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ティータイム 5th time-親と子-
41杯目 気持ちと立場

 ポケモンセンター。夜。
 消灯時間を過ぎたため、室内の主な灯りは消えている。
 灯っているのは非常口案内と申し訳程度の少量の灯りだけ。あとは窓から差し込む月灯り。
 そんな中でお姉さんは、受付に座って夜を過ごす。
 何もないのが一番。けれども、夜にだって急患はやってくるのだ。
 いつだって対応出来るようにしておかなければ。
 だが、夜は夜でも深夜過ぎ。夜明けの時間の方が近いだろう。
 おそらく今夜は、急患はないだろうなと勘が告げていた。
 一息つくために入れたコーヒーを口へ運ぶ。ほどよい苦味が広がった。
 カップをことりと置いたところで、ぴろんっと電子音が響く。
 受付に備えられているパソコンのディスプレイに文字が走る。

『頼まれてたデータトムよ』

 ディスプレイの光でお姉さんがぼおっと照らされる。

「出張お疲れ様、エレク」

 労えば、それが嬉しかったのか、室内の非常口案内の灯りが点滅した。

「こら、はしゃがないの」

 注意する口調だが、そこに怒っている響きはない。
 ディスプレイに目を戻すと。

『久々のネット出張は楽しかったトム!トム、今度は電気旅行したいトムね』

 そんな文字が走って、くるくると回って嬉しさを現す何かが映る。

「エレクはいつも、医療機器の操作サポートとか、センター内の電気系統管理とかしてくれてるものね」

 そうトムよ、とディスプレイ内で文字を掲げるのは、プラズマポケモンのロトム。

「今度、休みとれるように調整しましょ」

 ディスプレイ内ではロトムが喜びの舞を舞っている。
 そして、そのまま彼は舞いながらディスプレイ外へと飛び出したらしく、そこに彼の姿は映し出されない。
 かわりに、受付から待合ロビー、そして廊下と流れるように、申し訳程度に照らす電気が順に点滅した。まるで、何かが通ったように。
 否。ように、ではなく、通ったのだ。このまま彼は電気管理室へ潜り込んで、好きな電気の中をたゆたうのだろう。
 彼曰く、ここの電気は別格の味だそうだ。
 いつの間にか居着いた野生だった。それが今では、センターの電気管理に、医療機器の操作サポートとして、診察、治療方面でも大変助かっている。
 小さく笑いをもらし、お姉さんは気持ちを切り換える。
 改めてディスプレイを見つめ、デスクトップにロトムが置いていった一つのフォルダを開いた。
 フォルダに入っていたのは一つのPDFデータ。
 その中身はロトムがネット世界を泳いで得てきた情報の写し。

「…………」

 ロトムに頼んでいたものについての詳細がそこには在った。
 それも、たったの数件。
 ふたを開けてみれば、大したことがないことはよくあること。あることだけれども。

「あーあ……」

 椅子の背もたれに勢いよくもたれた。
 期待がはずれた。はずれてしまった。
 もっと膨大な情報量だと思ったのに。
 あまりに少なすぎた。これではすぐに見つけてしまうだろうな。
 皮肉的な笑みが少しだけもれた。
 目をつむって、重い息を吐き出す。
 次にまぶたを持ち上げたら、視界に彼女がいた。灰白の瞳が瞬く。

「アメリ」

 ぽつりと名を口にしたら、彼女、ゾロアークはぐるあっと鳴いて応える。
 彼女の空の瞳に自身の姿が映って、疲れた顔をしているな、とぼんやりと思った。
 もたれていた背を起こす。
 その隣で彼女が、受付のカウンターへひょいっと座った。
 長いたてがみが反動で揺れる。
 たてがみの先は蒼の珠で一つに結われ、それを鬱陶しそうに後ろへ追いやれば。
 瞬き一つで、彼女の容姿はカタチを変える。

「何をしてんだ?」

 そこに在る姿は、先程までとは全く違う姿で。白桃の髪に灰白の瞳。赤ふちめがねの奥で、不思議そうにその瞳が瞬いた。

「それはこっちのセリフよ。アメリこそ、どうしたのよ?今夜の夜勤は私でしょ」

 うーん、と手を組んで伸びをしながら、お姉さんが訊ねる。

「んー。サラの元気がなさそうなのが気になって、優しい俺様が様子を見に来てやろうとな」

 にししっと、歯を見せて笑う様に、自然とお姉さんの頬が緩む。
 彼女と対峙すると、まるで鏡のようだと感じるのだが。
 自分の姿に化けた彼女の笑う様を見ると、ああ、これは“サラ”ではなく、確かに“アメリ”なのだなと思う。
 だって。自分はこうやって、無垢にはもう笑えない。

