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ティータイム 3rd time-追憶-
24杯目 ライラと通じてる

 春。
 それは、新たな生命が芽吹く季節。
 そして、芽吹いた気持ちが。
 とんっ、と。
 優しく背中を押す。



   *



 とある日の、とある時間。
 つばさは一人、部屋にいた。
 ぷるるるる。
 電話口の向こうで、呼び出し音が鳴る。
 相手はいつ出るのだろうか。
 そんな、妙なそわそわした気持ちに。
 喫茶シルベの二階。
 自室の椅子へ腰を掛けたつばさは。
 足をぶらぶらと揺らす。
 その反動で。
 耳元にあてたスマートフォンからぶら下がる。
 イーブイのしっぽストラップも揺れる。
 まだかな。
 そんな思いを自覚すると。
 そわそわした気持ちはやがて。
 緊張へと変わる。
 初めて自分から話す。
 話そうと思えた。
 一歩踏み出すのだ。
 いらないと言って、落としてきたものがある。
 それを今度は。
 一つ一つ、拾っていこうと決めた。
 その一つは。

「…………」

 ぷつっと、音がした。
 次いで聞こえた、少し驚きの含まれた声。

『もしもし?つばさ、なの?』

「……うん、私だよ。レモおばさん」

 そう応えたら。
 そう、つばさなの。
 と、嬉しそうな響きの声がした。

『つばさから電話してくるなんて、珍しいじゃない。どうかしたの?』

「あ……うん、あのね」

 そこから、しばらくの沈黙が降り積もった。
 けれども。
 レモは急かすことなく。
 つばさの次の言葉を待ってくれた。
 それを有り難く感じながら。
 つばさは一つ。
 息を大きく吸いこんで。
 大きく吐き出した。

「あのね……。その。ライラ、は、元気かなと、思って」

 電話口の向こうで。
 レモが息を詰まらせたのが分かった。

『……そうね、ライちゃんは元気よ。さっき、荒海に飛び込んだばななを助けてくれたわ』

 ふふ、と笑う声に。
 つばさも笑ってしまった。
 荒海に飛び込んだばなな。
 ばななとは、レモのパートナーのピカチュウのことだ。
 その彼がわざわざ海に飛び込んだ。
 しかも荒海に。
 今度じっくりと、その辺りの話も聞いてみたいところだ。

『変わったわね、つばさ』

 レモの言葉に。
 今度はつばさの息が詰まった。

「…………っ。あの、ね」

 言葉を探す。
 レモも傷つけた。
 言葉で傷つけた。なのに。
 それでも、あのあと。
 あの時のあのあと。
 うちにおいで。
 そう言ってくれたことを。
 つばさは覚えている。
 何もいらない。
 傍に在るものだけで十分だ。
 そうして閉じこもったのに。
 気付けば。
 その傍に、小さな存在がいた。
 気付けば。
 その小さな存在は。
 茶と白の色をした存在は。
 つばさの中で大きな存在になっていて。
 気付けば。
 少しずつ。
 心の中で燻っていた。
 あの黒い感情は。
 消えてしまっていた。
 そうなっていたのは。
 いろんなものから。
 レモが護ってくれていたから。
 あの頃のあの時。
 彼女が、ライラが。
 そうしてくれていたように。
 今になって。その事にやっと。
 気が付いたのだ。
 閉じこもっていた自分が。
 一歩踏み出せたのは。
 間違いなく。
 レモのおかげだ。

「カフェとラテをね、ゲットしたよ」

 ゲットした、なんて。
 ちょっと違うような、合っているような。
 そして。
 少しだけこそばゆい。
 響きの言葉。
 彼女が電話口の向こうで。
 確かに頷いた。

『そう、よかったわ』

 その声が。
 潤いの響きを持って。
 揺れて聞こえたのは。
 きっと、気のせいではないだろう。

『…………あ』

 彼女のもれでた声が聞こえた。
 どうしたのか問うと。

『ばななが呼んでるの。今ね、マンタインに乗って波を駆る、マンタインサーフが流行ってるんだって』

 電話口の声が弾む。
 それは楽しそうに。

『試しにやってみたら、もう楽しくて楽しくて!すっかり、ばななもライちゃんもはまっちゃったのよっ』

 さらに声が弾む。
 先程まで声を揺らしていたはずなのに。
 こう、ちょっと。
 センタメンタルな場面だったと思ったのだけれども。
 それはどうやら。
 勘違いだったようだ。
 どこまでも自由な人だ。
 そう、改めて思った。

