ようこそ、喫茶シルベへ








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ティータイム 4th time-風-
32杯目 親子

 喫茶シルベ。
 その声は、彼らしかいない空間によく響いた。

《おい、やめろ》

 制止の声を発したのは、片耳と尾が伸びる夜闇の身体。
 その身体に刻まれた青の輪模様が、少しばかり明滅を繰り返す。

《りっくんはボクのだからねっ》

 彼の片耳を伸ばす薄藤から、少しきつめの声音が発せられて。
 紫の瞳は苛烈な光を宿す。

―――パパはラテとあそぶのーっ!

 そう言って、夜闇の尾を伸ばすのは白の毛玉。

《だから、やめろ》

 再度訴えてみるのは、夜闇ことブラッキー。
 だが、二匹に彼の声は届いていないようで。

《ラテちゃん放しなさいっ!》

 ぐいっと、さらに伸びる片耳。

―――いやだもんっ!

 こちらも負けじと、尾をさらに伸ばす。
 みよーん、と。
 これまた片耳と尾はよく伸びた。
 伸びたけれども、そこでぶつんと音がした。何かが切れた音だ。
 金の瞳がきらめいた。

《おいっ》

 怒気を孕んだその響き。
 みよーん、とさらに伸び続ける彼の片耳と尾。

《いい加減に》

 金の瞳が細められて。
 彼の青の輪模様が明滅を繰り返す。先程よりも間隔は短い。

《しろっ!》

 瞬間。
 金の瞳が見開かれ、淡い光を発した。
 それは周囲に影響を及ばせて。
 片耳を伸ばしていたエーフィが。
 尾を伸ばしていた白イーブイが。
 衝撃で思わずそれらを放し、中空へ浮かび上がる。
 ブラッキーの技”サイコキネシス“が発動したのだ。

《りっくん……?》

 中空をただようエーフィが、困惑の響きを持たせて名を呼んだ。
 だが、それには鋭い瞳を向けるだけのブラッキーで。
 彼女は盛んに瞬きをした。
 これはどうやら、彼を怒らせたらしい。
 少しやり過ぎてしまったかも。
 と、彼女が思った頃。
 そんな二匹の間に白の毛玉が泳いできた。

―――へへ、ラテはおよぐのとくいだよ

 見事な中空泳ぎである。
 すいすいと優雅に泳ぐ様に、呆気にとられたのはエーフィ。
 自分の娘はなんてマイペースなのだろうと思った。
 そして、次いでの娘の言葉で反応する。

―――パパはラテとあそんでくれてるんだよっ!

《ん?》

 ぴくりとエーフィの片眉が跳ねた。

―――パパはラテの方がいいんだよ

 きゃっきゃっと楽しげな声をもらしながら、中空を進んでいく。
 エーフィを見やる顔が、得意気なものになる。

―――へへんっ!

 こちらも見事な、いわゆるどや顔。

《むむむ……》

 対するエーフィは、顔が悔しさで難しいものになる。
 別に分かってはいる。
 白イーブイが勝手に言っているだけで、ブラッキー自身は遊んでやっているつもりがないことは。
 それは分かっている。
 けれども、別のところで悔しがっている自分がいるのも確かで。
 今回はそちらが勝ってしまった。

《そんなことないもんっ》

 口をへの字にして反論する。

《ボクはラテちゃんが知らないりっくん、いっぱい知ってるもんっ》

 そうだ。
 彼と共に過ごした時間の長さならば負けない。
 それを見つけて、今度はエーフィも得意気な顔になる。
 そんな母の言葉に、今度は白イーブイが口をへの字にした。
 むっとした気持ちが頬をふくらませる。
 父ではない父の話など、知りようがないのだから。
 だから、母の知らない話を突き出すことにした。

―――でも、ラテ

 すいっと泳いだかと思えば、今度はくるりと身体を反転させて。

―――パパしってるもんっ

 ふさふさな尾を揺らす。
 ずっと離れていた母。
 だから、父が父の話など知らない。

―――ママのしらないパパしってるもんっ

 その言葉が。娘が発した言葉が。
 ちくりとエーフィに突き刺さる。
 ぽたりと落ちたしずくが、ゆっくりと水面に波紋をひろげるように。
 寂しさという波紋をひろげる。
 それは先程も感じた寂しさ。
 それで逃げ出してしまったけれども、今度は逃げ出さない。
 だって、彼がずっと欲しかったものをくれたから。
 それが熱を帯びている間は、きっと大丈夫。
 そう思ったら、ふいに口元が緩んだ。
 ふわりと笑い、ふふっ、という小さな笑いももれて。
 気が付いたら、眼前に娘の顔があった。

《ラテ、ちゃん……?》

 それには流石のエーフィも、目をぱちくりと瞬かせる。

―――ラテ、ママのパパのおはなしききたいっ!

