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流石は都市部とでも言うべきか、僕と緑葉がライモンシティに到着した頃には、周囲には既に警察関係者がちらほら見受けられ、遊園地区域への入場制限、あるいは敷地内からの退場誘導を終えていた。ライモンシティ自体には大きな制限はかけられていなかったけれど、それでも住人や観光客は、自発的に目立った動きを取ろうとはしなかった。どちらかと言えば、ライモンシティの中心部にあたるサブウェイに人が集まっていて、この場から遠ざかろうという意識が見て取れた。
遊園地区域に向かうと、一度形式的に警察官に止められた。が、トレーナーカードを見せ、エリートトレーナーであることを証明すると、すんなりと通された。立ち入り禁止の黄色いテープをくぐり抜けて中に入る。僕らが想像していた以上に悲惨な光景が、そこには広がっていた。
「おお……今朝とはまるで別世界だ」
爆発が起こった場所がどこなのか、一目で分かった。僕らが宿泊した、ホテル。その中腹で、爆発が起きたらしい。僕らが泊まっていたのは最上階のVIPルームで、その辺りは無傷であった。まあ、泊まらなければ立ち入ることも出来ないような場所だ、最上階に爆弾を仕掛けられるはずもない。
「何があったんだろう……」
「テロ行為かな……ロケット団やギンガ団みたいなテロ組織が、イッシュにもいるのかもしれない。あるいは愉快犯か……心中って線もあり得るか」そうした考えがすぐに浮かぶのは、ここ数年での野性的な生活のおかげだろう。あるいは、その生活のせい、と呼ぶべきなのかもしれないけれど。「とりあえず、カミツレさんを探そう。多分、指揮を執っているのはあの人だし」
「うん」
遊園地の敷地内には、事件の舞台となったホテルの他にも、飲食店や売店がひしめいている。その中でも特に目立つのは、僕らも足を踏み入れた、ライモンジム。ジムとホテル、どちらにカミツレさんがいるのか一瞬考え、先にホテルへ向かった。流石に遊園地区域に入っている時点で普通の人間とは思われていないらしく、誰も僕らを制止しようとはしなかった。
ホテルに入ると、昨日も今朝も顔を合わせたフロントマンが一番に目に入った。通常業務同様にフロントに立っている。
「すみません、最上階に宿泊している空色ですが……ジムリーダーがどこにいるかご存じですか?」
「空色様……大変お騒がせ致しております。宿泊中のお客様には大変ご迷惑を……」
「ああいえ、それは別に。部屋には被害はなさそうですし、そもそも荷物もネット上に預けてあるんでもし何かあっても問題は……それより、今はエリートトレーナーとして何か出来ることがないかと思って、戻ってきたんですが」
「左様でございましたか。ジムリーダー様は爆発の起きた階におります。八階ですが、エレベーターにも爆発物が仕掛けられていないか調査しておりますので、エレベーターはご利用になれません」
「分かりました、階段で行きます。ありがとうございました。緑葉、行こう」
「うん」
ホドモエからライモンまでの全力疾走は多少脚に来ていたが、まだ悲鳴を上げるほどではなかった。階段で数人の警察関係者とすれ違いながら、会釈をされる。彼らも、エリートトレーナーが調査に関与することに慣れているようだった。
八階に到着すると、どの部屋が事件現場であるのかはすぐに分かった。人の出入りが激しく、ドアのない部屋がひとつ。カメラを持った人とすれ違いに部屋に入ると、非常に真剣な眼差しをした、セーラー服のカミツレさんと目が合った。とても不似合いな恰好ではあったし、もしかしたら仕事の最中だったのかもしれないけれど、その分、事の緊急性がより強く感じられた。
室内は滅茶苦茶で、焦げた匂いと一緒に、腐臭というか、汚臭というか……とにかく、何とも表現しがたい嫌な匂いで満たされていた。普通であればマスクをするか、そもそもこの場から立ち去りたくなるような空気だったのだけれど、今は普通の状態ではない。気にしている場合ではなかった。
