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ティータイム 2nd time-カフェ-
番外編 シュークリーム
 なぜか。
 木張りの床にシュークリームが一つ、皿の上にあった。
 それを狙うは、白銀の毛玉。
 そこに覗く瞳がきらりと煌めくと、音もなく床を蹴りあげた。
 中空で精一杯に開けられたその口に、シュークリームが収まると彼女が思ったとき。
 横っ腹に衝撃を受けた。
 彼女の口に収まるその前に、彼女は突き飛ばされたのだ。
 身を振るわせて起こすと、ふーふーと鼻息の荒い茶の毛玉がいて。
 それを見つけた彼女の双眸が、小さな怒りで煌めく。

―――じゃま、しないでよっ!

 そう訴えたら、彼も訴えてきて。

―――これは、つばさおねえちゃんのおやつだよっ!食べちゃだめっ!

 そうなのだ。
 このシュークリームは、つばさが先程、こっそり食べようと用意したおやつ。
 それをたまたま、彼らが物陰から目撃しただけで。
 冷蔵庫の前で屈み、何やらこそこそしていたつばさ。
 不意に彼女のスマートフォンが鳴り始め、その場を離れたのだ。
 床にシュークリームを置いて。
 なぜ置いたのかは、この際気にしないでおくとして。
 けれどもそれが、食べてもよい、という理由にはならない。
 だが。

―――ぱっとたべちゃえば、わかんないよっ!

 白イーブイはそう言い張る。
 そう、全てきれいに食べてしまえば。
 始めから何もなかったことにしてしまえば。
 つばさも気付かない。
 そうすれば、全ては丸くおさまる。
 だから、食べるしかないのだ。
 そう言葉を並べても、茶イーブイは駄目の一点張りで。

―――つばさおねえちゃんが、きづかないわけないでしょっ!だめだよっ!

 ていやっと、茶イーブイが床を蹴りあげ、白イーブイへととびかかる。
 押さえ込もうと考えた。
 だが、寸でのところで白イーブイは横に転がる。
 避けられた。
 そう茶イーブイは思ったのだが、それはどうやら違ったらしい。

―――パパっ、はなしてええっ!

 じたばたともがく白イーブイが、中空を舞う。
 淡い光に身を包まれて。

《騒がしいと思えば…》

 呆れ気味の声が降ってくる。
 それに振り向けば、不機嫌に金の瞳を煌めかすブラッキーがいた。
 その瞳が、白イーブイを包む光と同じ色を発している。
 すぐに分かった。
 ”サイコキネシス“だ。

《何事だ?》

 ブラッキーの問いに、白イーブイが喚くのを背景に、茶イーブイは答える。

―――……………それで、ラテからシュークリームをまもろうとしたの

《なるほど…》

 その時、茶イーブイは見た。
 不穏に光る、金の瞳を。

《なら》

 にやりと口の端を持ち上げたブラッキーは、漂わせていた白イーブイを降ろすと。

 ぱくり。

 白と茶のイーブイの瞳が瞬き、互いに顔を見合わせた。
 二匹の瞳が、一際大きくなる見開かれる。

《なかなか美味しいな》

 ぺろりと、口の端についたクリームを舐めとる。
 ブラッキーが食べた。
 シュークリームを。
 そう理解したとき、白イーブイが叫んだ。

―――ラテのシュークリーム、パパがたべたあああっ

 目尻に涙をうかべ、彼女はブラッキーへ渾身の体当たりを決める。
 シュークリームの敵だ。
 その想いを力に変え、ブラッキーへぶつける。

《これで、証拠はない》

 ブラッキーは満足気に呟く。
 当の彼には、白イーブイの渾身の体当たりなど通じない。

―――ラテのシュークリーム…

 次第に、白イーブイの目尻に涙がたまって。
 ひっくひっくと嗚咽が漏れて。
 白イーブイは悲しみにくれる。
 その場面を見てしまうと、何だか白イーブイが可哀想に思えてくる茶イーブイ。
 なのだが、彼は忘れていた。
 その背後に迫る、彼女の存在を。

「誰の、シュークリームだってええ?」

 つばさの声だ。
 その声音は、まるで地を這う何かの響き。
 茶イーブイの身体が震え上がり、おそるおそると振り返る。
 怒っているのだろうか。
 だが、予想に反して声の主は、にこりと笑顔をうかべていて。
 それが一層、茶イーブイを震え上がらせる。
 つばさの橙の瞳が、悲しみのどん底にいる白イーブイへ向けられ。
 そしてゆっくりと。
 静かにその場を去ろうとする、ブラッキーの背に向けられた。
 顔に笑顔を張り付けたまま。

「りん?どこ行くの?」

《昼寝だ》

 すまして答える彼に。

「ふーん…お腹いっぱいでお昼寝?」

《何のことだ?》

 振り返ったブラッキーの瞳が、怪訝に細められる。
 とぼけるつもりか。
 つばさのまゆがぴくりと跳ねた。

「せっかくのシュークリーム、あんたが食べたでしょっ!」

 有名店のシュークリーム。
 何日も並んだ今日、何時間も並んで、やっと買えたシュークリーム。
 並んでいる最中に売り切れることも、決して珍しいことではないのだ。
 巷では、幻のシュークリームとまで呼ばれるそれを、やっと手に入れたのに。
 最後の一つだったのに。
 この獣は。食べた。
 橙の瞳が悔しさで揺れる。

《ああ、あれか》

 思い出した風情に紡ぐ言葉。
 そしてそれは、業とらしく。

《うまかったぞ》

 にやり。
 口に弧を描き、彼は笑う。

「……………っっ!!!」

 つばさの声にならない絶叫を聞いたと思ったら、彼女はわなわなと拳を振るわせ大きく振りかぶる。
 が、その拳が届く寸前、余裕たっぷりに、彼はひらりと跳躍一つでかわす。
 そこから始まる、つばさとブラッキーの追いかけっこ。
 茶イーブイは最早、その行く末を見守ることしか出来なかった。
 その横では、白イーブイは悲しみにくれる。
 シュークリームが乗っていた皿を抱えて。

―――ラテの、ラテのシュークリーム……

 ぽつりと紡ぐ言葉が、目の前で繰り広げられる追いかけっこに掻き消された。




 これは、とある昼下がりのお話。



*余談

 その光景を、そっと壁越しに覗き込む影が一つ。
 橙の羽毛を持つ鳥、ファイアローだ。
 彼らを見つめる瞳が、淋しそうな光を帯びる。

―――いいなあ、りんくん。つばさちゃんと追いかけっこ

 自分もしたい。
 つばさと追いかけっこ。
 とても楽しそうで、そこに自分もまざりたいと思った。
 思ったら、身体がうずうずとし始めて。
 気付いたら、飛び込んでいた。

―――僕もまぜてーっ

 それが更なる騒ぎになるのは、また別のお話。

ばす ( 2018/06/21(木) 00:37 )