ようこそ、喫茶シルベへ









小説トップ
ティータイム 4th time-風-
30杯目 追いかけて

―――どうしよう……

 ファイアローは困惑していた。
 喫茶シルベに帰ろう。
 そうハクリューに伝えたのに。
 当の彼女は、身体に巻き付いたまま離れる気配がない。
 胴長の彼女は、自身のそれをファイアローの身体に一巡させたまま離れない。
 これでは、ファイアローは翼を広げて飛び立つことも出来ない。

―――これじゃ、僕が飛べないから、離れてくれないかな?

 と、彼女に訴えてみたが。
 ぶんぶんと首を横に振るだけで。
 しかも、ぶんぶんが激しい。
 全力で拒否を示された。

下、人、たくさん。やだ、離れない。

 これがハクリューが訴える言葉で、ファイアローの視線が下を向く。
 巨木の下に集まり始めた、人、人、人。
 幹にハクリューが垂れ下がっている。
 それだけで、人々が集まるには十分な話題だろう。
 ハクリューというポケモンは、野生では滅多に出会うことがないのだから。

―――大丈夫だよ。空を飛んで行くだけで、下に降りるわけじゃないんだから

本当……?

 そう問い返すハクリューに、ファイアローはこくりと頷いた。
 そしたら、ふわりと身体を一巡していた力が緩んで、胴長の青が離れた。
 ようやく解放された心地に、はたはたと、少しだけ両翼を羽ばたかせて。
 くるっと、ファイアローはハクリューの方へ身体の向きを変える。

―――じゃあ、いくよ!あるばちゃんっ!

 にこりと笑むファイアローに。

ふえ……?

 というハクリューの呟きは、ばさりという彼の羽ばたきに掻き消された。
 次いで彼女は、がしりと何かに身体を掴まれたことを自覚して。
 がさがさと、木々の葉達が激しく擦り付け合う音を聞いて。
 がさりという音を最後に、浮遊感に襲われた。
 そして。
 おそるおそる、まぶたを持ち上げて。
 眼下に広がる人の群れが、こちらを見上げているのに気付いて。
 ぴしりと身体を硬直させる。
 そこで、彼女は初めて気づいたのだ。
 自分が飛翔していることを。
 そして、ファイアローの脚にがしりと掴まれて。
 情けない感じに、だらりと垂れ下がっていることを。

イ、イチさん……!?

 思わずもれた驚きの言葉。
 視線はファイアローの方へ向く。

―――大丈夫っ!僕に任せてーっ!

 とだけ言葉を発すると、彼は力強く、ばさりと一つ羽ばたいた。
 眼下に広がる人の群れは、ハクリューを掴んで飛び去るファイアローを指差す。
 人の群れが。
 どこに飛んでいくんだ。
 と思った頃には、彼らの姿は小さくなっていた。



   ◇   ◆   ◇



 かっかっと蹄を石畳に打ち付ける音を響かせて。
 つばさとすばるを背に。
 茶イーブイを頭部に。
 それぞれ乗せたギャロップは駆けていた。
 駆けていたといっても、彼女自身はほんの軽く走っている感覚。
 彼女が本気を出せばもっと速い。
 と、その彼女の耳がぴくりと動く。
 遠くから聞こえる雑多な音。
 それを背の主に知らせるべく、ぶるると小さく鳴いた。

「ん、ほたるどーした?」

 すばるが問えば。
 かっかっという蹄の音の間隔が短いものになっていく。
 ギャロップが速度を緩め始めたのだ。
 そうしている間に、彼女の頭部にしがみついていた茶イーブイが声を上げた。

―――あっ!