「何を見てたんだよ?」

 アメリの声で我にかえる。
 横からディスプレイを覗きこんだアメリは、ざっと開かれたデータに目を通す。

「ああ、あの嬢ちゃんの」

 うむうむと頷くアメリに、お姉さんは重い息を吐く。
 そして、もう一度データに目を通して。通して、すぐに見つけてしまう。

「ほら、見つけちゃった」

 データのとある見出しを指差す。
 ”イーブイタマゴ盗難“。並んだ文字を見ていけば。
 ある育て屋のタマゴが盗まれたらしい。それも、大会で何度も優勝する程のチャンピオンのタマゴ。
 裏の世界では、高値で取引されるのではと予想される。そしてそれは、未だに行方が掴めていないらしい。
 それをアメリも見ていく。
 姿は人でも、それは化けた姿であって、彼女がポケモンであるのは変わらない。
 それでも、人の言葉を扱うことに長けていたり、人の文字を解したりと。
 その高い知能には目を見張るな、とお姉さんは密かに思っている。
 流石は自分の後輩。
 これでもアメリは、まだ世間では数が少ないとは言え、ポケモン医師免許を持つ存在なのだ。

「な、サラ。まさかこれって、あの毛玉小僧のことなのか?」

「毛玉小僧って、カフェちゃんよ」

 お姉さんの呆れ混じりの声に、アメリはふんっとそっぽを向く。
 それでも、お姉さんは構わずに言葉を続けた。

「アメリの言う通り、たぶんカフェちゃんよ」

 アメリの身体がぴくりと動く。

「それに」

 かたかたとキーボードを叩く音が響く。
 ああ、ほら。手がかりさえ掴んでしまえば、見つけるのなんて容易いこと。
 灰白の瞳に落胆の色が滲む。

「ネットで検索すれば、見つけるのは容易よ」

 検索したのは自分なのに。出てきた結果にがっかりしている。
 自分は一体、何を知りたいのだろうか。
 そろりと、静かにアメリが横から覗いてきた。
 覗いて、彼女の瞳が見開かれた。

「このイーブイって、もしかして」

 映し出された検索結果。
 表示されたのは、とある大会の特集記事。そこで優勝をしたイーブイの写真画像。
 どこかで見たイーブイの姿と重なる。
 そして、その写真画像の下に並ぶ文字は。
 アメリが胸中で文字を唱えようとした瞬間。

「ヴィヴィ」

 お姉さんの声と重なった。
 アメリがお姉さんの顔を凝視する。
 その横顔が頷いたのを、アメリは確かに見た。

「あの子よ。今、ここで泊まってる女の子のパートナー。間違いないわ」

 目を伏せて、ぽつりぽつりとお姉さんは言葉をこぼす。

「彼女達の実家は育て屋で、盗まれたタマゴを探して旅をしているそうよ」

 そこでお姉さんは顔を上げて、ふわりと笑った。

「やめておけばいいのに、気になって訊いちゃった」

「……サラ」

「つばさちゃんのね」

 がこっと勢いよく背もたれにもたれて、お姉さんは天井を見上げる。

「あの顔がはなれないの」

 カフェの迎えにきた帰り際。
 もしかしたら、の淡い不確かな事実。
 それをぽろりとこぼしてしまった。しまった、と思った。
 目元が似ていた。それだけだった。
 けれども、自分の勘はよく当たってしまうから。
 そのことをよく知っているつばさは、最後、どんな顔をしていただろうか。
 頭からはなれないと思っていたのに。
 あれ、おかしいな。思い出せないではないか。

「私の勘、よく当たるからさ。それでも、勘は勘でしょ?」

「……サラ」

「だから違ってると思って、エレクに情報収集頼んだの」

「サラ」

「ほら、エレクの情報収集能力は迅速丁寧でしょ?」

「サラ」

「情報の信憑性もあるもの。これで間違ってたら、私の人生初の的外れ発言よ」

「サラっ」

 アメリの呼びかけに、やっとお姉さんが顔を向けた。

「つばさちゃんに笑って謝って、それでおしまいって思ってたのに」

 アメリはそんなお姉さんの目元に、光るものを見つけた気がした。けれども。

「なんで私の勘って、外れたことないのかな?」

 くしゃりと笑った顔にそれはなかった。

「私って一体、何を知りたかったのかしら?」

 どこかとぼけた響きの声に、本音を見つける。

「否定できる理由を見つけたかったんだろ?」

 お姉さんがアメリを見る。
 いつになく真剣な眼差しを向ける彼女がいて。
 自分と同じ顔。その瞳がゆれた。

「そうじゃないって、結果が欲しかったんだろ?」

 彼女の真っ直ぐな言葉が胸を突く。
 ああ、そうだ。そうなのだ。
 自分の言葉を否定できる理由が欲しかった。
 自分の言葉を否定できる結果が欲しかった。
 だって。だって。自分の言葉一つで、あの子達の関係はカタチを変えてしまう。

