プロローグ
豪雨の中、一人の女性が密林を駆け抜けていた。
陽光を浴びれば燦然と輝くであろう金髪は、雪化粧を施したかのように白い肌に、絡み付くかのように張り付いている。
サファイアの様に美しい瞳も恐怖に彩られている。
そんな彼女を嘲るかのように、密林に蹄の音が響き渡った。
彼女を追いかける三つの影は、古来より人と生活を営んできたポケモン、ゴーゴートに跨がっている。
彼女は尚も必死に足を動かすが、底抜けの体力を持つゴーゴートに敵う訳がない。
これ以上の逃亡は不可能と推測した彼女は、自身が胸に抱く赤ん坊をきつく抱き締め、左に逸れた道へと進路を変えた。
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ほんの僅かだが、彼らの追跡を撒けたかもしれない。
彼女は何かに引き寄せられるかの様に、密林の中に立つ神殿へと向かった。
純白に輝く神殿は、立ち寄ってはいけない、そのような【何か】で満たされていた。
彼女はそれに怯えることなく悠然と神殿の内部に入り、その奥に広がる広間の様な所へ向かった。
広間の更に奥には銀色に輝く巨大なクリスタルの様なものが窪みに嵌め込まれていた。
彼女は首から下げていた銀色のペンダントを取り、それを赤ん坊に掛けた。
「ごめんね。ユウ。でも、あなたが【蒼き衣を纏う者】の【意思を継ぐ者】達の手から逃れるには、これしか手段がないの。本当にごめんね……」
涙を流しながら、彼女は不思議な紋様の刻まれたペンダントに触れ、何かを呟いた。
次の瞬間、ほんの一瞬、神殿は白銀の光に包まれ、数秒後には彼女と赤ん坊の姿は忽然と消えていた。
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その頃、彼女を追跡する三つの影は、彼女が逃げ込んだ神殿の前に進んでいた。
神殿を指差し、一つの影が囁く。
『あの女は、ここへ逃げ込んだらしい。とっとと中に入って【命を創りし者】に仕えるあの忌々しい一族を根絶してやろうぜ。』
するともう一つの影が、呻く様に呟いた。
『オルグ。あの神殿は【命を創りし者】の加護が掛かった神殿だ。不用意に近付けば、制裁を受けるだろう。』
すると注意を受けた影が、苛立ちを隠せない様子で言葉を綴った。
『チッ。【命を創りし者】には逆らえないっていう俺達の【掟】かよ……よく覚えていたな。グレイ。この【掟】のおかげで、俺達の行動は規制されてばかりだ。ふざけんなってやつだ。』
するともう一つの影が、注意するようにその影に向かって呟いた。
『おい。オルグ。あまり余計なことを言わないほうがいいぞ。ボスにバレたら、俺達はあの恐ろしいヘルガーに焼き尽くされてしまうぞ。』
すると冷やかしを受けた影は、忌々しそうに言葉を吐き出した。
『ケッ。分かっているよ。俺達は、【命を創りし者】に並んでボスには逆らえない。まっ、逆らう気は毛頭ないがな……っと。』
闇に同化したかのように黒い腕時計に視線を滑らせ、その影は二つの影に呼び掛けた。
『おいグレイとウィーレン。もう本部へ帰った方がいいぜ。』
その言葉に、一つの影が呟いた。
『では、帰還するぞ』
氷の様に冷徹なその言葉を合図にしたかのように、三つの影とその影が跨がっていた三匹のゴーゴートは、跡形もなく消え去った。
この出来事から数千年という時を経て、運命の扉は開かれる………