第5話─宰相との対決─
「あっ。見えてきた。あれが城下街よ。」
城下街に点々と浮かぶ灯りの群れを指差し、マナ王女は安心した様な言葉をユウに掛けた。
一方のユウは荷物の類いを持たされ、ヘトヘトだった。二人はユーラ城を目指し、ひたすら歩いていた。
それ故、彼等には衝撃が強すぎた。ユーラ王国の、変わり果てた姿に。
*
*
「なに……これ……」
呆然とするマナ王女の声が、ユウの耳に届く。
後方にいたユウもマナ王女と肩を並べ、城下街に視線を向ける。
そして、マナ王女の言葉を理解したのだった。
ユーラ王国の様子は、正に地獄絵図だった。
かつては綺麗に舗装されていた街道。
しかし、今では石畳は剥き出しになり、ゴミが散乱している。
重税により物価が高揚し、満足な食事を食べれなくなった国民がゾンビの様に城下街を徘徊している。
空は暗雲に覆われ、陽光は一筋も射さず、昼間だというのにまるで夜中の様に暗く、静寂に支配されていた。
ユーラ王国という名の船は、徐々に転覆の道に進んでいた………
呆然とするユウとマナ王女の耳に、突然、男の怒号が滑り込んできた。
視線を声の源の方に向けると、そこには薄汚れた身なりの男と、その男を追いかけ回す衛兵の姿が在った。
よく見ると男の手には薄汚れたリンゴが握られている。
どうやら男はこのリンゴを盗ったらしい。
マナ王女は思わず男と衛兵の間に割り込んだ。
「ちょっと!この人は多分お腹が空いていたのよ。見逃してあげなさいよ。」
王女としての威厳に満ち溢れた言葉だったが、この衛兵には無効の様だった。
フンと鼻を鳴らし、いかにも軽蔑した様な視線をマナ王女に向け、衛兵は言葉をマナ王女に放った。
「フン。俺達は犯罪者を逮捕する為にこの城下街を警備しているんだ。お前らにとやかく言われる筋合いは無いね。」
その言葉に、マナ王女は憤怒の言葉を衛兵に浴びせた。
「貴方達は、その立場を利用して国民達を弄んでいるだけよ。そんな事、私は許さない!」
衛兵はその言葉に気圧された様に二.三歩下がると、懐からモンスターボールを取り出し、叫んだ。
「なんだぁ?衛兵への怒声は重罪だぞ。お前らには今、刑罰を受けて貰おう!出てこい!ウェンディ!」
衛兵の言葉と共に宙にモンスターボールが舞い、そこから一匹のポケモンが飛び出して来た。
鍛え抜かれた四肢に、見つめられた者は気圧される様な鋭い瞳。
それにより鍛えられている事が分かる。
マナ王女を後ろに庇い、ユウはモンスターボールからエルレイドを呼び出した。ウェンディに向かって衛兵は叫んだ。
「ウェンディ!火炎放射≠セ!」
ウェンディの口から高温の炎が放たれる。
ユウは冷静に分析し、ある結論を出した。
(相手の火炎放射≠ヘ威力が高いだけだ。それなら……)
ユウは数秒で分析を終え、エルレイドに向かって叫んだ。
「エルレイド!飛べ!」
その簡素な命令に衛兵は鼻で笑った。
「へっ。そんなんで俺のウェンディを倒せるわけ無いだろ。」
しかし、衛兵はユウの策を知る事となる。
ユウのエルレイドは正に神速とも言えるスピードを誇っている。
何よりも、ラルトスの頃から共に暮らしてきた相棒だ。
ユウが何を望んでいるのかが分かるのだ。
エルレイドは跳躍してウェンディの背後に回り込んだ後、その背中にサイコカッター≠お見舞いした。
それも一撃では済まない。自身のスピードを活かし、何十発ものサイコカッター≠お見舞いした。
どんな耐久力を持つポケモンでも、何十発もの攻撃を食らえば只では済まない。
何よりも攻撃を重視した育成しかしていなかったウェンディが堪えられる筈が無い。
あっという間に倒れてしまった。
衛兵は舌打ちするとモンスターボールにウェンディを入れると、その場を逃げる様に立ち去った。
