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ティータイム 3rd time-追憶-
番外編 カフェの悩み

 自分の居場所。
 自分の繋り。
 それを見つけた。
 この頃は。
 皆が離れていってしまうような。
 そんな怖い夢も。感覚も。
 減りつつあって。
 悩みなんて何もない。
 そう言いたいのに。
 悩みがあるんだ。
 知らない気持ち。
 初めての気持ち。
 この気持ちは、何なのかな。



   *



 青い空の下。
 風が運ぶ。
 とても優しくて甘い香り。
 それを感じて、茶イーブイは息を深く吸い込んだ。
 鼻腔を刺激するその香りは。
 眼前に広がる野花の香りらしい。
 小さな小さなその野花は。
 一面に咲き誇り、まるで白の絨毯のよう。
 顔を近付けて見やれば。
 小さな小さなその大きさに。
 思わず笑みがこぼれる。

―――かわいいなぁ……

 けれども自分は。
 もっと可愛い白を知っている。
 もっと元気な白を知っている。
 それは。
 思わず目で追ってしまうほどで。
 その白が笑うと。
 ぽっと、心があたたかくなって。
 その白が名を呼んでくれると。
 心が震える。
 いや。
 弾む、という表現の方が近いのかもしれない。
 野花から顔を上げると。

―――まてーっ、ちょうちょさんっ!

 野花を飛び舞う蝶を捕まえようと。
 必死な様子の白イーブイの姿。
 懸命に前足を伸ばしては。
 蝶を捕まえようとしている。
 けれども当の蝶は。
 ひらりと優雅に避けてしまう。
 それでも諦めない白イーブイは。
 とても真剣な表情だ。
 ああ、可愛いな。
 そう思うと。
 とくん、と何かが鳴るのだ。
 そっと胸を抑える。
 これは何なのだろうか。

―――もうっ!まってよ、ちょうちょさんっ!

 今度は白イーブイが跳躍した。
 それでも蝶は、ひらりと避ける。
 むっとして、口を尖らせる白イーブイが。
 何度も何度も跳躍する。
 それでも、それら全てを避ける蝶に。
 白イーブイはその顔を。
 ますます不機嫌に染めて行く。
 そんな姿に、茶イーブイは小さく笑った。
 真剣な顔も可愛い。
 怒った顔も可愛い。
 もちろん、笑った顔も可愛い。
 ころころと表情を変える。
 そんな彼女が好き。
 この頃、ふとした瞬間に。
 そう感じることが増えた気がする。
 それに。
 そう思うと。
 無性に彼女を。

―――えいっ!

 という声と共に。
 茶イーブイは地を蹴りあげた。
 そんな彼の向かう先には。
 白イーブイがいて。

―――わあっ!

 と、驚いた声があがる。
 彼女に飛び付いた彼が。
 そのまま彼女を押し倒す。
 小さな小さな、白の花弁が舞い上がって。
 そして。
 ぎゅうっと、抱き付く。

―――カフェ、どしたの?

 彼女の問いかけに。

―――んー、わからない。いま、ラテのことをぎゅうって、したくなったの

 そんな返答をして。
 彼女の問いの答えには。
 なってはいない。
 いないけれども。
 彼らにとっては。
 それで十分なのだ。

―――じゃあ、ラテもぎゅうってするっ!

 そう笑い返して。
 白イーブイも。
 ぎゅうっと。
 茶イーブイを抱き返した。
 ぎゅうぎゅうと。
 抱きしめ合戦の始まりだった。



   ◇   ◆   ◇



 少し離れたところ。
 木陰の下で。
 そんな彼らを眺める者がいた。

「純粋過ぎて眩しい」

 目元に手をかざして。
 言葉を口にする。

「あの子達、純粋過ぎて尊い」

―――尊い……?

 つばさの言葉に疑問を投げ掛けたのは、ファイアローだ。

《あまり気にするな。こいつがおかしいだけだ》

 くわあっと、呑気に欠伸をするブラッキーに。

「ちょっと、それ。どういう意味?」

 少々怒気を含めた声音で。
 つばさは彼を睨む。
 だが。

《そのままの意味だが?》

 と、臆することのないブラッキー。
 そのまま彼は、身を丸めて瞳を閉じる。

「私がおかしいって、聞捨てならないよねっ」

 彼に詰め寄ろうとするつばさだが。
 尾をひょんひょんと揺らすだけで。
 彼はそれ以上、反応を示さなかった。
 こうなってしまっては。
 もう。彼は暫くは動かないだろう。
 何だか逃げ切られた感じがして。
 とても悔しい。
 はあ、と。
 重い息を吐き出したつばさに。
 今度はファイアローが近寄る。

―――つばさちゃん、僕はどんなつばさちゃんでも大好きだよっ!

