12
『バトルサブウェイ』の戦闘システムが、通常のポケモン同士の戦闘と何が違うかと言えば――そのダメージ量が数値化されている、というところが、最も大きい変化だろう。
もちろん、僕はポケモンの状態を見ただけで、一体どの程度のダメージを受けたのか、ということを判断することは出来る。朽葉でのんびりと暮らしていた頃は、何割程度のダメージを負ったのか、ということが分かる程度だったが、最近は旅の成果もあってか、注視すればかなり正確に判断することが出来る。もちろんそれは自分のポケモンに限ったことであって、相手のポケモンは未だに何割程度、というくらいしか判断出来ないのだけれど――まあそれよりもさらに確かな数値として、この『バトルサブウェイ』で利用されている装置を利用することで、その『ダメージ量』は、明確な形で数値化され、確かめることが出来る。
あるいはこれを利用することで、通常の戦闘においても、その数値化に慣れることが出来るのかもしれない。緑葉を含め、ポケモントレーナーの大半は、そんなチートじみた能力を扱えない。しかしながら、この『バトルサブウェイ』の中では、はっきりとした形で、それを知ることが出来る。
ほとんど、ゲームと言っていい。
レベル五十、フラットバトル。
完全ターン制。
加えて、恐らくは不正を封じるためなのだろうけれど、どの技を利用するのか、ということを、予め装置に入力する必要すらある。『ダブルバトル』というルールだからというのもあるのだろう。四匹のポケモンが行動するのだが、必然的に『ダブルバトル』では、行動順が四順目、ということもあり得る。それまでに三種類の行動が行われたら――その結果によって行動を変えたいとも思うし、実際、変更するまでの時間的余裕が生まれてしまう。もちろん――真剣勝負なのだから、不正をしてまで勝ちたいなんてトレーナーがいるとは思えないし、そんな考えじゃあ、高みには到達出来ないとは思うけれど、それでも念のためということなのだろう、『後出しじゃんけん』にならないよう、そのターン内の行動は、予め決めておく必要があった。
「……ピカチュウと、カイリューか」
そんな性質であるから、必然的に、対戦には時間がかかる。ペア同士、二人で相談しあって、予めどんな行動をするかを決めなければならないからだ。お互いに身を寄せ合い、耳打ちをするようにして、話し合う。
「これ、ピカチュウを狙った方が良いよね」
「だね……緑葉のキュウコンも僕のハッサムも、カイリューに有効な攻撃手はないし……かと言って、二匹で狙い撃ちするほどのポケモンじゃあないしなあ」
「ピカチュウ?」
「そう。いくらレベルが高いとは言え、進化前のポケモンだ。きっちり育ってる進化ポケモンの攻撃を受け切れるとは思えないし……ましてや、ピカチュウは防御面に乏しい」
「なるほど」
「けど――それは逆に言えば、ピカチュウは優秀なアタッカーなのかもしれない」
「アタッカーっていうのは……攻撃専門ってことかな?」
「うん。もしかしたらこの人たちは、この『バトルサブウェイ』用にポケモンを育てている人たちなのかもしれない。僕たちみたいに、普通のバトル用に育てているんじゃなくて、野生戦とか、トレーナー戦とかは考えずに、このリセット前提の戦いのために育てている、っていう感じ」
「戦闘意識バリバリって感じ?」
「かもしれないね。まあ、ピカチュウなんて使うあたり、まさにって感じだけれど――」
ピカチュウは――当然、有名なんて言葉じゃ片付けられないほど、人気のあるポケモンだ。その愛くるしい姿や、可愛い鳴き声、そして、『雷の石』でしか進化しないことから、未進化状態で使うトレーナーも、結構多い。
その際に重要になってくるのが、持ち物の選別。普通の電気タイプであれば、『磁石』を使ったり、僕や緑葉がしているようにジュエルを持たせることもあるだろうけれど――ことピカチュウに関しては、『電気玉』という特殊な物質との相性が良い。
そもそも、この『電気玉』というものは、ピカチュウ自身から生成されているという説もある。だから当然、ピカチュウに効果をもたらす。その効果の具体的な例は――ピカチュウの攻撃力を底上げする、というもの。あるいはそれは、増幅器のような役割なのかもしれない。だから、ピカチュウを利用しているトレーナーがいたら、一も二もなく、『電気玉』の存在を疑う必要がある。
「もし『電気玉』を持っているとして」
「うん」
「彼らが強いトレーナーだと仮定して――まあ、六連勝している時点で強いとは思うんだけど」
「仮定して?」
「その力量を図る意味でも、試してみたいことがある」
僕は――まあそこまでする必要もないんだけれど――相手に声が届いていないとも言い切れない現状、その極秘に極秘な『初手』について、注意深く耳打ちした。
「……ええー」僕の提案に対し、緑葉は驚いているのか呆れているのか、少し乗り気ではない反応を示した。「そんなことするかな?」
「割とあるんだって、強い人の戦いだと」
「うーん……まあ、ハクロが試したいならいいけど。失敗しても、リスクは少ない……かな?」
「『テクニシャン』だしね」
「でも、それなら尚更、『バレットパンチ』の方がいいんじゃないのかな?」と、勉強家の緑葉らしく、かなり突っ込んだ話をしてくる。「属性一致の『バレットパンチ』の方が、結果的に威力は上がるしさー」
「まあ色々思惑はあるんだよ。それが安牌ってのは承知してるつもりだけど、ダブルバトルだと特に、どっちか一方を削った方が有利だし――バレパンもいいけど、『ジュエル』を消費しちゃうしね」
「あ、それがあったっけ。そっか、『ジュエル』って自動で使っちゃうんだもんね」
「『木の実』みたいなもんだからね」
「うーん、じゃあハクロの提案に乗ってみよう! ってことは、こんこんはカイリュー狙いかな? カイリューの方も心配しとく?」
「いや……カイリューは多分積んでくる」
「あ、『剣の舞か』」
「いや、カイリューは『竜の舞』かなあ……キュウコンより遅いからね」
「ん、じゃあこんこんも様子見でこれにしよっと」
