『戯村影木/短編集』 - /新規作
『夜のエーフィと朝のブラッキー』
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 僕は朝が嫌いだ。
 仲間はみんな朝を好むし、朝の日差しを受け入れることで疲れを癒している。眠ることよりも、朝の時間帯に活動することで、健康を維持している。朝に好まれ、朝に生まれた種族だから、この時間帯に暮らすのが当然。
 だけど僕は、朝が嫌いだ。
 本当は夜の世界で暮らしたい。
 それでも、仲間に見放されないように、なんとか頑張って、目を覚ます。本当は夜まで眠っていたいけれど、みんなが起きるから、仕方なく目を覚ます。
 自分は異常なんだと思いたくなくて、当たり前を当たり前に実行出来るように、僕は今日も目を覚ます。重たい体を引きずりながら、厳しい日差しを受けながら、群れの一部として生活する。

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 まだ体の色が変わる前、僕は集団生活を煩わしくは思わなかった。普通にすることが、普通だった。普通かどうかなんてことも考えなかった。みんながしているようなことを当たり前にしていたし、それを好きか嫌いかも考えなかった。今になってみれば、考えなしだったんだな、と思うけれど、当時はそんなことを考えることすらなかった。
 考えないことが普通だから。
 言われた通りに食事をして、流れるように遊び、流行りや廃りに従った。『普通』と『異常』の概念すらも知らなかった。
 けれど少しずつ、僕らに変化が訪れた。脚が速い子、力が強い子、体力のある子、みんなに特色が現れ始めた。何をやっても上手な子、何をやっても下手な子、色々現れた。
 僕はその中でも、普通だった。
 大抵のことは出来るけど、褒められるほど上手じゃない。
 出来ないこともあるけど、咎められるほど下手じゃない。
 ごくごく当たり前で、わざわざ考える必要もないくらい当然のこと。僕は自分が恵まれている方だと感じていた。得手不得手なく、平々凡々とした存在。誰にも特別視されなくて、誰にも敵対視されない。自分の好きなように生きられるし、いつだってやる気があれば何にでもなれると信じていた。
 次第にそれぞれが、自分に合った仲間と群れを形成しはじめる。けれど、いくら相性が良いからと言って、一生を共にすることは出来ない。僕たちには『親』がいて、その『親』の言うことを聞かなければならないからだ。
 僕と仲の良かった連中は、ほとんどが正統な進化を受け入れた。石を与えられて、望む望まないに関係なく、進化させられた。赤く燃えるもの、青く染まるもの、黄色く光るもの。
 ある程度の成長の末、僕たちは進路を余儀なくされる。自分の能力を活かせるようになるやつもいれば、まったく逆の、どう足掻いても成功は見込めない進化を施されるものもいる。僕は平凡な能力を持っていたので、どの進路を歩んでも、それなりに使える存在になるだろうと思っていた。
 そして、僕が命じられた進路は、『エーフィ』という存在への進化だった。