マナ王女は男の元に向かい、声を掛けた。
「大丈夫ですか?お怪我は………」
そんなマナ王女の言葉を遮る様に、男は言葉を綴った。
「けっ。またかよ。お前、マナ王女だろ。鬱陶しいんだよ。良い子ぶって俺達平民を助けて。どうせ、『私王女です。』てっ、王族アピールを俺達平民にしてるんだよ。けれど、何かあったら掌を返した見たいに逃げる。自分が英雄視される為に俺達平民を助ける。もう、沢山だよ。」
吐き捨てる様にそう言うと男はその場を立ち去った。
ユウは顔を俯かせているマナ王女に、慰める様に言葉を掛けた。
「マナ王女。きっとあの男の人も空腹でイライラしていただけですよ。だから、あんな事を言ってしまったんだと思います。」
しかし、それは効果を示さなかった。
マナ王女は、ゆっくりと顔を上げた。
黄緑色の瞳は涙で覆われている。
マナ王女は言葉を綴った。
「ねぇ貴方。私は今まで国民に手を差しのべていた。でも、それは間違いだったの………?」
もし、国民を優しくする行為が只の自己満足だったら。
国民にとって、それが只の王女の自己満足だと受け取られていたら。
彼女の脳裏を掠めるのは全て仮定≠セが、それでも彼女の心を折れさせるのには十分だった。
彼女を支えていた物が、音を立てて崩れ散った。
マナ王女は膝に顔を埋め、泣き出した。
暫くユウはどう慰めるべきかと考えていたが、ある考えが思い付き、マナ王女の肩に手を置くと、言葉を紡ぎ始めた。
「マナ王女。貴方は王女です。王女は例えどの様な言葉を浴びせられようと、それを受け止める強い器が必要です。貴方はもう既にその器はある。しかし、その器はとても脆いのです。その理由は、貴方が未だ辛い事を体験していないからです。」
今まで膝に顔を埋めていたマナ王女が、さっきの泣き顔とは違う、驚いた様な表情になっている。
ユウは彼女と視線を合わせ、言葉の続きを紡ぐ。
「マナ王女。器は最初は誰でも小さいものです。しかし、辛い体験等をして、器は大きくなっていくのです。しかし、貴方はそのチャンスに恵まれなかった。」
マナ王女の顔がハッとした様な表情に成る。
ユウは、続きの言葉を紡ぐ。
「だからこそ、あの男の人の言葉に貴方の器はあっという間に壊れてしまった。でも、貴方はユーラ王国王女マナです。貴方には、王女としてこの王国を守る使命がある。その為に、辛い事が沢山あるでしょう。でも、それも器を大きくする為です。マナ王女。だから、ここで挫けてはいけません。」
ユウの優しさと厳しさを合わせた言葉に、マナは顔を上げる。
そこには、王女としての気高い雰囲気を纏ったユーラ王国第一王女マナの姿が在った。
マナ王女はユウに向かって、決意に溢れた言葉を綴った。
「分かりました。私は、ユーラ王国の王女。王国を守る道を捨てる気は有りません。王宮へ参りましょう。父上なら、何か知っている筈です。」
その言葉に、ユウは力強く頷いた。
「分かりました。マナ王女。貴方の仰せのままに。」
*
*
謁見の間には、一人の男がグェーヘンの前で頭を垂れていた。
男は漆黒のローブを身に纏い、陶器の様に白い肌をフードの隙間から覗かせている。
グェーヘンは、男に向かって声を掛けた。
「グレイ殿。計画は進んでいるのだな。」
グェーヘンの言葉に、男は頷く。
しかし、それは誰が見ても形だけの頷きだった。
男は感情の籠っていない冷徹な声で言葉を紡いだ。
「グェーヘン殿。計画は着々と進んでおります。国王に出す食事に毒を仕込んでいますが、国王は既に身体を病毒に蝕まれ、長くは持たないでしょう。その時は………」
「分かっておる。国王が病死し、私が国王となった暁には、お前ら【ブラックライオン】にアレス王子の持つ【双兄の雫】とマナ王女の持つ【双妹の雫】を渡す。」