と言って、緑葉は装置に指示を入力した。既に各ポケモンのデータは読み取られており、タッチパネル式で、利用する技の指示を決定出来るようになっている。もちろん、技を選択したからといって自動で戦闘が行われるわけではなく、僕らが声に出して命令を下す必要があるのだが、逆にそれ以外の行動を取ったら、強制的に戦闘は終了、負けになる。
あとから変えることは出来ない、というわけだ。
緑葉の指示入力が終わってすぐ、僕もハッサムにする予定の指示を入力した。一か八か、ということをする段階ではない。何せまだ『初手』であるのだ。が――『初手』だからこそ、妙手を選ぶ必要性が感じられた。どうにも、この二人……強さが感じられる。特に執事の方は、一般人じゃないオーラを感じた。カイリューというポケモン選びからして、『分かってる』トレーナーなんだろうけれど。
「おっと――こちらの指示待ちだったようですね」指示の入力を終えたらしい執事――紅々、だったか――は、にっこりと微笑みながら、装置を操作する。すぐに装置についているライトがグリーンに光り、お互いの準備が整ったことを報せた。「お待たせいたしました。それでは参りましょう。私から――ピカチュウ、交代です」
そう言って、
紅々は、ボールを取り出し、ピカチュウに向ける。
「えっ」
緑葉が驚きの声を上げた。
初手――交代。
もしポケモンバトルの特徴を一言で片づけるなら、ある意味では、じゃんけん、と言うことも出来るだろう。相手に有利なタイプ相性をつくことが、もっとも重要。例えばハッサム相手になら、『炎』を突くのが重要。それ以上に――自分より優秀な『アタッカー』がいる戦いにおいて、そいつが有利を取れないポケモンばかりが相手なら、温存するのが、ベストな選択。
それに、戦闘前の会話を聞いていても――『アタッカー潰し』がいると言うのなら、それはすなわち、『耐久型』がいるということ。集中砲火を喰らうとしても、そのアタッカーを温存し、『耐久型』で様子を見るのが、ベストな選択。『耐久型』なら、恐らく自己回復系の技も持っているのだろうから、一ターン目行動不可というリスクを背負っても、アタッカーを温存出来た方が、リターンは大きい。
だからこそ――
「ハッサム」
僕の判断に、狂いはなく。
いっそ――相手が強くなければ、そこまで戦闘慣れしていなければ、無意味に終わった指示だったのだろうけれど、
これで相手の力量は、定まった。
「追い打ちだ」
「!」
紅々の右手が一瞬跳ね上がり、ピカチュウを回収しようとしていた手を止めた。戦闘を放棄し、戦場を破棄し、安寧の地へと帰還しようとしたピカチュウを、ハッサムは、逃さない。
『追い打ち』
交代していくポケモンを追い回す、極悪非道な、一点読みの攻撃。
「当たった……」隣で緑葉が、呆けたように言う。「すご……」
「……初手『追い打ち』でございますか」
もちろん、『テクニシャン』であるハッサムなら、交代がなかったとしても、ある程度のダメージを与えられるだろうという目算はあった。普通のポケモンであれば使いこなせない、ダメージ効果が見込めない技を使いこなす特性、『テクニシャン』。そういう保険があったにせよ――それでも、交代をされてしまえば、ピカチュウは無傷で温存される。ピカチュウをそれほど危険視していたわけではなかったけれど、まあ言ってみれば、決まれば気持ち良いかな――という、読みだった。
結果、当たったみたいだけれど。
まあ、それくらいの簡素な読みが、丁度良い。
ポケモンバトルを――楽しまなければ。
「ちょ、ちょっと緑青……ピカチュウ、瀕死だけど」
ピカチュウを葬られた朽葉は、慌てた様子で、執事を詰っている。
「しかも、一撃でございますか。お嬢様のピカチュウの物理防御が心許ないのは承知の上でございますが――まさか一撃とは。いやはや、恐らく振れ幅のうち、運悪く大きなダメージを負ってしまったのでございましょう」
紅々は瀕死になったピカチュウを回収すると、代わりに、ミロカロスを繰り出した。彼が操作しているから迷ってしまうが、これは朽葉のポケモンなのだ。優雅な家系には、優雅なポケモンが似合う――のかもしれない。
「な……でも、交代って、聞こえてなかったわよね?」
「盗み聞きをされていたわけではないかと思われます。恐らくは単純に、読みでございましょう。ハッサムが初手で積むにせよピカチュウを狙うにせよ、交代は安全かと思った私の失敗でございます。『追い打ち』は頭にあったのでございますが……まさか同じ『交代読み』でしたか。いやはや、いっそ素直に、正道を突いておくべきだったかもしれません」
「え、じゃあ、このターン、私、終わり?」
「申し訳ございませんお嬢様」
「何よそれ、退屈ね」
不遜な態度のお嬢様と、申し訳なさそうに頭を下げる執事。
……ん、なんか、思っていたより、普通の人間みたいだ。
『朽葉』と聞いて、もっと極悪な――それこそ僕が当初から抱いていた、下々の人間なんて取るに足らないと考えているような人格を想像していたのだけれど。
「さっさと終わらせて頂戴、緑青」
「尽力致します」
「あのー……」
なかなかお嬢様の不服が終わらないので、僕は思い切って、声をかけてみる。『バトルサブウェイ』において、対戦中に声をかけるのがマナー違反であるのかは定かではないのだけれど――そもそも今までの対戦相手は全員イッシュの方たちだったので、気軽に話しかけられなかったというのもあるのだけれど――それでもなんとなく、声をかけたい気分だった。
「ああ――申し訳ございません。すぐに戦闘の続きを」
「ああいえ、それはいいんですけど……なんか、すみません」なんで謝っているんだろう、という疑問が先行したが、自分に目を瞑る。「お二人とも強そうな方だったので、通用するかな、と思っての『追い打ち』でした。なんか……いや、やりすぎかなという気がしてきて……」
「強さを測っておいでだったのでございますね。恐縮でございます」紅々は深々と頭を下げた。「私どもと致しましても、お強い方と一戦を交えることが出来て、大変光栄でございます」