 2

 僕は朝が嫌いだ。
 幼少期、成長期を経て、僕は進化した。進化後は、同じように『エーフィ』に進化した集団で生活することになる。僕はそこでも、当然、平凡な存在になれると信じて止まなかった。僕より優れたエーフィがいて、僕より劣ったエーフィがいて、そのどちらにも属さない、中途半端で、凡庸な存在になると思っていた。
 にも関わらず、僕は朝に弱かった。
 成長の影響か、はたまた進化後の体調不良か分からなかったけれど、僕は朝どうしても起きられなかった。僕だけが、朝に弱かった。今まで大抵のことをこなしてきた僕が、初めて「努力しなければ」と感じた。それくらい、朝に対して、太刀打ち出来なかった。
 目が覚めて、あるいは無理矢理起こされてから、日が真上に昇るまで、眠くて眠くて仕方がない。そして夕暮れと共に体調が落ち着いてきて、夜になると目が冴えてくる。何でも出来そうな気になる。けれど逆に、寝付くことだけは難しかった。寝床についてもどうしても目が冴えてしまって、色々なことを考えてしまう。明日が来るのに、どうしても寝付けなくて、結局僕はほとんど徹夜状態で、毎日朝の集会に顔を出した。
 努力はしたはずだった。
 眠る努力や、夜に体が疲れるように運動をしたりもしたけれど、どうしようもなかった。僕はそこで初めて、今まで自分より劣っていると思っていた仲間に、劣等感を抱き始めた。大抵のことなら出来る僕が、朝起きるという、誰でも出来るようなことが出来ない。
 睡眠不足は祟って、結局僕は仲間内では「使えないやつ」というレッテルを貼られるようになる。寝不足で体は動かないし、頭も上手く働かない。念動力を駆使して戦闘を行う種族だというのに、意識が途切れることは何度もあって、その度にみんなから笑われることになった。
 そのうちに、訓練や集会に僕がいなくても、誰も気に留めなくなった。むしろ、いない方がお互いの精神状態は良好だったと言える。朝、寝床から目覚めて、食事だけしたら、僕は黙って群れから離れた。そして森の木陰で昼寝をして、夕食の時間にまた群れに戻る。食事も、自分で採って、自分だけで食べた。野生で生きていく勇気はなかったし、僕が大人しくしていれば、誰も僕に触れようとはしなかった。
 平凡だと思っていた自分が、実はとても大きな欠陥を抱えていることに気付いて、僕は自分を誇示することをやめたし、誰かを見下すようなことはしなくなった。
 欠陥者は欠陥者らしく、大人しく過ごそうと、あと何十年も何百年もある一生の計画を決めてしまった。

 3

 昼寝で十分な睡眠を取れるようになると、少しずつ、僕の中に眠っていた念力が使い物になってきた。初めのうちは一日の食料を確保するだけで夜になっていた生活も、念力でさっと木の実を回収して、残りの時間は散歩に使えるようになった。日が傾き始めてからの散歩は、僕にとって、心休まるひとときだった。
 散歩を日課にし始めてから一月、二月と過ぎたある日、少しずつ行動範囲を広げていた僕は、森の中にねぐらを見つけた。小屋というほど立派ではなく、倉庫というには小さすぎる。小柄な生き物が眠るのに使うような大きさだった。
 もし誰もいなければ使わせてもらおうと覗き込むと……中には、『ブラッキー』という種族がいた。僕ら『エーフィ』とよく似た、けれどまったく対極にある生き物。
『エーフィ』は朝に生まれ、『ブラッキー』は夜を好む生き物。この二種の生活帯が重なるのはほんの少しの間だけだから、顔を合わせることもほとんどなかった。
 丁度、日が傾きはじめて、そろそろ夜が訪れようという時間。僕にとっては、これからが本番という時間帯だった。ねぐらの中にいるブラッキーは、毛糸玉のように丸まって、寝息を立てている。
 興味本位で、僕はブラッキーに手を出してみた。前足で数回押し込むと、ブラッキーは寝ぼけ眼でこちらを見て、「やあ」と、間の抜けた声を出した。
「こんばんは」
「もう朝?」ブラッキーはもぞもぞとねぐらから這い出すと、空を見上げて、「なんだ、まだ夕暮れじゃないか……」と言った。
「もう夕暮れだよ」
「君はエーフィなのに、随分と元気だね」
 ブラッキーはとても眠そうだった。
「僕はエーフィだけど、朝に弱いんだ。代わりに、夜に強い。夜行性なんだ」
「ふうん。そんじゃ、ぼくと真反対だ。ぼくは夜は眠くて仕方ないんだ……仲間と一緒の生活は辛いから、ここで暮らしているよ」
「群れから離れて? 危険じゃない?」
「体は丈夫なんだ、ぼく。それに、群れている時にぼくだけ寝ちゃうとみんなストレスが溜まっちゃうから、いない方がいいんだ」
 まるで僕みたいだ、と思った。けれど、群れから離れて暮らす勇気は僕にはない。のんびりしているように見えるけれど、この子はとても肝が据わっているんだと思った。
「君はこれから活動するんだね。ぼくは眠るよ。おやすみ」
「ちょっと、ちょっと待って。なんでそんなに平気そうなのさ。僕と同じで、異端扱いされてるんだろう? どうしてそんな、暢気に寝てられるのさ」
「騒いだっていいことないし、群れとは仲良くなれないしさ。そんならしたいときにしたいことをしていた方がよっぽどいいや」
 僕はブラッキーに、また会いに来ることと、おやすみの挨拶をして、その場をあとにした。ブラッキーの返事は、「したいようにするといいよ」だった。自分の抱えた欠陥のせいで、ただ大人しく生きることだけが誰かに許される唯一の方法だと信じていた僕にとって、ブラッキーの存在は、とても異質に映った。