「ああ……子羊君に、緑葉ちゃん。どうかしたかしら?」
「増援にきました」と、多少砕けた口調で応対する。「邪魔かもしれませんけれど、いないよりはマシかな、と。何かお役に立てますか? そうでなければ……」
「いえ、大助かりよ。特にエリートトレーナーは大歓迎」カミツレさんが周囲にいた制服を着た人たちに耳打ちすると、室内には僕たち三人だけになった。「ごめんなさい、座るソファもないのだけれど」
「大丈夫です」と、緑葉。「ベッドも椅子も机も……粉々、ですね」
「でも見た感じ……人的被害はないみたいですけれど」
「ええ。もともとこの部屋には誰も泊まっていなかったみたいね。廊下の監視映像を見た限りでも、今朝、宿泊客がチェックアウトして、そのあとはルームメイクのために人が出入りしただけで、目立った異変はなかったわ」カミツレさんは部屋をぐるりと見回して、溜息をついた。「当然けが人もいないし、家具と窓が使い物にならなくなったくらいで、大きな損傷ではないわね。遊園地がしばらく使えなくなるかもしれないし、ホテルの信用も落ちるかもしれないけれど――まあ、無事で良かった、と言って良いでしょうね」
「そうですね……」
僕は出入り口を振り返る。先ほどまで頻繁に出入りしていたはずの警察関係者が一切入ってこない。多少の違和感を覚える。
「えーっと……カミツレさん」
「何かしら」
「もしかして、人払いしました?」
「ええ……流石は子羊君ね、察しがいいわ」
「人払いですか?」
「そうよ緑葉ちゃん。ああ、誤解しないでね。あなたたち二人に何らかの疑いを掛けているというわけではないの。むしろ、エリートトレーナーのお二人に、聞いてみたいことがあったから、内密にお話したいな、と思って」
「聞いてみたいこと……なんでしょう」
「ポケモンの話なのだけれど……私たちジムリーダーは、当然ルールを守らなければならないわ。ポケモントレーナーの模範とならなければなりません。だから、例えば――ポケモンの技を人に利用したり、あるいは法律で許可されている技以外を、日常生活で利用することを禁止されています」
カミツレさんの言っていることは――つまり、こういうことだ。
僕たち人間は、ポケモンを利用出来る立場にある。モンスターボールという文明の利器を利用して、ポケモンを手なずけられる立場にある。が、それがすなわちポケモンと人間の力関係をあらわしているというわけではない。
その強大な力は、利用しようと思えば、いくらでも悪事に利用出来る。建物を破壊し、秩序を乱し、命を奪うことだって――容易い。人間のように脆く弱い生き物は、ポケモンの本気の攻撃で、いとも簡単に絶命する。
だから、ポケモンの技を日常的に利用することは、許されない。もっとも、中には特別に使用許可が下りているものもある。一般的にいう『秘伝技』や、あるいは限定した状況下でのみ使用出来る特殊な技。暗い夜道や洞窟内を安全に歩くために『フラッシュ』を利用したり、緊急時に通路を確保するために『岩砕き』を利用したりすることは、咎められない。まあ、地域によってはそれらを利用するために相応の実力――つまりはジムバッジの所持が義務づけられているが、ポケモンも人間も、プログラムではない、一生物だ。法律があろうが人の目があろうが、実際出来るのか出来ないのかで言えば、技を利用すること自体は、可能だ。
気にくわない相手に『破壊光線』を見舞うことだって、出来ないことではない。
人としては、あり得てはならないことだが――しかし、実行可能なことではある。
「……それは、生命の危機に晒されたり、正当防衛として使用する場合であれば、その限りではない……ですよね」
緑葉の捕捉に、カミツレさんは優しく頷いた。だんだん話が見えて来る。なるほど、今回の事件には、ポケモンが絡んでいるようだ。
