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ティータイム 5th time-親と子-
40杯目 元気な白色

 喫茶シルベの二階。居住スペースのつばさの部屋。
 そこで彼は嘆いていた。
 昨日までの数日は、穏やかに過ぎ去る時を謳歌出来ていたのに。
 ああ、なのに。どうしてこうなったのだ。

―――きんぎんざいほう、きんぎんざいほう、きんぎんざいほうっ!

 軽やかに弾む声音。楽しそうに弾む声音。
 彼は嘆く。だから嫌だったのに。こうなることを分かっていたから、嫌だったのに。
 設定、金銀財宝の彼は四肢を投げ出し脱力していた。
 否。諦めていた。彼は諦めたのだ。己の運命を嘆きながら。
 ずるずると引きずられる彼、ブラッキーは現在、金銀財宝の設定を与えられている。
 彼を懸命に引きずるのは、彼の娘である白イーブイ。彼女の設定は。

―――ねえー、ラテー?それが、おたからなのー?

 間延びした声に、呆れの響きを持たせた言葉。
 白イーブイが引きずっていた金銀財宝をはなし、顔を上げる。

―――カフェっ!今のラテはせんちょだよっ!せんちょってよんでっ!

 尾をばしばしと床に叩きつけ、ぷりぷりと怒っていると態度に示す。
 設定、船長の白イーブイが顔を上げた先。
 カフェと呼ばれた茶イーブイが彼女を見下ろしていた。そんな彼の設定は。

―――いえっさー、せんちょー

 船員だった。
 やる気のない声音でそれに従う。
 船長の言うことは絶対。それがこのラプラス船の決まり事。
 ラプラス船とは、茶イーブイが乗っている大きなラプラスぬいぐるみ。
 人が一人乗れる程度に大きなそれは、部屋の一角を占めていた。
 ラプラスぬいぐるみの背部分に乗り、茶イーブイは白イーブイを冷めた目で見下ろしていた。

―――ねえー、せんちょー。ボク、つばさちゃんおねえちゃんのところいきたーい

 朝に目覚めた瞬間には、彼女は帰って来ていて。
 なぜ彼女がここにいるのか。落ち着かない思考がぐるぐるして。
 そのまま、巻き込まれるように船員にされていた。
 自分は早く安心できる定位置に行きたいのに。
 そう、荒んだ気持ちが声に表れる。
 だが、彼女にそれを思いやる程の繊細な部分はなかった。

―――だめっ!うらぎりはゆるさないよっ!

 ていやっ。と、彼女は金銀財宝から離れ、彼へと向かって飛び上がった。
 それにぎょっとしたのは茶イーブイで、慌ててそこから退こうとする。
 けれども、速さは彼女の方が上であり、逃げられるはずもなく。
 がしっと彼女の前足が彼の首を捕らえ、彼女と共に仲良く床を転がって行く。
 背を床に打ち付け、小さな痛みに顔をしかめた茶イーブイ。
 白イーブイから逃げようともがくも、がっちりと捕まった彼女からは逃げられない。

―――ラテ、はなしてよっ!

―――へへ、ラテからはにげられないよ

 にやり。茶イーブイの眼前に迫り、白イーブイは笑う。
 対して茶イーブイは、むっとして口を尖らせると。

―――にげてやるっ!

 じたばたと暴れ始める。
 それはもう、力任せに暴れてみた。
 それでも全く緩む気配のない彼女の力。
 自分の息が少しだけ荒くなってきた頃。
 どうなっているのだと、彼女の顔を伺ってみた。みたら。

―――あれ?もう、おしまい?

 ふふん、と挑発するような笑みを彼女に向けられて。
 茶イーブイの眉間にしわが刻まれた。
 そこから、白と茶の毛玉はごろごろと転がり始める。
 どちらが上なのかと、まるで競うように上と下の位地が入れ替わる。
 ごろごろ。ごろごろ。と。
 白と茶が交わる。いつか、カフェラテ色になりそうな勢いで。
 それを静かに眺めるのは、とばっちりは御免だ、とベッド上へ避難した金銀財宝。否、ブラッキー。
 躍起になる茶イーブイも珍しいな、と。
 彼は欠伸を一つしながら思う。
 白イーブイから解放された心地を噛み締めるように、強ばった筋を伸ばす。
 ぶるりと順に身体を震わし、最後に欠伸をまた一つ。
 くわあ、と欠伸を終えてから、まだ続いているのかと、呆れの瞳で見下ろす。
 だが、こちらに実害がなければいい。
 と、毛玉達を気にすることもなく、ブラッキーはその場で身を丸める。
 一眠りしよう、とまぶたを下ろして。けれども。
 ごろごろという音に、ブラッキーの耳が立ち上がった。
 その音をよく拾おうと耳をそばだてる。
 ん、と思う。その音がこちらへ向かっているような気がして。
 むくりと上体を起こし、床へと視線を落とした。
 こちらへ転がってくる白と茶の毛玉。
 そして、視界の端に映った掛布。それがベッドから垂れ下がり、床へ垂れていた。
 きちんと畳め、と。だらしないなとつばさに内心で毒づいた。
 毒づいたところで、転がってくる毛玉がその掛布を巻き込んで。
 そういえば、その掛布の上に自分は乗っているな、と冷静に思った頃には。