 4

 僕は朝が嫌いではなくなった。
 何度も何度もブラッキーのねぐらに通ううちに、僕はついに群れから離れて暮らす決意を固めた。ブラッキーに僕の存在を受け入れてもらったことで、僕はエーフィの群れを顧みなくて済むようになっていた。結局、孤独を感じるのが怖かったのだ。
 僕とブラッキーは、ねぐらを共有する話し合いをまとめて、それを実行することにした。ただねぐらを共有するだけでは、ブラッキーのところに僕が押しかけた形になる。だから僕は、ブラッキーの分まで木の実を集めることにした。僕が眠りたい日中は僕がねぐらにいて、ブラッキーは食事をしたり、散歩をしたりする。ブラッキーが眠りたい夜間は、ブラッキーがねぐらにいて、僕は木の実を集めに森を散策する。この提案を、ブラッキーはすんなりと飲み込んだ。
「今までより楽そうでいいな」
 というのが、ブラッキーの弁だった。
 一日に数時間だけ、僕とブラッキーが一緒に起きている時間があった。その時間は、僕が一方的に話しかけていた。一緒に木の実をかじったり、時にはブラッキーを連れ出して散歩にも行った。ブラッキーは面倒くさそうにはしていたけれど、嫌がってはいなかったと思う。
 ある時、僕はブラッキーと散歩をしながら、こんな疑問をぶつけてみた。
「どうして僕たちは、群れに適応出来ない体に育ってしまったんだろう。僕が君のようで、君が僕のようなら良かったのに」
 当然、「さあ」とか「どうしてだろうね」という暢気な返事があると思っていたけれど、ブラッキーの返事は予想に反していて、
「それは、ぼくたちが正規の方法で進化させられたポケモンではないからだよ」
 というものだった。

 5

 僕には上手く理解出来ないことだったけれど、ブラッキーが言うには、僕らが暮らす世界は、群れや、『親』よりも、もっと強大で、もっと理不尽なものに支配されているらしい。
『イーブイ』を『エーフィ』に進化させるためには、日が出ている間に成長させる必要がある。『イーブイ』を『ブラッキー』に進化させるのであれば、夜のうちに成長させる必要がある。
 その、朝と夜を、いじってしまえば。
 何らかの方法で、その時間を狂わせてしまえば……朝に『ブラッキー』を、夜に『エーフィ』を生み出すことが、出来るという。
「よく分からないな」と、僕は言う。「そんなことが出来るかも分からないし、する理由も分からない」
「支配者には、支配者の都合があるんだよ」
「その結果、僕らがこんな欠陥生物になってしまうというのに……?」
「ぼくらのことは、数ある要素のひとつとしてしか捉えていないんだよ。例えば、ぼくらが食べている木の実を特別視しないのと、変わりないことだよ」
 ブラッキーの言っていること、なんとなく分かるような気もしたけれど、分かりたくない話でもあった。気にする、気にしないじゃなくて、そもそも眼中にないのだ。
「それじゃあ僕らは、支配者の都合で、こんな体質になってしまったのかな」
「ぼくは本当は、君だったのかもしれない」
「そして僕は君だったのかな」
「多分ね」ブラッキーはのんびりと言った。「でも、もう仕方ないよ、進化してしまったものは」
「君は不満じゃないの?」
「不満を感じても、どうにもならないよ」
 そろそろ眠いや、と言って、ブラッキーはねぐらへと向かった。僕もそのあとをついていく。釈然とはしない話だったけれど、ブラッキーの言う通り、不満を感じてもどうにもならないことだった。