「私は弱い人相手でいいんだけど」
「お嬢様、それでは成長を望むことが出来ません」
「はいはい」朽葉はふて腐れたように言う。
「回収、追い打ち、交代の処理で手間取ってしまいましたが……戦闘を再開致しましょう」紅々はそう言って、片手で上品に、緑葉を示した。「どうぞ、恐らくはキュウコンの行動が優先されるかと思いますので、指示を」
「えっ、あっ……そうですか?」
「ええ。私のカイリューは、素早さに特化したタイプではございませんので」
と、紅々は言う。
その口ぶりはやはり――上級者。
あるいは、ポケモンの『裏』を知っている人間の発言だった。
「じゃあ、こんこん、鬼火!」
そして緑葉は、緑葉らしい指示を、キュウコンに告げた。
ポケモントレーナーには癖がある。戦術に偏りが生まれる。あるいはそれは人間自身の性格によるものかもしれない。
僕はどちらかと言えば、『一点読み』を通すのが好きだ。使いどころのない、下手すれば無意味に終わる、読み間違えれば無傷での勝利を許してしまうような技を使うのが好きだ。それは、とてもとても古い過去に、ダークライという、あまりに強く、あまりに凶悪なポケモンをパートナーとしていた時に思った、『僕はポケモンの強さで勝てているだけなのではないか』という疑問を払拭出来るから。僕自身が、ポケモントレーナーとして場の流れ、相手の思考を読むことで、本当に強い存在になれるかもしれないと思うから。だから僕は、『読み』を通す戦術こそを、至高と信じて疑わない。
対する緑葉は――『状態異常』を好む。その真っ直ぐで、真面目で、それでいて勢いだけでいろんなことに向き合ってしまうような性格の緑葉だけれど、ポケモンバトルの仕方は、陰湿極まりなく、どろどろと、相手を沼に誘い込むような戦い方だ。キュウコンの技を確認しただけでも、攻撃技の他に、『鬼火』と『痛み分け』を搭載しているんだから始末が悪い。まあ、キュウコンらしいと言えば、キュウコンらしいんだけれど。
そんなキュウコンの『鬼火』は――あまり優秀とは言えない命中精度ではあったが、難なくカイリューを『火傷』状態に貶めた。これでこのカイリューが『物理型』であれば、この『火傷』はあとあと――いや、もしかしたら戦闘終盤まで響くかもしれない。僕のように、一点読みで理論上の最善手を望むトレーナーには、案外、緑葉のように、じっくりことこと外堀を埋めていくタイプの方が相性は良いのかもしれなかった。
「『鬼火』でございますか……まあ想定の範囲内ではありますが」紅々はそう言って、声を張り上げるでもなく、ただよく通る声で冷静に、「ではカイリュー、『竜の舞』です」と言った。読み通りの、積み技だった。
『火傷』は『毒』に比べて優秀である。何故なら、ポケモンは『火傷』状態の四肢で百パーセントの攻撃を繰り出せるはずがないからだ。そんなことをしたら自滅してしまう可能性すらある。だから、『物理攻撃力』を下げてしまう。無意識に、自分を守るために、攻撃力を落とす。
完全に正確な数値とは言い難いが、大体の目安として、『火傷』によって、現在カイリューの攻撃力は半分ほどに落とされている。今、『竜の舞』を積んだことで、その攻撃力は多少なり改善されているはずだが――元に戻ったとは言い難い。少なくともあと一回は『竜の舞』を積む必要があるだろう。
「当たって良かったー」全ての行動が終了し、僕と緑葉は再び作戦を練ることになる。「ていうか、ハクロの『追い打ち』が本当に通っちゃってびっくりしたよ」
「うーん、まあ、運が良かった」
「いやいや。運じゃ読めないって」
「いやなんて言うか……これ、結果論だからなんとも言い難いところはあるけど……多分、あの人も『交代読み』だったと思うよ」
「どうして?」
「あのカイリューは多分、『炎のパンチ』を持ってる」
「『鋼』対策にってこと?」
「多分ね。『竜』属性の攻撃に対して『鋼』は天敵だし、『竜』対策の『氷』にも対策出来る」
「……でも、普通それなら、最初に撃ってくるんじゃない? 同じレベルなら、ハッサムに『炎』を撃ったら、ほとんど一撃だよね……?」
「うーん、だからこそ、相手も交代読みだったんだと思うんだよな。もし僕らを強いと見ていたんならそうだろうし、そうじゃないとしたら――『竜の舞』を一回積んで、先手を取れるようにした、とかかな。まあいずれにせよ、運が良かったんだと思う。正直『炎のパンチ』の選択肢を思い出したの、戦闘中だし。実際撃たれてたら、やばかった」
「そっかー……私は全然頭になかったよ。でも、最初は私たちの方が運良くって感じだったね」
「無償でピカチュウを沈められたことに加えて、カイリューに『火傷』のダメージが入ってる。一回積まれたけど、『火傷』でほぼ無意味。問題は次のターンから、カイリューが一番最初に行動するってことかな……」
一度舞われたことで、カイリューの素早さには誰も太刀打ち出来ない状態になっている。もちろんハッサムの『バレットパンチ』なら先手は取れるだろうけれど、いくら『ジュエル』を乗せても、一撃で沈めるのは難しいはずだ。もしこのターンで『炎のパンチ』を撃たれることがあっても、『火傷』で攻撃力を落としている状態なら、一発なら耐えられる――と、僕の謎の経験上の自信が告げている。だとしたら、『火傷』状態のカイリューよりも、今叩くなら、ミロカロス。
ダブルバトルにおいて、片方を沈めてしまうというのは、定跡だ。
「さて……となると、緑葉のこんこん、何が出来る?」
「ふふふ」緑葉は嬉しそうに、心底嬉しそうに言った。「なんとこんこん、エナジーボールが撃てます」
「おお、そう言えば」
「水対策もばっちり! いえい!」
ざっと頭の中で考えてみる。果たして草タイプの『エナジーボール』と、『ジュエル』の乗った炎タイプの『オーバーヒート』ではどちらが強いのか。ここでミロカロスにさらに『鬼火』という選択肢もありだが――実を言えば僕は、あまり『鬼火』の命中精度を信頼していない。ちゃんと当たれば美味しいが、外れる割合はかなり多い。その上、恐らくは『特殊型』であるミロカロス、『火傷』の恩恵は受けにくい。