「それを前提にして聞いてみたいの。私にはその経験がないし、もちろん、さっきまでこの部屋にいたような人たちの中にも、興味本位で法律違反を実行しようという人はいないみたいだし、いたとしても口に出すことはないと思うわ。さてそこで質問したいのだけれど……子羊君と緑葉ちゃん、どちらでもいいわ。バトル以外でポケモンに技を不正利用させたことって、あるかしら」
その質問は――だから、人払いをしなければならないような質問だったのだろう。
一般的に、こうした事件が起きた場合、真っ先に疑われるのはポケモンの不正利用だ。高価な爆薬や、専門的知識がなければ扱えないような代物を使用するよりも、ポケモンの力を利用した方が遥かに安価であるし、使用者も安全である。が、単純に法律という観点からをそれらを照らし合わせると、前者と後者では、罪の重さが違う。
ポケモンの不正利用は――命こそ奪われないものの、僕らポケモントレーナーにとっては、死刑にほど近いもの。
下される罰は、永久的なポケモンとの断絶。
未来永劫、ポケモンとの接点を持つことが出来なくなる。
加えて、もしも不正利用の結果殺人にまで発展した場合は、死刑か、良くて終身刑。一生をポケモンと縁のない監獄で送ることになるだろう。
それほどまでに、重い罪。
だから、定期的に沸くテロ組織たちも、犯罪行為に手を染めてはいるものの、意外にも、ポケモンの力を直接人間にぶつけてくることはない。きちんと、バトルという手続きを踏む。それはポケモンとの関わり合いが、ポケモンとの絆が、いくらこころに悪意を潜めようとも、ポケモンを犯罪行為に利用させまいという良心を刺激するから、である。
だから、ポケモンを不正利用するような人間は、ほとんど、人間ではないと言って良い。
そんな質問を――カミツレさんは、僕らに投げかけたのだ。
「参考にしたいだけなの。もししたことがあるのなら、話を聞きたいし、なければないでいいわ。もちろん、あったとしても、罪には問いません。安心して頂戴。誓約書を書いてもいいわ」
「私は……ありません」と、緑葉は言った。「使われたことなら、ありますけど……」
「使われたこと? ああ……そうね、緑葉ちゃんみたいな子は、そういうことがあっても、不思議ではないかもしれないわね」カミツレさんは少しだけ切なそうな顔をする。「じゃあ、子羊君はどうかしら」
「僕は――」
過去を思い返して、考えてみる。
何も知らなかった頃、
知ってからのこと、
そして、熟知したあとのこと。
同時に、自分の中で、その利用に悪意が伴ったのか――人道的であったのかどうかを、考慮した。
色々考えて、思い出して、巡らせ終えて――僕の中で出た結論は、
「あります」
だった。
緑葉はその答えに、反応を示さない。既に話したことがあったからだ。当然、そのときは叱られたけど。
「……そう、そんな感じはしていたけれど」カミツレさんもさほど驚いてはいないようだった。「聞かせてもらっても良いかしら」
「今の緑葉の発言と被りますけど……緑葉が襲われたときに、正当防衛的に使ったことがあります。まあこれは明確な不正利用とは言いませんけれど――それと、たまに、ポケモンに眠らせてもらったことがあります」
「催眠術を掛ける、というやつね」
「ええ。まあごくたまにでしたけど……最近は全然そんなことありませんけどね。寝付けない夜なんてほとんどないし……」
「どちらも、処罰の対象になりそうなものではないわね」
「でも、エリートトレーナーになる前に、一度興味本位で不正利用したことがあります」
「ふうん……どんな内容か教えてもらってもいいかしら」
「はい。ハクカ……えっと、僕のアブソルなんですけど、そいつに『剣の舞』を永遠に舞わせたことがあります。ポケモンの純粋な攻撃力ってのは、どのくらいまで上がるのか、と。技の強さというより、ポケモンそのものの物理的な攻撃力ってのが、どのくらいまで上昇するのかっていう。それで――もう、何度も何度も、それこそパワーポイントが切れるまで舞わせて、切れても回復しては舞わせて、これ以上は無理だってところまで上げて、その攻撃をばかでかい、『怪力』でも動かせそうにない、『岩砕き』でも壊せそうにない岩に向けて放ちました。結果はまあ、爆発的に上がったってわけではありませんでしたけど……それなりには強かったですね」