「どうしたの、カフェ?」

 今度はつばさが問う。
 その声に振り返った彼は、小さな前足を懸命に伸ばして前方を指し示す。

―――ひとがあつまっているみたいだよ

「人が?」

 つばさの呟きに、すばるが続ける。

「ほたるが気付いたのはそれか?」

 ぶるる、と鳴くのは。
 すばるの言葉に肯定する彼女の声。

「そーか……」

 ぽそりと呟く言葉に、すばるの胸中に広がる予感。
 あそこにいる可能性が高い。
 極度の人見知りであるハクリュー。
 それは彼女が生まれ育った環境が要因する。
 それなりの付き合いになる彼女なのだが、未だに人に対して慣れる気配がない。
 そうなるとこれは、もともとの彼女の性格なのかもしれない。
 だから、普段からすばるは、あまり彼女をボールの外へ出したりはしない。
 しないのだが。
 極度の人見知りな彼女は、同時にうっかり屋でもある。
 たまに自分の人見知りのことを忘れて。
 気持ちの先走りで飛びだし、人の多さに混乱を起こすことがある。
 そう、今回のような騒動は、それほど多くはないが、珍しくもないのである。
 その時は決まって、人集りのところに居たりするのだ。

「そこにいんのかも」

「あるばちゃんが?」

 すばるの呟きに反応したのはつばさで。

「街中でハクリューなんて、あんま見かけねーから」

 珍しいという理由で、人集りは出来やすい。

「ああ、それで動けなくなっちゃうわけね」

「んなとこだな。ほたるっ」

 すばるのかけ声で、ギャロップは少し速度を上げた。



   *



 響いていた音。
 かっかっという音が止まった。
 街の大通り。そこの中心に位置する大広場にそびえる巨木。
 近々開催される春告げ祭りの電飾や装飾で飾られたそれ。
 その巨木の周りに人集り。
 それを少し離れたところから見て。
 その中で飛び交う、ハクリューという言葉を聞く。

「今回は樹かぁ……。ま、今回はましだな」

 という呟きはすばるのもので。
 ギャロップはうむうむと頷く。
 首を傾げたのはつばさだ。

「今回はって……、じゃ、前回は?」

 この問いかけは、単なるつばさの興味によるものだったが。
 つばさが振り向いたとき。
 彼は、あははと乾いた笑いをもらした。

「あれは……ある晴れた日のことだった」

 いきなりの語り口調から始まる回想。
 とある街にたどり着いた話だ。
 街の規模は、ここより少し大きく、物流も盛んな街だった。
 盛んということは、それだけ人の往来も多いということ。
 そのときは久方の街だった。
 だから。
 ボール越しに街の雰囲気。
 すばるの浮わついた気持ち。
 それらを察知して、ハクリューは飛び出した。
 久方の街だ、と。
 弾んだ気持ちに急かされて、飛び出した。
 そして。

「自分の人見知りを失念していた」

 つばさの言葉に、すばるとギャロップが同時に頷いた。

「んで、そんとき何処に居たと思う?」

「どこって……」

 すばるの問題に、つばさは唸る。
 何となく視線は、ギャロップの頭部にいる茶イーブイに向いた。
 ひらりと気紛れで飛んできた蝶を見つけ、彼は必死に前足を伸ばしていた。
 それに驚いた蝶が、高く舞い上がって空へと逃げて行く。
 ああ、と落胆する彼の声が聴こえた。

「路地裏とか?」

 後ろへ振り向きながら答える。
 路地裏ならば、人の気配も薄まるのではないかとつばさは考えた。

「いや」

 だが、すばるは首を横に振る。
 どうやら答えは違ったようだ。

「じゃあ、どこなの」

 答えを早く教えて欲しいものだ。
 つばさの目が半目になる。

「公園のベンチ下に潜り込んでた」

 ギャロップがうんうん頷いている。

「地震を起こしてな、ちょっとした騒ぎになってたんだ」

「はあ?」

 つばさの中で言葉と言葉が繋がらない。
 首を傾げると、すばるが語り始めた。

「あんときも、今みたいにほたると探してたんだ」

 どこかへと飛んでいったハクリューを探して、ギャロップと街中を探し回っていたときだ。
 先に気付いたのはギャロップの方だと記憶している。
 いつもと違う地の感触。微弱な地の揺れを感じ取った。
 いつも大地を駆けるギャロップだからこそ、気付けた変化とも言える。
 そしてそれは段々と、彼女の背にまたがっていたすばるにも感知できる揺れとなった。
 けれども、その揺れは自然に起きたものとは違う気がして。
 何の現象だと、ギャロップと顔を見合わせた時だった。
 とある方へ駆けて行く人々とすれ違った。
 その中で飛び交う言葉の中に、ハクリューという言葉が見つけて。
 すばるの胸中に、嫌な予感がひろがった。