グェーヘンの言葉に、グレイは静かに頷き、言葉を紡ぐ。
「あれが手に入れば、我が長も喜ぶでしょう。ユーラ国王亡き後のグェーヘン殿に、出費をしてくださるかも知れません。」
その言葉に、グェーヘンは王座から身を乗り出す。
「何だと!それは本当か!」
グェーヘンの言葉に、男は頷く。
「我ら【ブラックライオン】に加担をしてくださった御礼を、必ず長はするでしょう。宝石や高級品等も下さるかも知れません。」
男の言葉に、グェーヘンの唇に笑みが広がる。
脳裏で様々な妄想をしているだろうと思えた。
「それでは、私は本部に報告をしなければいけません。それではさようなら。」
心身共に凍りつきそうな程の冷徹な一言を残し、男は立ち去った。
謁見の間を出て直ぐの廊下に立つと、男は通信機に映る緑髪の青年に向かって声を掛けた。
「シレン。任務はこなした。後は帰還するのみだ。」
すると、青年が肩を竦めながら言葉を男に掛けた。
「強欲だっただろ?そのグェーヘンって奴。」
すると、男は頷いた。
「ああ。ああいう人種は強欲で自分の事しか考えていない造りなんだろう。ああいう奴等を見ていると吐き気がするな………と。彼奴の話をするのはもうウンザリだ。早くテレポーション装置を起動してくれ。シレン。」
男の言葉に、通信画面越しに青年は頷いた。
「ああ。分かった。ところでよ、俺の名前はシレンじゃなくてウィーレン。シレンは兄貴の名前。いい加減、俺の事シレンって言うの止めろよ」
その言葉に、男は口元に笑みを浮かべた。
「すまない。この名前の方が手短に済んで良いもんでな………」
「相変わらずお前は手短に済むのが好きだな。まあ、それは置いといて、早く押すか。それじゃあ、押すぞ。」
青年の言葉と同時に、何かを押す音が通信画面越しに響く。
次の瞬間、男の姿は消えていた。
後に残っていたのは寒々しい空気の満ちた廊下だけだった………
*
*
幾多もの衛兵達との戦闘を潜り抜け、ユウ等はユーラ城に到着した。
上空では不気味な暗雲が渦を巻き、まるで城を飲み込もうとしているかの様だった。
マナ王女は家出の際に持参していた小さな鞄から金属製の古びた鍵を取り出した。
ユウが其は何かと訊ねると、マナ王女は苦笑を浮かべながら答えた。
「実は、家出した時に帰る時堂々と正門を渡っちゃ気まずいからって裏門の鍵を持ってたの。でもまさか、こんな時に役立つなんて………」
マナ王女の言葉は尤もだった。
二人は城を警備する警備兵を掻い潜り、二人は何とか城内に侵入する事に成功した。
だが、此所で最も苦労したのはある意味ユウかも知れない。
城内に一歩足を踏み入れた途端、マナ王女が疾走したのだ。
身に纏うドレスが汚れようが掠れようがお構い無しに走っているのだ。
城内には沢山の警備兵が居たが、彼女の迫力に圧され無用の長物と化している。
多少脚力に自信が有ったユウだが、彼女に重い荷物を背負った状態でとてもじゃないが追い付けない。
そこでユウは近くに居た警備兵に荷物を投げ付けると、猛ダッシュでマナ王女を追いかけた。
ユウが立ち去った数秒後、ユウに荷物を投げつけられた警備兵の悲鳴が城内に響き渡った。
*
*
謁見の間に着いたユウは、其処に広がる光景に茫然と立ち尽くした。
床に横たわるアレス王子を必死で揺さぶるリサとマナ王女。
そして、アレス王子に重傷を負わせた犯人と思わしき一匹のポケモン。
茶色の体毛に包まれた巨体。一本の剣の様に鋭い湾曲した白銀の牙。
そのポケモンの名はマンムー。
四人の居合わせた宿屋に体当たりをしたポケモンだ。
マンムーの背後から、勝ち誇った様なグェーヘンの声が聞こえる。
「グハハハハ!とうとう、煩わしいユーラ王国の兄弟二人を抹消できる日が来たわ!お前らはこのマンムーに踏み潰され、その生涯を終える事となるのだ!グハハハ!グハァ!」
