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どれくらい、話を巻き戻せば良いのだろう。旅人になってしまった僕の生活は、途方もなく変化をした。恐らく、事の起こりは……いや、そんなナンセンスな話はするべきではないのかもしれないけれど、実際のところ、僕がそうやって旅に出ることになった即物的な切っ掛けは、恐らく、紅蓮島で起きた、伝説のポケモンと対峙した事件だったのだろうと思う。
青藍兄さんに、淡水晶さんに、ギンさん。そんな三人のエリートトレーナーと出会い、彼らの戦いを見て、負ける気はなかったし、劣っているとも思わなかったけれど――その時僕は確実に、足りないな、と思った。僕自身に、まだまだ足りないものがある。とっても満たされていて、充足していて、充実していると感じていた僕ではあったのだけれど、それでも尚、まだ詰め込める部分があるんだと、思い知った。ポケモンバトルは奥深くて、到底辿り着けないような距離にあって、だというのに、誰でも気軽に行える。誰でも出来るけど、誰にも出来ない戦いがある。そんなことを考えた時、ふと、旅にでも出てみようかな、と、僕は思ったのだ。
そもそも、旅に対する抵抗感なんていうものは――両親の死、ぐらいなものだった。でも、それはあまりに強かった。船旅に行った両親が死んでしまったから、旅というものに、不安や恐怖を、抱いていた。けれど、紅蓮島に向かったことで、そうしたものに対する恐怖や怯えが、消え去った。いや、全てが根こそぎなくなったわけではないけれど――もしかしたら、単純に、欲求がそれらを上回ったのかもしれない。旅に出よう、とか、強くなろう、とか、そういうもの。夢を見たいと、僕は思っていた。少年らしい、純然な夢。そのために僕は、旅に出た。犠牲にしたものは多かったけれど、それでも得られたものは、思いの外多くて。そして、旅に出ても、失うものはないと気付いた。犠牲にしても、離れてしまっても、喪失なんて、程遠いんだって、僕は思い知った。
だから――
深奥地方を散策して、豊縁地方を観光して、上都地方を制覇して、関東地方を再見して。
三十一個のバッジを、集めきった。
旅の目的は旅そのものだったから、結果として、約四年間という、長い長い時間をかけてしまったけれど――まあ、それはそれとして。僕は全てのジムに、道場破りとして挑戦して、バッジを取得した。有無を言わせず、力押しで、その全てを果たした。
バッジケースも買った。
トレーナーカードも風格を帯びた。
まるでやる気がなくて、ただ生きているだけの、ハクロ少年は消え失せて。
僕はこうして、ポケモントレーナーのハクロとして、生活している。
正確には――まあ、エリートトレーナーなのだけれど。
それを自ら名乗ることは、あまり、しないでいる。
「しかし、まあ……」
グリーンに対しての挑戦だけは、躊躇しているのだけれど。
挑戦しない理由は単純明快、もったいないから、だった。実年齢二十一歳、僕より一歳年上で、しかし未だ現役で最強のジムリーダーであるグリーン。そんな彼に挑戦することを、僕は少し、もったいないな、と思ってしまっている。旅をするうちに常葉ジムの話を聞くことは多かったし、グリーンという名を耳にすることも、また多かった。だから旅の中で、僕はグリーンに対する尊敬や憧れの念を増やしすぎて、それに対してあっさり勝つのもつまらないし、まさか負けてしまうかも、という危惧すらあった。だから、なんだかすぐに挑戦してしまうのはもったいなくて、僕は未だに、挑戦出来ずにいる。
まあ、だから、そんなわけで。
僕は今こうして、イッシュ地方に、観光に来ているのだけれど。
「しかし、まあ……何?」
僕の独り言に反応を示した緑葉が、小首を傾げて、訊ねてくる。ホテルの食堂、バイキング形式の朝食を食べながら、僕と緑葉は、向かい合って座っていた。
「いや、なんか、平和だな……ってさ」
「イッシュ地方?」
「いや、僕たちが」
「そかな?」
「うーん、元々こんなだったっけ? いや、ここしばらくずっと、ジムに挑戦したり、トレーナーと戦ったり、野生のポケモンを調べたり……そういうことをしてたからさ。だからなんか、ものすごく平和だな、って思った」
「関東に住んでた時のハクロも、こんな感じだったけどねー」
「そう?」
「うん。私はなんか、こっちのハクロの方が馴染みがあるかな? 旅をしてる最中のハクロとは、あんまり会わなかったし。あ、でも、電話は結構してたか。うーん……どうだろう? 平和かな?」
「平和……だと思うよ」
ものすごく、
とてつもなく、
平和。
だからこそ、ちょっと、腑抜けてしまっている感は否めないのかもしれない。やり場のない高揚感というか、そういう類のもの。まあ、だからと言って、やることが変わるわけではないとは思うのだけれど……それでも。
長い間、ひたすらに、がむしゃらに、突っ走ってきて……それで、こうして、のんびりしていることが、罪悪感のようでもあるし、耐えがたいようでもあって。まあ、すぐに慣れるとは思うんだけどね。それでもなんとなく、変化を感じずには、いられない。