「なるほど、いい話が聞けたわ。まさにそういう話が聞きたかったのよ」
「そういう話……ですか?」
満足そうなカミツレさんの意図を理解出来ずに、僕は尋ねる。
「気付いているとは思うけれど、この部屋、とても嫌な匂いがするでしょう」
「ええ……そうですね、入ったときから」
「焦げた匂いだけ、って感じではないですよね」緑葉も最初から感じ取っていたらしく、溜まっていた言葉を吐き出すようにして言った。「腐っているというか、なんというか……複雑な匂いですね」
「まさにその通り。腐敗臭なの」
と言って、カミツレさんはテーブルの上に置かれていたビンを取り上げた。ビンの中には、黒く焦げた、元は紫色だったであろう塊。
「これ、ベトベトンの欠片よ」
「欠片って……」
「時に子羊君、『剣の舞』を何度も何度も舞わせた、と言っていたけれど……ポケモンにそうして、戦場以外で変化技を利用させることは不可能ではないのよね」
「はい。攻撃技であろうが補助技であろうが、関係ありませんでした」
「やはりそういうことみたいね」
「どういうことですか?」
「そうね、例えば……私の知る限りでは、もっとも小さいポケモンはバチュルで……日本には馴染みがないかしら? 電気石の洞窟に生息している電気虫ポケモンなのだけれど」
「ああ……昨日、一度見ました。確かに小さかったですね」
「平均して、背の高さが十センチかそこらというところね。それ以下のポケモンというのは発見されていないし、ポケモンとして扱われるかも微妙なところ。つまり、例えばポケモンが無人の部屋に放置されていたら、普通は気付く、というわけ」
「そうですね、森を歩いているだけでも、ポケモンがいればすぐ見つけられますもんね」
「でも、それがどうかしたんですか……?」
「無人の部屋で起きた爆発。これがポケモンによる爆発であると考えると、ポケモンがいなければならないわけよね。でも、この部屋には人の出入りがあった。そのときに気付かないはずがないのよ」
「それは……まあ、確かに」
「特にこのホテルにおいて、不十分な清掃に甘んじるようなことはないと聞いているし、私もそう信じているわ。そうなると、目に入らないか、あるいは気付かないくらいのポケモンでなければいけないの」
「……サイズが、小さい、と」
「ええ。それがこれよ」
と、カミツレさんはもう一度、手に持っていたビンを示す。
「可能な限り『小さくなった』ベトベトン」
「……ああ」
僕は理解した。それが聞きたかったのだ。それが実現可能かどうか、ということを、カミツレさんは知りたかったのだろう。ポケモンが、ポケモン同士のバトル以外で、自己変化を可能とするか――ということ。ハクカが『剣の舞』を誰にするでもなく舞うのと同じように、ベトベトンが『小さくなる』行為を、極限まで積み重ねられるのかということ。
「でも、それだけでこんな規模の爆発になりますかね……というか、ポケモンの爆発が、部屋を一つ吹き飛ばすほどの火力を出すとは……」
「それだけじゃないみたい。だから、普通の爆薬も利用されていたようなのよね」
「……それはつまり、爆薬をベトベトンに持たせていた、ということですか」
「そう。ポケモンの習性を利用したものね。持たせた道具も、収縮する。どれほどの爆薬が使われたのかはまだ調べている最中だけれど、相当な量であることは確かみたい。流石に匂いは監視カメラには映らないし、ルームメイクをした人も、気付かなかったみたいね」
実際それが可能かどうかと言えば――可能だろう。簡単な話だ。やること自体は、さして難しいことではない。しかしそこには良心があってはならない。爆薬が何かは分からないけれど、それを入手する必要もある。被害は部屋がひとつ潰れただけ。けれど、ベトベトンは恐らく――絶命したことだろう。ビンの中に納められた欠片が、それを物語っている。