 6

 僕は朝を好きになり始めていた。
 朝が来ると、僕は猛烈に眠くなる。ブラッキーが起きてくるまで我慢して起きているのだけれど、その時間は、以前まで感じていた苛立ちとは違うものだった。ブラッキーとおはようを言い合って、おやすみを言い合って、眠りにつく。その間、ブラッキーは僕を守っていてくれる。むしろ、孤独を感じる夜の方が嫌いだった。そういう意味では、僕はエーフィとして、多少なり正しくあったのかもしれない。
 そしてブラッキーもまた、夜を疎ましく思わなくなったと言うようになった。夜になれば、お腹いっぱいになって眠れるし、その間は僕が守っているので、危険もなくなった。いつしか僕たちは一心同体になり、共同生活を越えた、唯一無二の共同体になっていた。
 僕はブラッキーだったのかもしれないし、ブラッキーもまた、僕だったかもしれない。けれど、そうでなければ出会わなかったのだと思えば、この境遇を、僕は恨もうとは思えなかった。こうして特別な存在に出会えたというのなら、多くの仲間や群れから疎外されたことも、普通で、平凡な一生から外されてしまったことも、むしろ幸運だと思えた。普通でない自分を、特別であると思えるようになった。
 朝が来れば眠くなり、夜が来れば目が冴える。生物としては、昼夜逆転な生活だろうけれど、異常を、特別と認識すれば、勇気がわいてくる気がした。周囲に馴染めなくて、当たり前のことも出来ない僕だったけれど、それでも僕の中に、ほんの少しでも特別なことがあるなら、それを武器にすれば何にでもなれるんじゃないかと思った。
 集団生活に馴染めず、
 平凡から逸脱して、
 疎外感に包まれ、
 孤独に慣れて、
 生涯を憂い、
 己を失い、
 そして、
 その先で出会えたものを、もしそれが全体から見れば些細で、除け者の寄せ集まりだったのだとしても、異端同士をくっつけただけの集合だったのだとしても、僕自身がそれを受け入れられているなら、それはとてつもなく幸せなことだと思えた。何に秀でているわけでもなく、何を誇れるわけでもなく、普通から除外された異常さだったとしても、僕はそれを愛することが出来た。
 ブラッキーは、木訥としていて、暢気で、あまり笑わないけれど、眠っているときは毛糸玉のようで、もこもこしていて、見ていてとても癒された。本来、『エーフィ』にとって『ブラッキー』は天敵である。そんな存在とこうして一緒にいられることもまた、特別なのだろうと思えた。
 僕は朝を好きになっていた。
 そして自分のことも。