「ご飯食べたら、チェックアウトする?」
「んー、そうだね。どこか寄りたいところある?」
「あ、一回フレンドリィショップに行きたいかな。ハクロは?」
「ポケモンセンターかな……よく考えたら、誰にも何も言わずにイッシュに来たから、連絡取れなくて不安な人もいるかもしんないし」
ポケギアを取り出してみる。
表示は圏外。
「やっぱ、こっちじゃ使えないしね。ああ、こっちでも使えるポケギア、新しく一台、契約しておいた方がいいかな……イッシュはC-GEARだっけ?」
「あのねハクロ、ダメとは言わないけど、旅するようになってから、お金の使い方荒くなってない?」
「……そんなことないよ?」
もちろん大嘘だけど。
いや、だって――まあ。
父さんが残してくれた財産とは別に、自分自身で、これほどまでに、お金を稼げるとは――実際のところ、思っていなかったのだ。ポケモントレーナー同士のバトルで、こんなに賞金がもらえるなんて、実際、思っていなかったのだ。もちろんそれは、関東に住んでいた頃の僕はトレーナーカードを持っていなくて、だから戦いのあとに賞金を得るという行為をそもそもしたことがなかったからなのだけれど――
一番最初の戦いは、誰だっけ。
ああ、晶さんか。
淡水晶さん。
伝説のポケモン、スイクンを引き連れる、女性エリートトレーナー。随分前に連絡をした時、どこかの町で、講師として働いているらしいと聞いた。それは、ポケモンリーグ公認というわけではなく、民営のトレーナーズスクールなのだけれど、晶さんはそれでいいんじゃないのかな、という気がしている。下手にポケモンリーグと関わったら、スイクンが危ない気もするし。まあ、そんなこと言ったら、柳先生だって危ないんだけれど……あの人はジムリーダーだから、なんとかなるだろう。一介のエリートトレーナーとジムリーダーでは格が違うのだということを、実際にエリートトレーナーになってみて、僕は理解したのだ。
晶さんと戦ってから――四年か?
随分と長い月日が流れたものだ。
トレーナーカードを手にしてから初めての対戦で、僕は初めて賞金をもらって――二千五百円くらいだっただろうか――まあ、その辺は、どうやらトレーナーのレベル(あるいは格式)によって、自動的に決定される値段らしいけれど。つまりトレーナーカードをお互いに認識させることで、自動的に金銭のやりとりが発生する。それは所持金の量だったり、お互いの格差だったり、そういうものに応じてなので、実際いくらもらえるのか、いくら支払うのかは、戦いが終わるまで分からない。もっとも所持金が多ければ多いほど支払う金額が多くなるのは基本のようで、だから、結構ベテランで、お金持ちな感じの紳士なんかは、勝つと結構な賞金をくれる。それを狙った『紳士狩り』なる言葉が流行り廃れて久しいけれど――まあそんな感じで。
僕は戦いの度に、賞金を得てきた。
僕にはオーラみたいなものがないし、当初はポケモンも常に一匹しか携帯していなかったので、弱く見えるのだろう。
だから、よく勝負を申し込まれた。
だから必然的に、対戦回数は多くなって。
もらえる賞金も、増える一方で――
僕はトレーナーカードを取り出す。
現在の残金、実に、四百五十万円。
……。
……。
いやー、吐き気がする。
「どうしたの?」
「え、あ、いや……緑葉には話しておいたほうがいいな……あのさ、怒らないで聞いてくれる?」
「ハクロがそういうこと言うってことは、楽しい話じゃないんだね」
「いや、別に僕が悪いことしたって話じゃないんだ。ほんと、僕はもう緑葉には隠し事はしないって誓ってるから」
「ふうん? まあいいけど……どうしたの?」
「いや、ほら、僕のトレーナーカード……いつだったかな。結構前に、所持金、カンストしたじゃん」
「ああ……百万円だっけ? うん。ハクロ負けなしのくせに、お店で道具とか全然買わないもんね。そりゃお金も貯まるよって感じ」
「それがさ……これに気づいたの、ポケセンでトレーナーカードをイッシュ版に更新して、しばらくしてからだったんだけど……金額のところ、見てよ」
僕は緑葉にトレーナーカードを差し出した。
「……よっ」
「ん」
「ひゃく……」
「五十万円」言葉を引き継いだ。「あれだね、こっちだと表示の上限額が変わるんだね……まあ、上都で使ってた時、カンストしてても使えるから、ああ、表示されないだけで貯蓄はされてるんだな……と思ってたんだけど。まさか、約四倍もの金額になっていたとは、思わなくてさ……だからその、金遣いが荒いというよりは、あんまり持ってても怖いし、少しは使っておこうかっていう……」
「う、うー……」
緑葉はごそごそとバックから自分のトレーナーカードを取り出して、僕のカードと照らし合わせる。
「なんで私はいつもこんなに金欠なの?」
「いやでも、普通に六桁あるじゃん」
「それにハクロのは色も違うし!」
「いやー……あはは」
あははじゃねえけど。
格差社会、なのか?
