、ずーっと様子見ってわけにも行かないよね。どの辺までなら秘密裏に動けるかなあ?」
「現実的な案としては、俺らが動くことだな」
少佐の丸太のような腕にがっしりと肩を抱かれる僕。相変わらず、一切の無駄のない無骨な腕である。
「……ていうか、え、僕ですか?」
「カミツレもフウロもホミカも、イッシュじゃ知らない人間はいねえからな、公衆の面前で大っぴらに調べものや聞き込みなんかしてたら、刺激するしないの前に、都市部が混乱する。その点俺らなら動きやすいだろ。いや、むしろ俺が一番動きやすいんじゃねえか? こっちの人間だし、顔も割れてねえしな。日本語が喋れない一般人相手でも会話は出来るわけだ」
「あー……少佐はジムリーダーではあっても海外のジムリーダーだから、ですか。確かに、イッシュでは流石に知名度はなさそうですね」
「あとはハクロと嬢ちゃんに手伝ってもらうってとこだな。エリートトレーナーとしての情報収集だ。一般人を装って調査をしてもらいたい。いいか?」
「それは構いませんけど……ねえ?」
「はい。私たちに出来ることなら」
もともと、滞在予定を明確に決めていたわけではないし、せっかくの休暇が……とか思うようなことは一切なかった。むしろ、僕としても緑葉としても、エリートトレーナーとして、あるいは人として、こうしている方が満たされていると言って良かっただろう。
「つっても、何の手がかりもねえんじゃねえのかよ、おっさん」
「ん? 手がかりなら無限にあるだろう」
今までほとんど確信的な話をしていなかっただけに、少佐のその突然な物言いに、全員が困惑した。唯一少佐だけが、「なんだ、お前ら気付いてねえのかよ」とでも言いたげな表情をしていた。
「あー……今んところ一番期待してるのは、ベトベトンの個体から親IDが判明するってことだな」
「親ID……あー、そうか」
少佐の言葉でなるほど、と僕は頷く。親IDとは、野生で暮らしていたポケモンを捕獲したトレーナーや、卵から孵化させたトレーナーと、そのポケモンを繋ぐ識別番号だ。その識別番号は一度固定されると交換などでは変更されることはないもので、野生に還すという方法を取らなければ永遠に情報として生き続ける。加えて、野生のポケモンは人間の指示を受け入れないという基礎を考慮すると、『小さくなる』を繰り返し行い、『大爆発』を巻き起こし、爆薬を持たされていたベトベトンが野生のポケモンであるという可能性は、ほぼゼロ。死骸となってしまったヘドロから親IDが割り出せれば、重要な情報源となることだろう。
「親IDが犯人のものではないとしても、交換したトレーナー情報を渡って行けば行き着く……ですか」
「かもしれねえな」
例えそのベトベトンが交換に交換を重ねて犯人の手に渡ったポケモンであったとしても、親IDを持つトレーナーに話を聞いて、いつ誰と交換したのかを教えてもらえば――あるいはトレーナーカードを調べればその交換情報を知ることも出来る――時間はかかるかもしれないが、最終的な持ち主の元に行きつくのは時間の問題だ。
「だが、それが出来ないようにあんな手段を取ったんだろう」
「……胸糞わりぃ」ホミカが吐き捨てるように言った。「その情報を割り出せないレベルまで粉々にしようとしたってわけか」
「恐らくな。だが逆に言えば、それはトカゲの尻尾切りとは違うってことだ。割り出されたくないからあそこまでしたってことは、逆に言えば割り出すことさえ出来れば核心に近づける。まあ、それが無理だったとしても、一度はあの部屋に入らなきゃならんわけだから、監視カメラや、このホテルに入った客を割り出せば分かるはずだ」
「そう言えば、宿泊にせよ買い物にせよ、支払いってほとんとトレーナーカードですもんね……身分証明も兼ねてるし、宿泊なんてしたら、調べれば一発ですか」
「ああ。まあ、普段は個人情報を調べたりなんかしねーし、しちゃいけない決まりになってるけどな。緊急時ならジムリーダー権限で閲覧出来る」
「へー……」
「でも、海外の人のトレーナーカードだとちょーっと事情が変わるけどねー。ハクロさんたちには悪いけど、イッシュの人が起こした事件だってまっさきに疑うのも嫌だし、一応、空路の方も洗ってみようかな」と、フウロさん。フウロさんらしい発言だと思った。「マチスさんは、海路は調べられる?」