「で、どうなったの?」

 つばさの顔が、すばるの眼前に迫る。
 いつの間に移動したのか、彼女の頭に茶イーブイまでいた。
 二対の瞳が、続きを聞きたくてうずうずとしている気がした。

「公園のベンチ下なんて、すぐに人に見つかるわけで」

 その時の出来事を思い出していたギャロップが嘆息を一つする。

「集まった人達に混乱したあるばが、がたがた震えて」

「地震になっていた、と」

 ふふっ、と笑うつばさに。
 その地震の震源地はあるばちゃんだったのか、と呑気な呟きが続いた。
 頭の茶イーブイも楽しそうに笑っている。
 と、今度はすばるの目が半目になる。
 確かに話を聞くだけならば、いい話のネタになるだろうけれども。
 そのあとのことを思い出して、すばるの目元がひきつった。
 そんな主を慰めるように、ギャロップがぶるると鳴く。
 そう、そのあと。そのあとだ。
 人の流れに付いていけば、そこは公園で。
 人集りのベンチ下。そこでハクリューを見つけるのは容易かった。
 ギャロップの背から降り、そこへ近付いた時だ。
 潤んだ瞳を見つけて、すばると視線が重なった。
 たらり、と妙な汗が伝った気がした。
 ベンチ下、潤んだ瞳が歪んで。
 あ、と思ったときには、胴長のそれがにゅるりと出てきて。
 囲う人集りの隙間をぬって、向かうはすばる一直線。
 そして。
 するりと自身の身体を一巡したかと思うと。
 それを認識したときには、頬と頬を擦り合わせていた。
 きゅっきゅっ、という声をもらしながら。
 それに比例するように、ぎゅう、と締め付ける力は強まって。
 傍らでそんなすばるを心配するギャロップが、ふんすふんす、と鼻息を荒くしていたのはよく覚えている。

「あんときは、どう宥めたっけ?」

 すばるから唸る声がもれるが、正直あのあとのことはあまり覚えていない。
 締め付ける力が強かった。
 それだけは鮮明に覚えている。
 きっと、彼女は自分の姿を見て安堵したのだろう。
 締め付ける力が強いというのは、それだけ慕われているからで。
 その部分は嬉しいとは感じるが、感じるのだが。
 また同じ展開になるのは避けたい心境だった。

「あれは、マジで勘弁だわ……」

 と、ぼやいた時だ。
 がさり。音が聞こえた。
 次いで、ばさりと羽ばたきの音も聞こえて。
 そして。

「野菜発見」

 と、どこか呆れたような、諦めたような声音が聞こえて。
 つばさが振り返った。

「すばる、うちのイチが野菜とあるばちゃん持って飛んでくけど、どうする?」

 やはり、どこか呆れたような、諦めたような瞳を向けてくる。
 なるほど、今回はこの展開か。
 前回とは違う展開に、どこかほっとする自分もいるのは確かだ。
 だが、彼女の連れ去りは困る。

「俺は、野菜はいらねーけど、あるばはいるな」

「私は野菜もいるけど」

「んじゃ」

「追おう」

 と、話が決まったところで。
 すばるの視線がつばさの頭上に向けられる。

「なあ、カフェ何か食ったけど?」

 つばさの頭に乗った彼が。
 背を向けていた茶イーブイが。
 ぱくっと何かを食べる動作をすばるは見た。
 背を向けられていたので、何を食べたのかまでは分からない。

「え!」

 反射的に叫んだつばさが、慌てて頭上へ腕を伸ばして茶イーブイを抱き上げた。
 目線を自分のそれと同じ高さで抱えて。

「カフェ、拾い食いだめだよ」

 めっ、と。
 眉間にしわを寄せてみる。
 これは拾い食いなのだろうか、とすばるは思った。
 一方の茶イーブイは、頬が膨らんでいる。何か大きなものでも口にしたのだろうか。
 きょとんとした顔で、何かあるの、と首を傾げる。
 あくまで理解していない体を装う。