こうした差というものが明確に見えてしまうというのも、どうなのかという気もするのだけれど。
「はあ……まあ、もう慣れたけどね。ハクロがすごいと、私も素直に嬉しいと思えるようになったし?」
ものすごく怒った笑顔で、緑葉は僕にカードを返してくれる。受け取る手が思わず震えてしまう。
「それは……どうも、ありがとうございます……ていうか、緑葉だってエリートトレーナーになってるんだから、別にいいじゃん」
「それはそうだけどさぁ……私、コネエリートも同然だから」
コネエリート。
説明しよう、コネエリートとは!
……多分、緑葉の造語である。
そもそも説明するならエリートトレーナーの定義から説明しなければならないのだけれど、早い話がトレーナーカードに星が一つでも付いていればエリートトレーナーである。だけど、この星をつけるのはとてつもなく難しい。取得方法は様々なのだけれど、その一つ一つを取得するのがとてつもなく異常なレベルで難しいのだ。いわく、ポケモン図鑑を完成させること。いわく、ポケモンリーグを制覇すること。いわく、バトル施設で優秀な成績を収めること、である。その他にも特殊なルールはあるが、正攻法ではその辺り。
そんなの制覇出来るはずもないだろう、というレベルなのだが、意外にも、そのどれか一つを達成している人は、結構な数、いたりするものだ。今思うと、トレーナーカードに星が二つついていた青藍兄さんは結構な実力の持ち主ということになる。どうやって取得したのかは知らないけれど、現に取得していたということは、何かを成し遂げたということなのだろう。
かく言う僕は、とあるバトル施設を一点突破して、星一つと、様々な人の力を借りてデータだけ登録し、上都版ポケモン図鑑を完成させ、星一つの、計二つ。
緑葉はと言えば――
「なーんかトレーナーって感じでもないし……」
とあるビジュアルコンテストで優秀な成績を収め、星一つ。
「いやでも……コンテスト優勝で星もらえるってことは、かなりその……大事な要素なんじゃない? ポケモンコンテストってのも」
「うー……少しずつ道を逸れているような気もするけど」
ポケモンコンテスト。
僕は参加したことがないので分からないけれど――まあ、観客としては、結構、親しみのあるものではある。何しろ、深奥で暮らしていた頃は、かなり頻繁に、足を運んだからだ。ポケモンコンテストは裕福層の社交場みたいなものでもあったので、幼い僕はスーツを着せられて、よく両親に連れられたものだ。
「それにコネったって、演技自体は実力でしょ?」
「それもまあ、そうなんだけどねー」
緑葉は未だに腑に落ちていない様子だった。
半年前くらいだろうか……緑葉がコンテストに出たのは。
性格や趣向がどちらかと言えば男っぽい緑葉は、日頃からそういうものにあまり興味を持っていなかったらしいのだけれど……十九歳になり、もう二十歳になってしまう! やばい! と色々焦りまくっていて、せめてエリートトレーナーにでもならなければ格好が付かないと思ったようで、このコンテストへの出場を決意した。僕から言わせれば十代のうちにエリートトレーナーになるやつなんて可愛げがないと思うので(僕は十七歳でエリートトレーナーになったけれど)、別にいいんじゃないかと思っていたんだけれど、まあ、七歳から旅をしている緑葉的には、かなり切羽詰まった情況だったらしい。
そんなわけで、色んなコネを使って(主に少佐を通じて)エリートトレーナーになるにはどうしたら良いかという相談をしたところ、その話が緑葉大好き枝梨花さんに伝わって、そこからどういう繋がりなのか(聞くところによるとお友達らしいのだが)、上都は浅葱のジムリーダー、蜜柑さんのところに伝わった。
ポケモンコンテストの常連である蜜柑さん。
そこから、ジムリーダーのコネみたいな感じで、事前審査をパスする形で、出場出来ることに相成った。
それがコンテストに出た所以である。
多分これが、青藍兄さんがいつか言っていた、太いパイプというやつだろう。まあ、コネはあったら使った方が良いという感じ。
蜜柑さん――僕は過去に一度面識があったのだが、緑葉はその時が初対面だったらしい。だから、蜜柑さんと木賊との関係性も、きっと知らないのだろうと思う。これは、蜜柑さんや木賊の名誉のために、いくら相手が緑葉だとは言え、墓まで持って行くべき秘密だろう。