加えて『オーバーヒート』で特殊攻撃力が下がってしまうことを考えれば――この場合、『エナジーボール』の選択肢は、あながち間違いじゃないのかもしれない。というか、緑葉というトレーナーは、結構基礎がしっかり出来ているから、考えなしっぽい選択が、意外とベストだったりするのだ。そういうところも踏まえて、僕は緑葉の実力を信頼している。
「じゃあ、それで行ってみよう」
「先手取れるよね?」
「ミロカロス相手なら、余裕。カイリューには無理だけど」
「よっし、じゃあ、それにしようっと」指示を出してから、「ハクロはどうする?」と、問いかけてくる。なんかこのやりとりだけでも楽しいと思っている僕がいる。
「そうだなあ、例えばミロカロス、何持ってると思う?」
僕が言うと、緑葉は「持ち物までは全然分からない」と素直に言った。その潔さも、また緑葉の強さである。
「普通の戦闘だったり、イッシュ地方みたいに知らないポケモンならここまで慎重には考えないけど、幸い、カイリューもミロカロスも分かりやすいポケモンだからなあ……持ち物読みに加えて、最大火力が出せる技と考えれば、これだろう。まあ、安全行動が一番って感じで」
僕が指示を入力すると、既に相手方の指示はおわっていたようで、すぐに二ターン目の行動が開始された。
「カイリュー、『竜の舞』」
それでも『炎のパンチ』を撃ってくるのではないか、という僕の予想に反して、カイリューはさらに、舞った。案外、『炎のパンチ』は僕が警戒しているだけで、所持していないのかもしれない。まあ確かに、この『マルチトレイン』では、そこまでの力量を持ったトレーナーは参加していなかったし……もしこの二人が『マルチトレイン』に慣れているなら慣れているほど、対策はさほどされていないのかもしれない。
「キュウコン、エナジーボール!」
「ミロカロス、波乗り!」
二つの高い声が交錯する。おおよそのポケモンの素早さが分かっている僕は、あえてそれに割り込まなかった。ハッサムが最後の行動になるのは明白。なら行動順を待つ。わざわざ混戦させるのは面倒だ。
キュウコンが放った『エナジーボール』は、素早くミロカロスに到達し、ダメージを負わせる。とは言っても、半分にも満たないダメージ量だ。もしかしたら、四分の一程度だったかもしれない。それでも、減らせただけでも十分だ。『エナジーボール』を搭載している、ということを分からせるだけでも、脅威にはなるだろう。『草』は意外と、四倍を突ける。抑止力にはなるし、標的にもさせやすいはずだ。
そんな『エナジーボール』をものともせず――ミロカロスは大きな波を起こし、その上に一匹だけ浮遊する。当然、波という性質上、それらは『ダブルバトル』において、全てのポケモンに効果を及ぼす。僕と緑葉のポケモンだけにとどまらず、紅々のカイリューにも、同様だった。
計画のうちなのか、朽葉の独断なのか。
あの執事の人、大変そうだな、と、少しだけ同情した。
果たして『水』属性の『波乗り』は、『竜』であるカイリューにはほとんど効果を及ぼさず、ハッサムに対しては等倍で四割ほどのダメージを与え、もっとも危惧された『炎』タイプのキュウコンに対しては――しかし、渾身の一撃とはならず、可視化された体力のメモリをほんの少し残す結果となった。九割ほどのダメージにはなったが、それでも、生きている。
「うそ、一撃じゃないの?」倒れないキュウコンを見て、朽葉が言った。「ミロカロスの波乗りなのに。特防にでも振っているのかしら」
「……お嬢様、僭越ながら、『波乗り』は『ダブルバトル』においても、全体に効果を及ぼし、さらに命中率、威力共に申し分ない、優れた技でございます。『水』のミロカロスの属性と一致し、さらに『炎』のキュウコンに対しては弱点となる、ベストな選択でございました。しかしながら――『ダブルバトル』においては『波乗り』の威力は低下するということを、お忘れになっていらっしゃるのでは?」
「――あ」
完全に忘れてた、という表情で、朽葉は執事を見やった。
「緑青、先に言って頂戴」
「お嬢様のミロカロスの技構成から致しますと、これ以外の選択肢はございませんでした。ですので、あえて忠告致しませんでした」
「そう。それならいいわ」
なんだか掛け合い漫才でも見ているようだった。
あるいは、教育か。
執事が主人にポケモンバトルを教えている――そんな光景に見えた。
「そうなんだあ……私、知らなかった」
「緑葉もかよっ」
「こんこんやられたかと思ったよー」
「……まあ僕も知識としてしか知らなかったから、似たようなもんか。一対一の時と違って、こんなに威力に差があるとは思わなかったよ。実際、ダウンするかと思った」
「本当にねー」
「まあとにかく今は僕の番か――ハッサム、虫食い!」
僕の命令に沿って、ハッサムは素早く、ミロカロスに狙いをつける。『虫食い』という――『テクニシャン』という特性を身に着けたハッサムにとっては、最大火力となり得る、もっともスタンダードな攻撃だ。一般的には『シザークロス』の方がイメージが強いかもしれないが、特性によっては、こちらの方が威力を期待出来る。
加えて、相手の持ち物が『木の実』なら、それを奪える。
「あっ、ちょっと……」
ハッサムの『虫食い』を受けたミロカロスは、ダメージを受けると同時に、ハッサムに『木の実』を奪われた。奪った木の実は――『オボンの実』だ。これも読み通り。というよりは、いっそ定跡通りと言うべきかもしれない。
ハッサムは攻撃と同時に相手の木の実を盗み、そしてそれを食べた。文字通りの虫食い、である。全回復とまでは行かないものの、八割までは回復したと言っていいだろう。
対してミロカロスは――かなりのダメージを負った。デッドラインと言ってもいい。次の『エナジーボール』を受け切るのは不可能だろう。
「木の実、取られちゃったじゃないの」
「仕方がありませんお嬢様。現状、私どもは完全に風向きが悪うございます。素直に受け入れるのも、またトレーナーの在り方かと」
「諦めろって言うわけ?」