「拾い食いは、めっ。だめでしょ。ぺっ、しなさいっ、ぺっ!」

 ずずいっと、茶イーブイに顔を近付けて凄んでみせるつばさと。
 今度はきょとん顔のまま、反対に首を傾げる茶イーブイ。

「ラテみたいにとぼけないのっ!ほら、ぺっ!」

 と言ったところで、茶イーブイが折れた。
 耳がしゅんっと垂れ下がる。

―――ふわぁーい……

 という、小さな返事が聴こえたと思ったところで、茶イーブイの口があいた。
 そこから、ふよぉと飛び出てきたのは。

「蝶を食ったのか」

 と、妙に感心した風情の声はすばるのもの。
 そのまま蝶は、慌てた様子で空へと逃げて行った。

「蝶は食べ物じゃないよ、カフェ」

 駄目でしょ、と。
 つばさは自身の額と茶イーブイのそれを、軽くこつんとぶつけた。

―――だって……ラテにみせてあげたいって、おもったんだもん

 口をへの字にする茶イーブイ。
 とてもきれいな色合いの羽根だと思った。
 彼女にも見せてあげたい。
 同じものを見ていたい。
 そう思った。
 だって。
 きれいなものの一人占めはしたくないから。
 いつでも半分にしたいから。
 けれども。それは。
 彼の瞳が伏せられた。
 そんな彼の頭部に、つばさは顔を埋める。
 うりうりとこすりつけて、胸中に広がるあたたかな何かをごまかす。
 全くこの子は。優しいのだから。

「でもね、カフェ。ちょうちょさんも生けてるの。それは分かってあげてね」

 くぐもったつばさの声に。
 茶イーブイは小さく、うん、と頷いた。

「よしっ!分かればよろしいっ!」

 顔を上げたつばさがにこりと笑うと。
 茶イーブイもぱっと笑った。
 と、そこへ。

「おい……そろそろ」

 少し遠慮気味な声音が、つばさと茶イーブイの背後から忍んできた。

「あ、ごめん」

 というのはつばさの声で。
 彼女は茶イーブイを抱えた。
 次いで。
 ぱしんっと手綱の音が響く。
 かっかっ、と蹄の音が聞こえたと思えば。

「飛ばされんなよっ」

 と弾んだ声音が聞こえた。
 え、とつばさが肩越しに見やれば。
 にやりと笑う桔梗色の瞳があって。
 そのまま、彼が身体を前へ倒すものだから。
 自然と一緒に、つばさの身体も前に倒すことになる。
 背に感じるのは、すばるの体温。
 直に感じるそれに、少しだけ頬が熱を帯びた。
 けれどもそれも、すぐに吹き飛んだ。
 初めて感じる風圧。
 身体をしっかり保たないと、弾き飛ばされそうだ。
 昔読んだ図鑑の記述を思い出す。
 ギャロップは、最短十歩で最高速度に達することもあると。
 その記述もなるほどと頷ける。

「ほたるっ!イチを追えっ!」

 すばるの声が飛び。
 ぐんっと。ギャロップはさらに速度を上げた。

■筆者メッセージ
一話一話がゆっくりペースで進んでいくのであまり進展ないですね汗
この章もあと二、三話で終わると思いたい。前章の追憶編は長すぎた。あれも当初は三話で終わる予定でした(てへっ星)なので、私のあと何話で〜という言葉は全くあてになりませんっ!笑

どのタイミングで載せようかと迷っていますが、すばるくんとふうが、あるば、ほたるとそれぞれ出会った話を、シルベ外伝として載せる予定もあります。という、ちょっとしたお知らせ。
ばす ( 2018/09/13(木) 22:16 )