 そしてそれを体現するように。
 彼は自身の頬と、つばさのそれを重ねて。
 すりんすりんと、擦りよせる。
 満面の笑みの彼なのだが。
 つばさは、何かに引っ掛かりを感じて。
 ちょっと、待て。
 それは、つまり。

「…………イチ?」

 思ったよりも、低い声音が出た。
 つばさの、その声の低さに。
 ファイアローがぴたりと動きを止めた。
 おそるおそる、彼はつばさの顔を見て。
 文字通りに震えた。

―――つばさ、ちゃん……?

 そこには。
 笑顔を張り付けたつばさがいて。
 ゆっくり、口を開いた。

「つまりそれって。イチも、私がおかしいって、思ってるってことなのかな?」

―――え、あ、その……

 言葉が紡げなくて。
 ファイアローは瞳をさまよわせた。
 そしてすぐに、まずい、と思った。
 ここで、瞳をさまよわせてはいけなかった。

「そう、そういうことね」

 つばさは笑う。
 笑顔を張り付けた上から。
 さらに笑顔を張り付けて。
 ファイアローは久しぶりに。
 つばさを怖いと思った。
 だから。
 ばさりと両翼を広げて。
 

―――どんなつばさちゃんでも、僕のつばさちゃんだよおおおーーーっ!!

 と、言葉を置いて。
 彼は逃げた。
 大空へと、羽ばたいて。

「…………」

 それをつばさは、見送るしかなかった。
 ただ、見送るしかなかった。
 どんどん小さくなるそれを。
 見送るしかなかった。
 逃げられた。
 その事実が、重く。
 ずしりと、つばさにのしかかる。
 逃げられたのだ。
 つまり、それが意味することは。

《イチもそう思ってたんだな》

 声のする方へ、つばさが視線を向ける。
 そこには。
 得意気に笑う、ブラッキーがいた。
 否。嗤っていた。
 それはもう、嗤っていた。

「イチ……」

 飛び去った彼の名を紡いで。
 つばさはくずおれた。



   ◇   ◆   ◇



 何か大きな声を聞いた気がして。
 二匹は同時に空を見上げた。
 どこかに出かける用事でもあったのだろうか。
 ファイアローが飛び去っていくところだった。

―――イチおにいちゃん、どこかにいくのかな?

 呟く茶イーブイに。
 白イーブイは頬を膨らませて。

―――ラテもいきたかったっ!

 むくれる。
 そんな彼女に。
 茶イーブイは少し。
 寂しく感じた。

―――ボクじゃ、だめなの?

 首を傾げて彼は問う。
 確かにお出かけは楽しそうだ。
 それでも。
 今、近くにいるのは自分なのだから。
 そんな自分ではだめなのだろうか。
 そんな彼に対して。
 白イーブイの頬の空気が抜けた。
 きょとん、とこちらを向く彼の瞳が。
 何だか可愛くて。
 ずるい、と正直思った。
 だから彼女は。

―――ていっ!

 と彼を押し倒して。
 上から彼を見下ろしてやった。

―――ラテ……?

 驚きで瞬く彼の瞳に。

―――ラテのかちっ!

 にまっと、彼女は笑ってみせた。
 一瞬、そんな笑顔に。
 茶イーブイは。
 息が詰まったのを自覚する。
 そして何とか。
 言葉を絞り出した。

―――え、かちってなんのこと?これ、あそび?

 と、必死に絞り出した彼の問いにも。
 彼女は笑うだけで答えない。

―――へへ、ちがうよぉー

 そう言って白イーブイは。
 すっ、と茶イーブイから身体を離した。
 ゆっくりと身を起こした彼が。
 彼女の方を向いた頃には。
 先程の蝶追いかけを再開させていて。

―――何かずるいっ……

 と、ぽつりと呟いた。



   *



 さらり。
 風が彼を撫でていく。
 その瞬間に彼は思った。
 ああ、幸せだな。
 振り返れば。
 少し離れたところに。
 自分が出会った運命が在って。
 その形ある運命であるつばさが。
 どうして。
 くずおれているのかは知らないけれども。
 ブラッキーが楽しそうに笑っているのかも知らないけれども。
 ファイアローはお出かけらしくていないけれども。
 それでも。
 これが日常。
 自分の日常。
 手に入れた日常なのだ。
 そして、ふと近くに目を向ける。
 そこには。
 蝶と戯れる白イーブイ。
 あの子を見ていると。
 ぽっと、心があたたかくなる。
 そんなあの子が振り向いた。

―――カフェもおいでよー!

 その子が名を呼ぶと。
 心が震える。否、弾む。

―――いま、いくよー!

 心が弾むから。
 駆け出したくなるこの気持ち。
 ぎゅうっとしたくなってしまう気持ち。
 この気持ちは何なのだろうか。
 それが。
 この頃の悩み。
 それでも、とっても嬉しい悩みに感じるのは。
 なぜなのだろうか。

■筆者メッセージ
本編があれな展開なので、ここで一本、
可愛い、ほのぼのした話を!
ばす ( 2018/07/13(金) 20:35 )