「そうは申しません。機会を待つのでございます」
全ての行動が終了し、次の指示へ移る。と――そこで僕は、カイリューが行った動作を見逃さなかった。『食べ残し』だ。体力が低下した時にポケモンが自動的に食べる『オボンの実』とは違い、毎ターン、行動が終わるごとに体力を少量回復する道具。もっとも、『火傷』のダメージをカバーするほどの回復量は見込めないが、それでも多少なり、効果が見込めるはずだった。
「ん、マルチスケイル型かな……だとしたら回復系の技も持っているのかも……」
「何が?」
「いや、なんでもない」キュウコンを見る。次で瀕死だろう。「キュウコン、どうする?」
「んー、多分カイリューに落とされる気がする」
「だね」普通に考えてそうなるだろう。「そうじゃなくても、次の『波乗り』がやばそうだ」
「かと言って交代してもワタッコだしなあ」ワタッコに期待していないというわけではないだろうが、ワタッコはスピードタイプ。交代後の攻撃を耐えるのは難しいはずだ。「『竜の舞』も二回されちゃったし、『火傷』の効果も期待出来なくなっちゃったよね」
「そうなると――もし『炎のパンチ』があるなら、ほぼ確定で倒せるだろうから、撃ってくるかも。でも、キュウコンはミロカロスより行動順が早かったから、『エナジーボール』を警戒して、キュウコンを攻めてくるだろうなあ。カイリューがキュウコンを倒さないと、ミロカロスは何も出来ずに終わるしね」
「んー、じゃあ一応『エナジーボール』かな」緑葉は潔く技選択をした。「これでもしハッサムが倒されたとしても、こんこんがミロカロスを倒せるし、お互い一匹ずつダウンだね」
「そうなるね。まあ十中八九、キュウコン狙いだろう」
「というか――それならハッサムは『バレットパンチ』でミロカロスに攻撃しちゃえばいいんじゃない? それなら『炎のパンチ』が来ても、先手取れるよね」
「ああ、それもありか……『ジュエル』がもったいない気もするけど、それでもし倒せれば相手は一匹になるから――いや、いずれにせよ一匹ずつダウンはすることにはなるのか。どう動くか、怪しい局面だな……」
「だね……って、それは相手も読んでくるのかな?」
「読まれたとしても――対処のしようがないと思うよ、これ。一応、カイリューに『神速』っていう可能性がないわけじゃないけど……『鋼』のハッサムを一撃で沈めることは出来ない。多分ミロカロスはこの体力なら『自己再生』をしてくるから、今のうちに沈めるのが正解。少なくともミロカロスがダウンすることは分かってるはずだし」
「かな」
「ここは緑葉の言う通り、『バレットパンチ』が安定かな」と、僕は指示を出そうとしたところで――妙な胸騒ぎを覚える。「いや、待て待て待て」
「へ?」
「『バレットパンチ』なんて一番読まれやすい行動だよな普通……それを相手も分かってるとしたら、わざわざカイリューがキュウコンを狙ってくるとは思えない。僕たちが『どのみちキュウコンは沈む』と考えるように、相手も『どのみちミロカロスは沈む』と考えているのかも。だったら、二回舞って『火傷』を帳消しに出来た今、ハッサムに『炎のパンチ』を打ち込むのが定跡なのか……?」
「それは――そうだけど、もしかしたら、『炎のパンチ』持ってないのかもよ?」
「ああ、うん……そうなんだよな。それは、僕らが勝手に言ってるだけで、確定技ってわけじゃないんだよな。それは多いにあり得る。けど、だったら普通、交代すると思うんだけどなあ……二回も舞う必要ないだろ。いや、他に等倍技でもあるのかな。それとも、ミロカロスで倒そうとしたのか? それにしても……いやそもそも、『バレットパンチ』を耐えるつもりなのかもしれない。いくらこっちが『テクニシャン』の属性一致で『ジュエル持ち』でも、意外とタイプ相性って左右されるからな……『水』に『鋼』は、半減だ」
「で、でも、もう『エナジーボール』選んじゃったよ?」
「これでもしハッサムが『バレットパンチ』でミロカロスを倒せたとして、カイリューが『炎のパンチ』を持っていてハッサムを攻撃したとしたら……カイリューに対して『エナジーボール』が放たれるけど、ほぼ無意味な攻撃と言ってもいいだろうし」
「草だしね……」
「んー……なんだろ」普段なら感じないようなプレッシャーを、僕は感じていた。「いつもなら、ここまで疑心暗鬼にならないんだけどな」
「ふ、深く考えすぎじゃない?」
「『バレットパンチ』を読んでるのか? 読んでたとして……対処出来る手段なんてあるのか? いや、それとも、他の行動読みなのか……だとしたら、ミロカロスの行動は『波乗り』か? いや、ミロカロスはもう、倒しておくべきなのか……? ……でも少なくとも、ハッサムが狙われればミロカロスは倒せる。キュウコンが狙われてもミロカロスを倒せるようにしておけばいいのか? 『波乗り』一発なら、耐えられるし……」
「は、はくろー?」
「う、うわあ、なんだこれ!」
「しっかりして!」
「負のループに入り込んでる!」
なんだこれ、と思ってしまう。
ポーカーフェイスとは少し違う……紅々のその飄々とした表情が、僕を疑心暗鬼に陥らせる。果たしてどちらが正解なのか。どの選択肢が、安全なのか。
「で、でもさ、もしどっちかがやられちゃっても、こっちが優勢なのには変わりないんじゃない……?」
「それは……そうだね。というか、うん、『炎のパンチ』を持ってないっていう可能性が、十二分にあり得るんだよ、そもそも。緑葉の後続はワタッコだし、僕の後続もアブソルで……カイリューに対してアドバンテージが取れないとは言え、それでも二対一に持ち込める。やっぱり、ミロカロスを撃破するってのが一番なのかもしれないな……そうだよ、『炎のパンチ』持ってたら、初手で振ってくるだろ! 考えすぎなんだよ!」
「そ、そうだよ! 真っ直ぐ行こう!」