そもそも、蜜柑さんの名誉のためというのなら、僕は蜜柑さんに対する偏見を、改めなければならない。今年の春頃、緑葉の勇姿を見ようと、深奥地方で行われることになったポケモンコンテストに向かった僕だが……なんの因果か、枝梨花さん、蜜柑さんというジムリーダー二人に囲まれて、特別席から舞台を見ることになった。運悪く深奥地方のジムリーダーことメリッサさん(名前の通り海外生まれ)も参加しているというとてつもなくハードルの高い大会だったのだけれど、まあ結果は緑葉が優勝したので割愛するとして――
その、演技中のこと。
枝梨花さんが席を外した、ほんの刹那の出来事。
「あの……ハクロさん」
蜜柑さんの名誉のために、言っておくが。
彼女は別に、悪人というわけではなかった。
「……はい」
「お久しぶり、です……」
「どうも。名前を覚えていただいていて、光栄です」それは実に四年ぶりの再会だった。「姥目の森以来ですか?」
「はいー……あの、その節は、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、まあ……気にしてませんけど」
「不思議な縁ですねー」
「ああ……それもそう、ですね。いや、今回は本当に、無理を言って参加させていただいて、というか……本来、色々、応募とかしなくちゃいけないんですよね? コンテスト、出るのも楽じゃないみたいな話聞きましたし……それをなんか、飛び入り参加させていただいたみたいで……」
「いえー……枝梨花さんも、優勝する見込みがない人は、推薦しないと思いますし……私も、見込みがなければ、応じませんからー……」
「あー……緑葉、喜ぶと思います」
そんな、当たり障りのない世間話をして。
核心を避けるような話をして。
「そう言えば、木賊君と、最近、会ってますか……?」
「いえ、最近は全然。あ、でも去年ばったり、豊縁で会ったかな……戦いませんでしたけどね。僕より遥かにでっかくなってて……成長期ってやつですかね」
「ですねー……私は結構、会うんですけど、それでも会う度におっきくなるなーって……あ、こんな話じゃなくて、えっと……」
のんびりした話し方をするなぁ、なんて。
そんなことを僕は思っていたと思う。
「セレビィのこと、本当に、ごめんなさい……」
「……いや、だから、気にしていないので、いいですよ」
「本当は、私が木賊君を叱らなきゃいけないのになって、思っていたんですけど……あの時は、私も少し興奮しちゃいまして、力になってあげたいなって思って……それで、なんだか、自分でもよく分からないんですけど、あんなことしちゃって……本当は、ジムリーダー失格なんですけど……追放されて、おかしくないような話なんですけど……マチスさんが、目を瞑ってくださっていて……だから、私、まだジムリーダーやっていて……」
「あ、ああ……」
そういう裏があったのか。
まあ確かに、あの事実を知るのは、僕と少佐だけ……なのかな。
「いえ、本当に、気にしてませんから。きっと、何か理由があったんですよね」
「え、はい……木賊君の夢を叶えてあげたいなあって……」
「あー……リーグ員、ですよね。まあ確かに、伝説上のポケモンは愚か、幻のポケモンを捕獲したなんてなれば……一発で就職決定ですもんね。未来永劫、発見者としての名前も残るわけですし……」
「そうなんです……」
「……まあ、いいですよ、済んだことですし。忘れましょう」僕は無理して、笑ってみせた。「本当に、気にしてませんから」
「優しいんですね」
「そういう人物像を設定されてしまうと少し困りますね……ああ、じゃあ代わりに、ちょっとお伺いしたかったんですけど……木賊と蜜柑さんて、どういう関係なんですか?」
「あ、保護者……」
「は、聞いたんですけど」
「はい……えっと、木賊君、捨て子だったので」
と、唐突に。
蜜柑さんはその雰囲気からは似合わないような汚れた言葉を口から吐いて。
「浅葱の灯台に捨てられていて……それで、私が育ててるんです……変ですよねー」
「……え、嘘ですよね?」
「本当ですよー……というか、あの……木賊君、ご両親も、もういないんですけど……あ、ご存じですか……? 浅葱の灯台って、自殺の名所なんですぅ……」
と。
蜜柑さんはやはり、口から汚い言葉を吐いて。
困ったように、微笑んだ。
「……置いていかれた子、ってことですか」
「はいー……あの、木賊君には、言ってないんですけど……もう、知ってるのかもしれないんですけど……数崎木賊って、本名なので、調べれば、分かっちゃうかもしれないんですけど……だから、ご両親は、いなくて……だから、私が引き取ったんです……」
「引き取ったって……別に養子ってわけじゃないですよね?」