 白イーブイは、むうっと頬をふくらませる。
 小さく笑った母の顔は。
 いつか見た、母のことを話してくれた父の顔と重なった。
 父と母。お互いがお互いにそんな顔をさせる。
 それが悔しいと思った。
 その中に自分も入りたい。
 なぜ、そんなに優しい顔なるのだ。させられるのだ。
 むうとふくれる娘に。
 エーフィの胸がきゅんっと鳴った気がした。
 何だかむずむずとして、衝動的に動いてしまった。
 気が付いたら前足が伸びていて。
 むぎゅうと娘を捕まえていた。

《ラテちゃん》

―――……?

 突然のことに、白イーブイの瞳が瞬いた。
 ふわりと香る何かが鼻腔をくすぐって、頬を緩ませた。母の香りだ。
 へへっ。
 そんな笑いがもれる。

《ボクもパパのお話するから、ラテちゃんもパパのお話してくれる?》

 身体を離したエーフィがそう問いかける。

―――するっ!いっぱいするっ!

 にぱりと笑って答えた白イーブイは見た。
 エーフィがふわりと笑った。
 ふふっ、と笑った。
 あ、と彼女は思った。
 あの顔だ。あの顔をしてくれた。
 父が母の話をするときの顔。
 母が父の話をするときの顔。
 同じ顔を。自分もあの顔をさせられるんだ。
 そのことが嬉しくて、思わず母の胸に飛び込んだ。
 そしたら、一瞬母の驚いた気配もしたのだけれども。
 しっかりと受け止めてくれた。

《ラテちゃんは元気いっぱいだね》

 飛び込んできた娘の背を見つめながら、エーフィはぽつりと呟いた。
 ふと、こちらに向けられる視線に気が付いた。
 そしたら、仄かに笑う金の瞳を見つけて。
 紫の瞳が瞬いたら、それがさっとそらされた。
 それが何だか可愛くて、小さく笑ったら。
 照れ隠しのように、彼の尾がぴしりと床に叩きつけられた。
 そして不意に、支えがなくなった。
 忘れそうになっていたが、自分達は中空を浮遊していたのだ。
 発動された力に縛り付ける力は込められていなかったから、自由に動けた。
 その力が今、霧散したのだ。
 ということは、支えを失った存在はそのまま引力に従って下降していく。
 いくら屋内とはいえ、この高さから落下しては、もしかしたら痛いだけでは済まされないかもしれない。
 ましてや、幼子なんかは。
 エーフィの胸の中で、白イーブイがみじろいだ。
 震えて、いるのだろうか。
 それを感じ取ったとき、彼女の中で静かな炎が灯った。
 そして。
 落ちていくだけだった彼女達が、床に叩きつけられる寸前で停止した。
 ふわり、とエーフィの長毛が揺らめく。
 彼女から迸る不可視な力が、それを揺らめかせている。
 額の赤の珠が煌めき、瞳は淡い光を放つ。
 これは先程、彼女達を中空へと浮かばせた彼の技と同じもの。
 けれども、彼女が発動させる”サイコキネシス“は、その彼のものとは比べ物にならない威力を誇る。
 だから、その技を発動者である自分達に向けて発動させることも容易い。
 とすっ、と小さな音を響かせて、床へと着地したエーフィは。
 すでに窓辺で寝転ぶブラッキーへと、その鋭い瞳を向けた。

《りん》

 りっくんではなく、りん、と。
 彼の名を紡いだその声は、感情の色が感じられなかった。
 気付かれないように、びくりとブラッキーの身体が跳ねた。
 窓辺に寝転んだ彼は、意味もなく外に視線を向けて。
 ああ、もう夜か。
 そんなことを思う。
 外は橙から藍色へと色を変え始め、石畳の道を外灯が照らし始める。

《りん》

 再度、同じ声が名を紡いだ。
 何だか振り向いてはいけない気がして。
 暗くなり始めた外を利用し、鏡の性質を持ち始めた窓で確認を。

《…………》

 しようとしてやめた。
 彼女の長毛が、ふわりと揺らめいている。
 あれは念の力。それが溢れて、不可視の奔流となっているのだろう。
 そんな彼の耳に、彼女の声は忍び込んでくる。