「ははっ」

 乾いた笑みが口からもれる。

「カフェちゃんはここの保護ポケモンだったから、私の立場上、判明した事実は伝えるべきことよね」

「そうかもな。ここの”職員“なら、そうするべきかも」

 でも。と、アメリの言葉が続く。

「”サラ“なら、どうしたいんだ?」

 アメリが腕を伸ばし、こつん、とお姉さんの胸を軽く小突いた。
 思わずその手に触れ、握る。そこに彼女の熱が在った。
 自分はどうしたいのか。そんなのは、決まっている。
 これが例えば。
 職員と利用者の関係だったのならば、迷わず伝えていた。
 やはり、情報として伝えるのは義務だと思うから。
 でも、その枠が外れていたら。
 お姉さんとつばさ。そんな関係だったら、そこには必ず”私情“が出てくる。挟まずにはいられない。
 そんなの、本当は駄目だと思う。けれども、自分はもう”つばさ“という存在を知ってしまっている。
 あの子がどんな想いで前を進んできたのか。
 あの子がどんな想いであの幼子を迎えたのか。
 その場面を知っている。その想いを見てきた。
 そして自分は、それを言葉一つで崩すものを得てしまった。
 だから、自分は。自分は。小さく唇を噛む。

「やっぱり、伝えられないわよ。カフェちゃんの母親が、ヴィヴィちゃんだなんて」

 力ない笑みを、アメリに向ける。

「俺様は、それでいいと思うぜ」

 にしっと、屈託のない笑みをアメリは返す。
 お姉さんは灰白の瞳を細めた。
 やっぱり彼女は眩しい。そう思った。
 自分はもう、こんな眩しいものを持ってはいないから。
 それが少しだけ羨ましいなと感じながら。

「うん、ありがとう」

 と、ぽつりと呟いた。
 握っていた手を放したら、彼女は瞬き一つでもとの姿へと戻った。
 座り込んでいた受付から、ひょいっと飛び降りれば、くわあと大きな欠伸を一つ。
 実はとても眠たかったようだ。
 くすり。小さく笑ってしまった。
 それに対して、ぐるると不機嫌そうに唸るゾロアーク。
 彼女にごめんと一言謝って。

「付き合ってくれてありがとう。もう、寝ててもいいわよ」

 ゾロアークの頭を一撫ですれば。
 彼女は四足でそろりと動きだし、お姉さんの周りを一巡したのち、その傍らで身を丸くする。
 ふすう、と息を吐き出して、眠りの体勢に入る。
 なんだ、ここで眠るつもりなのか。
 今夜は傍に居てくれるらしい。
 その優しさが何だかこそばゆくて、ふわりとした気持ちが染み込んでいく。
 手を伸ばして、そのたてがみをすくう。
 さらりとした肌触りが気持ち良かった。
 と、瞬間。彼女が首をもたげた。
 どうしたのと首を傾げたとき、ごとんっと音が響いた。
 反射で振り向き、灰白の瞳が見開かれた。

「あ、その……」

 宿泊室へ続く通路。
 壁の影から顔を覗かせてこちらを見つめる瞳は、赤紫。
 それが気まずそうに瞬いた。

「るい、ちゃん……」

 お姉さんが名を呟くと。
 るいは慌てて、落とした缶ココアを拾う。

「あの、その、ごめんなさい」

 拾い上げた缶ココアを抱えながら、るいはそろそろと姿を現した。

「話を、聞くつもりはなかったんですけど、その、何か気になっちゃって」

 あはは、とるいは軽く笑う。
 軽く笑って、その顔から表情が消えた。
 かわりに、真っ直ぐにお姉さんを見据える。

「カフェって何のことです?ヴィヴィが母親ってどういうこと?」

 申し訳程度に照らす室内灯。
 そして、光の届かない薄闇の中で、その赤紫の瞳は力強く光を宿していた。

「…………」

 聞かれてしまった。
 お姉さんの胸中に落ちた言葉。
 つばさの面差しが弾けて霧散した瞬間でもあった。
 るいから目がそらせなかった。
 力強い光を宿す彼女の瞳。
 目をそらすことは許さない。
 とでも言うように、呑み込まれてしまいそうだ。
 はぐらかして、言い逃れ出来たらよかったのに。
 けれども。それはもう、出来なかった。
 だって。話を聞かれていたという事実。
 状況。それを事実だと告げるものは傍のディスプレイに。
 そして。目の前にいる彼女は間違いなく、関係者。
 成り行きを見守る傍らのゾロアークが、心配気に視線を向けたのが気配で分かった。
 ぐるっと小さく鳴いた彼女の頭に、ぽんっと軽く手を乗せて。

「――分かったわ。話すわ」

 と言葉を発した。
 やはり、ここの職員として話さなければならない。
 ごめんね、つばさちゃん。
 胸中でそう呟きながら、お姉さんは口を開いて言葉を紡いだ。


 その数日後だった。
 るいが喫茶シルベを訪れた。
 そのことをお姉さんは、つばさから聞いた。

ばす ( 2019/02/28(木) 12:39 )