「あ、はいー……だから、その、ジムトレーナーとして、働いてもらっている形になっています……」
雇っている、ということらしい。
ジムトレーナーとして、雇い、報酬を与えている。
だから、保護者。
あるいは、雇い主。
そんな簡潔な関係性。
ああ、だから、鋼タイプ。
そういやあのジム、ジムトレーナーいなかったよな……なんて、思いながら。
「……そうだったんですか」
「はい……だから、私、木賊君がどうしてリーグ員になりたいかっていうのも、すごく小さい時から憧れてるっていうのも、ちゃんと知っていて……あの、私のお世話にならなくても、一人で生きたいっていうの、知っていたので……だから、つい、肩入れしちゃって……でもそれって本当はいけないことだから……あの、ありがとうございます」
「……いや、ありがとうって……何もしてないですよ?」
「木賊君をちゃんと叱ってくれて、ありがとうございます……私はもう、きっと、木賊君を叱れないので……」
蜜柑さんはそして、年下で、地位としても目下で、どう足掻いても格下である僕に対して――頭を下げた。心の底から、礼儀を尽くしたような、そんな謝罪だった。
「本当は、すぐにお礼を言うべきだったんですけど……マチスさんから、そういうことはしなくていいって、釘を刺されていて……それに、一介のトレーナーさんに、ジムリーダーがわざわざ会いに行くのって、トレーナーさんに迷惑が掛かることが多いですし……」
「ああ……いえ、本当に、少佐の言う通りですよ」
というか、なら何故少佐は僕にこんなにも気軽に会いに来られるのかと不思議に思ったけれど……思い返して見ると、少佐が僕に個人的に会いに来る時って、意外にも、ちゃんとした理由があった気がする。でっちあげの理由だとしても、仕事に絡めていることが大多数。ああいうところ、ぬかりないよな……そして歳を取った僕は、そんな少佐を、素晴らしい大人だと思えるようになっているのだけれど。
「感謝の言葉は、きちんと受け取りました。僕こそありがとうございます。木賊を育ててくれて……というか」
「いえー……灯台は私のおうちみたいなものですから……」
「……あ、そうだ、そう言えばもう一つだけ、伺いたいことがあったんですけど、いいですか?」
「はいー……?」
「少佐……マチス少佐と結構懇意というか、親しいですよね? 関東と上都なのに……それ、結構、気になってたんですよ。えっと……少佐と蜜柑さんって、本当にコイル繋がりなんですか?」
「あ、いえ、アカリちゃん繋がりです……」
「アカリちゃん?」
「デンリュウです」
「あ、あー! なるほど! そういう繋がりだったんだ!」
なるほどね!
そう言えば浅葱の灯台にはデンリュウがいたっけ!
何だかんだ、デンリュウ、僕の人生に馴染みが深いなあ……なんてことを、考えたりもした。
「はい……アカリちゃん、身体が弱い子だから、マチスさんに色々お世話してもらっていてー……だから、マチスさん、とっても頼りになる人なので……もうマチスさんには迷惑かけないようにって、思ってて、だから、あの、今まで言えなかったんですけど……何かの縁で、またお会い出来たので、ありがとうございます……」
と、蜜柑さんは言った。
「あー……じゃあついでに、わがまま聞いてもらっていいですか」
「はいー」
「コンテスト終わったら、個人的にバトルしてください」
「あ、はい! よろしくお願いします」
と、まあ、そんな色々があって――
――なんの話だっけ?
ああ、そうだ。だから、そういう色々があって、緑葉はポケモンコンテストで優勝して、トレーナーカードに星をつけた。それを、緑葉はコネで手に入れた星だと思い込んでいる……らしい。もちろん、コンテスト自体に不正があったわけでもないし、緑葉のその星は、実力の賜物なのだけれど――今までポケモンに関する才能というものに触れ合ってこなかった緑葉には、ぴんと来ないのかもしれない。
緑葉には、そうした才能がある。
それを、僕は口にはしないけれど。
緑葉には、ポケモンを映えさせる力がある。
まだ、気づいてはいないようだけれど。
「でも、大きな前進でしょ」
と、僕は言った。
旅に出て、実際、ようやく掴んだ前進なのだ。
だからそれは素直に誇っていい。
「そのコンテストでだって、優勝出来ない人が大勢いるんだからさ」
「うん……そうだね。ぐちぐち言ったら、その人たちに失礼か……」緑葉はトレーナーカードを裏返して、微笑む。「でもさあ、イッシュ版は星ついてないよね。どうしてだろ?」
「あー、そう言えば。色が変わるだけなんだね。デザイン関係かな? まあ、シンプルでいいけどね」