「よしじゃあ、定跡通りに行動しよう。今のミロカロス――」僕はミロカロスの状態を観察する。正直、『バレットパンチ』の一発で落ちるのかと言われれば、いくら『ジュエル』を搭載しているとは言え、微妙な体力だ。「――もし『自己再生』持ちだとしても、半分しか回復しない。『虫食い』なら、半分以上削れる。その次のターンで『バレットパンチ』をすれば、確実に倒せる。『ジュエル』を無駄にしないためにも、一ターン待ってきちんと倒す方が良い。持ち物はもうない。やっぱ、『虫食い』からの『バレットパンチ』が安定だ」
「うん、それで行こう!」
「よし、それで!」
というわけで、僕は勢い『虫食い』を、ミロカロスに向けて選択した。今回もこちらの選択が長引いたようで、僕が指示を終えると、すぐに戦闘が始まった。
「それではカイリュー、『ドラゴンクロー』です」
そして選ばれた技は――『ドラゴンクロー』だった。安定指向、なのだろう。威力は他の『竜』の技に比べれば低いが、それでも命中率の安定度が非にならない。一回の攻撃が命運を分ける上級者同士の戦いにおいて――特に、連勝を重視する『バトルトレイン』においては、そうした安定性こそが、求められるのかもしれない。
当然、先の『波乗り』で瀕死の一歩手前まで追いやられていたキュウコンは、属性一致の『ドラゴンクロー』を受け、そのままダウンした。
「一応読み通り……かな?」
「一応は……ね」
「ミロカロス、自己再生!」
そして朽葉は案の定、ミロカロスに『自己再生』を指示した。この『自己再生』という技は恐ろしい。体力の半分を回復してしまうというのだから、もし四割程度のダメージしか与えられなければ、一生かかっても倒せないモンスターが完成するのだ。
「ハッサム、虫食いだ」
そして予定通り、僕は『虫食い』を選択する。その選択で、計画していた通り、半分以上のダメージを与えることに成功した。朽葉は「やっぱり撃ってきたじゃない……」と不平を漏らしている。
「『バレットパンチ』を撃たれるかと思っておりましたが――やはり、一撃で倒せるか不安だった、ということでございますか」紅々がにっこりと微笑みながら、僕たちに話しかけてくる。そう、相手側では、ミロカロスの残り体力が可視化されている。もし攻撃力や防御力のダメージ量を計算出来るだけの知能があれば、『バレットパンチ』を耐えるかどうかが分かったはずだ。「一度五割以上のダメージを与えた『虫食い』で、次のターンの『バレットパンチ』を使い、確定で瀕死状態にする。素晴らしい判断でございます」
「それは……どうも。まさか褒められるとは」
「強い方との戦いは、心躍るものでございますので」
そして僕たちは――考える。
キュウコンを倒され、緑葉はワタッコを繰り出す。これでお互いに、三対三。しかしながら、次のターン『バレットパンチ』でミロカロスを倒せる。カイリューの『ドラゴンクロー』では、流石にワタッコは一撃では落ちないだろう。
「カイリュー……『食べ残し』はあるけど、『火傷』で順調にダメージは重ねてる」
「だね……カイリュー、どっち狙ってくるかな?」
「今宣言されたけど、『バレットパンチ』での手は読まれてるみたいだし、受け入れてる節があった。だったら十中八九、ワタッコじゃないかな。まあでも、ドラクロ、一発は耐えると思うし……そもそもワタッコ、何覚えてたっけ?」
「んー、『宿り木の種』と『毒々』と『守る』と『アンコール』だよー」
「おお……えげつねえ」
友達を失くしそうな技構成だ。
イメージとしては、初手『宿り木の種』から『守る』で体力温存、あるいは持前の素早さを利用して『アンコール』で動きを封じて――『毒々』を利用しての持久戦、か。『鋼』や『毒』あるいは『草』タイプが相手でなければ、どんなに体力が高くても、時間経過で倒せてしまう。恐ろしい組み合わせだ。
「『宿り木の種』蒔く?」
「それもいいけど……素早さ的にカイリューの方が上だから、『守る』で様子見が美味しいかな? 『火傷』だから『猛毒』を重ねることも出来ないしな……」
「そうだねー……確かに最初は『守る』がいいかな。ワタッコ狙ってくれれば、バレパンでミロカロス倒せるもんね」
「だね。その次のターンから二対一になることを考えると、かなり優位に立てるかな」
僕と緑葉はほぼ同時に指示を入力して、
一瞬遅れるようにして終わった相手側の入力を待って――宣言する。
「ワタッコ、守る!」
「ハッサム、バレットパンチ」
ああやっぱり、というような顔で、朽葉が僕を見た。対抗策はなかったのだろう。そもそも『オボンの実』を食われたことが、想定外だったのかもしれない。『オボンの実』があれば、まだ『バレットパンチ』を耐えるだけの余裕があったのかもしれないのだ。そうした時の運が――ポケモンバトルには、怏怏にして、存在する。
「負けたわ」倒れていくミロカロスを見つめ、朽葉が言う。「ごめんなさい緑青、一人にしてしまって」
「とんでもございませんお嬢様」
ミロカロスを回収し、何故か眼鏡を取り外した紅々は――僕を見て、笑った。
「お嬢様の仇は、必ず」
「そう……それは助かるわ」
「カイリュー――『炎のパンチ』」
――――――それは。
全く予測していなかった部位を、全く覚悟していなかった武器で、鋭く、鈍く、叩かれたような、貫かれたような、何とも言えない、何とも言えない……何が起きたのかがよく分からなくなってしまうような、命令だった。
「は?」
一瞬遅れて、声が出る。『炎のパンチ』って――だから――それは散々、検討しただろ。普通、初手で撃ってくるだろうってことを――散々に、検討したはずだった。そして、『竜の舞』と『ドラゴンクロー』の安定指向のこのカイリューには、そうした対策が備わっていないんだと――僕は、僕らは、判断したはずだった。決断を、下した、はずだった。
にも関わらず。
カイリューは『火傷』によって負傷した腕に、しかしさらに『炎』を纏い、僕のハッサムを、的確に、殴りつける。
四倍特効。
そして確かに――一撃で、僕のハッサムを、沈ませた。体力が全快だったわけではない。『波乗り』からの『オボンの実』で、結果残っていた体力は、八割ほど。それを根こそぎ、『炎のパンチ』が、消し飛ばした。
「な……なんで、今、しかも……」
「ご堪能いただけましたでしょうか」