《”サイコキネシス“を発動中にきるってどういうこと?》

 今度は感情の色が滲んでいた。
 それは何色だろうか。

《ボクだけじゃなくて、ラテちゃんもいるのにどういうつもり?危ないよね?》

 これは怒気を含んでいる。

《ねえ、聞いてる?》

 反応を示さないブラッキーに、エーフィは少し苛立ちを覚える。
 胸に飛び込んだままの白イーブイを、きゅっと抱き締める。
 先程から震えを感じている。
 余程怖かったのだと思う。
 それを、彼は。

《ラテちゃん震えてるよ?この子を怖がらせるなんて、ボクが許さないから》

 彼に向ける紫の瞳が鋭くなる。
 と、その時だった。

―――ラテ、こわくないよっ!

 紫の瞳が瞬いた。
 えっ、と思い、抱えていたものに視線を落とす。
 そしたら、こちらを見上げた娘がいて。
 その顔が、にぱりと笑っていた。

―――たのしかったよっ!ひゅーんって、ひゅーんっておちるのたのしかったよっ!

 嬉々として語るその様に、エーフィはきょとんとするしか出来なかった。
 そうか。怖さで震えていたのではなく、楽しくて興奮していたのか。
 普通ならば、怖がりそうな高さだと思ったのだけれども。

《そっか、楽しかったんだ》

 エーフィの言葉に。

―――うんっ!

 と、満面の笑みで白イーブイは答えた。
 それならば、まあ、いいか。
 エーフィはそうすることにした。
 揺らめいていた彼女の長毛が落ち着き始める。
 そこで、ふと思った。
 ちらりと再びブラッキーを見やる。
 もしかして彼は、それを承知だったのだろうか。
 確かにあの場面では自分もいたのだから、怪我の心配はない。
 だから、彼女の喜ぶことをしてあげたくて。
 そう思ったら、彼に対して申し訳なくなった。

《あの、りっくん》

 呼びかけたら、彼の身体が跳ねたのが見えた。
 そんなに過敏にならなくてもいいのに。
 少しの笑いを含めた声で言葉にする。

《ごめんね。ボク、早とちりしてたみたい》

 エーフィからの謝る言葉に、ブラッキーが振り向いた。

《…………》

 金の瞳が瞬く。

《りっくんは、ラテちゃんを楽しませようとしてただけなのにさ》

 金の瞳がそらされて。

《…………別にいい。気にするな》

 少しの間のあと、彼がそう言葉にする。

《うん、そうする》

 にこりとエーフィが笑むと、ブラッキーはそっと顔を背けた。
 あれ、顔を背けられた。
 そう思ったエーフィ。
 もしかして、自分の笑い顔に照れたのだろうか。
 昼下がりのことを唐突に思い出す。
 まだ鮮明に残る、口元に残る柔らかな感触。
 あんなことがあったあとなのだから、少しばかり自惚れてもいいかな。
 そう思ったら、何だか自分まで照れてきた。
 頬に熱が帯びたのを自覚する。
 そしたら、彼の方を向けなくなった。
 さっと背を向けて、頬と同様に熱を帯び始めた気持ちを沈めることに努める。
 と、白イーブイが途端に駆け出した。
 窓辺のブラッキーを見上げて、きらきらとした顔を向ける。

―――ねえ、パパっ!

 それをちらりと見て、悪寒に近いものを感じ取ったブラッキー。
 そしてそれは、的中する。

―――こんどは、まえみたいにもっとたかいのやってっ!

 白イーブイの尾が揺れている。
 期待している瞳がまぶしいと思った。

―――いまは、つばさおねえちゃんいないけど、ママがいるからいいよね?ね?

 待ちきれないとばかりに、白イーブイがぴょんぴょんと飛び回る。
 やってやって。
 それの繰り返しである。
 いつもならば無視を決め込むブラッキーなのだが、今はそうもいかなかった。
 距離があるここからでも、それははっきりと分かった。
 こちらに背を向けたエーフィ。
 その背中が怒っている。
 そして、彼女の長毛がふわりと揺れている。
 風とかそんな優しいものではない。
 彼女の溢れる念の力がもれ、奔流となって揺らしているのだ。
 それはエーフィ自身も自覚していた。
 熱を帯びて火照った頬も、気持ちも。
 音が聞こえるのではと思うほど、急速に冷えていったのが分かった。
 そして、内から溢れる念の力の奔流も感じ取る。
 普段ならば抑制しているその力を。

《前みたいに、もっと高いやつ?》

 解放する。
 くるりと振り返って。

《それは、どんな遊びかな?》

 にこりと笑う。
 だが、紫の瞳は笑っていない。
 エーフィの問いに答えたのは白イーブイだった。

―――パパがね、ラテをおもいっきりとばしてくれるんだよっ!