「だねー」
「一枚あれば海外でもホテルに泊まれたり店で何か買えたり、良い時代だよ」
「本当にねー……トレーナーって特典多いよね」
一応、ポケモン図鑑の情報提供とか、バトルによる育成研究とか、そういう名目でトレーナーというものは生まれるらしいので、そのくらいの恩恵を与えても、問題はないように思うけれど。
「さーってと……そろそろ出よっか」緑葉はカードをバッグにしまい込んで、笑顔で言う。「スカイアローブリッジに行くと……矢車の森に出るのかな」
「姥目の森みたいなもんかな?」
「だねー。どうする?」
「んー……まあ、橋を渡りきるつもりはないしなあ……適当に橋を眺めて、またここに戻って……ホテルはここでもいいし、ライモンでもいいし、まあ適当に。今回は二人だしさ、色んなところで、いい場所に泊まろうよ。旅費は僕持ちって話だったしね」
「まあ、ハクロがいいなら、いいけど……」
緑葉は少し、恥ずかしそうな、困ったような視線を僕に向けた。どうかしたの? と訊ねないところが、僕が大人になった所以だ。そりゃあ、僕だってせっかく緑葉と二人きりなのだから、色々と、楽しみたいことはある。
「じゃ、そういうことで、僕はポケモンセンターに」
「ん、じゃあ……橋の前で待ち合わせ?」
「そうだね。チェックアウトしておくから、お先にどうぞ」
トレイを手に取り、立ち上がり、僕と緑葉はホテルを出る。
一緒に行けばいいんじゃない? なんて、誰かは思うのかもしれないけれど。
旅人同士は、結構、個人行動が気楽でいい。
◇
ここら辺で少し自慢話をさせてもらおうと思う。
はっきり言うが、緑葉は可愛い。
これは幼なじみフィルターを外しても揺らぐことのない意思である。というのも、少々、忘れがちであるけれど――イッシュに来て、明確に思い出したことが一つ。
緑葉は、ハーフなのである。
緑葉の父親であるところの緑青さんは屈強な船乗りであり海の男であるが、その奥さんであるアイリスさんはイッシュ生まれイッシュ育ちの、線の細いものすごい美人である。二人がどうして惹かれ合い結婚することになったかはよく知らないのだが、多分、緑青さんが海の男だからだろう。海外に仕事に出ることも多くある、と言っていた。それが原因であろうと思われる。
そんな二人の愛の結晶であるところの緑葉は、まあとにかく整った顔立ちをしている。決して日本人離れした顔立ちというわけではないのだけれど、個々のパーツが秀でているのだ。目が大きくて、鼻が高くて、笑顔がよく似合う。そんなわけだから、緑葉は美人である。成長するごとにその魅力は増す一方で、はっきり言って緑葉と幼なじみというだけで僕は勝ち組だろうと思うほど、十九歳現在、緑葉はとても美しく、艶やかに、女らしく、成長した。
わけだが――
「だから、あのさあ緑葉、もう少し危機感ってものを持とうよって……僕は思うわけだけど」
だからこそ――というべきか。
人目は引くわ、ナンパはされるわ、襲われそうになることも幾度となくあって、緑葉は一人で見知らぬ土地を歩くと、大抵の場合、危ない目に遭う。まあ、もう慣れたものなので、僕も対処は迅速に出来るようになったのだけれど――というか、そもそも緑葉のポケモンたちが緑葉を守ってくれることが多いのだけれど。
今回はそれより早く僕が気づいたので、能動的に助けてみた。
まったく世話が焼けるお姫様だ……とかなんとか。
「うー……ごめんなさい」
ヒウンシティの、路地裏。
薄暗くて、人気のない、負の感情が累積してしまったような、そんな場所で。
「まあ、無事だったから、いいんだけどさ……」
例によって、不届き千万な男には眠ってもらっている。
うーん……お国柄、こういう危険が多いんだろうか。
「歩いてたら、突然腕引っ張られて、気づいたら、連れ込まれてて……」緑葉はしかし、もう危険に慣れているからか、怖がってはいるものの、冷静だった。「こんこんにお願いするよりも、ハクロが早く来てくれて助かったかな」
「いつ以来だっけ」
「何がー?」
「緑葉が襲われたの助けるの」
「うーん……関東? 五年前くらい?」
「ああ……もうそんな前か」
ふっと記憶を遡りながら、僕は緑葉の手を引いて、路地から抜け出すことにした。不埒な男を眠らせたダークライは、影しかない路地で居心地良さそうにしていたけれど、僕が動き出すと、追従するように、ボールに自分で戻って行った。
「緑葉はねえ……もう少し美人っていう自覚を持った方が良いよ」
「うー……美人ですかね」