グェーヘンの言葉を皮切りに、マンムーの巨体が動いた。
マナ王女とリサは咄嗟に瀕死のアレス王子を抱えて安全圏へと逃れた。
ユウはモンスターボールからエルレイドを呼び出した。
長年の相棒はマンムーの姿を見ただけで全てを悟ったらしい。
低く唸り声の様な鳴き声を発した。
ユウは首から下げた宝物のペンダントを握りしめ、エルレイドに向かって一言、「頼む。相棒」
と声を掛けた。
次の瞬間、エルレイドが跳躍した。
マンムーの背中に飛び乗り、その背中に向かってサイコカッター≠数十発お見舞いする。
しかし、何時まで経ってもマンムーは倒れない。
それどころか、自身を痛め付けた犯人に対する憤怒を表すかの様に暴れ始めたのだ。
みるみる内に謁見の間は砂埃に覆われ、視界が確保出来なくなった。
砂埃の中から、エルレイドの悲鳴の様な鳴き声と何かが叩き付けられる様な音が聞こえてくる。
「あ………」
ユウの脳裏に最悪の光景が広がる。
どうかその光景が推測だけで済みます様にと内心で祈りながら砂埃の中へと入る。
ユウは目に砂が入るのも気にせず必死になって相棒に向かって呼び掛けた。
「エルレイド!何処に居るんだ!」
すると、西の方角から彼の呼び掛けに応じる様にエルレイドの弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
脇目も振らず、ユウは鳴き声の方向に向かって走っていった。
床に横たわるエルレイド。
普通ならばマンムーの背中から床に叩きつけられれば只では済まない。
しかし、謁見の間には絨毯が敷かれている。
絨毯が緩衝材になって少しは床に叩きつけられた時のダメージが減るだろう。
最悪の光景が広がらなくて良かったとホッとする一方で、相棒であるエルレイドをこんな目に合わせたマンムーやグェーヘンに対する怒りが沸き上がってくる。
その怒りはみるみる内に心に充満し、膨張していく。
このユウの怒りが運命の歯車を狂わせる等、誰が予想していたで有ろうか。
ユウはペンダントを握りしめ、憤怒に彩られた言葉を放出した。
「エルレイドをよくもこんな目に逢わせやがって………グェーヘン!僕は絶対お前を赦さない!ユーラの民を苦しめ、王国を意のままに操り、僕のエルレイドに重傷を負わせた大罪、償って貰うぞ!!」
ユウはそう言いきると、ペンダントを頭上にかざし、歌でも口ずさむかの様に言葉を紡ぎ始めた。
「封印されしキーストーンの光よ、我の憤怒を供物に、我に闇をも引き裂く制裁の光の力を与えよ。いざ、【メガシンカ】!」
彼の言葉が終わった瞬間、突然、開けられなかった筈の蓋が開き、そこから溢れんばかりの光が飛び出した。
光は砂埃を引き裂き、ユウとエルレイドをまるで繋ぐかの様に包み始めた。
数分後、光が晴れ、ユウとリサの姿が露になる。
其処には、何時ものユウの姿は無かった。
身に纏う服はユウが今まで纏っていた安物のパーカーでは無く、まるで貴族の様な、それでいて威厳と見た者を圧倒する【何か】が漂う白を基本とした服だった。
頭には黄金に輝く小さな王冠が乗せられている。
それだけでは無く、容姿にも変化が有った。
蒼の瞳は以前のユウに比べ鋭く高貴な雰囲気に成っており、顔立ち全体を見ても雪化粧を施したかの様に白い肌に均整のとれた顔立ちは、一度通り過ぎた者が二度振り返る程の美貌だ。
エルレイドにも容姿の変化が有った。
背中を覆う純白のマントに、紅と白で統一された腕。
何よりも特徴的なのが、高貴で均整のとれた顔立ちだという事だ。
ユウはエルレイドに向かって呼び掛けた。
「エルレイド。サイコカッター≠セ。」
