ようこそ、喫茶シルベへ








小説トップ
ティータイム 4.5th time-探しもの-
33杯目 探す存在

 道が交わろうとしていた。
 時間が重なろうとしていた。
 一つは探す存在。一つは事実を知らない存在。
 出会ったとき、どんな答えを見つけるのだろう。



   *



 これは、そんな探す存在の物語。
 道が交わるまでの物語。
 時間が重なるまでの物語。



   *



 育てることを生業にしている一家の生まれだった。
 育てると一言で言っても。それは。
 預かったポケモン達を、一定の強さまで育てることだったり。
 そのポケモンの魅力を引き出してあげたり。
 分野は様々ある。
 特にうちが得意としているのは、ポケモンの魅力を引き出してあげることだった。
 だから。自分もいずれはそれに関わるのだろうな、と物心がついた頃から思っていた。
 そう思ったとき、自分に何が出来るのだろうかと考えた。
 育てるということは、まずはポケモンのことを知らないとだめだと思った。
 それならば、触れることから始めよう。
 だから、高校を卒業後すぐに旅に出た。出ようとした。
 そこでいろいろな出会いをして、時には別れもして。
 それを通して、ポケモンのことを知ろうとした。
 傍らには相棒のレントラーがいて。彼女はコリンクの頃からの付き合いで。
 旅先で新たな仲間との出会いもあるかもしれない。
 そんな、淡い期待に胸を膨らませているときだった。

「るい、この子を育ててみないか?」

 そう言った、少し年の離れた兄の腕には、タマゴが抱かれていた。
 ポケモンのタマゴだ。
 自分にとっては見慣れた存在。
 タマゴに触れることも多かった。
 そこから孵るポケモン達を育てる仕事もある。
 兄の顔を見上げたら、兄の視線が横に落とされた。
 その足元で、兄のパートナーのイーブイがこちらを見上げていた。

「ヴィヴィにタマゴができたんだ。きっと、美人なイーブイが孵るよ」

 兄の言葉を受け、当然でしょ、とでも言うように、彼女は自慢げに胸を張る。
 兄が再び、こちらに視線を向けた。

「この子を通じて、お前の成長をみてみたいんだ」

 そうして、自分はこのタマゴを育てることになる。
 そう、なるはずだった。
 気が付いたらその子は。
 目の前からいなくなっていた。
 まだ、孵る前だった。




 ねえ、どんな子だったの。



   ◇   ◆   ◇



 のろのろとまぶたを持ち上げた。
 まだ朧気な意識に、朧気な視界。
 やがてそれが鮮明になっていき、天井でくるくると回るシーリングファンを見つける。

「夢か……」

 呟きが吐息と共にこぼれた。
 随分と昔の夢を視ていた気がする。
 けれども、その夢も次第に朧気なものになって。
 ごろりと身体の向きを変える。
 と、そこに。

「びっっくりした……」

 伏せ状態でこちらを向く存在があった。
 蒼の瞳が不機嫌に揺らめく。

「ヴィヴィ、驚くじゃん」

 少女にヴィヴィと呼ばれたグレイシアは、ふいっと顔を背けて。
 そのまま少女が転がるベッドから降りて行ってしまった。

「ああ、はいはい」

 億劫そうに言葉をこぼす。
 少女はむくりと起き上がると、肩まである紺の髪がはらりと落ちてくる。
 それを鬱陶しげにかきあげれば、掛布をはね除けてベッドから降りた。
 赤紫の瞳が眠たげに瞬き、部屋をあとにした。



   *



りんの、お腹空いたぁーっ!!

 仰向けで手足をばたつかせるレントラーに。
 そんな彼女をたしなめる声。

これ、お主はおなごであろう。はしたないではないか

 オンバーンの眉間にしわが寄る。
 どたばたと賑やかな音をたてていたレントラーが、ぴたりとその動きを止めれば。
 彼を見据えて、口をへの字にしてふくれた。

もふ、うるさい。それ、聞き飽きたもんっ

 ふいっと顔を背けると、ごろりと身体を横に転がす。
 朝、目覚めてから、それなりの時間は経っていると思う。
 それを自分はしっかりと待った。
 それはもう待った。
 起きてから十分くらいは待った。
 もう我慢出来ない。

りんの、お腹空いた……

 同時にレントラーの腹から、きゅるると音が鳴り響く。

もう、動けないもんっ

 そんな彼女の呟きに、そっとオンバーンは嘆息する。
 身体は大きいというのに、いつまで経っても精神の成長がない。
 はあ、と再度の嘆息。
 それを聞いたレントラーが、ぎろりと金の瞳を向けてきた。
 が、それもすぐにそらされ、力なく伏せられる。
 腹が空いたというのは、本当なのだろう。
 そういう自分も、腹は空いている。
 だが、それは決して表に出さないのが大人というものだ。