《へえ?》

―――それでねそれでね

 興奮気味に語る白イーブイに。

《おいっ、黙れっ》

 焦燥の混ざったブラッキーの声が重なる。
 だがそれは。

《ん?》

 にこりと笑うエーフィに遮られた。

《……いや、何でも……ない……》

《うん、そうだね》

 エーフィは再び白イーブイに向き直る。

《じゃ、ラテちゃん。どんな遊びかボクに教えてくれる?》

―――うんっ!パパがね、ラテをとばして、たかくとばしてねっ!

《うん》

―――そこから、おとしてくれるあそびだよっ!

《!?》

 エーフィの眉がぴくりと跳ねた。
 そしてそのまま、彼女の視線は彼に向けられて。

《りっくん?》

 その場を静かに去ろうとしていたブラッキーの背に、その視線は突き刺ささる。
 それでも白イーブイの言葉は続けられていた。

―――それでね、はしってきたつばさおねえちゃんが、すべってキャッチしてくれるんだよ

 きゃっきゃっと楽しげな幼子の声。

―――つばさおねえちゃんはいないけど、いまはママがいるから

 先程のように、落ちる自分を受けとめてくれる存在があるのならば。
 また父が高くとばしてくれるのではないかと思う。

―――いいよね?

 母を見上げる。けれども。

―――…………あれ?

 そこに母はいなかった。

「お前のママなら、あっち」

 彼が指差す方に顔を向ければ。

《ラテちゃんと、随分楽しそうな遊びをするんだね》

 先程から笑みを崩さず、ブラッキーに迫るエーフィと。

《ああ、ラテが喜ぶからな》

 視線はそらしながら、迫られた分だけ下がるブラッキーの姿があった。

―――もうっ

 それを離れたところで見ながら、白イーブイは口を尖らせて。

―――パパとママだけあそんでて、ラテつまんないっ!

 ぷくりと頬をふくらませた。

「遊んでんのか?あれ」

 カウンター席に座り、頬杖をつくすばるは、頭上に乗る茶イーブイと共に首を傾げた。
 彼らの視線の先では。ちょうど。

《だからって、あれが父親のする遊び?》

 と、エーフィが壁際にブラッキーを追い詰めたところで。

《ラテちゃんが怪我でもしたらどうするのさ?》

 ずいっと、ブラッキーの眼前に迫る。

《父親が娘に接する態度》

 エーフィの顔から笑みが消えた。
 ブラッキーの顔が紫の瞳に映る。
 彼は妙な汗が噴き出したのを自覚して。
 昔から彼女には、いろんな意味で逆らえないことを唐突に思い出す。

《じゃ、ないよね?》

 その先のことは、すばるは見ていないので知らない。
 あえて目をそらして、そこから聞こえる騒がしい音に、意識を向けるのもやめたから。

「ふうはつえーから……」

 そっと呟いた言葉は、何だか重みがあった。

―――ねえ、すばるん?

「誰がすばるんだ」

 視線を横に落とすと、こちらを見上げる白イーブイがいた。

―――ママがすばるんっていってたよ

「あいつか」

 エーフィならば、面白がってそう教えそうだなと思った。

「んで、何だ?」

―――うん、つばさおねえちゃんはいないのかなっておもって

「ああ……」

 別れ間際の項垂れたつばさの姿を思い出す。
 あの様子では、しばらくは立ち直ることはないだろう。

「つばさなら、もう少し遅くなるかもな。どーかしたのか?」

―――おなかすいたなっておもって

 その時、きゅるると白イーブイの腹が鳴った。

―――ラテ、もうがまんできないっ!