紅々は――優雅に頭を下げた執事は――そんなセリフを、僕に向けて――僕だけに向けて、放った。
「なんで……最初に撃たなかったんだ……」
「ご説明をご所望でございましょうか」
「あ、ええ……出来るなら」
「お嬢様?」
「いいわよ、薀蓄を垂れても」朽葉は興味なさそうに言う。「聞いていてあげるわ」
「それでは僭越ながら説明させてございますが――当然、その選択肢もございました」紅々は指を立てる。「初手で考えなしに『炎のパンチ』を撃つということも考えられましたが、当然気になってくるのが、耐久型ハッサムの存在でございます。『剣の舞』と『高速移動』の積みを『バトンタッチ』する方もございますし、もっとも危険視しなければならないのは『襷』の存在でございます。『竜・飛行』タイプのカイリューには、『馬鹿力』も『虫食い』も効力を発揮致しません。当然、『飛行』タイプでございますから――となると、考えられるのは『バレットパンチ』のごり押しか、『剣の舞』での積みでございましょう。私、正直申しますと、初手は『積み』かと思っておりました。そうでなくとも、カイリューとの相性の悪さから、交代をするだろう……と。ですが初手は『追い打ち』でございました。こうなると……私も若干日和りまして、カイリューを交代するタイミングを見失いました」
「初手の『追い打ち』で、居座りを決めた……ってことか」
「左様でございます。ざっと計算してみましたところ――そちら様のハッサムが攻撃個体値が最高値で、そこに全振りしている場合、理論数値は二百。ピカチュウが一撃で沈んだところを見ますと特性は『テクニシャン』でございます。するとカイリューに対して有効手となり得るのは『追い打ち』と『バレットパンチ』の二択でございます。こちらも、ハッサムが理論上最高値である攻撃を見舞ってくることを仮定致しますと、通常の『追い打ち』と『バレットパンチ』であれば乱数三発、もはや定番であります『鋼のジュエル』を持っていらっしゃるのでであれば、乱数二発となります。そこへ『火傷』の状態異常を付与されてしまいました。こうなりますと、ハッサムの対処が非常に難しくなります。初手で既にハッサムが『アタッカー』であることは判明致しましたが、素早さを重要視するポケモンではない以上、体力か防御面を特化させている可能性もございます。仮に体力を底上げしていた場合――なんと『竜の舞』で攻撃を上げた状態でも、『火傷』状態のカイリューでは、確定二発。こちらにお嬢様のミロカロスの『波乗り』を上乗せすれば撃破も容易ではございましたが――危惧すべきは『オッカの実』でございましょう。幸い、ハッサムにもカイリューへの対抗手段はなかったと見えます。『バレットパンチ』を有効打としても思っていらっしゃらなかったようですし、ピカチュウを落としたことで、お二人の目標は、『いかに早く二対一に持ち込むか』に定まったようでございました」
「……」
まさしくその通りだ。
ピカチュウを沈めたことで――僕たちの目指すべきところは、二対一になっていた。いくらカイリューであろうと、有利が取れるはず。そう思っての、二対一。また、ハッサムにとって有効手を持っていないのだろうという、甘えた考えもあった。
「ですので、いっそ、ミロカロスを相手にしていただいたのです。無暗に技を振らないというのは――その技を見ない以上、強いトレーナーであればあるほど、その他の技の可能性を植えつけるものでございます。あなたが強いトレーナーだと判断した時に、この読みを通すことに致しました。まあ……出てきたポケモンがワタッコだったことは、少々意外でございましたが――『守る』をしてくださったことで、こちらは無償で、ハッサムを沈めることが出来ました」
「ちょっと、私のミロカロス、倒されたんだけど?」
「これは失礼致しましたお嬢様。しかし、お嬢様の死は無駄には致しません」
紅々は恭しく頭を下げる。
「バトル中は失言が多いんだから……終わったら話があるわ」
「バトル後でしたら、なんなりと」
「いや……ちょ……待って。そんな――そんな読み、あるのか。あるん、ですか。『炎のパンチ』を撃たないっていう読み合いが――だって、別に、撃てばいい。『オッカ』があるかどうかも、撃てば分かる。可能性を潰していけば、分かることなんだから……その可能性に賭ければ……」
「もちろん普段ならそうしていました」
紅々は、緩く頭を振った。
「そうしなかったのは、最初の『追い打ち』の完全な一点読みが――私を熱くさせたからでございます」
そう言って、にやりと、
今まで見せていた、従順で、礼儀正しい、いっそ丁寧すぎて逆に不躾な態度と百八十度違う――下卑た笑みを、彼は浮かべた。
「……ハクロ、何話してたか、分かった?」
不安そうに、緑葉が言う。
「乱数とか、確定とか……」
「ああ――まあ、なんていうか、略語みたいなもんだよ。僕らがバレパンとか、ドラクロとか言うのと、同じような感じ」
「私、全然分からなかったんだけど……」
「いや――分からなくて、いいよ」
僕はハッサムを回収する。
「幸い、『火傷』と『波乗り』のダメ―ジだけでも、カイリューの体力は半分まで減ってる。ラッシュを掛ければ、十分勝てる。どんな読みを通されたところで、二対一なんだ」
「そ、そうだね。なんか気圧されちゃったけど……私たち、まだ二対ずついるもんね」
「あっちにもまだ出てないポケモンはいるけど、この二対二は、純粋な二対二じゃないからね」
「うん」
「ハクカ!」
僕はボールを投げつけて、アブソルを呼んだ。
木蘭さんからもらった、思い出深いポケモン。
そして僕のパーティの中では、もっとも僕らしいポケモンに育ったと言える、ポケモン。
ハクカは僕を一瞥すると、興味なさげに、前を向いた。カイリューに対して、敵意を露わにしている。ちょっと変わった、僕のポケモン。ある意味では、ダークライに次いで、僕の代名詞とも言える。
「ワタッコは、どうする?」
「『宿り木の種』、なんだけど……」緑葉は不安そうに言う。「『炎のパンチ』されると、やばそう」