主殿は朝に弱いからの。我とて、そろそろ朝食にはありつきたいものよ

 そっと呟いたつもりだったが、その言葉はしっかりと彼女に届いたようで。

ほらぁ、もふだってはらぺこのはらぺこりんじゃんっ

 膨れっ面の顔がこちらを向いていた。

だがな、りんのすけよ。我らは人間と共に在ると決めた身なのだ

 諭すように、オンバーンは言葉を続ける。

それならば、人間に合わせねばなるぬ。主殿が朝に弱いのならば、我らは主殿が起きてこられるまで待たねばならぬのだ

 わかったか、りんのすけよ。
 と、レントラーを見やったとき、そこに彼女の姿はなかった。
 鈍い金の瞳が瞬く。
 すると、背後から声がした。

りんの、るい起こしてくる

 オンバーンは慌てて振り返る。

だから、りんのすけよ。我らは待たねば

はいはい、もふはそうすればいいじゃん。りんのは別にいいもんっ

 そう、別に自分はいい。そういうのじゃない。
 レントラーはそう思っている。
 自分は始めから、るいと共に居たのだから。
 別に付き従うとか、そんな関係ではない。
 るいとは自分がコリンクの時から。
 否、それこそタマゴから孵る前から一緒なのだから。
 それはもう、家族みたいなものだと思っている。
 だから、そんなの知らない。
 けれども。
 オンバーンの思うような関係も否定しているわけではない。
 彼はるいが認めて仲間にしたのだから。
 自分とは違う繋がりの形。
 彼には彼の。自分には自分の形がある。
 それだけ。それだけのこと。
 ただ、彼は少し自分の考えを押し付けるところがある。
 そこが少し気に入らないだけ。
 ほら。今だってずっと、主がどうとかと語っている。
 ああもう、うるさいな。

もふ、うるさいしくどいっ

 ふんっと顔を背けたら。

りんのすけよ、そのような口答えはよくないと、いつも言っておるであろう?

 オンバーンが顔をしかめ、鋭い視線を向けてくる。

もふはいつもいつも、同じことばかりだもんっ

 レントラーも負けじと睨みをきかせる。
 両者共に引く気配はない。
 もう一刺激があれば、どちらとも飛びかかりそうなくらいには、空気がぴりぴりとしている。
 そんな張り詰めた空気に、凛とした声が響く。

りんのすけ、もふすけ……そこまで……

 二対の金の瞳がそちらへ向いた。
 薄暗い隣室から姿を現したのはグレイシア。

姐さん

ヴィヴィ殿

 レントラーとオンバーンが、その姿を見るなり、それぞれの呼び方で彼女を呼んだ。
 言葉が重なり、両者は一瞬互いに視線を投じるも、すぐにふいっとそれを背けてしまう。
 ふう、と呆れ気味の嘆息をもらしたのはグレイシア。

るいを起こしてきたから、もう少しだけ待って

 と、彼女が言葉を発すれば。

やったっ!ご飯っ!

 ぱあっとすぐに顔を輝かせるのはレントラーで。

るい殿は朝が弱いが、我では起こせぬゆえな。ヴィヴィ殿、礼を言う

 丁寧に礼をするのがオンバーン。
 それぞれの反応に、別に、とグレイシアは返し、彼らの横をすたすたと通りすぎて行く。
 そのまま彼女は一つ跳躍すると、窓のさんへと着地する。
 その動作は音もなく、優雅の一言に尽きる。
 彼女の所作は長年に渡り染み付いたもので。
 自分自身を魅せる道から外れた今も、それは呼吸と同じような感覚で残っている。
 窓に青の身体が映った。
 蒼の瞳が瞬けば、窓に映るそれも瞬いた。
 この姿になって、季節が一巡した。
 自分自身を魅せる道を捨てると決めたとき、同時にあの姿を捨てた。
 かつては、イーブイコンテストのチャンピオンの座にも幾度か輝いたものだ。
 文字通り、イーブイの美しさを競うコンテストで。
 血統、見目、教養。様々なものが必要だった。
 そして、イーブイの姿を持つことが大前提で。
 その姿を捨てたということは。
 もう、かつてのような栄光ある華々しい生き方は出来ない。
 そして自分は、戦いの世界へと身をおとした。
 身体に傷も負った。痕が残るほどのものもあった。
 だから。もう、あの光溢れる華々しい生き方に戻ることもできない。
 例えイーブイの姿を捨てても、その新たな姿で挑めるコンテストもある。
 だが、傷痕を刻んだこの身体はすでに、その出場権すら得られないのである。
 けれども、それでも構わなかった。
 栄光は、自分の存在価値を見出だすものでも在ったのは確かだ。
 それでも、それらを捨ててまで得たいものが在った。
 それは、栄光よりもとても大切なもの。
 会いたいと切に願う存在。
 顔を見る前に奪われた存在。
 それを取り戻すため、今まで自分が積み重ねてきた全てを捨てた。

ぼうや……待ってて……

 ぽそりと呟いた言葉は、虚空に溶ける。
 顔も知らない我が子だけれども。
 ぼうやだったことは知っている。
 だって自分は、あの子の母親なのだから。

「ヴィヴィ、朝ごはんだよ」

 そんな声に振り返れば、こちらを見やるるいの姿を見つける。
 レントラーとオンバーンが、急かすような視線を投じる。
 もう待ちきれないらしい。
 それに小さく笑うと、グレイシアはさんから飛び降り足早に向かう。



 取り戻すと決めた。
 だから。
 自分はパートナーの元を去り、るいを選んだ。
 るいもまた、あの子を取り戻したいと願う存在だったから。
 あの子が奪われて、季節が一巡した。


 また、春が訪れる。

ばす ( 2018/10/15(月) 22:26 )