「んー……そうだな、一応、朽葉に連絡しておくか」
少佐が言う『朽葉』は、恐らく港町のことではなく、『朽葉財閥』を指すのだろう、と思った。関東御三家のひとつで、輸出入を稼業としているかと思えば、客船なんかの運行もしている。少佐は海外の海路事情にはそこまで権限がないだろうから、朽葉の力を利用するのが良いのだろう。
「……ああ、おっさん、鉄オタ二人とヤーコンのおっさんにも連絡つけられるか?」
何やら一人考え事をしていたらしいホミカが、ふっと呟いた。何か思いついたような雰囲気だった。
「ん? ヤーコンさんは知ってるが、鉄オタって誰だ?」
「サブウェイマスターのノボリとクダリ」
「ああ……あいつらか。あんまり面識はねーな。そいつらに聞きたいことでもあんのか?」
「ちょっと思いついたことがあってな。ほら……あれがベトベトンってのは、ほぼ確定なんだろ」
「らしいな。ベトベトンかベトベターか……それが?」
「ベトベトンは……ベトベターもだが、『小さくなる』は覚えても、『大爆発』は、自ら覚えることはないんだよ。親から遺伝させたってんなら別だが――基本的には技マシンの利用を頼ることになる。あたしもベトベトン育てたことがあるから分かるんだけど、イッシュで『大爆発』の技マシンを手に入れるなら、『PWT』か『バトルサブウェイ』の交換所しかない。イッシュの人間が犯人なら、交換履歴が残ってるはずだ」
「……なるほど」
少佐を含め、一同が大きく頷いた。ジムリーダーとか、エリートトレーナーとか言っていても、育てたことのないポケモンに対する知識は乏しいのが普通だ。カミツレさん、ホミカのことを『毒タイプのスペシャリスト』なんて言っていたけれど、それは煽てやおべっかなんかではなく、まんま言葉通りの意味であったらしい。
ベトベトンは『大爆発』をするというイメージがあったけれど――言われてみれば、自力で覚えることはない、のか。
調べれば分かることかもしれないけれど、こうもすぐに知識が飛び出てくるあたり、やはり毒使いという印象だった。
「そんじゃあそっち方面も洗うか……フウロ、サブウェイマスターと連絡取れるか?」
「んー、ノボクダさんたちは、カミツレちゃんの方がいいかも。代わりに、ヤーコンさんには私から連絡しておくよ」
「その方が良いか。あと足で調べられそうなのは……うし、情報収集しながら、ダウジングでもするか」
少佐はそう言ったかと思うと、部屋に持ち込んでいた荷物から薄型のノートパソコンを取り出し、テーブルに広げた。ついでに自前の携帯端末(C-GEARの一種だろうか)を取り出し、ノートパソコンに繋いで――あれよあれよと言う間に、二つの道具を取り出した。なんと、携帯端末を利用してネットに接続し、道具を取り寄せたらしい。科学の力ってすごい。まあその受取機能を搭載しているあたり、ノートパソコンはものすごく高いんだろうけれど……!
さてそんな取り出した道具。
ひとつは最新型っぽいデジタル機器。
もうひとつは――L字型の棒きれ二本だった。
「とりあえずハクロと嬢ちゃんは俺と一緒に他にも爆発物がねえか調べるとしよう。早速だが嬢ちゃんはこの道具を使ってくれ」
「はい……これは、えっと」
「ダウジングマシンだ。この、二センチくらいの棒が二本飛び出てる方を前に向けて持っていると、反応がある。待ってろ、今ダイヤルを……」少佐はそう言って、ダウジングマシンの設定をしていく。「よし、これでポケモンと関係のある物体に反応するようになった。嬢ちゃんはこれを持って、ライモン付近を散策しつつ、住民や観光客と世間話をしながら情報収集をしてくれ」
「はい、分かりました」
「遊園地区域やらホテルの内部は、もう他のやつらが同じ要領で調べてるだろう。市街地や、付近の道路を調べてもらうのが望ましい。言葉が通じそうなやつだけでいいからな」
「はい」
「よしハクロ……お前はこっちだ」
「はい……これは、えっと」
「ダウジングマシンだ。この、十センチくらいの棒が二本――」
「ちょっと待ってください」
僕は言葉を遮って、
ちょっと待ってもらうことにした。
「どうした」
「すみません、緑葉が借りたものと全く違う形状なんですけれど、同じ名前なんですか。どちらもダウジングマシンなんですか。この前時代的な形状の棒きれ二本が、ダウジングマシンだとでもいうんですか」
「そうだ」