「攻撃手段がないのが、ここへ来て効いてくるな……けど、やれることは、『宿り木の種』しかないよなあ」
「『守る』の二回成功に賭ける?」
「それもいいけど……案外どれも、命中精度が低いんだよな」
「……ごめん」
「いや別に責めてるわけじゃないよ。それは大丈夫なんだけど……一回見せた『炎のパンチ』を素直に撃ってくれるかが逆に疑問だ」
「うーん……それは確かにそうだけど。ちなみにハクロはどうするの?」
「うーん……妥当なところで『しっぺがえし』かな。迷う余地もない」
「倒せそう?」
「怪しいかな。ぶっちゃけると……このアブソル、もらった子だから、そこまで攻撃力がべらぼうに高いってわけでもないんだよね」とは言え、特化するように育てたつもりではあるが。「だから――理論上最高値でない以上、取りこぼすことはあるかも」
「でも、『宿り木の種』が決まれば行けるかな?」
「だね。それに、もしかしたら一発で落とせるかもしれないし、何より『火傷』のダメージもあるからなあ……」
「そう言えば、ハクカは『ジュエル』持ってないの?」
「……こんなことなら、持たせればよかったかもしれないけど」
僕の代名詞として活躍して欲しいポケモンだからこそ――そんな便利で、使い道の多い道具は、持たせていない。臨機応変に、道具は変える必要がある。
「ま、他の技よりは強いんだし、『しっぺがえし』で行こう。私は『宿り木の種』」
緑葉のさくさくとした技決定で、僕らは指示を入力する。既に一人となった紅々は、早々に入力を終わらせていたようだ。もはや、最後までの行動は決まっている――とでも言いたげだった。
「それではカイリュー、『炎のパンチ』を」
――そして僕らは、
この瞬間に、とんでもない恐怖に、陥らされることになる。たった一発の『炎のパンチ』が――属性一致でもなく、攻撃力の昇降もなく、ただの弱点攻撃として放たれた『炎のパンチ』が、出現し、まだ何もしていない、まだ何の行動もしていないワタッコを――一撃で、沈めた。
「えっ?」
「は?」
僕と緑葉は、同じように驚きの声を上げる。けれどその種類は、似て非なるもの。
数値的なことを詳しく理解していない緑葉は――一発で倒されるんだ、という驚きを先行させた。タイプの相性が悪いと、一撃で沈んじゃうんだ……という、それは悪い言い方ではあるが、素人的な考えで、そう思った。少なくとも、一般的な感想として、そう思った。
「……おや」
しかし、僕は――僕と、紅々は――同時に、何が起こったのかを、理解した、
「急所……」
「急所に当たりましたか」
そしてほぼ同時に、口にする。
急所攻撃。
ポケモンが生物である以上、当然どこかしらに、『急所』という部分は存在する。そればかりは、狙うことも出来ないし、逆に言えば、徹底して防ぐことも難しい。攻撃を避けようと思って逆に『急所』を露呈してしまうこともあれば、自分でも知らない『急所』を、その攻撃によって知ることもある。
ワタッコは運悪く――こんなもの、運以外の何ものでもないのだから――『炎のパンチ』を急所に受けて、何も出来ずに、沈んでいく。
「ハクカ、しっぺがえし!」
僕は半ば自棄気味に、指示を下した。行動順が遅いほど威力の増す『しっぺがえし』で、カイリューを沈めてしまえば良い、と、そう思った。しかし――こんなもの、こんなものはただの運ゲーでしかないと、ポケモンバトル自体を否定してしまいたくなるような結果に、見舞われる。もちろん、攻撃が外れたわけではない。紅々の言葉で言うなら、『乱数』に左右された形になったのだろう。
カイリューは、『しっぺがえし』では息絶えず。
『食べ残し』で体力を回復したあと、『火傷』のダメージを受けてもなお、立っていた。
「――これは、ようやく私たちのチームにも追い風が吹いてきたようでございますお嬢様」
「私、もうやられたけどね」
「要はチームで勝てば良いのでございます、お嬢様」
そんな、相手二人の会話を聞きながら、僕はゆっくりと――視線を、緑葉に向ける。
「あ……ごめんハクロ、負け、ちゃった……」
「いや……これは、無理だ。流石に読めない」
ワタッコを回収しながら、信じられないとでも言うように僕を見つめる緑葉を見て――僕は、そう、考えを改める必要があった。あるいはこれは――この『感覚』は、通常の戦闘では考えられないものだった。
もしかすると――と、こんな可能性を思い浮かべる。
この『バトルサブウェイ』は、
そうした確率が、操作されているのではないか、と。
「あれ? 気付いたら、一対……二?」緑葉が不安げに、僕を見る。「負けちゃう?」
「一対二で――尚且つ、カイリューの方が素早さが高い、か。でも、いや、大丈夫だ。せめて一対一に持ち込めれば――」僕は当然、一つの可能性にしか思い至らない。「多分、大丈夫だ。今までの戦いで『神速』は振ってこなかったし、持ってないと思う。だったら、『不意打ち』で、先手を取って、無傷のまま一対一に持ち込める。そうすれば……何とかなる、はず」
「でも、でもさ……ハクカって、かなり、その……ギャンブルポケモンだよね?」
「確かにそうなんだけど……まあ」
まあ、行けるはずだ……と、僕は一対二に持ち込まれた焦りからか、ほとんど考えなしに、『不意打ち』を、選択した。カイリューがこれ以上積むとも思えないし、ほとんど虫の息だ。だったらカイリューで『ドラゴンクロー』を撃って、ハクカの体力を減らし、そのまま後続のポケモンで対戦を続けてくる。それが定跡だろう、と、僕は考えた。
それを読んでの、『不意打ち』だった。
が――
「それでは――ここでカイリューを、交代させていただきます」
僕の指示を終えてすぐに、紅々は――ポケモンを、入れ替えた。
『火傷』状態で、あと一撃喰らえば死んでしまう状態のカイリューを、あえて温存した。
そして現れたのは――ラプラス。
ラプラス、だった。
僕は当然、理解する。
『不意打ち』を不発に終わらせ、ここでの交代を読めずに、無償交代を許してしまった僕は――そのラプラスを見て、理解する。
滅びの歌。
そして、完全なる、耐久型のラプラスを。