 と、むむっとこちらを見上げる。
 その訴えるような視線が痛いと思った。
 ちらりとすばるが窓に目を向けれた。
 それは、どたばたと賑やかな音を発する夜闇と薄藤を通り過ぎる。
 外はもう夜の帳が降りていて。
 つばさの帰りも遅くなるだろうから。
 ならば。まあ、キッチンを借りてもいいかな。

「んじゃ、何か用意でもすっかー……」

 席を立ち上がると、待ってたとばかりに、白イーブイが一目散にキッチンへと駆けて行った。

「あいつ、落ち着きねーな……」

 苦笑まじりに呟くと、頭上の茶イーブイがみじろいだ。

「ん?」

 それに気付いたすばるが、ひょいと茶イーブイを抱えて床に降ろした。

「どした?カフェも腹へったか?」

―――ううん、そうじゃないの

 少しうつむき加減な彼に、すばるは首を傾げる。
 そして、彼はふいに顔を上げた。

―――ボク、もうねむいから、うえにいってるね

「あ……おい……」

 すばるが止める間もなく、彼はたたたと駆けて行き、階段を駆けあがる軽快な音だけが聞こえた。

「カフェ……?」

 そんな彼の態度に、すばるは首を傾げた。



   *



 階上へと上がった茶イーブイは、そのまま大きなふかふかクッションへと向かう。
 クッションは普段、白イーブイと共に寝床として使用している。
 ぽふっと身を投げ出すと、クッションの弾力で数度弾んだ。
 そのまま顔を埋め、もぞもぞとみじろいだかと思えば、のそりと顔を上げる。
 階上の照明はついていない。
 ただ、窓辺からもれる月の光だけがあった。
 静かな部屋。
 隣にあるつばさのベッドに目を向けて。
 机横に目を向けた。そこでいつも、ファイアローが眠る。
 もう一度窓に目を向けて、月を見上げる。
 聞こえるのは自分の息づかいだけ。

―――なんだろう

 何だか虚無感が胸にふりつもる。
 自分が掴みたかったもの。
 それはもう、得たはずなのに。
 望むものがここにあるはずなのに。
 虚無感がふりつもる。
 ぽふっと、クッションに顔を埋める。
 そうだ。あの光景を見てしまったから。
 茶イーブイとすばるは、実はそれなりに前から喫茶シルベに戻っていた。
 そこで見てしまったのだ。
 白イーブイとブラッキーの姿。
 それはここにやってきてから、幾度と目にした光景で。
 自分にとっては当たり前の光景で。日常で。
 でも、先程目にしてしまった光景は。
 白イーブイとブラッキーとエーフィの姿で。
 自分の日常にはない光景で。
 そしてまた、探してしまう。
 自分と彼女の違いを。
 そんな自分に気付くのも嫌だった。
 身体を丸める。
 前に見つけた違いは、つばさとの繋がり。
 それを得た今、新たに見つけてしまった違いは。

―――パパとママ

 それが。彼女に在って、自分にないもの。
 けれども。それを見つけたからといって、どうすることも出来ない。
 ぎゅっと、自身の尾を抱えた。
 白イーブイとブラッキーとエーフィの姿を見て感じた。
 ああ、彼女は望まれてこの世に生を受けたのだなと。
 それに対して自分はどうだろうか。
 自分は望まれていたのか。
 望まれて生を受けたのか。
 否。ただ、あそこに生まれ落ちただけ。
 だって、自分に親はいない。
 ああ、嫌だ。それに気付いてしまった自分が嫌だ。
 白イーブイとブラッキーだけだったのならば、この気持ちに気付くこともなかったのに。
 そこだけで完結していたのに。
 そこに、エーフィが。白イーブイの母が現れてしまったから。
 自分には親がいない、と。
 その事実に改めて気付いてしまった。
 ああ、嫌だ。嫌だ。
 そのとき、茶イーブイの耳がぴくりと動いた。
 次いで、階下から聞こえた。
 からんころん、とベルの音。
 つばさの声がする。
 何かをすばると話している。
 ああ、お迎えに行かなきゃ。
 階段へと目を向ける。
 階下の光がもれて、賑やか音がする。
 楽しそうだな。
 けれども。まぶたがとても重い。
 ああ、嫌だ。気付いてしまった。
 それが重くふりつもる。
 重くて動けない。
 ああ、嫌だ。
 どうしようもない事実が絡みついて。動けなくて。
 次第に意識は闇に呑まれていった。

■筆者メッセージ
今話にて第4章は終わりとなり、次話から第5章が開始となります。第5章は再びカフェくん関連のエピソード予定です。第3章のように長くはしたくないのですが、話がふくれてしまうと、その分だけ長くなってしまうので苦笑

それから別の連載枠で、シルベ外伝を今月中に始められたなと思っています。前にもコメント欄で話題にしたかもしれませんが、すばるくんとふうがあるば、ほたると出会ったお話です。
ばす ( 2018/10/07(日) 06:58 )