ようこそ、喫茶シルベへ









小説トップ
ティータイム 5th time-親と子-
43杯目 家族だもん

 昼下がり。夜更かし毛玉が活発になる時間帯。

―――ウルトラダッシュアタックッ!!

 どたどたどたっ。と、元気な足音を響かせながら猛突進するのは、元気百倍な白イーブイ。
 彼女が向かう先は、午後の緩くなった雰囲気に負けて欠伸をするブラッキー。
 その彼の横っ腹に、今。まさに。白イーブイが突っ込んだ。
 ごふっ。と声をもらして彼は吹き飛ぶ。
 見事に吹き飛んだ彼が、のろのろと身を起こすのに対して。
 吹き飛ばした彼女は、はっはっと息を弾まして笑う。

―――こんどはパパがやってっ!

 にこり。お返しの催促だ。

《は?》

 突撃された横っ腹を、さするように舐めていた彼の返す言葉。
 機嫌がすこぶる悪そうな声音で。
 白イーブイを見つめる金の瞳が細く鋭くなる。

―――いまね、ぜっとんわざごっこがりゅーこうなのっ!パパもやってよっ!

 鋭い金の瞳に臆することもなく、彼女は満面の笑みで彼の眼前へと迫る。
 その尾はとても楽しそうで。ゆっらゆっらと揺れる。

《ぜっとん、わざ?》

 だが、その言葉に聞き覚えのないブラッキーの眉間にしわが寄る。

―――ぜっとん、じゃなくて、ぜっと、じゃないかな? たぶん、Z技のことかな?

 それに答えたのは、ちょうど外へ向かうところだったファイアロー。

―――うんっ!ぜっとんわざっ!

 ぶんぶんと勢いよく尾を振る白イーブイ。
 彼女の中ではどうやら、ぜっとん、で固定らしい。

《Z技とは何だ?》

 ファイアローに向き直り、ブラッキーは問う。

―――うーん……僕も詳しくは知らないんだけどね。アローラ地方にある、ゼンリョクわざ、らしいよ?

 これくらいしか知らないんだけどね。
 と、首を少しだけ傾けて、申し訳なさそうにファイアローは笑う。
 同じように、ブラッキーも首を傾げた。
 ゼンリョクわざ。これもまた聞き覚えのない言葉。
 謎はさらに深まっただけだった。
 ちらり。ブラッキーは催促をする白イーブイを見やる。
 彼女は一体どこでそれを知ったのか。
 それを訊いてみてもいいが、要領を得ない言葉しか返って来ない気がして。
 それはとても面倒そうだなと思う。それならば、やめておくことにしよう。

―――ねえ、パパっ! やってよっ!

 ぶんぶんと尾を振っていた白イーブイ。
 それが今度は、ばしんばしんと床を叩きつけて。頬を膨らませて。
 見上げる彼女に、目をすがめて見下ろすブラッキー。
 その彼が、彼女の額を軽く小突いて後ろへ押しやれば。
 ころりん、と後方へと転がって。
 突然のことに驚いた彼女から、小さな悲鳴がもれる。
 と、そこで彼の傍にいたファイアローが、そそくさと外へと出て行った。
 その動きを不思議に感じた彼が振り向けば、ちょうどファイアローの後をすばるが追うところで。
 すれ違う寸前。すばるの顔が一瞬憐れんだ表情だったのを確かに見た。
 そしてそのまま、彼はファイアローの後を追うように、外へと向かっていった。
 それを見送るが、不思議に思って首を傾げたとき、その理由を瞬時に理解した。

《りっくん……。ううん、りん?》

 怒気が込められた声音。それが、地を這うように、背後から聴こえた。
 なぜ、ここにあいつがいる。
 最初に思ったことはそれ。

《呼ばれたから来てみれば、りんは一体、ラテちゃんに何てことをするの》

 呼んだ、と。一体誰が。
 思考が加速する。少し離れたところに茶イーブイを見つけた。
 転がった白イーブイを起こしたところで、彼がこちらの視線に気付いて小さくお辞儀した。
 お前か。眉間にしわが寄る。どころか、それがますます深く刻まれる。