「今後は、子羊君の話してくれた貴重な情報を元に捜査していくことになると思うわ。もちろん、出所は誰にも話さないから安心して。でも、それが実現可能であるというお墨付きにはなるものね」
「お役に立てるようなら……」
「色々と詰めなければならない情報が多いわね……今後、もしかしたら使いっ走りのようなことを頼むかもしれないけれど、いいかしら。せっかくの旅行中なのだから、無理に協力して欲しいとは言わないけれど」
「いえ……大丈夫です、全然」
「私も大丈夫です」と、僕も緑葉も、すぐに応じた。「それに、どのみちここには帰ってくるわけですし」
「それもそうね。あなたたちの部屋は無事だし、もうしばらくしたらホテルの封鎖も解けると思うけれど。日中の、ほとんど人のいない時間で助かったわね」
カミツレさんはビンを置くと、代わりに手首を返して、腕時計を見た。「もうそろそろね」と呟いたかと思うと、「子羊君と緑葉ちゃん、もう少し話したいことがあるから、ジムに行きましょう」と言った。
「何か役に立てますか?」
「ええ、もちろん。それにお腹も空いたわ、腹が減っては戦は出来ないものね、報告があるまで、少し休みましょう」
「また古風な言い回しを……とは言え、僕らも確かに昼食を食べてませんでした」
「それでホドモエから走ってきたのでしょう? 流石はエリートトレーナーね」
カミツレさんがよく分からない勢いだけの発言をし、部屋の入り口に向かって行く――ところで、逆に部屋に入ってくる人影があった。その巨体が何者なのか、部屋にいた全員がすぐに分かった。
「あれ……少佐」
「お、ハクロか。なんだ、ずっとホテルにいたのか?」
「いえ、ホドモエまで行っていたんですけど、事件があったって聞いて走ってきて……少佐こそどうしたんですか?」
「ああ、知らせを聞いて家から飛んで来た。ついでにちょっと寄り道してな」
そう言って、少佐が部屋に入ってくると、その後ろに、もう一人分の人影があったことに気付いた。こちらは少佐とは対照的に小さく、それが誰なのかも、僕にはすぐに分かった。
「あ……昨日の」
「ったく、まだ十二時じゃねーか……」
タチワキシティジムリーダー、ホミカだった。
寝起きなのか、髪型はセットされておらず、着ているものもジムリーダーとは思えない大変ラフな恰好だった。トレードマークとすらも思われた楽器も当然持っておらず、パーカーの両ポケットに手を突っ込んで、あくびをしている。
「ん……おお、昨日の伝説使いじゃん」ホミカは僕に気付くと、朗らかに言った。「なんだよこの騒ぎ。お前が犯人?」
「そんなわけないけど……えっと、何故ジムリーダーが勢揃いしてるんですか?」
「ホミカちゃんは私が呼んだの。毒ポケモン使いのスペシャリストですもの、協力を仰ぐには適任でしょう?」
言われてみれば確かに頷ける話だった。褒められたと感じたらしいホミカは、カミツレさんから視線を逸らし、「スペシャリストっつー柄じゃねえだろ……」とか、顔を赤らめながら言っている。が、僕は断言しよう。何が起きているのか理解していない彼女は、ベトベトンが不正利用され、その上絶命してしまったことを聞いたら、激昂するに違いない。
「えーと……それで少佐は」
「ああん? そりゃ当然仕事だ」
「他地方ですよね。ていうか他国ですよね。ていうか奥様は……?」
「俺にしてみりゃ日本の方が他国だぜ?」
「いやそれはごもっともですが……」
「なに、正直言えば、おまえらが泊まってるホテルってこともあって心配でな。あとホミカとも話がつけやすいと思ったんで、かっとんできたわけだ。こっちじゃ気になったら電話ってわけにもいかねえしなあ……それに、事件が起きてんのに家でぐーすか寝てたら、嫁さんに怒られちまうぜ」
「あー……そうですね、何らかの連絡手段は持つべきかもしれません。しかしそうなると、カミツレさん、少佐、ホミカ……と、三人のジムリーダーが勢揃いするわけですか。大事って感じがしますねえ……」