「お互いほぼ二十歳で……まあ、付き合いも長いし、僕も女性のなんたるかというのは理解しているつもりだけど――まあ一応、ポケセンとかで美容と健康には気をつけているんだろうけど、それでも――幼い頃から旅に出てて、これだけ良い方向に育っているわけだから、それは元が美人ってことなんじゃないの。だからさ、もう少し自覚を持ちましょう」
「……うん。でも、一応、気をつけてはいるんだけどなぁ……女の子はか弱いわけですよ」
「ポケモン連れて歩いたら? いつもボールにしまってるから、目を付けられやすいのかもしれないし」
「うーん、それもそうかなぁ……でもそうなるとポケモンが危ない気もするし……」
「緑葉が危ない目に遭った方が、ポケモンも悲しむよ」
「はあい……」
本当に、危機感のない娘だ。
気が重い。
彼氏――と、自分のことを呼んで良いのか分からないけれど。
パートナーとしては、気が重い。
天真爛漫というか、なんというか。
まあ、実際に襲われたとかそういうことはないので、本気で心配しているわけではないのだけれど……というのも、緑葉のポケモンたちは心の底から緑葉に懐いているので、危険が迫ったらすぐに助けに向かうだろうという安心感があるからなのだけれど。
まあそれでも、危惧はするよ。
少しは自覚を持って欲しいと、自分自身を自覚していなかった僕が思うのだから、歳月って恐ろしいものだ。
僕は緑葉の手を引いて路地を出て、ヒウンシティの港方面に戻って来た。ここから東へ進むとスカイアローブリッジへの連絡路があり、南下すると僕たちがやってきた港がある。日本ならリニアなんかでの移動が基本となっているけれど、流石に海外までは船を利用しなければいけない。僕たちは朽葉港からヒウン港まで、実に十日ほどかけて、やってきたのだ。まあ、飛行機を使う手もないではないのだけれど、たまにはのんびりということで、僕と緑葉は船に乗ってやってきた。ある種、僕への戒めという意味でも、あったのかもしれない。船での長旅。それを経て、僕は確実に、過去の闇と、向き合うことが出来たと思う。
だから、それは――とても大切なことで。
とても重要な時間だった。
「あ、こんなのあるんだね」と、緑葉は唐突に、港にあるポスターに目をつけた。「ロイヤルイッシュ号だって」
「何それ?」
「うーん……遊覧船みたいだね。夕方から乗船出来るみたいだよ。ポケモンバトルのおまけつきで千円だって。勝てばお釣りが来るね」
「夕方……ああ、でも、夏時間だから、十九時からか」
「あ、そうか……じゃあ、遅くなっちゃうかな?」
「緑葉、乗りたい?」
「うーん、それもあとでゆっくり決めよっか」
緑葉は笑顔で言う。
今は観光しているんだから、とでも言うように。
「そうだね。それにしても、ふうん……船内でバトルが出来るんだ。どこも船ではバトルが基本……えっ!」
「どうしたの?」
「賞品が碇饅頭なのかよ!」
そのポスターに、僕は『いかりまんじゅう』の文字を見つけてしまった!
どういうことだ!
海外なのに!
「わ、本当だ……流石に海外だからひらがなにルビ振って書いてあるけど」
「つーか他にも色んな銘菓が……うわー……これ日本産ばっかりだよ。ていうかなんで不縁煎餅はこんなに賞品として出回っているんだろうか。人気ないのか?」
「うーん……乾物だから?」
「ああ、有り得そう……そうか、羊羹と饅頭は日持ちしないしな……へえ、ああでも、碇饅頭は土曜日限定なのか。今日は……火曜日だっけ? じゃあ、食べるのは絶望的だな。残念だ」
「でもまさかこんなところで上都の銘菓に出会えるなんてね」
「本当にね。結構、イッシュ地方だけに限定してみると、生活スタイルも日本とあんまり変わらないのかもなぁ。町並みは全然違うけどね。蜃気楼でも見えそうな感じだし」
「ビル多いよねー」
「ね。黄金とか山吹が小さく見えるくらいだ。結構、嫌いじゃないなあ……僕、こういう都会好きなんだよね」
「田舎生まれだから?」
「育ちも田舎だしね」肩を竦めて見せた。「まあ、お上りさんに見えないように、僕たちもそろそろ行こうか……っと」
「ウップス」
歩きだそうとして、ぶつかって。目の前に、外人さんが立っていることに、僕は気づいた。外人さんという呼称、あまり好ましくないのかもしれないけれど……なんてことを思いながら、素早く「エクスキューズミ」と口にして、相手を見上げて――
「ハーイ! ワッツァップハクロボーイ!」
「えええええええええええええ!」
驚愕した。
えええええええ!
ど、どういうことだよ!
なんで見覚えのある外人がここに!