 7

「久しぶり」
 ブラッキーが寝静まった頃、つまり夜間に、彼は僕の前に現れた。彼は生き物ではなかった。ただの存在で、ただそこにあるだけだった。
「誰?」
「俺は、プレーヤーだよ」
 確かにそこにいるはずの存在は、プレーヤーと名乗った。それはいつかブラッキーから聞いた『支配者』と同じ存在なのだろうか。
「そうだなあ、なんだか物々しいけど、『支配者』か。間違っちゃいないよ。支配してるのは、俺だから」
「あなたのせいで、僕たちはこんな異質な生命体になったんだ」
「その通り。俺が不正を働いたおかげで、お前たちはおかしなポケモンになったんだ」
「なんでそんなことをしたの?」
「たかがゲームなんだから、別にいいじゃねえかと思ったんだよ。他にももっと悪いことをしたよ。ツールを使って最強のポケモンを生み出したり、データを改ざんしてゲーム上存在しない数値のモンスターを生み出したり。時間を狂わせることなんて、大した問題じゃないんだよ。俺がやってきた他の不正に比べたら、ちいせえことさ。不正なんて言うのもばからしいくらいだ」
「でも、僕たちには僕たちの時間がある」
「だろうなあ」
「それに、不正に大小はないよ。守らなきゃいけないルールがあるはずだよ。真面目にやっている人が可哀想じゃないか」
「真面目って何だろうな」支配者は言う。きっと気怠そうな表情をしていることだろう。「全員が全員、同じ時間を使うことは出来ない。時間の足りないやつは、悪さをする。自然なことだ」
「そんな……」
「お前が念力を使って木の実を落とすのだって、地べたを這うポケモンからすりゃあ、不正に近いはずだぜ」
「そんな……これは僕が持って生まれた能力だ、関係ない」
「例えばもう手に入らないポケモンはどうしたらいい。いや……金銭的な理由だけで手に入らないカセット、ネット環境、対戦相手、コミュニティ……全てが全て平等ってわけにはいかないはずだ。どうしようもなく不正に手を出さなければ、楽しめない人間もいる。違うか?」
「そんなことをして、楽しいの?」
「楽しいからやるのさ。ゲームなんだ」
「僕は、おかしいと思うけど……」
「お前がそう思うなら、俺はそれでいい」
 支配者は、眠っているブラッキーに手を添えると、楽しそうにその毛糸玉を揉んだ。
「消すか?」
 僕はさぞ阿呆な面をしていたことだろう。彼の言う言葉の意味が理解出来なかった。
「何?」
「不正が嫌いなら、こいつを消す」
「……なんで?」
「不正で生まれたお前たち自身から嫌だと言われたなら仕方ない、消すしかないだろう」
「どうしてブラッキーを消そうとしてるの?」
「こいつもお前と同じだからだよ。そのくらいは分かってるんだろう?」
「でも……ブラッキーは嫌じゃないかもしれないよ」
「もちろんお前も消すよ。ブラッキーを消したあとにな」
「……ぼ、僕をからかって楽しいの? 僕がそれで、不正でもいいから生きていたいって言うのを期待してるんだろ? あざ笑いたいだけなんだろ?」
「いや、別にそんなつもりはない。ただ、もう飽きたんだよ」
 支配者はそう言うと、また毛糸玉を優しく揉んだ。
「このゲームに飽きた。不正を働いてまで楽しもうとか、強くなろうとか、頑張ってたのがアホらしくなってな。だから、俺自身、後ろめたいデータは消そうと思った。ただそれだけのことだ」
「……そんな」
「流石に、ゲーム上存在しないようなデータのヤツらはすぐに消したんだがな、おまえらみたいに、ぱっと見じゃ分からないやつらは、意思を尊重しようと思った。俺がゲームをやらなくなっても、お前たちにはお前たちの生活がある。生まれた日付までは変わってないし、改ざんデータとは見なされないはずだ。その上で聞いてるんだ」
 支配者は、ブラッキーの首根っこに手を置いて、きゅうっと掴んだ。
「消すか?」
 嫌だ、と思った。
 僕たちは、傍から見ただけでは、目立った異常性は見られない。体がおかしいわけでもない、ほとんどが正常で、四肢はちゃんとあって、体も変形していなくて、ちゃんと歩けて、走れて、跳べて、関節も曲がる。会話も出来るし、理解も出来る。ご飯をちゃんと食べられて、それを消化出来て、体の中に取り込める。趣味や、生活の中の楽しさを見つけることも出来る。感情だってある。ブラッキーといると楽しくて、ずっと一緒にいたいと思える。それなのに、たった少し、不正を抱えて――言わなければ分からないような不正を抱えて、少し生活の仕方が普通と違うだけで、存在ごと、消えなきゃならないのか。死なないと許されないのか。
 でも、不正はいけないと、僕は思う。
 思うけれど、消えたくはない。
 ひっそりと、生きていたっていいじゃないか。
 誰にも知られず、誰にも悟られず、生きているくらいは、いいんじゃないか。誰にも迷惑を掛けず、誰にも不快な思いをさせず、不正をするくらい、いいんじゃないか……。
 僕は支配者の手を、ぐっと押しのける。ブラッキーの首根っこから、その手を、押しのけた。
「……いつか売る時は世界ごと消える。その時は勘弁しろよ」
 支配者はそれっきり、ふっと消えてなくなった。僕は前足をブラッキーの首元に置いたまま、呆然としていた。
 支配者は名残惜しそうにするでもなく、ただただふっと消えた。本当に、僕らの存在なんて、どうでも良かったみたいだ。けれど、一応、気に掛けてはくれていたみたいだった。不正のせいで群れに馴染めなかったことを恨めば良いのか、不正のせいでブラッキーに会えたことを感謝すれば良いのか、分からなかった。
「……ん、何?」
「え? ああ、ごめん」
「もう、朝?」ブラッキーが目を覚まして、毛繕いをする。「まだ夜だ。寒かったの?」「何が?」
「僕は毛並みが長いから。寒いなら、毛布になろうか」
 ブラッキーはそう言って、また寝床で毛糸玉になった。僕は少し考えて、ブラッキーと一緒に丸くなることにした。眠れなかったし、目は冴えていたけれど、温かかったし、ブラッキーが消えずにちゃんといることを確かめられた。