「それじゃ、まだ暫くはアローラ?」

『そうね。だから、シルベの方はヨロシクっ!』

 無駄な問いかけは。
 つばさの予想通りの内容で。
 予想通りの即答で返ってきた。
 じゃあ。
 と、電話が切られそうになる手前。
 つばさは慌てて待ったの声を発する。

「待っておばさんっ!ライラに伝えて欲しい言葉があるの」

『…………え、そう?』

「うん」

『………………ん、いいわ。伝えて』

 暫くの間が気になったが、レモの言葉に促されて。
 つばさはまた、言葉を探す。
 言いたいことはたくさんある。
 その中で。
 とにかく伝えなければいけない言葉。

「あのね、ライラの選んでくれたぬいぐるみね。カフェラテ達がとっても喜んでくれてたから、ありがとうって伝えて欲しくて」

 それから。それから。
 これは、どの言葉よりも。
 真っ先に伝えたい言葉。

「また、またね。あの日の続きを、ライラと始めたいって。その、ライラさえ、よければ」

 あの日のあの時から。
 止まってしまった。
 自分と彼女との時間。
 それをまた。
 共に動かしたいと。
 そう願うのは。
 自分の勝手かもしれない。
 だから。もし。
 もし、彼女が拒むのだったら。
 それは、仕方のないことだと思う。
 時を刻んでいた針を折ってしまったのは。
 他でもない。
 自分自身なのだから。
 けれども。
 継ぎ接ぎになってしまった針を。
 再び、共に動かしていいと思ってくれたのならば。
 あの日の続きを、始めよう。

「それからね。これも伝えて欲しいの」

 そう、これは。
 年月を経ても。
 決して色褪せなかった。
 とても大切な気持ち。

「大好きだよ、ライラ」

 声が震えた。
 この気持ちだけは。
 色褪せなかった。
 彼女の手を放してしまった。
 だから一緒に。
 この気持ちも放してしまおうと思った。
 手を放してしまった自分に。
 彼女を想う資格はないのだから。
 それでも。
 この気持ちだけは。
 放せなかった。

「大好き」

 再度紡いだ言葉もやはり。
 震えていた。

『…………』

 先程から電話口が黙っていることに。
 つばさはそこで、初めて気付く。

「おば、さん?」

 呼び掛けるも、返答はない。

『………………』

 もしかして、もうすでに。
 電話は切れてしまっているのだろうか。
 そう思い始めて。
 そっと、耳元からスマートフォンを離しかけたとき。
 その声は、不意に聴こえた。

『《私もです。私も、大好きですよ、つばさ》』

 その声に。
 目頭が熱くなったのを自覚する。
 忘れるはずのない。
 忘れたくない、その声。

「…………ライ、ラ」

 そっと名を紡いだら。
 電話口の向こうで。
 そっと静かに。
 笑んだ気配が伝わった。
 それを最後に。
 ぷつっと音がして。
 つーつー、と。
 電話切れた。
 そっと、スマートフォンを握った手を下ろす。
 彼女の声が聴こえた。
 その事実に、心が震えた。
 彼女の“声”は。
 彼女が相手の心に直接届ける声。
 ブラッキーのそれとは少し違う。
 彼は特性、シンクロの対象者。
 そのパートナーにのみに。
 その声を、心に触れられる。
 一方の彼女は。
 もともと彼女が保有する能力。
 その対象者は、彼女と心を通わせた者。
 だから。

「まだ私は、ライラと心が通じてるんだ」

 その事実が。
 とても痛くて、とてもあたたかくて。
 そして。
 とても嬉しかった。
 下ろした手から、スマートフォンが落ちた。
 ことり、と。
 床に落ちたそれに気付かずに。
 彼女は一人。
 静かに目を閉じた。
 目尻にたまったそれが。
 頬を伝った。

■筆者メッセージ
これにてシルベの第三章が終了です。
長かったなぁ……当初は三話程でさくっと終わる予定でした。

次章は少し間が空くかもしれません。なんせ、ストックを全て出しきってしまいましたから汗
ばす ( 2018/07/30(月) 12:40 )