「あれっ、マチスさん!」
「んおおおおお! 嬢ちゃん久しぶりだなあ! エリートトレーナー昇進おめでとう! 直接会うのは二年ぶりか? いやー綺麗になった! もう十八歳超えたか? ハクロが二十歳だもんな、そうだよな。よし、おっさんと仲良くしよう!」
「――っざけんな! ていうか、ちょ、なんで少佐がここにいるんですか! ここに来たこと、僕、誰にも言ってないはずですよ!」
「んー、でも俺にかかれば朽葉の出港記録とか調べるのは朝飯前なんだよなぁ。つーかそれが仕事だしなあ。名簿に懐かしい名前があったら、気になっちゃうだろ?」
「最低だ……最低だよこの人……」
「え、でも本当、どうしてマチスさんがここにいるんですか? 調べられるのは、分かるんですけど……」
「あー、実は有給溜まってて、休み取らないと怒られるもんでなあ」少佐は暢気に頭を掻いていた。「それに最近、仕事忙しくて嫁さんにも会ってねえし、なんかハクロがヒウンに向かったらしいから、来た」
「来た……じゃないですよ!」
「有給ってそんなに長いんですか?」
と、緑葉が訊ねる。
暢気な女の子だ。
「ん、どうしてだ?」
「あの、私たち、船で十日もかかって来たので……マチスさんも同じくらいかかったのかなって」
「ああ、俺、飛行機だから。明け方に出てさっきついた」
「飛行機だと!」
「ああ。俺、元空軍だしなぁ」耳をかっぽじりながら少佐は言う。「自分でジェット機飛ばしてきたんだよ。お前ら知らないだろ? 朽葉港の辺りって滑走路あんだぞ」
「もうなんでもありかよ!」
「いやまあ、仕事のついでみてーなもあるんだけどな。色々理由が重なって、まあ最近ハクロとも会ってねえし、嬢ちゃんも一緒だっつーんで、からかいつつ……嫁さんにも会いつつ……それに、イッシュ地方のジムリーダーとも交流しとかねーとな? ほら、俺こっち出身だろ?」
と、言われて――ようやく、僕はそのことに、思い至った。
「あ、そう言えば少佐、イッシュの出身なんですか?」
「んにゃ、俺はもっと南だ。けどまあ、家はイッシュにあるぞ。嫁さんの両親はイッシュに住んでてなー。俺は単身赴任だ」
「へえ……ってか、前から思ってたんですけど、奥さんを関東に連れてくればいいんじゃないですか?」
「んー……俺結構あちこち飛び回るし、ジムの仕事で家開けること多いしな、どうせならお互いに自分の人生を楽しもうってのが俺んちの方針だ。それに、嫁さんの両親も気が楽だろ」
「へー……結構色々あるんですね、少佐も」
「もうそろそろ四十だしなぁ」悲観しながら、少佐は言った。「はあ、お前らが歳を取っていくのが辛いよ」
「まあそういう話は置いておいて……それにしても、よく僕らが見つかりましたね」
「それはまあ、勘だ」
「相変わらず簡潔なことで」
「イッシュはよく知ってるからな、俺は。庭みたいなもんだぞ? 観光客がどの辺でうろついてるのかっつーのは、まあ、大体分かる。大抵二日三日はヒウンをうろうろするもんだ。んで……お前ら、どれくらいこっちにいるつもりだ?」
「え、あーいえ……まだ全然決めてません」
「ん、そうか。これからの予定はどうするんだ?」
「スカイアローブリッジに行こうと思ってるんですけど」と、緑葉が言う。「マチスさん的にオススメな場所ってありますか?」
「あー、スカイアローブリッジかぁ。確かにいい景観だが、あそこ行くなら夕方の方がいいぞ。丁度ほら」少佐は僕たちが先ほどまで見ていたポスターを指差す。「このな、ロイヤルイッシュ号が遊覧してる時に橋を歩くのがサイッコーだ。夕焼けも綺麗だしなあ。だから、どうせ橋見るなら夕方にしとけ」
「へえ……少佐、本当に詳しいんですね」
「退役してしばらくはイッシュに住んでたからな」
「へー! そうなんですか! なんかマジで海外の人なんですね少佐! ちょっと尊敬してきました!」
「おう。つーか俺を何者だと思ってたんだよ……んじゃ、どうせなら俺と観光に付き合えよ。どうせ一ヶ月くらいいるんだろ? 俺は一週間くらいで帰るからなー。どうせ観光つっても、あとはライモンに行く、くらいしか目処が立ってねーんだろ?」
「ぐっ……」図星だった。「否定はしません」
「あ、でも、奥さんはいいんですか?」
「ああ、家には帰るつもりなんだけどな、突然だったもんであっちも出かけてるらしくてなあ。今俺、暇なんだわ。だから俺の暇潰しに付き合えよ」
「僕らの邪魔をして楽しいんですか……!」
「んなこと言ってよお」
少佐は僕に肩を組んで、耳打ちしてくる。
「どうせ昨日は嬢ちゃんとお楽しみだったんだろう?」
「くっ……この変態おやじめ……」
「安心しろよ、夜までには帰すからよ」
「いやいや、そういうことじゃなくてですね……」
ていうかもう、緑葉との関係もバレバレなのか。
……まあ、年頃の男女が同じ部屋に泊まってたら、そう思われて当然か。そういう関係じゃない方が、よっぽど異常っていうか――どんだけへたれだよ、って話になるか。
うーん……気恥ずかしいような、そうでもないような。
少佐って不思議な人だ。
「どうかしました?」
「あ、え、いやっ、なんでもないなんでもない」
純真無垢な瞳で不思議そうにしている緑葉が憎い。
ったく……少佐って軽薄だけど、こういう話題、男にしか振らないよなあ。そういうところが、嫌われない秘訣なんだろうか。
「さて、そんじゃいっちょ、イッシュ地方の観光と行くかぁ」
「はーい。よろしくお願いします!」
「おう!」
と。
まあ、多少の不具合は発生してしまったけれど。それでもまあ、別にそこまで嫌ってわけではなくて。久しぶりにこうして会った少佐と、今まで通りに話せたことも、それなりに、嬉しくて。
だから――まあ。
僕は決して、少佐との再会が、嫌ではなくて。
「よろしくお願いします」
と、殊勝にも、少佐に頭なんか下げたりしてみた。