《…………》

 転がる毛玉はベッド下へ入り込むんで。
 転がる毛玉に巻き込まれた掛布は、引っ張られて床へ落ちる。
 その上にいたブラッキーは。



   *



 どたんっ。
 階上から響いた音に、思わず上を見上げた。
 重いものが落ちたような音だと思ったが、はて、何が落ちたのだろうか。
 つばさは悩む素振りを見せる。

「何の音だ?」

 喫茶シルベの一階。カフェスペース。
 テーブル席を布巾で吹いていたすばるが、つばさへ疑問を投げる。

「うーん、りんかな」

 悩むその素振りはわざとらしい。

「なんで分かる?」

「落ちる音がりんだから」

 分かって当たり前、な表情で返すつばさに、それが理解できないすばるは眉間にしわを寄せた。
 と、ここで説明を彼女に求めたところで、理解できる内容が返ってくるとは思えない。
 なので、これはこれで終わりだ。
 テーブル席を全て拭き終え、つばさへと布巾を投げる。

「ほれ、拭き作業は終わりだ」

「ん。まだ、カウンター拭いてない」

 布巾を受け取ったところで、つばさはそれを再びすばるへ投げた。
 ぱしっと受け取り、すばるが半目になる。

「お前が今、座ってんのがそこだろ?なら、お前が拭けっつーのっ」

「やだよ。私は代理だけど店主で、あなたは臨時定員で肩書きはバイト。なら、それはあなたの仕事」

 カウンター席に座るつばさが、頬杖をついて言葉を並べる。動く気配はない。

「バイトっつーなら、バイト代だせや」

 並べられた言葉に言葉を返しながら、すばるはカウンター奥へ回り込む。
 そこで、つばさの眉がぴくりと跳ねた。

「何か勘違いしてない?」

 思わず席を立ち上がる。

「私の労働力分の働きが、今のすばるの働きなんだけど」

 眉根を寄せるすばるに、少しだけ苛立ちを覚えたつばさ。

「すばるの不在時に、すばるの家を掃除しているのは誰?」

「つばさ」

 そう答えて、あ、と声をもらしたのはすばるで。
 つばさは。つまり、そういうことだ、と静かに頷いた。

「喜んで働かせていただこう」

 静かにカウンターを布巾で拭き始める。
 不在となると、数ヶ月、一年。かなりの期間を不在にすることが多いすばる。
 その間、彼の家の管理はつばさが引き受けてくれている。
 それについては既に頭が上がらない。
 こうやって喫茶シルベの手伝いで許してくれるのならば、喜んで働こうではないか。
 せっせと拭きつつ、すばるは口を開く。

「そういやあ、ふうがさ」

 ん、とすばるの言葉に返しながら、つばさは再び席に座る。

「りんに負けねえっつって、対抗心燃やしてた」

「対抗心?」

「ラテが、母親よりも父親になついんてんのが悔しいってよ」

 ああ、と。つばさは合点がいく。
 早朝。つばさはラテを迎えに行くため、すばるの家を訪れた。
 その帰り際。起きた彼女につばさは、帰るよ、と声をかけたら。
 予想通りに、嫌、の答えが返ってきた。
 そこまでは予想通りだったので、予め用意していた一言を発した。

「パパがさみしがってるよ」

 つばさの一言に、ふっと笑いをもらしたのはすばる。

「その一言で態度変えやがって、ふうが悔しそうにりんを睨んでた」

 今思い出しても、あのときの表情は本当に悔しそうだった。
 つばさの発した一言で明確になったのだ。
 白イーブイの内で占める両親の存在の割合が。
 それを目の当たりにして、とても悔しかったのだろう。

「それなのに、ふうちゃんには悪いことしちゃった」

 視線を落とした先のカウンターの木目。
 それを何となく指でなぞって、つばさはぽつりと言葉をこぼす。

「気にすんな」

「うん」

 すばるの言葉に頷く。
 気にするな、の言葉が有り難かった。
 やはり、拭いきれない気持ちはあるのだけれども。
 それでも。彼のその言葉が、抱える気持ちに染み入って、軽くなる気がした。

「うしっ、拭き作業終わり。次は?」

 問うてきたすばるへ顔を上げて。

「じゃ、キッチンへ先に行ってて。そろそろイチが、ミルク運搬から戻ってくる頃だから」

 そう言葉を返し、立ち上がったつばさは階段へ向かう。
 すぐにばたばたと駆け上がって行く音が聞こえ、次に幼子の賑わう声が聞こえて。
 そして、少し経った頃。

「ちょっとラテっ!何やってるのっ!」

 なんて、つばさの声が聞こえたものだから。
 すばるは思わず声をもらして笑った。
 何をしているのだか。肩をすくめて、キッチン奥へと入っていった。

「元気な白色が帰ってきて、どう転がるのか」

 そう、言葉を置いて。


   ◇   ◆   ◇



 それから数日の後。

「ここ、かな……?」

 猫耳付きの白の帽子を被り、街の観光ガイドを手にしたるいが見上げる。
 “当店自慢のカフェラテがあなたを迎えます。ほっと一息つきませんか?”
 そんな文面と共に掲載されている外観写真。
 それを目の前の光景と見比べる。
 うん、間違いなさそうだ。喫茶シルベはここだ。
 やっとたどり着いた目的地に、思わず笑みがこぼれた。
 嬉しそうに視線を落として。

「やっと着いたよ、ヴィヴィ」

 隣のグレイシアへ笑いかける。
 だが、当のグレイシアはそんなるいに構うことはなく、さっさと歩き出してしまう。
 もうっ。と、少し拗ねた気持ちに口を尖らせ、るいはグレイシアのあとに続く。
 喫茶シルベの扉の前へ立ち、わくわくした気持ちでそれを押し開けた。

ばす ( 2019/02/19(火) 22:23 )