《ねえ、聞いてる?》

 眉間にしわを刻んだまま振り返れば、やはりそこにはエーフィがいて。
 紫の瞳が怒りで煌めいていた。
 さあ、面倒なのが始まるぞ。と、無意識下で目をそらす。
 そらしてしまってから、しまったと思う。
 エーフィの笑顔を貼り付けた顔。その眉がぴくりと跳ねて。


   *


 身体を起こした白イーブイが、ぷるぷると身体を振るわせて。

―――へへったのしかったっ!

 と、きらきらした顔を茶イーブイに向けた。

―――こんどはカフェもいっしょに、パパにころがしてもらおうよ

 ね、いいでしょ、と遊びに誘う彼女に、茶イーブイはその彼女の父親の方を向く。

―――でも、りんパパはいそがしそうだよ?

―――え?

 そこで振り向いた彼女は初めて気付く。

―――あれ? どしてママが?

 首を傾げて、傾げて、傾げ過ぎて、ころりと倒れこんでしまう。
 横向きになった視界で、父と母が仲が良さそうに話している。

―――なかよくおしゃべり、いいな

 ぽつりと呟く彼女に、茶イーブイは首を傾げて瞳を瞬かせる。
 あの光景は仲良くお喋りというか、ブラッキーが一方的にエーフィに苦言を言われているような。

―――こんなつもりじゃ、なかったんだけどな

 彼からこぼれた言葉に落胆の色が滲む。
 だって。自分のせいで彼女は母親と過ごせなくて。
 数日一緒に居てくれたから、自分の気持ちはだいぶ落ち着いたと思う。
 だから、もういいよ、と。起きてからすばるに伝えた。
 何度もすばると、つばさにも確認をされたけれども、もういいよって伝えた。
 だから、すばるにエーフィを呼び寄せてもらって。
 今頃は、白イーブイとブラッキーと。そして、エーフィとで過ごしているはずだったんだけど。
 もちろん。自分はそこにはいない。
 だって。だって、自分は違うから。

―――……ってばっ!カフェってばっ!

 呼び声で我に返って、眼前に白イーブイの顔が迫っていて。

―――うわあっ!

 今度は茶イーブイが後方へ転がる番だった。
 むくりと起き上がると、白イーブイが膨れっ面で睨んでいた。

―――もうっ、なんどもよんだのにっ

―――ごめんってば

 謝る茶イーブイに、でも、べつにいいんだけど、と笑みを向ける白イーブイ。

―――ねえ、パパとママのところいこうよ

 と、彼女は彼の尾をくわえ、引きずろうとする。
 けれども、それに抵抗の意思を見せる彼。
 そこまでは、今までの彼と同じだった。
 今までと違った部分は、そこから彼が尾を捻って、彼女の口から外したところ。
 当の彼女は状況を理解出来ず、ぽかんと口を開けたままで。彼をじっと見つめるだけ。
 数度の瞬き。彼女を見つめ返す彼の瞳。そこに。

―――ボクはいいから、ラテだけいってきてよ

 何かの色を白イーブイが見つける前に、茶イーブイがふわりと笑って隠してしまう。

―――カフェもいこうよ。いっしょにいこうよ

 言い募る白イーブイ。

―――ううん。あそこにボクのばしょはないもん。ボクはいかないよ、いけないよ

 そう告げると、茶イーブイはくるりと向きを変え、とててと駆け出してしまう。
 向かう先は、奥のテーブル席。
 そこに座るつばさの背が見えた。
 ぴょんっと。跳躍一つでつばさの膝上へ。
 と思ったが、着地する前に足を滑らせ、ぺちょりと落ちた。
 気付いたつばさが彼を抱き上げ、膝上へ乗せてやる。
 刹那。白イーブイは気付く。
 つばさの対面に別の存在がいることに。
 つばさの影になって見えなかったそれ。見覚えは、あった。
 朝方だ。二階の窓から外を見下ろしたとき、確かに見た。
 青の身体に、額の頭を飾るそれから左右に一房ずつ垂らして。名前は知らない。
 一緒にいた少女はいないみたいだけれども。
 けれども、そわそわと嫌な気持ちになる。