断言された。
しかも極々まともに。
「いや、デジタルより頼りになることもあるんだぞ……? 設定とか何もねえから、落ちてるもんなら何にでも反応するけど、逆にどんなものにでも反応出来るわけであってだな」
「えっと……はい、これを、こう持つんでしょうか」僕は棒きれを二本手に持った。傍から見たら、とても滑稽だろうという光景がありありと浮かぶ。「どう使えばいいんですか」
「出来るだけ並行に、且つ感覚を適度に開けて、優しく持て。反応があると、棒が左右に分かれる」
「……実は棒の中に現代科学を結集した恐ろしい機械が詰まっているんでしょうか」
「ただの棒だ」
「…………オカルトじゃないですか!」
「馬鹿野郎! 古くは地雷探知にも使われた立派な道具なんだぞ! 実際に俺も昔から使って来てる! これはいわば当たり棒! 数あるダウジングマシンの中でも相当な発見精度を誇る逸材なんだよぉ! お前は今日からダウザーとしての生活を始めるんだ! 分かったか!」
「だ……ダウザー、ですか」
「ダウジングをする人のことをそう呼ぶ」
「分かりました……頑張ります。少佐が使ってきたというのは少々説得力を感じました。何しろ元空軍ですものね」
「軍時代には使わなかったけどな」
「くっ……」
真面目な話のはずが寸劇になりかけた少佐との会話が終えるとほぼ同時に、カミツレさんが事務所に戻ってきた。セーラー服の上に、どうやらポケモンリーグ関係者が着るようなジャケットを羽織っていた。
「あら子羊君……センスの良いものを持っているわね。嫌いじゃないわ」
「……ありがとうございます。少佐の私物ですけれど」
「すぐにしまって」
「はい」僕も出来ればそうしたいところだったので、颯爽とバッグにダウジングマシンをしまった。
「それで、話し合いは進んだかしら?」カミツレさんが一人用のソファに腰かける。「私の方では、やはり安全性を考慮して、今利用している宿泊客の方にはホドモエのホテルに移ってもらう方向で進めるように話し合ってきたわ。遊園地もしばらくは封鎖かしらね」
「まあ、妥当な判断だろうな」少佐が苦々しい表情で、ゆっくりと頷いた。「じゃあ、こっちで決まった話をさせてもらうぞ。カミツレ、お前にはサブウェイマスターと連絡を取って欲しい。バトルサブウェイの景品に『大爆発』の技マシンがあるだろう、あれを交換したトレーナーを洗って欲しいんだそうだ」
「技マシン64だ」ホミカが捕捉した。
「分かったわ。フウロちゃんは?」
「私はヤーコンさんのところに行って、『PWT』の景品について話してくるつもり。あと、一応空路でイッシュに来たトレーナーカードも調べてみようかなって」
「そう、分かったわ。こちらもホテルのリストを作ってみるわね。あとで照らし合わせて、合致する人物がいたら詳しく調べることにしましょう」
「だな。俺は海路を調べる。上手く朽葉に連絡がつけばいいけど、あいつらいろんなところ飛び回ってるからなあ……」
「あー……少佐の仰ってる朽葉って、『朽葉財閥』の朽葉ですよね。つまり朽葉乱麗さんですか?」
「ん……ああ」少佐は多少驚いたような表情で頷いた。「ハクロ、知ってたのか」
「ええ。名前だけは以前から知ってましたけど、ご本人も。昨日会いました、バトルサブウェイで」
「……そうか。その娘と一緒に、執事がいただろ」
「ええ。紅々とかいう」
「ああ……そいつらとは色々と繋がりがあるし、そういう調べごともしてもらいやすいんでな、頼もうとしてたんだが……昨日バトルサブウェイにいたってことは、今頃は空の上か?」
「ええ、今日中に日本に帰るみたいなことを言ってましたから」
「……そうなると、海路はちょっと時間がかかりそうだな。まあいい、出来るところまで自力で調べてみるか」少佐は短い金髪をかき上げて、溜息をひとつ、ついた。「今夜にでもまた集まって照合してみるか。警察は何をするって?」
「基本的なことは全て。とは言え、トレーナー情報は私たちが調べないとどうにもならないから、検証や安全確保をしてもらうくらいね」
「……そう言えばさあ」ホミカがのんびりとした口調で言う。「ベトベトンはどうなったって?」
「それについても、まだ調べてもらっている最中だわ。調査にはライモンのポケモンセンターの地下が使われているけれど……そうね、ホミカちゃん、行ってくれる?」