 8

 僕は朝を受け入れることにした。
 そして、不正や、改ざんをも。
 それが許せないという気持ちや、それが悪いことだという気持ちも、同時に持っている。自分の存在を悪だとしながらも、ただひっそりと、誰かに不快な思いをさせないように、誰かに迷惑をかけないように、ただひっそりと暮らすことを選び、実行する。
 偶然僕には、ブラッキーという友達が出来た。ブラッキーがいなかったら、僕は支配者からの質問に、何と答えただろう。いっそ消えたい、と願ったかもしれない。そして支配者を恨んで、呪ったことだろう。
 朝が来ると、とてつもなく眠くて、すぐにでも目を閉じたくなるけれど、僕はブラッキーが目を覚ますのを待っていた。けれど今は、朝が来る前にブラッキーの隣に寝転がり、その温もりを感じている。そしてブラッキーが目を覚ましたら、挨拶だけを交わして、僕が代わりに眠りにつく。
 無理矢理起こされる朝が嫌いで、眠れない夜が嫌いだったけれど、ブラッキーが目を覚ます朝が好きで、ブラッキーが眠りにつく夜が好きだ。そして寄り添っている時間が好きで、一緒に食べる木の実が好きで、散歩をする森が好きで、これから続いてくれるであろう一生を、恐らく好きでいられることだろう。
 不正の中で生まれた欠陥生物の僕は、けれどそれをひた隠しにして、一生物としての誇りや尊厳とは無縁に、ただ楽しさや幸せに包まれて生きて行くことにした。
「おはよう」
 毛糸玉から声がする。僕はまだ温かいブラッキーの背中に触れて、温もりを確かめる。
「おはよう。おやすみ」
「うん、おやすみ。またあとで」
 集団に馴染めず、群れから逸脱しても、どこかに安寧の地を求めて、暮らして行ければ、それはとても素敵なことなのだろう。


戯村影木 ( 2013/12/25(水) 22:42 )