―――カフェはラテのかぞくだもん

 うわごとのように呟いて。ふいに振り返る。
 わいわいと楽しそうに話す両親。母が険しい顔で父に詰め寄っている。
 気が付いたら飛び出していた。
 飛び出して、父と母の間に滑り込んで。
 驚きで目を丸くする母と、疲れたような瞳で見下ろす父。
 それぞれを見上げて問いかける。

―――パパとママは、かぞく?

 父と母は互いの顔を見合せ、首を傾げる。
 再度こちらを見下ろす母が前足を伸ばして、自分の方へと抱き寄せる。
 まるで閉じ込めるように懐へ抱えるこむと、紫の瞳で覗きこんで。

《ラテちゃん、どうしたの?》

 と、それが不思議そうに瞬く。
 それでも、自分が欲しい答えはそれではない。
 ふるふると首を振って。

―――どしてかぞくなの?

 母を見上げて、その瞳の中を覗こうとする。
 けれども、なかなか欲しい答えは見つけられない。
 やがて紫に戸惑いの色が滲んで、エーフィはブラッキーを見やる。
 それを受けて、一つ瞬いたブラッキー。

《ラテがいるからだ》

 今度は彼が前足を伸ばして、エーフィから白イーブイを奪うように抱き寄せる。
 同じように懐に彼女を閉じこめ、見下ろす。

―――ラテが?

 それを見上げて、白イーブイが繰り返す。
 それに続けたのは、エーフィで。

《ボクとりっくんの繋がりは、ラテちゃんだからね》

 エーフィの方を向けば、ふわりと笑った彼女。

《離れていても家族だと思えたのは、ラテちゃんがいたからだよ》

 エーフィは屈んで、白イーブイと視線の高さを合わせると。
 自身の額と白イーブイの額をくっ付ける。
 くっ付けて、うりうりと擦り付けて。
 小さな笑い声が幼子からもれた。
 エーフィはそんな幼子と目を合わせて、彼女の瞳を覗きこむ。

《でもね、ラテちゃん。次にりっくんにくっつくのはボクだから》

 エーフィの表情は真剣だ。
 それにため息をこぼしたのはブラッキーで。

《お前な》

 呆れた金の瞳が向けられる。

《だってー……》

 身体を起こしたエーフィが口を尖らせて膨れる。
 そんな両親が続けているやり取りの下で、白イーブイはぼんやりと奥へ目を向けた。
 先ほどからずっと黙ったままの様子の三者。
 つばさの膝上の彼を見る。瞬間、机に前足を乗せて身を乗り出した。
 対面する青いそれを覗きこんでいるようで。
 とくん。一つ、鼓動が跳ねた。
 そして何故か、内面の深い部分で木霊する彼の言葉。
 ううん。あそこにボクのばしょはないもん。ボクはいかないよ、いけないよ。
 それは先ほどの彼の言葉。
 両親は言っていた。繋がりがあるから、家族と思えたと。
 それならば。自分も彼と、その繋がりを持つことが出来たのならば。
 彼も家族だと思ってくれるだろうか。
 その繋がりが何なのかは、今の自分にはまだ分からないけれども。
 それが分かったら、彼と家族になれるのだろうか。
 父の懐の中。きゅっと小さく身を丸くして、父へその身を寄せた。
 母と話している父が、その行動に気付いたのか、そっと前足で抱き寄せてくれた。

ばす ( 2019/03/13(水) 22:30 )