「ああ。あたしはそっちに行くよ。どうせバンド練習くらいしか予定もなかったしな。夕飯の頃にでも、またここに来ればいいか?」
「そうね、今から調べて……午後七時には何とか形になるかしら。その時もう一度報告をし合いましょうか。それまでに他のエリートトレーナーが捕まれば良いけれど、なかなかいないものね。子羊君と緑葉ちゃんに頑張ってもらおうかしら」
「はい」
「わかりました」
言われてみればそうだった。大規模な事件が起きて、現れたのは僕と緑葉だけ。まあ、それだけエリートトレーナーになるのは難しいというのもあるし、エリートトレーナーになるような人間は、修行に専念していて、人里にはあまりいないというのもあるけれど。
「よし、じゃあ午後七時にまたここに集まろう。俺とハクロと嬢ちゃんは足で調査、フウロとカミツレとホミカは、犯人の目星をつけてくれ。じゃ、解散するか」
テーブルの上の残ったハンバーガーをわしづかみにして、ノートパソコンと携帯端末を収納すると、少佐は素早く行動に移った。僕と緑葉も、ジムリーダーの面々に一度会釈をしたあと、事務所を出る。お互い、形状の違うダウジングマシンをバッグに忍ばせて。
「それじゃ……少佐はどこを調べます?」
「俺は先に海路だな。朽葉とも連絡を取る。多分警察連中も下調べくらいはしてるだろうから……役割分担しておくか。嬢ちゃんはライモンの街中を調べてくれ」
「ライモンシティ全体ですね。分かりました」
「俺はポケモンセンターで色々連絡を取らせてもらうから、何かあったらそこに来てくれ。しばらくは滞在しているはずだ」
「じゃあ……僕は建物内部を調べます。危険そうなのは、そこですよね」
「そうだな。ライモンの外は他のジムリーダーも警戒してくれてるだろうし、まずはライモンの安全を確保しよう。ああそうだ……二人とも、ポケモン出せるか?」
「あ……そうだ、ホドモエのポケモンセンターに預けっぱなしでした。慌てて向かってきたんで……」
「仕方ねえなあ……」
少佐は苦笑しながら、どこかに電話をかけたかと思うと、すぐに「ライモンのポケモンセンターで受け取れるように連絡しておいたぞ」と言った。なんとも出来る男である。
「ありがとうございます」
「何があるか分からねえから、調査中はボールから出して連れておけよ。特に防御の強いでかいポケモンにしておけ。お前らのパーティだと……効果的なポケモンはいそうにないからな」
「分かりました」
「ありがとうございます」
それぞれポケモンセンターに行く必要があったので、三人連れ添って、遊園地区域からポケモンセンターへ向かった。遊園地区域さえ出てしまえば、ライモンシティはほとんど平常通りに運行していた。遊園地がメインであるとは言え、バトルサブウェイやスポーツジム、バトル用の施設など、遊ぶ場所には事欠かない。それがライモンシティであった。
「しかし……ハクロや嬢ちゃんと、こうして正々堂々一緒に仕事が出来るってのは、なんだか感慨深いもんがあるなあ」
「仕事ですか?」
「あーそうか。これ報酬出るぞ、多少だけどな」
「え、そうなんですか?」と、緑葉。僕も心の中でまったく同じ感想を抱いていた。
「そりゃ強制じゃないのに力を貸してもらうんだしな。まあお互い休暇中に災難だったが、割とありじゃねえか、とも思うわけよ」
「逆にこんなことしてた方が、僕としては落ち着きますよ。休むの、下手みたいですし」
「俺もだ」
がははは、と、いかにも悪そうな笑い方をした少佐だったけれど、少ししてから、「本当に、成長したんだなあ」としみじみと言っていたのが、なんというか、とても重いようで、とても感慨深いようで、不覚にも、感情を刺激されてしまいそうだった。もっとも、今はそんなことを言っている場合ではない。僕たちは一刻も早く、爆発事件の犯人を捜さなければならない。あるいは、何故そんなことが起きたのかを、突き止めなければならない。
ポケモンセンターのドアをくぐったら、そうした感慨を捨て去って、仕事に専念しよう、と決めた。報酬が出ると聞いた以上、もはやそれは協力ではなく、仕事だ。
ふっと緑葉を見ると、緑葉も僕の視線に気付いたのか、こちらを見た。前を歩く少佐に気取られないように、僕と緑葉は、一瞬だけ、拳を突き合わせた。お互い楽しんでいるとか、お互い気にしていないとか、そんな感情を、知らせ合った。