ユウの言葉にエルレイドは頷く代わりにマンムーに向かって襲い掛かった。
マンムーからすれば、白い疾風が自身に向かってくるということだ。
背中に飛び乗ったエルレイドはそのまま攻撃はせず、鼻の両側に付く牙に向かってその腕を振り下ろした。
鋼鉄にも匹敵する程の強度を誇る事で有名なマンムーの牙だが、エルレイドの刃の様な腕はその鋼鉄すらも断絶する。
ましてや【メガシンカ】により世界一の強度を誇るダイヤモンドすらも破壊する威力にパワーアップしているのだ。
マンムーの武器の1つである牙を切り落とすこと等、造作も無い事だった。
牙の一つを切り落とされたマンムーはその痛みに暴れ狂うが、エルレイドは何処吹く風だ。
もう一方の牙に飛び移ると、ひと振りで切り落とした。
二つの牙を切り落とされたマンムーは暫くの間暴れ狂っていたが、やがて戦意を喪失し、床に横たわった。
其を見たグェーヘンは顔色が青を通り越し白色に成っていた。
何しろあれ程までに巨体で獰猛なポケモンだ。
優勢も束の間、戦局は謎の【メガシンカ】により、一気に突然乱入してきた少年側に傾き、とうとうマンムーは大敗を喫した。
グェーヘンは尚も保身に走ろうと謁見の間を抜け出したが、廊下には沢山の人々で溢れ返っていた。
その中には自身に使えていた者まで紛れ込んでいた。
彼等の先頭に立つ男がグェーヘンを指差し、叫んだ。
「おい!居たぞー!この王国を滅茶苦茶にした奴、グェーヘンだ!捕らえろ!地下牢に放り込め!」
男の言葉と同時に一斉にグェーヘンに向かって大量の人々が押し寄せてきた。
数分後、グェーヘンは手錠を掛けられ、そのまま地下牢へと連行された。
一方元の姿に戻ったユウ(エルレイド含む)は、リサとマナ王女の訊問に掛けられていた。
しかし、答え様にもその時の記憶が一切無いのだ。
其はエルレイドも同様だった。
マナ王女とリサが困惑した顔を見合わせたその時だった。
「マナ……マナか?マナなのか?!」
威厳に溢れたその言葉に、二人はユウに対する訊問を止めざるを得なかった。
視線を声の主の方向へと向ければ、其処には眼を見開き、マナ王女を凝視するユーラ国王の姿が有った。
マナ王女は気まずそうに一瞬宙に視線を泳がしていたが、やがて決意を秘めた眼で国王を見据え、言葉を紡いだ。
「御父様。あの………私……城を出る前、御兄様と喧嘩をしていました。だから、御兄様に失踪関与の罪を擦り付けようと思って、城を出たんですけど、まさか、こんな事になるなんて………御父様、本当に……御免なさい………」
マナ王女の言葉に、国王は首を横に振り、マナ王女の肩に手を乗せた。
「いいのだ。マナよ。何か困った事が在れば、何時でもこの父に相談すれば良い。所で……あの二人は誰だ?見知らぬ顔だが………」
国王の言葉にユウとリサの二人は各々自己紹介をする。
二人の自己紹介とその合間に添えられた途中経過に、国王は驚いた様に眼を見張った。
「何と!私が捕虜の身に成っている間、その様な出来事が在ったとは………」
不意に途中で言葉を区切ると、国王はマナ王女に視線を向け、言葉を掛けた。
「マナよ。アレスは召し使いに命じて部屋で寝かせている。もうすぐで起きるだろう。その時は、ちゃんと仲直りをしなさい。」
その言葉に、マナ王女は急に動揺し始めた。
それも無理は無い。相手は数時間前に大喧嘩をした兄だ。
数時間前のマナ王女なら断固仲直りを拒否した筈だ。
しかし、今の彼女はその選択肢を選ばなかった。首から提げた【双妹の雫】を握り締め、マナ王女はアレス王子の寝かされている部屋へと赴いた。
*
*
部屋の一角に在るベットに寝かされていたアレス王子は、部屋の扉が開閉する音で眼が覚めた。
視線を扉に向けると、其処には気まずそうに視線を下に向けるマナ王女の姿が在った。