「そうでもねえぞ。隣町っつーか、近隣のジムリーダーが集結してるわけでもないからな。ジムリーダーにも持ち場がある。例えばライモンと隣接してるホドモエとヒウンのジムリーダーは応援にはこねえ。その周辺を警護しねーとなんねーからな」
「ははあ……よく出来てますね。つまり遠くの町から応援に来る方が効率が良いと」
「ま、そうなるわな」
「だからあたしもいるよーっ!」
「うひゃあ!」
いつの間にやら部屋に忍び込んできたフウロさんことダイナマイトボディが、緑葉に背後から抱きついていた。ああ……考えてみれば、少佐とホミカを連れてくるのはフウロさんの役目、なのか。少佐、「飛んで来た」って言っていたけれど、決して比喩表現ではなかったらしい。
しかしてこれでジムリーダーは計四名。確かにそれだけの規模の爆発だと言って良いのだろうけれど、昨日とさほど変わらない面子とは言え、この狭い室内にそれだけの実力者が勢揃いしていると、肩身も自然と狭くなるというものだった。
「それじゃあ、せっかく集まってもらったところ悪いけれど、ひとまずジムに行きましょうか」
カミツレさんの発言に、「あん? 現場検証とかいいのかよ」という悪態をつきながら、少佐は大人しくあとに続いた。フウロさんも緑葉の手を引いて、「まずは腹ごしらえだねー」とか言っていた。四人の背中を見送りながら、部屋に残った僕は、あくびをしているホミカと目を合わせる。
「あー……ジムリーダーなんて面倒くせえ仕事してるからこんな目に遭うんだ。寝たのは朝だったのによー……」
「それでもちゃんとその仕事をこなしているのは……立派だと、僕は思うけどね」
「褒めても何も出ねえよ」
さて僕も部屋を出よう――としたところで、「ん」と、ホミカの声が聞こえる。恐る恐る振り返る。案の定、ホミカはテーブルの上に乗っていたビンに視線を合わせていた。
カミツレさんたちと入れ替わるようにして、警察関係者が何人か入ってくる。箱やらカメラやらを持って、また何らかの検証を続けるのだろう。
「なあ、これなんだ?」
ホミカが、明らかに僕に向けて質問してきた。答えるべきかどうか迷ったが、どうせ数分後には知る運命だ。僕は覚悟を決める。
「それは……ベトベトンの、欠片です」
そのような言葉遣いはあり得ない、とでも言うように、ホミカは目を大きく見開いて、
「ん?」
と言った。
しかし、僕は言わなければならない。
「ベトベトンの、一部、です」
「……は?」
ホミカは僕とビンを交互に見つめ、もう一度、問うた。
「死骸、ってこと?」
「…………恐らくは」
「…………はっ」
ホミカは薄く笑って、
ビンを優しそうに見つめ、
激昂――するかと思いきや、その予想に反して大人しく、検証を続けるおじさんの一人の肩に手を置いて、
「なあおっちゃん、まだ回収出来てねえ欠片とかあったら、ちゃんと集めてくれな」
とだけ、言った。
そして、無言のまま、部屋を出て行った。取り残された僕が慌ててホミカを追うと、廊下をゆっくりと歩くホミカが、片方の手だけパーカーから出して、顔のあたりに添えていた。追いかけようと思ったけれど、僕は一定の距離を保って、その後ろを歩くことにした。毒ポケモン使い。一般的に言って、あまり歓迎されないタイプ。あまり好まれないタイプ。ではあるけれど、ポケモンの一種だ。ベトベトンや、マタドガスのように、一見して好まれにくく、パートナーとは成り得ないことの多いポケモンたちも、ポケモンには変わりない。ホミカはきっと優しいジムリーダーで、優しいポケモントレーナーなのだということを、僕は強く思った。
そして、不正利用されたポケモンがベトベトンであり、ベトベトンなら仕方ないか――などということを、ほんの一瞬でも、気の迷いであったとしても、思ってしまった自分を、強く恥じた。そういう僕が、ポケモントレーナーを、エリートトレーナーを名乗ってしまっていることを、強く、ただ強く恥じ、自分に対して、怒りを覚えた。