数秒の沈黙の後、マナ王女はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「御兄様……あの……その……私……御兄様が幼少の頃から大切にしていた……腕輪を………壊してしまって………本当に……申し訳………有りませんでした………」
マナ王女の言葉に頷きながら、アレス王子はマナ王女の肩を掴み、言葉を紡ぎ始めた。「俺こそ、すまなかった。お前が肌身放さず持っていた指輪を、紛失してしまって………本当に、申し訳無い。」
そう言い切ると、アレス王子は微笑を浮かべた。
それに釣られる様に、マナ王女も笑みを浮かべる。
その時、扉が開き、国王とユウとリサが顔を覗かせた。
「どうやら、仲直り出来た様だな。」
国王の満足そうな言葉に、二人もお互いの顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
すると、国王が不意に言葉をマナ王女とアレス王子に言葉を掛けた。
「マナとアレスよ。マナが持つ【双妹の雫】とアレスの持つ【双兄の雫】の秘密を知っているか?」
国王の言葉に、二人は首を左右に振る。
その反応に、国王は二つの国宝の秘密を明かした。
「実はな、その二つの雫、二つに割られた様な形をしているだろう。マナの持つ【双妹の雫】とアレスの持つ【双兄の雫】、この二つの石を合わせると、王家に伝わる真の秘宝、【心の雫】に成るのだ。早速合わせてみよ。」
国王の言葉に、二人は頷くと【双妹の雫】と【双兄の雫を合わした。
すると、突然溢れんばかりの光が合わさった【双妹の雫】と【双兄の雫】を包み込んだ。
光は青と赤に変色し、やがて二つの石を再度包み込んだ。
光が晴れると、其処にはユーラ王家に代々伝わる秘宝【心の雫】が在った。
感嘆する四人に向かって、国王は言葉を綴った。
「【心の雫】は兄妹神と言われるラティアスとラティオスの加護が掛かっているという。この【心の雫】の伝承に由ると、『大いなる試練を兄妹が乗り越えし時、【心の雫】成りて王国に永久の平和訪らん』と有る。きっと、この王国は若き英雄達であるお前達のお陰で、永久の平和が訪れるだろう。」
国王のその言葉に、四人はお互いの顔を見合わせ、微笑んだ。
窓の外には、何処までも青空が広がっていた。
*
*
「ねぇ。ユウ。マナ王女と居る間、何が有ったの?」
夕日によって橙色に染まった道を歩きながら、リサがユウに質問した。
ユウとリサはその後、マナ王女等と別れ、旅路に着いた。
一時期は荒れていたユーラ王国だったが、国王が敷いた政治により、王国がグェーヘンに支配された時よりも、否、グェーヘンに支配される前よりも良くなった。
国王に対して反乱を起こし、国王を拉致し、おまけにその間最悪とも思える政治を敷いたグェーヘンには国王に対する反逆罪により、終身刑が課せられた。
現在は獄中で沢山の罪人に紛れて獄中生活を送っている。
一方の国内は驚くべきニュースで沸き立っていた。
何と国王がアレス王子に王位を譲り、隠居生活を始めたのだ。
最初こそアレス王子は遠慮していたが、何を思ったか、王位を継ぐ事を決めたのだ。
其を影から支えるのは、アレス王子の妹であるマナ王女だ。
ユーラ王国はその後更なる発展を遂げ、ファルドシア大陸で一.二位を争う先進国となるが其は未だ先の事だ。
リサが放った質問に対して、ユウはペロリと舌を出し、答えた。
「秘密だよ〜」
ユウの気の抜けた返答に、リサは眉を吊り上げた。
「何をしたかってくらい、教えなさいよ!」
「うわぁ〜リサが来た!逃げろ逃げろ〜」
「こらぁ!何をしたか教えろ〜!」
ユウを追いかけ回すリサ。その頭上に広がる空は、淡い橙から濃紺へと変わっていった───